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それでも、最強の盾であれ  作者: もちもち物質
第三章:不死の魂
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17話:差し伸べられる手*1

 一瞬、何を聞かれたのか理解し損なって、グレイは逡巡した。

 だが、言われた言葉をきちんと咀嚼して、考え直して……そしてようやく、結論が出る。

「いや、それは駄目だ。そうしたらエメディアが嫌われることになる」


 もし、あの従者の恩恵がずっと続いていたら……アンドレア王子は、グレイに対してずっと好意的であっただろう。否、今も、彼は『普通に』接しようとしてくれているが……それでも、『俺のことが嫌だろうに、無理をさせて申し訳ないな』とグレイは思うのだ。

 そう思わずに済むのなら……アンドレア王子が、理性で感情を御す必要もなく、グレイと『普通に』接してくれるのならば……それは、とても嬉しいことだ。

 ましてや、あらゆる人間がそうであったなら……グレイはどんなにか生活しやすいことだろうか。

 できるだけ人目に触れないように外出する必要は無く、酒場に入ってできるだけ隅の方の席を選ぶ必要も無く、自分などに食事を運んできてくれる給仕に多めのチップをはずんでやらねば、などと気を遣う必要も無いなら。話す相手に顰め面をされるのではなく、笑いかけてもらえることが当たり前であったならば。

 ……そう考えれば魅力的な話にも思えるが、だが、同時に、『俺は別にこのままでもいい』とも思うのだ。

 そう。グレイ自身は、このままでもいい。今のままでも十分……十分すぎるほどに恵まれているし、満足している。

 そして、エメディアがグレイと同じようになることは、何としても避けたい。

 今回のことだって、そうだ。アンドレア王子とエメディアが不仲でなければ、あらゆる問題が容易く解決したのではないだろうか。

 ……彼女は、好かれているべきだ。だから、恩恵が逆になるようなことなど、今後一切、無い方が良いのである。


「……そうか」

 グレイの返答を聞いたアンドレア王子は、少し寂しそうな、それでいて尊敬の念を湛えた目を、グレイに向けていた。

「やはり貴殿は高潔な精神を持っているのだな」

「……そんなんじゃないさ」

「そうだろうか?……エメディアが貴殿を気に入る理由がよく分かる。私も、恩恵の影響を受けて尚、貴殿を傍に置いておきたくなっているのだぞ」

 アンドレア王子はそう言って笑って、それからふと、真剣な顔をする。

「貴殿の物静かな性質は、傍に置いておくのに丁度いい。献身的で、忠義に篤い。そして高潔な精神に溢れ……歪みなく善性の人だ」

「買いかぶりすぎだと思うが」

「そうだろうか?私は今、貴殿の恩恵の影響を受けていて、それでも、『居心地が良い』と思うぞ?」

「嘘だろ?」

 思わず口に出してしまってから、『不敬だっただろうか』と思ったグレイであったが、アンドレア王子はきょとんとした後、くすくすと笑った。……笑い方が、エメディアに似ている。ああ、何ともよく似た兄妹だな、と思うと、グレイの口元が何となく、緩む。

「貴殿の良さはもう分かっている。一度、例の恩恵の力で、貴殿のことをいたく気に入ってしまったが……あの時に感じたことは、増幅されていたとしても、決して、間違いではなかったと思う」

 が、アンドレアの褒め殺しはまだ続く。グレイは『こんなところまで兄妹揃って似なくていいんじゃないか?』と思ったが、アンドレア王子はなんとも生き生きと話すものだから、止めようがない。そもそも止めると不敬である。恐らくは。アンドレア王子は一向に気にしないだろうが!

