18話:差し伸べられる手*2
アンドレア王子が『グレイを運ぶ、とは……?』と首を傾げたので、エメディアが『これこれこういうことでね……』と説明した。
すると、説明が進むにつれアンドレア王子は愕然としてしまい……グレイは非常に気まずい思いをすることになった。只々、気まずい。肩身が狭い。そして申し訳ない。
「……ええと、まあ、そういうことなのよ、お兄様。グレイはうっかり1人にしておくと、大変なことになっちゃうの!」
「なんということだ……」
アンドレア王子は天井を仰ぎ、エメディアは頭を抱え、そしてグレイは身を縮こまらせる。……そんな3者の中に颯爽と飛び込んでくるのは、いつもアイオンである。
「何、またグレイを罪人扱いして運ぶというのなら、私が看守役を務められるだろう。問題はあるまい?」
アイオンがそう、堂々と言ってくれたものだから、グレイとしてはありがたい。同時に、『また罪人か……』と、少々複雑な気持ちにもなるが……。
「つってもよ、大通りをただ歩くんじゃねえ。裏通りに向かう訳だ。ならグレイはまたバラして運んだ方がよくねえか?」
が、アイオンの申し出にもかかわらず、スファルはより強い懸念を打ち出してきた。グレイは、『まあ、バラされる分には構わないんだが』と思いつつ……しかし、自分の手足やそもそもの自分の生身の部分を、誰かに運ばせるというのも申し訳が無い。どう足掻いても、申し訳が無い。
「……俺は留守番してるか?」
なのでグレイは、『ついでに絨毯を整える係を例の使用人と一緒にやってみるのも悪くないかもしれない……』などと思いつつ、そう提案してみた。
丁度昨夜も、アンドレア王子の客室から自分の客室へ戻る道すがら、『あっ!グレイさん!ほら!これはエメディア様の足跡ですよ!一緒に見ましょう!ああ、美しいなあ……!』と目を輝かせる絨毯整え係の使用人に付き合って、絨毯に微かに残ったエメディアの足跡を眺めていたところであるので……。
しかし。
「うーん……でも、例の機械に聞きたいことも出てきちゃったし、なら、グレイが居た方がいいと思うのよね……、」
「ああ、エメディア姫を名乗るあの機械ですね。……確かに、あれからは聞き出さなければならないことがまだまだ多いように思われます」
……ジョードのところへは、グレイも行かねばならないようである。何せ、グレイの仕事があるので。
例の機械については、早めにもう少し、聞き取りを行っておいた方がいいだろう。あの機械が情報を握っていることは、確かなのだから。
……と、グレイ達が頭を抱えていたところ。
「……では、私が運びましょう」
なんと、ルイナがそう名乗りを上げた。
「……は?」
「え……?どうやって?」
「台車か?台車に載せて運ぶのか?まあ、鉱山ではそうやって鉱石だのと一緒に怪我人だのなんだの、運ぶこともあったが……」
他全員が揃って『どうやって……?』と首を傾げていると……ルイナは『少々心外だ』という顔で、答えた。
「……皆様、お忘れですか?私は『竜の巫女』です」
……そうして。エメディア離宮の玄関前の庭にて。
「ははははは!よかったじゃねえか、グレイ!罪人扱いじゃなくなったなあ!おい!」
「……そうだな」
笑い転げるスファルに何とも言えない顔で返しながら、グレイは……ドラゴンの姿のルイナに、咥えられていた。
「罪人じゃないけれど……その、これは……餌、よね……?」
「ううむ……餌、だな……。これからドラゴンの巣穴へ連れ去られ、そこで食べられるのであろう、と思われる姿だ……」
エメディアとアイオンが何とも言えない顔をするのも至極当然である。咥えられている今、グレイはさしずめ……餌なのである!
「いいじゃねえか!これならグレイが襲われることはねえだろうし」
「ええと、そうね?確かに、グレイが襲われることは無いと思うわよ?だってドラゴンに喧嘩を売る人なんてそうそう居ないでしょうし……そのドラゴンが私を乗っけてたら、もっと、そうでしょうし……」
……今回、ルイナはグレイを咥えつつ、エメディアを乗せて飛ぶことにしている。『2人も載せられるのか?』という疑問については、『それほどの距離でもありませんし、片方を咥えてよいのであれば、まあ、なんとか』とのことであったが……。
「……さっさと行こう」
「ほら、グレイもこう言ってることだしよ!行こうぜ!へへへ……」
……グレイとしては、これを面白がってくれるスファルの存在は救いであった。密やかにスファルへの感謝の念を抱きつつ、グレイはただ大人しく、『ドラゴンの餌』の役に徹するのであった……。
「何事かと思ったぞ、おい」
「ごめんなさい、ジョードさん。ええと……グレイの運び方は、これが一番安全だろう、って話になって……」
……そうして、グレイ達はジョードの工房へやってきた。
ジョードの工房の裏手には、少し開けた場所がある。廃炉の中にグレイが居を構えていた、例の場所であるが……丁度そこが、ルイナの発着陸の場所として丁度良かったのでそこへ着陸してみたところ、大慌てのジョードが出てきて出迎えてくれた、という訳である。当然であろう。家の裏にドラゴンが飛んできたのだから……。
「……で、なんだ、そりゃ。手足が増えてねえか?」
