16話:潜入者*6
それから、グレイ達はほんの少々、アンドレア王子抜きで会議をすることになった。
即ち……『もう、お兄様に偽エメディアの話をしちゃってもいい?』ということである。
……王位継承を争うにあたって、エメディアがアンドレア王子より一歩抜きん出るために隠していた情報であったが、今この状況においては、下手に隠しておいても危険である。
ということで、エメディアの提案は、さっさと全員に了承され、そしてアンドレア王子にも共有されることになった。
即ち……『鉄の棺』の中に居た偽のエメディアの体と、アイオンの右手に乗り移った『何か』、そして、それを移した先で『エメディア』と名乗ったその何かについて。
「な、何?偽物のエメディア、だと……?」
案の定、それらを告げられたアンドレア王子は、大いに困惑した。
妹の……それも、恩恵を逆向きにされることも無くなった今、只々愛おしいだけであろうエメディアの、偽物の話だ。
「なんという……一体、メカニジアは何を考えていたのだ……?」
「さあ……。グレイがちょっぴり聞き出してくれたところによれば、『何か大変なことが起こりそうで、それを阻止しようとしている』ってことらしいけれど」
「何も分からん……」
「そうなのよ。彼女については、本当に、何も分からないのよ……」
エメディアとアンドレア王子が揃ってため息を吐く中、エメディアのメイドがそっと、3杯目の茶を淹れ始めた。……とても嬉しそうである。気疲れしている一行にひたすら茶もといポーションを出せるということで、それが嬉しいらしい。
更に、例のふくよかな女性も、いそいそと嬉しそうにやってきて、食後の茶菓子と言うには少々多すぎるほどの菓子類を置いていった。食べさせたいらしい。とにかく、食べさせたいらしい。
……とはいえ、彼女らの気遣いも、今のアンドレア王子には丁度よかったようだ。『取り調べがあったものだから、夕食がまだでな。頂こう』と笑って、彼は早速、茶菓子を食べ始めた。ふくよかな女性はこれを柱の陰からにこにこと見守っていた……。
そうしてアンドレア王子が菓子類を、そして『お夕食がまだということでしたらこちらも!』とまた運ばれてきた軽食の類を食べ進める横で、『見てたら腹減った』とスファルも菓子類をつまみ始め、エメディアも『見てると食べたくなっちゃうのよ……』とまた菓子類をつまみ始めてしまった。
「……まあ、その、『誰がどこで監視していて、従者を殺したのか』については、その……従者の義肢か何かに、例の『意思』のようなものが搭載されていた、と考えれば筋が通るな……。もう少し浪漫のある話があればより良かったが……」
そんな中、菓子類に手を付けず、ただ茶のカップを傾けるばかりであるアイオンはそう言って『やれやれ』と肩を竦めてみせた。
「ひとまず、アンドレア王子の疑問にはお答えできたのではないかな?無論、『義肢に意思が宿っていて、それが従者を殺した』というもの以外に正解がある可能性も、まだ捨てきれないが」
「いや……ひとまず、それで考えておいて問題無いだろう。今は、手段が何であったかを考える必要は無い。ただ、『従者が自分の意思以外で死んだ』という可能性を考えられればそれで十分だ。必ずしも正解を追い求める必要は無いだろう」
アンドレア王子はそう言って茶のカップを置いた。……そこへすかさず4杯目が注がれた。エメディアの従者達はすこぶる元気である。
「して、その……例の従者の義肢は念の為保管してあるのだが、下手に保管しておくと、危険か……?」
「……まあ、これから機械類を近づけなければ大丈夫だと思うわ。そのまんま燃やしちゃうとかでいいんだったわよね?」
「心配ならそれらも一度調査してみた方が良いだろうが……義肢に『他の機械に乗り移るための機構』を搭載しつつ見た目を人間の生身のそれと変わらないように保つ、というのは少々難しいからな、然程警戒する必要は無いだろう」
……それから、主にアンドレア王子とアイオンとで話が進み、従者の義肢であったものの処理については、『ひとまず、念のため調査してみる』ということで落ち着いた。
ジョードにはまた苦労を掛けることになるが……彼は、エメディアが頼めば快く引き受けてくれることだろう。
「おい、グレイ。俺としてはよ、別のところが引っかかる」
そんな話し合いがアンドレア王子とアイオンとの間で進んでいる横で、ふと、スファルが隣のグレイをつっついてきた。
「今回死んだ従者ってのは、恩恵持ちだったわけだろ?……それを、こんなにアッサリ処分しちまってもよかったのか?っつうことだ。敵は何考えてやがるんだ?」
……スファルの疑問には、一理ある。
確かに、恩恵持ちは貴重である。特に、『恩恵の効果を逆にする』という、エメディアの恩恵を封じるためにあるかのような貴重な恩恵を、こんなところで処分してしまってよかったのだろうか、という疑問は、グレイも抱かないでもない。
「……まあ、確かに、まだ活用できなくはなかったと思う、が……」
「しかし、あれはエメディア姫やアンドレア王子に露見していないが故に強力であった恩恵です。エメディア姫とアンドレア王子、どちらにも知られてしまった以上は、生かしておく意味が最早無い、と判断されても仕方ないのでは」
