15話:潜入者*5
そうして。
「はあ……。グレイが提案してきた時にはどうしようかと思ったけれど、上手くいった……のよね?」
「ああ。目的は果たせたし、謎も解けたな」
グレイ達は一度、エメディアの離宮へと戻ってきた。というのも、アンドレア王子が『では早速、処理に取り掛かるので離宮に戻っていなさい』とエメディアに告げたからである。
……曰く、『見ていても面白くないことをすることになるだろうから』とのことであった。これにはエメディアも、大人しく従った。
ということで5人は再び、エメディアの離宮でのんびりと、そしてグレイについてはぐったりと……休憩することになったのだが。
「でも、失敗だったわ……。お兄様が、こんなにグレイを気に入っちゃうとは、思ってなかったの……」
……エメディアの深刻そうな表情で発された言葉を聞いてしまい、グレイはいよいよ疲れ切って動けない。まさかここまで翻弄され、気疲れすることになるとは!
「……あんたの兄さん、やっぱりおかしいんじゃないか?」
「それを言ったらね、私もおかしいってことになっちゃうのよ」
「……あんたもおかしいんじゃないか?」
「言うわね!このっこのっ」
エメディアはウサミミを繰り出してきた。ウサミミは『心得た!』とばかり、耳をみょいみょい伸ばしては、グレイをぺちぺち小突いてくる。柔らかいだけで痛みは無いが、ウサミミの心意気だけは伝わってくるのであった。
一頻り、グレイはウサミミの耳の猛攻を受けることになった。やがてウサミミは満足したらしく、グレイから離れ、エメディアの頭の上へと戻っていった。
「しかし、今回のこれは、ローザテイル王国の根幹を揺るがしかねないことでは?」
そんなウサミミを眺めながら、ふと、ルイナがそんなことを零した。
「アンドレア王子の報告を待つことにはなりますが……もし、かの従者が国外からの指示を受けていたとしたら」
「メカニジアからの指示である可能性が高い、ということだな?ふむ……実に危機的な状況だ」
ルイナが暗い面持ちでいる一方、アイオンはこの状況を楽しんでいるようにすら見える。が、これはこれで、アイオンはエメディアやローザテイルの状況を案じてはいるのだろう。
「数年前にあの従者が雇い入れられたということならば、数年前には既に、メカニジアの間者が入り込んでいた、ということになる。既に、ローザテイルは侵略を受けていた、と……。我が祖国は一体、何をしたかったのやら!」
「そう、なのよねえ……」
アイオンが嘆くと、エメディアもため息を零しつつ、首を傾げる。
「……多分、私とお兄様を仲違いさせたかったんだと、思うのよね。それで、国を割りたかったんだと、思うんだけれど……でも、そこまでして手に入れたかったものって、何なのかしら……」
エメディアが首を傾げるのを見てか、ウサミミも、へにょ、と耳を傾げる。……だが。
「あんただろ」
答えは見えているのだ。
もし、本当に『メカニジアが』エメディアとアンドレア王子を仲違いさせるためにここまで色々と工作してきたのだとすると……その答えは、1つであろう。
「……メカニジアは、あんたを欲しがってた。ずっとだ。だから……あんな機械まで、作ったんだ。違うか?」
そうして、その日の夜。
今日も個性豊かに過ぎるエメディア離宮の使用人達の大喜びの様子をたっぷりと味わい、夕食をたっぷりと食べさせられ、そして茶かポーションか分からないものを飲み……とやっていたところ。
「エメディア様!アンドレア王子がおいでですよ!」
例の、『たくさん食べさせるのが趣味』と豪語していたふくよかな女性使用人がせかせかとやってきて、食後の茶およびポーションを飲んでいた一同の空気が張り詰めた。
「お通しして。それからお茶をお願い!あ、お茶はお兄様の疲れを和らげるものをお願い!でもあんまり奇抜なものは入れないで!毒蛇とか蜘蛛とかは駄目よ!」
エメディアの言葉を聞いたメイドが嬉々として茶葉の調合に走る中、アンドレア王子のものと思しき足音がしっかりと食堂に近づいてきて……そして。
「夜分にすまない。だが、報告は早めに行うべきだろうと判断したので、来てしまった」
少々疲れた様子のアンドレア王子がやってきた。
……やはり、『早急に』報告が必要な類の情報が出てきてしまったらしい。
アンドレア王子も食卓に着いたところで、早速、茶が供された。アンドレア王子は、『ところで、この茶は……飲み物か?』と、なんとも言えない顔をしていたが、エメディアが『ええ、飲み物よ』と断言したため、諦めてそれを飲むことにしたらしい。心の広い王子である。
そして。
「まあ……それでは、結論から言おう。例の従者は、メカニジアの者だった」
「ああ、やっぱり……」
案の定と言うべきか、この一件はやはり、メカニジアが糸を引いていたものであったようである。予想していた通りの結果であっただけあり、グレイ達の混乱は少ない。
……だが。
「だが、分かったのはそれだけだ。その上、少々不自然な点があるのでな……意見を聞きたい」
「不自然な点?」
「ああ。まあ、一通り聞いてもらった方がよいだろうな……」
アンドレア王子は少々難しい顔で、そんな前置きをしてから、例の従者の取り調べについて話し始めた。
「まず、あの従者は中々情報を吐かなかった。随分と天晴なことだったな……」
アンドレア王子は少々苦い顔でそう言って、ため息を吐いた。……従者の情報を吐かせる過程では、決して愉快ではないことをしたのだろう。