「ああ、ジョード老。これは私の手足でもグレイの手足でもないのだ。いわくつきの品でね」
「いわくつきだと?全く、厄介ごとしか持ってこねえな、お前らは……」
ジョードは渋々、といった様子であったが、一応は見てくれる気があるらしい。何だかんだ、グレイはこの老ドワーフに頭が上がらない。
そうして工房へ入ったところで、スファルが例の義肢を『ほらよ、こいつだ』と見せる。するとジョードは真剣な目でそれを見始めた。
「こいつは……メカニジアのもんだな」
「ほーう……分かるモンなのか、そういうの」
「元々はメカニジアに居たからな」
ジョードは義肢を検分しながら、『ほう』と面白そうに口元を歪めた。
「……で?こいつも、『意思』とやらがあるのか」
「ああ、そういうのも分かるものなのね……?」
「……そいつは分からなかったが。だが、妙な魔力の動きはあるからな……」
そうしてジョードは、早速義肢の特殊な部分を看破していきつつ、あれこれと検査し始めた。
「その義肢にも意思が宿っているのだとしたら、その意思も、エメディア姫を名乗るのでしょうか」
その検査を見ながら、ルイナはふと、そんなことを呟きつつ眉根を寄せた。機械がエメディアを名乗ることを、ルイナは殊更に嫌っているらしい。
「そいつは試してみねえと分からねえな。一応、それらしいもんを取り出せねえかやってみよう。だが……この間のとは勝手が違うぞ」
だが、ジョードはそんなことを言いつつ、首を傾げ、立派な髭を弄りつつ、『ふむ』とため息を吐いた。
「この中にある意思は、特に出てきたがってねえらしいからな」
「えっ……ええっ、そんなこと、あるの?」
「あるも何も、現にこいつがそうだからな。ほれ、繋いでもこっちに移ってこねえだろう」
エメディアが驚いていると、ジョードは『ほれ、ここをこう繋いであってな、前回のアレは、ちょいと繋いだだけですぐこっちに来たんだが』などと丁寧に教え始める。
……つくづく、エメディアには甘いのだ。この偏屈なはずの老ドワーフは。
「ええー……変ね。どうして前回と違うのかしら……」
エメディアは一通り、ジョードの説明を聞いてから、改めて首を傾げる。ウサミミも、へにょ、と耳を傾げたところで……ジョードはふと、口元を歪めた。
「……ま、『役割が違う』んだろうよ。ちょっと見てりゃ、じきに分かる」
……どうやら、ジョードには何となく、この義肢の中にあるらしい意思の正体が分かっているようだ。
ジョードは『ちょっとばかし、時間はかかるぞ』と言って作業に取り掛かり始めた。彼が『時間がかかる』と言うのならば、いよいよ、じっくりとやらねばならないことなのだろう。
ということで、アイオンは機材を借りて自分の義肢の清掃を始め、ルイナは弓や籠手の手入れを始め、そしてエメディアは勝手に茶を淹れ始め、スファルとウサミミはエメディアと一緒に茶を飲んで待つことにしたらしい。……誰の懐にでも潜りこめてしまうエメディアは、前回以前にジョードから、茶器の場所を聞いていたらしい。つくづく、偏屈な老ドワーフ相手によくやるものだ、とグレイは感心するしかない。
そして……仲間達がそうして思い思いに過ごしている中、グレイも自分の義肢や大楯の手入れをしていたのだが……それらが終わったところで、『よし』とスファルが立ち上がった。
「おい、グレイ。そっち終わったか?」
「ああ、終わった」
グレイは内心、少々苦く思いつつも、まあ仕方がないことだな、と割り切って頷く。
「じゃ、例の機械の取り調べだな。ほら、行くぞ」
……そう。グレイは、例の機械……エメディアを名乗るあの機械相手に、また聞き取りをするという仕事があるのだ。
グレイは、スファルと共に別室へ向かった。そしてそこに、例の機械が置いてある。……前回からずっと、動かしていない様子であった。
だが、その機械の手元の紙には『誰か居ないの?』『誰か』『さびしい』『お願い、返事をして』などといった文字列が大量に並んでおり、グレイはそれを覗き込んだことを少々、後悔した。
一方、スファルはグレイ同様にその紙を眺めて、『気味が悪いな』と顔を顰めた。……グレイも、スファルのように割り切ってしまえれば、よかったのだが。
何はともあれ、いよいよ2回目の対話だ。
スファルはただ黙って待つ。グレイはスファルに目で合図してから、そっと、機械の耳にあたる部分を、起動させた。
「……あー、聞こえるか」
そうしてグレイが話しかけると、途端、機械の腕部分が動く。
『アッシュ?』
……文字が並んだ。グレイの偽名を、しっかり覚えていたらしい。
「ああ。その、戻ってきたんだが……」
さて、ここから何をどう話そうか。長らく放っておいたこの機械相手に、どう立ち回るかを考えて……しかし、グレイはそんなことを考える必要は、なかったのである。
『アッシュ!あなたが戻ってきてくれて嬉しいわ!ありがとう!』
文字はグレイを歓迎する意を連ねていく。
『ねえ、少しお喋りしていく時間はある?お願い。私にはあなたしかいないのよ、アッシュ』
「……そうだな。じゃあ、少しだけ」
……グレイは、苦笑しながら機械相手の会話を始めた。
どうにもいじらしい機械相手に、少しばかり胸が痛む。
胸が痛むということは……絆されてきている、ということだ。