グレイとルイナは、それぞれに意見を述べる。……グレイとしても、概ねルイナと同意見である。
『恩恵の効果を逆にする』ということができれば、確かに様々な恩恵持ち相手に有利に立ち回ることはできるだろう。
しかし……効果が限定的だ。実用的とは言い難い。
例えば、例の従者は、かなり上等な魔石を消費して、例の恩恵を使っていた様子である。つまり、それだけの魔力が必要であったということであり……より魔力を多く持つ相手に効果を及ぼすには、それ相応に更なる魔力が必要になるのだろう。
更に、消費する魔力の量を考えてみても、効果の対象は1人か、或いは使用者本人に加えてもう1人、といったところであろう。
……1人で戦う分には使えても、それ以外ではあまり使いどころのなさそうな恩恵ではある。
だが。
「……皆様お忘れかと思われますが、ディアナバレイには『恩恵』を取り出す技術があります。太陽の竜は、メカニジアと手を組んでいました。ならば、メカニジアにもその技術は流出していると見ておくべきでしょう」
ルイナが、それを思い出させてくる。グレイとスファルは顔を見合わせて、『そういやそうだった』と思い出す。
……どうも、『恩恵を奪われる側は死にそうだが、奪う側は生きて恩恵を得られる』ような話であったが……それが、もう少し柔軟な技術であったならば、どうだろうか。
例えば……。
「その技術とやらで、『複製』はできるのか?」
グレイが一番に危惧するのは、そこである。
もし、『恩恵』が複製できるのであれば。
……あらゆる敵が皆、恩恵を逆にできるようになっていたとしたら、中々に厄介なのだが……。
「……そこまでは、分かりかねます。必要でしたら、ディアナバレイ国王を脅して問い質して頂くのが一番早いかと」
ルイナが少々悔しそうにそう言うのを聞いて、スファルがグレイの隣で、『こいつも割と、力で手っ取り早く解決するのが好きなんだよな……』と何やら嬉しそうに頷いていた。親近感を覚えているらしい。
「……まあ、そこも含めて、エメディア次第、か」
「そうですね。ディアナバレイとのやり取りには、エメディア様にご出席いただくのが最も効率的でしょうから」
どうも、またディアナバレイに行く羽目になりそうだが……物事には順番というものがあることは間違いない。
……ディアナバレイ以外にも、ジョードのところへ従者の義肢関係の調査を依頼しなければならないのだ。その辺りを含めて、一度、相談ということになるだろう。
……ということで。
「じゃあ、明日はジョードさんのところへ戻りましょう。従者の義肢の調査をお願いするのと……あと、私の偽物のアレも、もうちょっと調べておいた方がよさそうだし……」
ひとまず、グレイ達の明日からの方針が決まった。
……やはり、従者の義肢については現物があって、それが何か悪さをしないとも限らないので……早めに処理してしまいたい。ディアナバレイよりはそちらが先だろう。
とはいえ、『恩恵を奪い、複製できるのか』という点については早めに聞いておきたいところではある。ということで、こちらについてはエメディアが先にディアナバレイに『ちょっと聞きたいことができたから近々そっちに行くわね』という書状を送ることになった。
……少々脅し文句めいた文章が並ぶことになりそうだが、それは仕方あるまい。何せ、ルイナがエメディアと一緒に嬉々として文面を考えていたので……。
そうしてアンドレア王子はそのまま、エメディア離宮に泊まることになった。というのも、『下手に王城内部へ戻るよりここの方が安全よ!』とエメディアが説得したからである。
……また。
「ようやく話す時間を貰えたな」
……どうも、アンドレア王子は、この期に及んでまだ、グレイと話す気であるらしいので。
『寝るまで少しの時間でいい』ということだったので、グレイはアンドレア王子に割り当てられた客室に来ている。
グレイとしては、落ち着かない。何せ、アンドレア王子は今、間違いなくグレイに対して嫌悪感を抱いているはずであるので。
……だが。
「その、今、俺と話すのは、嫌じゃ、ないのか?」
開口一番にそう、グレイが尋ねてみると、アンドレア王子は苦笑しながら首を横に振った。
「嫌なら話そうなどとは言わないとも。……無論、貴殿の恩恵の影響は受けているのだろうな。昨日までのように、貴殿に対して底知れぬ魅力のようなものを感じるわけではないし、貴殿になんとしても好かれたい、という訳でもない」
……どうやら、アンドレア王子はグレイの恩恵の影響を受けているにもかかわらず、それでもグレイと『普通に』接しようとしているらしい。
エメディアについても、他の仲間達についてもそうだが……物好きだな、とグレイは思う。同時に、それを嬉しく思ってしまう自分が少々、疎ましい。
「しかし……貴殿こそ、私に対して思うところはあるだろう。その……」
一方、アンドレア王子も何やら気まずそうにそう言って、何やら言い淀んだ。その様子がなんとなくエメディアに似ていて、『ああ、よく似た兄妹だ』とグレイは少しばかり可笑しく思う。
「その……不躾なことを、聞くが」
「貴殿は……あの従者の恩恵が、ずっと続いていれば、と、思わないのか?或いは……あらゆる人間がそうであれば、と」




