14話 銀の幼馴染の独白
「馬鹿、馬鹿、馬鹿。クズ、悪魔、さいってい……!」
私、斧崎エリスは怒っていました。
今日起こった出来事が、どうしても許せなかったからです。
その怒りは家に帰った現在でも続いており、今もこうして愚痴が止まらないのが現状でした。
「あ、あんな辱めをしておいて、ほっぺをつねるだけなんて……あの流れなら、絶対キ、キ、キスされると思ったのに!」
その怒りの矛先が向かっている相手は、幼馴染の男の子出る木切虎鉄——テツくん。
彼が昔から鈍い人であることは分かっていましたが、加えてどうしようもないドSでクズな人格に育っていたとは、私としても完全に予想外でした。
「あんなの絶対絶対許せません。もう絶交です。謝っても許してあげないんですから」
怒りながら、ベッドに放り投げていたスマホをチラリと見ます。
画面は相変わらず真っ暗で、着信はおろかメッセージすら届いていません。
そのことが、ますます苛立ちを加速させます。
「なんで謝罪すらないんですか!? 普通あんなことしたらごめんの一言くらいはあって然るべきでしょうに!?」
そう、テツくんからの連絡が一向にないのです。
昼休みで流石に醜態を見せてしまったのもあり、彼に会わないようそそくさと帰宅したものの、何かしらの連絡は来るだろうと思っていました。
まぁなんだかんだ幼馴染で長い付き合いですし?
誠心誠意謝ってきてお詫びにデートのひとつでもするというのなら許してあげないこともないですけど? ……そんなことを考えていた時期が、私にもありました。
されど1時間、2時間、3時間と経ち、その間ずっと待ち続けたというのに連絡が一向に来ない有り様。
それに比例するように、私の怒りのボルテージも上がっていったというわけです。
これで許せというのは、ちょっと無理があるというものでしょう。これでも寛大な精神の持ち主であるという自負がありますが、いくらなんでもひどすぎます。
「いや、これも一種の放置プレイだと考えれば……って、駄目駄目! なに考えてるんですか私。甘やかしてもいいことはないでしょう。将来のことを考えたら、私のほうが立場が上でないといけないんです。テツくんになんて主導権は渡しません」
脳裏に浮かぶのは、昼休みのあの出来事。
いつものようにからかっていたら、急に無表情になって迫ってきたテツくん。
そして普段は大人しく、気弱な彼に似つかない強気な態度で私の顎を掴んで強引に目を合わせてきて……。
「う、うへへへ……ちょっとびっくりしたけどあんな男らしいテツくんも悪くなかったですね。正直かなり興奮……じゃない! だから、そういうのは駄目ー! 私が上なのー!」
頭を抱えて思わず呻いてしまうのも何度目でしょうか。
こうやって浮かんだ考えを頭から弾き出さないと、あれも悪くなかったなと流されてしまいそうになる自分がいます。
「そもそも、私悪くないもん! 私がこうなったのだって、全部テツくんが悪いんですから!」
小さい頃、私は気弱な女の子でした。
今と違って言い返す度胸もなく、誰かに悪口を言われたらただ俯くしかなかった。
テツくんに会ったあの日だってそう。たまたまひとりで遊んでいた公園に来た子たちに髪のことでからかわれ、泣いていたところに彼は現れた。
他の子たちと違って、彼は泣いている私のそばにいてくれて、上手く話せない私の話に真剣に耳を傾けてくれたうえに、私のために怒ってくれたのです。
それからすぐに恵さんや玲奈さんのことも紹介してくれて、私たちは友達になりました。
彼らと遊ぶうちにコンプレックスだった髪の色も次第に気にならないようになっていき、少しづつ自分に自信もついていったと思います。
皆とずっと一緒にいれたら……なんて、そんなことを考えたこともよくあります。
だけど、ある時気付いてしまったのです。
「えへへへ、テツゥー。ボクらってやっぱ相性抜群だよね。将来は絶対結婚しようぜー! 約束だよ!」
「わっ、恵。急に抱き着いてこないでよ……」