「恩恵を受けたとして、物事の本質が見えなくなるわけではない。貴殿が積み重ねた護衛の実績も、貴殿がそれとなく示す心配りも、恩恵に関係せずそこにあるのだ。……この恩恵は、理性で十分に捻じ伏せられる。捻じ伏せた後に残るのは、ただの善い人間だ」

 ……また、このように褒められ続けているのは、何やら……身に余る言葉ばかりで居心地が悪いはずであるのに、どうにも、嬉しい、と、思ってしまうのだ。

 よくない、浅ましい、とは思いつつも、グレイの内で何かが満足気にしているものだから、アンドレア王子を止められない。

「いや、本気なんだ。どうだ、グレイ・シンダー殿。貴殿は、私の元で働く気は無いか?」

「あ、いや……その」

 ……とはいえ、グレイとしては『本当にこの王子、おかしいんじゃないか?』と思わないでもない。恩恵が正しく効くようになって尚、これなのだとすると、本当に、いよいよ、おかしいのでは、と。


「その、誘ってもらえるのは、身に余る光栄だし、嬉しくも、思うんだが……俺は今のところ、エメディアの護衛だ。それに、今の……仲間達、を、気に入ってる」

 だが結局のところ、グレイの結論は変わらない。

 ……気に入られるのは、嬉しいことだ。だが同時に、気に入っているものがあるのも、嬉しいことだ。

 今、グレイは人生で初めて、『気に入った仲間』を持っている。……仲間達にも、なんとかかんとか、無理をさせつつも、受け入れられている。それがとても、心地いい。

 だから、今の場所から移る気は無かった。アンドレア王子に仕えるのが不相応だとか、そういう話は抜きにしても、やはりグレイは今のままがいいと思う。

「……そうだな、止めておこう。やはり、先程の勧誘は聞かなかったことにしてくれ。エメディアにまた怒られそうだから……」

 そしてグレイの話を聞いたアンドレア王子は、苦笑しながらそう言った。

「恩恵があって尚、これだけ欲しくなる男なのだ。私がそう思うのだから、エメディアはもっとそう思うのだろうしな……それに、盾が必要なのは確かに、私よりはあいつだろうし……うむ……仕方ない……エメディアに譲るか……仕方ない……」

 ……ついでに、そんなことを言いつつ、しょぼ、と少々しょぼくれて見せるものだから、なんとも愛嬌のある王子様である。こんなところまで、エメディアに似ている!




「……そうなんだ。エメディアは、実にかわいい妹でね。あいつが欲しがるものは何でも譲ってやってしまいたくなる」

 それから、続いてアンドレア王子はそんなことを言い出した。

 ……なので、グレイはつい、思わず、聞いてしまった。

「……王位も?」

 すると、アンドレア王子は『おや』と少し驚いたような顔をした後、なんとも嬉しそうに笑って頷いたのだ。

「ああ。あいつがそう望むなら王位を譲ってやってもいい、と思えるほどにかわいい」

 アンドレア王子はそんなことを言って……それから、ふと、寂しそうな顔をした。

「だがあいつは、王になるには優しすぎる」


 これを自分が聞いていてよいのだろうか、とグレイは一瞬迷ったが、アンドレア王子は、そんなグレイを見透かしたように、『付き合わせて悪いが、少し聞いてくれるか』と苦笑交じりに前置きして、話を続けた。

「……つい先日まで、メカニジアとの戦が見える情勢であったが……エメディアは、前線に立とうとしていた。知っているか?」

「ああ、知ってる。だからこそ、自分がメカニジアに和平を持ち掛けにいく、と言っていたが……」

 グレイも、その話は知っている。

 エメディアは『私は渉外官であって、同時に兵士なのよ』と言っていた。王女の身分でありながら、いざとなったら前線に立つのだ、とも。

 確かに、エメディアの魔法は強力である。ディアナバレイでの戦いを経てより一層研ぎ澄まされたそれであるが、それ以前から……グレイと出会った時からずっと、凄まじい威力であったことは間違いない。彼女であれば、兵士1000人分の働きをもこなすだろう。

 また、エメディアが前線に立ったならば、それはそれは士気が上がることであろう。エメディアを守ろうと兵士達は自らを鼓舞するであろうし、後方支援も、『エメディア姫が前線におられるなら』と気合いを入れるに決まっている。

