意味深なこと言う奴って正直かっこいいよな?
月城玲奈が転校してきてから三日。
世界は比較的平和だった。
比較的、というのが重要だ。
小規模な重力異常は二回。
関東一帯で一時的に真冬になったり富士山が数センチ動いた。
かなり平和な方である。
◇
「……で」
昼休み。
俺は購買の焼きそばパンを咥えながら言った。
「玲奈あんた何者なんだよ」
屋上。
フェンス越しに青空を見ながら、
月城玲奈は無表情で牛乳を飲んでいた。
「君を好きな転校生さ」
「いや、そういうのじゃなくて」
「じゃあ超絶美少女転校生」
「確かに!あんたは美人だけどそういうんじゃなくて!」
玲奈は笑う。
こいつ、
笑うと可愛いんだよな、顔が良い奴ってずるい。
「……古賀真尋君」
「なんだよ」
「君ってずっと疲れてるよね」
「まあ、色々あるからな」
思わず教室の方を見る。
窓際で、
天羽ねむりが机に突っ伏して寝ていた。
今日は珍しく静かだ。
平和で助かる。
「天羽ねむり」
月城玲奈がぽつりと言う。
「彼女だろ?アレは世界そのものだ」
「……は?」
「君はアレと関わるのをやめた方がいい」
「??どういう事だ?」
「もし本気で、アレが全部消えろって思ったら」
風が止む。
なんでコイツねむりの事を知っているんだ?
疑問は沢山うまれたがそれよりも俺は腹が立った。
だってアイツはそんな事しない。
そんな奴じゃない事を俺が一番知っているつもりだ。
「知らねえよ」
俺は即答した。
「そんな事にはならない」
玲奈は少し黙る。
「そっか、でも、そうなる。」
「何を言って…!」
「君が今、アレと関係を切らないと最悪の形で世界に影響が出る」
その横顔は、儚さを帯びていた。
俺はしばらく黙ったまま、
玲奈を見ていた。
風が吹く。
青空だった。
フェンスの向こう、
グラウンドでは野球部が声を張り上げていて、
どこにでもある昼休みの音がする。
だから余計に、
こいつの言葉だけが浮いて聞こえた。
「……お前さ」
「うん」
「それ、本気で言ってんの?」
玲奈はすぐには答えなかった。
前髪が揺れる。
その沈黙が、
妙に長く感じる。
「本気だよ」
「ねむりが世界をどうこうするって?」
「うん」
「馬鹿らしい」
即答だった。
玲奈は怒らない。
否定されるのに慣れてるみたいに、
ただ小さく目を細めるだけ。
それが何となく、
気に食わなかった。
「アイツはそんな奴じゃねえよ」
「そうだね」
「なら…」
「今はね」
玲奈は空を見上げた。
眩しそうに。
「今の天羽ねむりは、世界を壊したりしない」
「だったら」
「でも君が死んだら?」
意味が分からない。
分からないのに、
妙に胸がざわついた。
「……何なんだよ、それ」
「そのままの意味」
玲奈の声は静かだった。
静かすぎて、
逆に冗談に聞こえない。
「古賀真尋くん」
名前を呼ばれる。
「君は、自分が思ってるよりずっと特別だよ」
「はぁ?」
「少なくとも、彼女にとってはね」
俺は思わず頭を掻いた。
話が飛びすぎてる。
「お前、ねむりの何なんだよ」
その瞬間。
玲奈の余裕そうな表情が、
ほんの少しだけ止まった。
……なんだ?
今の。
「友達かな?」
数秒遅れて、
そんな答えが返ってくる。
でも、
嘘っぽかった。
いや、
嘘というより。
答えをかなり削った感じ。
「ねむりに、お前みたいな知り合いいるって聞いたことないぞ」
「そりゃね、出会ってないもん」
「どういう事だ…?」
「そのままの意味さ」
またそれだ。
知ってる。
見てきた。
分かってる。
こいつの言葉はいつも、
経験した人間みたいな響きがある。
まるで、
結果を先に知ってるみたいに。
「君さ」
玲奈がぽつりと言った。
「横断歩道、よく白い線だけを踏んで渡ろうとするよね」
「は?」
なんでそんな事知ってる。
「あと炭酸飲むと絶対むせる」
「……」
「テスト前日に徹夜して、毎回後悔する」
「お前……」
え、どういう事?
怖いんだけど。
玲奈はそこで、
少しだけ困ったように笑った。
「何回も見てきたから知ってる」
「えーと、一つ分かった事がある。美人にストーカーされるのって割と嬉しい」
「あはは!そうだろ?」
「いや、ストーカーを否定しろよ!」
思わずツッコむと、
玲奈はくすっと笑った。
その笑い方が、
妙に自然で。
初対面の相手って感じがしない。
……いや、
むしろ逆だ。
長い間ずっと一緒にいた奴みたいな。
「……真尋くん」
「なんだよ」
「君は、今のままアレと一緒にいたら死ぬよ」
「急に重いな」
「割と重要」
その言い方に、
また変な引っかかりを覚える。
俺が何か言おうとした時。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴。
昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あ」
玲奈が小さく呟く。
「甘い蜜月はもう終わりのようだね」
「何一つ甘い事ねえよ!渋柿だったわ!!」
「ふふ、次二人きりになれる時に期待だね?」
「それは本当に、本気で期待しとくからね?」
そう軽口を叩きながら俺たちは屋上の扉へ向かう。
その途中。
玲奈は真面目な顔で言う。
「約束だよ。絶対アレと関係を切るんだ。」
「いや、それ…まだ言ってんのかよ」
「それが世界の為なんだよ。」
玲奈の真剣な眼差しに俺は頭を掻きながら
「はぁ……考えとくよ」
と言った。
「ふふ、今はそれでもいいよ。でもなるべく早くそうしてくれ」
玲奈はにこりと笑った。
屋上の扉を開ける直前。
玲奈がふと立ち止まった。
「……ねえ、真尋くん」
「今度は何だよ」
振り返ると、
風で黒髪が揺れる。
玲奈は少しだけ迷うように目を伏せる。
「もし全部上手くいったら、今度こそ…」
「ん?今度こそ?」
「……いや、なんでもないよ」
そう言って、
玲奈は先に扉を開けた。
教室へ戻る廊下。
窓から差し込む昼の光。
どこにでもある学校の景色なのに、
なぜか胸の奥が妙にざわつく。
教室の扉を開ける。
すると。
「……おかえり、真尋」
窓際で寝ていたはずの天羽ねむりが、
いつの間にか起きていた。
頬杖をつきながら、
じっとこちらを見ている。
その目が、笑っていなかった。
「随分楽しそうだったね」
「え!いや別に!??」
「ふーん」
ねむりの視線が、
俺の後ろへ向く。
玲奈と目が合う。
玲奈が余裕そうな表情で笑みを浮かべる。
すると教室の窓ガラスが、ピシ、と小さくひび割れる。
クラスメイト達は誰も気づかない。
なのに俺だけは、
背筋に冷たいものが走った。
世界は今日も、かろうじて?ギリギリ平和だった。
今日も俺はねむりの機嫌を取るために生き延びる。
人類代表として。たぶん。