無邪気にじゃれ合う恵さんとテツくん。
テツくんは流していましたが、私には分かりました。
恵さんの目は本気で、本心からテツくんとずっと一緒にいたいと思っているのだと。
それを理解すると同時に、私の心にこれまでなかった想いが芽生えました。
————負けたくない。
テツくんを誰かに渡したくなんてない。それが幼馴染で無二の親友相手であろうと、絶対に。
ずっと気付いていなかったけど、私はテツくんに恋をしていたのだと、その時ようやく理解したのです。
それからはあっという間だったと思います。
恵さんに負けないよう、自分磨きを始めました。
オシャレに気を遣い、服も自分に合ったカワイイものを選び、テツくんが好きになってくれるような子になろうとひたすら頑張ったと思います。
なにせ周りにはライバルが多すぎました。
恵さんは勿論最大の警戒対象でしたが、玲奈さんだって油断なりません。
男友達だって凄く多いのに、真っ先に優先するのは必ずテツくんなんですから。
どれだけ男子から好意を向けられても、そんなもの意に介すこともなくテツくんを遊びに誘う光景を見ていたら、もう気が気ではありません。
(玲奈さんがテツくんに告白したらどうしよう。ううん、恵さんだって毎日のようにテツくんに愛の言葉を囁いてる。あれが冗談じゃないって気付いちゃったら……ど、どうしよう)
多少自信が持てるようになったとはいえ、私は恋に関しては臆病なままでした。
自分から告白する勇気は持てず、かといってアプローチらしいこともロクに出来ない。
「ちょっ、やめてよエリス。急にどうしたのさ」
「ふふっ、なんとなくですよ。テツくんは可愛いですね」
ストレスが溜まっていき、私の想いは伝えることが出来ないまま彼をからかうという形で僅かに発散するという、歪んだ形に関係は次第に変化していきました。
伝えたい言葉は他にあるのに、自分からは言えない。だから気持ちに気付いて、彼から告白して欲しいのに、なんでしてくれないのか。
身勝手であるのは百も承知でしたが、自分ではどうすることも出来ません。
そうしてストレスを溜めこみ続けていたある日、ひとつの転換点が私に訪れました。
他のクラスの男子に呼び出され、告白を受けたのです。
「ごめんなさい、私は貴方と付き合うことは出来ません」
当然断りました。私には既に好きな人がいるのですから。
ですが、断ったとき、私は見てしまったのです。
————この人、なんて悲しそうな顔をするんだろう。
それだけ私のことが好きだったのでしょうか……そう思った時、胸の奥で何かがズクンと蠢くのを感じました。
そして同時に、私を襲う多幸感。底に溜まっていたストレスが、晴れていくような感覚。
(な、なんですかこれ。なんだか、凄く気持ちいい……!)
目の前の男子を振ったことで彼が見せた表情。
それを見て、私は確かに優越感を得ていたのです。
それが自分の性癖であると気付いたのは、二人目の男子を振った時のこと。
そしてそのことでストレスが発散出来ることにも気付きました。
となれば、後はもう話が早い。
私は自分が告白出来ない憂さ晴らしを兼ねて、意識して男子に優しく接するようにしていきました。
多分、それを見てテツくんに嫉妬して欲しい気持ちもあったと思います。
まぁ彼はぜんっぜん気付きもしませんでしたけどね! そのせいで更にイライラしてストレスは加速するわ、告白は増えるわと、負のループを重ねていったわけですが……それは今話すことでもないでしょう。
「全部テツくんが悪いんです。悪い子であるって自覚だってちゃんとあるんですよ……?」
だからお仕置きって言葉にも反応してしまったし、なんなら期待だってしちゃったのに。
こんなの、絶対に許せません。
「でも好きーーーー! なんで気付いてくれないんですかもーーーー!!」
いっそ本気で嫌いになれたら楽になれるんでしょうか。
そんなことを考えながら、結局私は一晩中彼からの連絡を待ち続けたのでした。