 ……まあ、とにかく、エメディアは確かに、前線に立つにあたって非常に有用な人物であると言えるのだが。

「そうだな。まあ、あいつなら、メカニジアで交渉が決裂して、そのまま命を狙われたとしても何とかなるほどの魔力があることだし……実際、なんとか生きて帰ってきたからな……」

 アンドレア王子は少々遠い目をしつつそう言ってため息を吐き……そして、その表情を曇らせた。

「……そうだ。あいつは、命令を下すことよりも、命令を下された者達と共に動く方が、向いているように見える。どちらが優れているという話ではなく、向き不向きの話だ」


「王になるとは、皆の命を掌握しなければならないということだ。時には、自らを慕う民に『死んでこい』と命じなければならないこともある」

 一瞬、アンドレア王子の目に後悔らしいものが過ぎったように見えた。……彼には既に、そうした経験があるのかもしれない。何せ彼は、『次期国王』としてやってきた人物なのだから。

「だから私が王になろうと思った。……エメディアを王にさせてはならない、と、思ったのだ。……どうも、エメディアの恩恵が逆に働いていた時に抱いていた思いを思い返してみると、そんな思いを増幅されていたように思う」

「それは……」

 グレイは、自分やエメディアの恩恵が齎す効果について、あまり深く考えたことが無かった。というのも、考えるだけ無意味だったからである。

 どのようにグレイの恩恵が働いているかが分かったとして、グレイが嫌われることには変わりがなかったし……エメディアに好意を抱いてしまうことにも変わりがなかったので。

 だが……こうしてアンドレア王子の話を聞いていると、『理性で感情を御すということの難しさ』が分かる。

「難しいものだな。大切にしたい、かわいい妹だからこそ、彼女自身が欲している立場から遠ざけねば、と思うこともある。そしてそれは裏返せば、好意ではなく憎悪なのだ。ままならない」

「……そうだな」

 行動の根拠となるものが本当に理性なのか、感情に左右されてはいないか……理性と感情を切り離して行動を決めるということは、存外難しいことなのかもしれない。

 だからこそ、今、感情を無視してグレイの評価をしているらしいアンドレア王子に対して、グレイは尊敬の念が絶えない。




「すまない。つまらない話をしたな。こんな話をできる者は、中々居ないものだから……」

 やがて、アンドレア王子は少々ばつの悪そうな顔でそう言って話を切り上げた。

「いや、つまらない話じゃ、なかった。その、聞けてよかったと思ってる」

「そうか?ふむ……それならばよかったのだが」

 アンドレア王子は変わらずばつの悪そうな顔であったが、グレイの言葉は本心だ。

 ……アンドレア王子とエメディアの不仲の根幹が分かったし、エメディアが王位を目指すということがどういうことなのかも分かった。……聞けてよかった話だった、とグレイは思う。


「その……1つ、いいだろうか。頼み、いや、頼みなのかもよく分からないが、その……」

 と、グレイが考えていたところ、ふと、アンドレア王子は何やら、おずおずと切り出した。

 切り出した割に口ごもるので、一体何だ、とグレイは大いに警戒する。

 ……そして。

「……グレイ、と呼んでも?」

「……勿論」

 何を言っているのだこの王子は、と、グレイは唖然としつつ頷いた。

 こんなことにしり込みしないでほしい。仮にも王族であるという人が!


「それは……よかった!いや、何、エメディアが貴殿をそう呼ぶのを聞いて、何やら無性に羨ましかったものでな……ふふふ」

 だが、そんなグレイはさておき、アンドレア王子はなんとも嬉しそうにしているのだ。やはりこの王子、何かおかしいのではないだろうか。

「では私のことはアンドレアと」

「呼べない。流石に……流石に、それは……不敬だ」

「そうか?エメディアのことはエメディアと呼んでいなかったか?……あまり呼んでいないか。うむ……ならばそこまで我儘は言うまい……。またエメディアに怒られそうだし……」

 グレイは、以前エメディアがグレイに対して『エメディアって呼んでくれないのはどうして?』と尋ねてきた時のことをぼんやり思い出していた。……そして、『王族っていうのは皆、呼び方だの呼ばれ方だのを気にするものなのか……?』と、またぼんやりと、何とも詮の無いことを考えていた。