「だが……調査の途中で、その……腕が義手であることが判明してな」
「ほう」
アイオンが身を乗り出す。グレイとしても、自分自身が義手を使っている身であるので気になるところだが……。
「……義手は、アイオン卿のそれのように、見てすぐ義手と分かるものではなかった。どうも、義手の上に、人間の皮膚に見えるような長手袋を着用していたようでな……」
「ああ、人工皮膚の手袋か。私も1つ持っていた。尤も、メカニジアの屋敷に置いてあったので、今はもう消え失せているだろうが……」
人間の皮膚と見紛う手袋、というと、グレイには今一つ想像ができないのだが……アイオンには『ああ、アレのことか』と分かる話であったらしい。つくづく、メカニジアの技術は凄まじいものがあった。
「まあ、義手ならば外してしまって構わないだろう、ということで、外した。ついでに、アイオン卿が四肢全て義肢だったと聞いていたのでな、まさかと思って、四肢全てを確認したところ、やはり彼も四肢の全てが義肢で……」
「おお……それは随分と思い切ったことをした奴だったな……」
アイオンは、『敵ながら天晴』と虚空に向かって拍手を送った。……アイオン自身が体を義肢に置き換えたのは、怪我による欠損などではなく『より強くなるため』であったらしいので……例の従者についても、思うところがあったのかもしれない。
「四肢全てが義肢、ともなると、流石にこれはメカニジアの手によるものだろう、と思われたのでな……そう聞いてみたところ、流石にそれは認めた。否定するだけ無駄だろうと思ったのか、それ以前に与えられていた苦痛に耐えかねたか……まあいい。問題は、その直後だ」
アンドレア王子は暗い面持ちでため息を吐きつつ、言った。
「ローザテイルへ潜入していた理由などを聞いてみたところ……死んだ」
「えっ……死んだ?」
「ああ、そうだ」
唐突な話に、グレイ達は皆、驚くしかない。
……捕虜が自死を選ぶということは、ままあることだろう。味方の陣営への被害をもたらすくらいなら、と、自ら命を断つ忠義者も居ることだろう。だが……それを許すアンドレア王子であったとは、思いにくい。
四肢を失って尚、自死できたとしたら、舌を噛んだか、口の中に隠しておいた毒を飲むか、といったところだろうが……そのいずれについても、ある程度対策できる。
毒なら先に口内なり何なりを調べておくことができるし、既に飲んだと思われる毒の種類によっては、解毒剤を与えておくこともできるだろう。
そして舌を噛まれたとして、それで即死するわけではない。適切に処理をしてしまえば、生かすことはできるだろうが……。
「あまりに突然のことだったのでな、舌を噛んだか、と思ったのだが、そうでもない。毒も当然、対策してあった。しばらく、取調室は混乱していたよ」
アンドレア王子は疲れた顔で茶のカップを傾ける。彼の様子から、『混乱』がどんなものだったかが想像できるようだ。
「結局、調べてみたところ……どうも、首の後ろに、何やら奇妙な機械が埋め込まれていることが分かった。そして恐らくは、それが熱か何かを発して、延髄を焼き切ったのだろう、と」
「ええええ……」
エメディアが絶句している。グレイもそういう気分であるし、同時に、『エメディアにそんな物騒な話を聞かせたくない』という気分でもある。だが、エメディアにも聞く権利があるので、文句は言えない。
「アイオン……ええと、そういう機械って、メカニジアにはよく有るの?」
「無い。……否、聞いたことが無い、というだけで、存在は、していたのだろうな……」
アイオンはアイオンで、元々メカニジアに居ただけあって……そして、四肢を義肢に置き換えたり何だり、と、この中で最も機械に近い体を持っているだけあって、衝撃が大きいらしい。
……アイオンは、そっと自分の首の後ろを触っていた。自分の覚えのない機械がありはしないか、という確認らしい。
これについては全員が心配になったので、全員でちらちらとアイオンの首の後ろを眺めることになった。ウサミミに至っては、しっかり触診していた。……が、特に何も無いと判断され、ひとまず、全員が胸を撫でおろす。
そんなグレイ達一行を眺めて、アンドレア王子は『仲の良いことだ』と微笑んだ。
「さて……まあ、そういう訳で、碌に情報は得られなかった。あの従者がメカニジアの手の者だったことが分かっただけだ」
そうして、アンドレア王子は改めて、深々とため息を吐いた。そんな彼のカップにはおかわりの茶が注がれた。……2杯目は、1杯目とは違う茶であるらしい。アンドレア王子はそれを飲んで、飲んでから『これは……疲労回復ポーション……』と、何とも言えない顔をした。
「しかし……敵がメカニジアからの者であった、というのは大きな情報です」
同じく2杯目の茶を飲み始めているルイナは、瑠璃紺の瞳の間、眉間にしっかりと皺を寄せながら呟く。
「問題は、例の従者が『本当に自死だったのか』ですね……」
「ああ、私も同じことを考えていた」
ルイナの呟きに、アンドレア王子も『その通り』とばかりに反応した。
「彼自身が、例の装置を起動して死んだなら、まあ、よい。だが……もし、彼自身の意思ではなく、装置が起動して、彼を殺していたのだとしたら……」
そして、アンドレア王子は一気にカップの中身を飲み干して、遠い目をした。
「……どこで誰が監視していたのやら、と思ってな……」
……グレイ達は、顔を見合わせた。
恐らく、グレイ達の頭の中には全員同じく、『アイオンの右手』が蠢いている。




