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15話 修羅場①

 エリスが泣きながら走り去り、恵に詰められた次の日。

 僕はこれまた朝から大いに疲弊していた。

 恵をなだめるのに結構な労力を使ったというのもあったが、理由はそれだけじゃあない。


「ま、まさか僕がエリスと恵を二股にかけて修羅場になったなんて噂がたったなんて……どうなってんだよもう……」


 そう、何故か昨日のことが早くも噂になっていたのである。

 どうやら泣きながら廊下を走るエリスを目撃した生徒が何人かいて、更に彼女が走ってきた方から凄い剣幕で僕を引きずる恵を見たことで内容に尾ひれはひれがついらしい。

 勿論そんなことはあるはずもなく、この噂話は全くの事実無根であるのだが、否定したところでそれに耳を貸してくれるかは別問題だ。

 つい先日玲奈のことで噂になったばかりなことも影響しているのだろう。


 僅か数日、というかたった一日で三人の美少女に手を出したクズ野郎。

 まだ一部であるが、そんな評価を僕に下している人もいるそうで、はっきり言ってめちゃくちゃ泣きたい。それが僕の今の心情だ。

 昨日はまだ熱に浮かれたところもあったクラスメイトたちも、今日は僕を見る視線にどこか冷たいものが混じっていたのが忘れられない。

 コイツ大人しい顔しているけど、実はヤバいやつなんじゃね? 口には出さなかったが、皆の目は雄弁にそう語っていた。

 とんでもない誤解ではあったが、それを解けるほど僕の口は上手くない。

 さらに言えば昨日に引き続き恵はすこぶる悪く、助け船も出してくれなかった。

 となれば、状況証拠があまりに揃い過ぎているというもの。

 休み時間のたびに冷たい視線と空気に晒され続け、ようやく昼休みが巡ってきたのが今であった。


(うぅ、と、とにかく逃げよう。この空気にはもう耐えられないよ)


 そそくさと席を離れるべく、僕はカバンから弁当袋を漁っていく。

 ヘタレなどと言ってくれるなよ。誰だってこんな状況になったら逃げるだろ。

 絡まれたりするのも嫌だし、高校生にもなっていじめのターゲットにだってされたくないんだ。

 場を離れることで、後期の視線から逃れられるというなら安いものじゃないか。

 うん、そうに違いない。

 そんなよく分からない言い訳を心の中で並べ立てていると、


「あのー、ここのクラスに虎鉄っている?」


「!?」


 よく通る声で僕の名前を呼ぶのが耳に飛び込んでくる。

 誰が? なんて考えるより早く、それが誰の声であるのかを分かってしまったのは、長年の付き合いによるものだろうか。

 玲奈だ。玲奈が僕の教室に来ている。

 なんで? という疑問が当然湧くが、それよりも教室内がざわめくほうが早かった。

 

「え、嘘。阿久洲さん?」


「なんでうちのクラスに?」


「いや、それは分かるだろ。ホラ、アイツの名前呼んでるし」


「ああ、あの二股クズ……え、もしかしてマジで三股を……?」


 おいコラ、聞こえてるぞ。誰が二股しているクズだ。

 それに三股なんて誤解もいいとこだぞ。そんなこと出来る度胸があったらコソコソ教室を出ていこうとなんてしないんだよ! ……まぁ、その行動も玲奈の登場で完全に無意味なものと化したんだけども。


「あ、いたいた。おーい、虎鉄ー」


 名も知らぬクラスメイトにこっそり憤慨していると、僕を見つけた玲奈が近づいてくる。

 この前とは逆の構図となっているが、向けられる視線も真逆になっているのはどうしたものだろう。

 玲奈の教室では好奇の目で見られていたのに、ここでは男女共通の敵みたいな目を向けてくる生徒が圧倒的多数だ。


 こいつら、僕が玲奈になにかするとでも思っているのか? んなわけないだろ!?

 僕らはただの幼馴染だぞ!? 向こうだってそう思ってるんだから、僕らの関係は健全そのもの。僕はクズなんかじゃないし、そんな目で見るのはやめてくれ。

 僕は小心者だからその視線は心臓に悪いんだよ!!


「あはは。来ちゃった。って、虎鉄? どうしたの? なんか顔色悪いけど」


「なんでもない……ちょっと人生に憂いていただけだから」


「ふーん、相変わらず小難しいこと考えてるんだね。もっと気楽に生きたほうがいいよ?」


 そりゃ出来るからそうしたいよ!? この状況じゃ出来ないってだけでさぁ!?

 そう言いたかった。でも言えない。言ったら間違いなく村八分確定だ。

 いや、今の時点でもう確定しているようなものだけど……。

 そう思いながらも口に出せない僕は、やはりヘタレなのだろうか。


「はぁ……そうだね、今度からそうするよ。で、玲奈はなにしにきたの? 僕になんか用事?」


「あー、なんか言い方冷たい。せ、せっかくご飯の誘いに来たのにさぁ」


「ご飯? お弁当、一緒に食べるってこと?」


「だからそう言ってるじゃん。虎鉄の分のお弁当、ちゃんと作ってきたんだよ」


 玲奈がそう言った途端、ざわっと教室が湧き上がる。


「お、お弁当? それも手作り?」


「そんなのおかしいだろ……俺、この前阿久洲に振られたけど手作り弁当の話なんてひとつもされなかったぞ……」


「それは振られたんだからおかしくないだろ……クソッ、でも羨ましい……」


 怨嗟。妬み。嫉妬。男子たちによるあらゆる醜い感情が、こちらへと一気に集束する。

 どいつもこいつも羨ましい、ふざけんなよという負の想いを無駄に乗せているのが本当に辞めて欲しいと思う。

 むしろ変われるなら変わって欲しいのがこっちの本音なんだけど……いや、これ言ったらますます顰蹙を買いそうだな。僕はそれくらいは分かる男なのだった。


「そ、そっかー。玲奈、お弁当作ってくれたんだー。嬉しいな、はは……で、でも僕自分のお弁当があって」


「虎鉄、から揚げ好きだったよね? から揚げ弁当にしてきたけど、美味しく出来てると思うから食べてもらいたいんだけど……」

 

 それでも出来るだけさり気なく断る方向にもっていきたかったのだが、駄目だった。

 僕の言葉を聞いていないかのように、玲奈がそう言ってきたからだ。

 ちょっと自信なさげに上目遣いをしているのもあって、これを断るのか? 断るやつがいるならそいつは正気じゃないが? という空気が物凄い。

 この教室に、僕の味方はひとりもいないということか。


「————ちょっと待ちなよ、玲奈」


 いや、違う。正確には、ひとりだけいた。


「ん? あれ、いたんだ恵」


「いるに決まってるだろぉ。同じクラスなんだから。玲奈とは違ってさぁ」


 黒髪の幼馴染が、何故か喧嘩腰で席からゆっくりと立ちあがった。


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