「そして、その……グレイ。忘れてくれるな。貴殿には、いつでも貴殿を雇い入れる準備のある者が居るのだ、とな」

「……ありがとう」

 ……まあ、いずれにせよ、グレイはどうやら、この不思議な兄妹には、多少、好かれているようであるので……身に余ることだとは思うが、それを嬉しくは、思うのだった。




「……という話だった」

「ええーっ!?お兄様、ずるい!ずるいわ!」

 そして、翌朝。朝食の席にて。

 エメディアから『昨夜はお兄様と何の話をしていたの?』と尋ねられたグレイは、王位の話をそのままするのも躊躇われたので、『やたらと褒められた。あと、グレイと呼んでいいか聞かれたので了承した』という話をした。

 その結果、エメディアは『お兄様が!グレイを!盗ろうとしてる!』と愕然としてしまったのである!

「エメディア。お前の心配は尤もだが、お前の大切な盾を奪う気は無いぞ」

 アンドレア王子は苦笑しながらそう言って、そして、グレイに向けて密やかに片目を瞑って見せてきた。……『王位の話は伏せておこう』ということであろうと思われたので、グレイはそれに小さく頷いて返した。

「そう?ならいいのだけれど……でもお兄様、隙あらばグレイを自分の手元に置いておこうとしてるでしょ」

「それはそうだが」

 ……そしてアンドレア王子がくすくす笑う横で、エメディアは『油断ならないわね!』とまた愕然としてしまった。ウサミミもエメディアの肩の上で、『油断ならない!』とばかり、耳を伸ばして震わせて、アンドレア王子を威嚇するのであった。実に忠義に篤いウサミミである。




「それで、お兄様は昨夜の残りの片付け、よね?」

「そうだな。あの従者を城に引き入れたのが誰であったかなど、調べることが山のようにあるので……ほら、お前、そう威嚇するものではないぞ」

 さて。

 アンドレア王子は答えつつ、ウサミミの耳を『へにょ』と押さえて威嚇を止めさせた。ウサミミは大人しく威嚇を止めた。ついでに、アンドレア王子に耳をもにもにと揉まれ始めたので、大人しく揉まれることにしたらしい。……するともう片方の耳をエメディアが揉み始めたため、非常に贅沢な状態になった!

「じゃあ、その間に私達は、例の義肢について、調べてもらってくるわ」

「分かった。そうしてくれ。義肢はお前達に預けよう」

 そうして互いに動きが決まる。

 アンドレア王子が例の従者の後ろの関係を探る一方、グレイ達は例の義肢……もしかしたら、従者を殺した犯人であるのかもしれないそれらの調査をすることになった。

 まあ、つまり、ジョードのところに持ち込む、ということになるが……。

「……で、そうなると義肢は俺が運ぶことになんのか?」

「そうねえ……。アイオンやグレイが運ぶとなると、鉄の棺からアイオンの右手に何かが移っちゃった時みたいにならないとも限らないし……機械が一切無い人が運んだ方がいいと思うわ」

 義肢の運搬は、スファルが行うことになるだろう。……腕の1本や2本程度なら、エメディアやルイナにも十分運べるだろうが、彼女らには、4本の手足をまとめて運ぶほどの膂力は無い。

 だが。

「……ってなると、グレイを運ぶのはアイオンか?」

 ……続いて、やはりこちらの問題が発生するのである。

 そう。グレイは、ただ出歩くにも問題が多すぎるのだ!


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― 新着の感想 ―
ふと思ったけどこのメンバーの総重量凄そうだなって。
贅沢な状態のウサミミ。 グレイの居心地悪いような嬉しいような気持ち。 いやはや、私も贅沢な時間を過ごしています。
また、エメディアが前線に立ったならば、それはそれは士気が上がることであろう。エメディアを守ろうと兵士達は自らを鼓舞するであろうし、後方支援も、『エメディア姫が前線におられるなら』と気合いを入れるに決ま…
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