12話:潜入者*2
「……グレイ・シンダー殿を?」
アンドレア王子の目が、輝いている。……グレイは、『俺を貸されることで目が輝く人間が居るんだな……』と、やはり何とも言えない気分になってきた。
「苦渋の決断よ。ものすごーく、苦渋の決断。私としてはね。でもグレイとしては、そこまで苦渋の決断ってほどでもないみたい」
一方のエメディアは、非常に渋い顔である。正に『苦渋』を絵に描いたような顔をしている。ウサミミも耳を縮こまらせて、『苦渋』を表現しているらしい。
「……よく分からないが、俺が居た方があんたに都合がいいなら、そうしてもいい、とは思ってる」
グレイは、『俺を貸し出されても困るだろう』と思っていたので、用意してきた言葉をそのまま述べた。……が、アンドレア王子は引き続き目を輝かせているため、グレイ自身、自分の言葉にあまり自信が無くなってきた。
「勿論……昨日、あまり話せなかったからな、もし時間を貰えるということなら、喜ばしいことだ。是非、よろしく頼む」
そしてアンドレア王子は、それはそれは嬉しそうにグレイの手を握り、微笑みかけてくる。……やはりこの王子はおかしい。グレイは改めて、それを確認した。
今回、グレイが貸し出されることになった理由は、至極簡単。
『アンドレア王子の側近がアンドレア王子に何かしている可能性を探るため』である。
……側近が何かしているのであれば、それを探るにはアンドレア王子の近くに居るしかないだろう。そして、アンドレア王子に全く警戒されていないらしいグレイであるならば、それが可能である、ということだ。
「で、お兄様。グレイを1日貸す条件なのだけれど」
ただし……敵地に潜入するようなものであるため、グレイ自身に何か無いとも限らない。グレイとしては、自分に何があっても別に構わないのだが、それによって仲間の足を引っ張ることは避けたい。
ということで。
「……アイオンもおまけでつけるわ!それが条件よ!」
「アイオン・シルヴァスターだ。お見知りおきを!」
……グレイの潜入に、アイオンも、ついてくる。
これがグレイ達の作戦の、全貌である!
「では、グレイ・シンダー殿。アイオン・シルヴァスター卿。いきなりで悪いが、1日付き合ってくれ」
……そうして、グレイとアイオンはアンドレア王子の居室……執務室と応接室が繋がったそこに、連れてこられた。
エメディアとは異なり、アンドレア王子は離宮を持っているわけではなく、城内に自分の場所があるらしい。この、執務室と繋がった応接室の他、私室が2つほどあり、応接室がまた別で1つあり、訓練所が裏庭に1つある、とのことであった。
更に細かく言えば衣裳部屋やら倉庫やら資料室やらもあるらしいのだが、そのあたりは『防犯上のこともあるので言えない』とのことであるらしい。まあ、詳しく言われても困るグレイとしては、少し安心している。
「いやはや、エメディア姫の離宮も美しかったが、アンドレア王子の執務室もまた、実用美に溢れた素晴らしい空間だ!そうは思わないか、グレイ!」
「ああ……うん、まあ、そう思う」
……そして、グレイよりもアンドレア王子よりも誰よりも元気であるのが、アイオンであった。
何故、グレイについてくるのがアイオンになったか、というと……元気だからである。
これが冗談でも何でもなく、アンドレア王子と不和を起こさないであろう人材であり、かつ、喋るのがあまり得意ではないグレイに代わって色々と喋ることができ、そして……義肢の都合で、あらゆる恩恵の影響を比較的受けにくい、ということでアイオンが付いてくることになったのだ。
まあ、グレイが黙っていてもアイオンがひたすら喋っているので、グレイとしては落ち着くので良しとするしかない。
……そうして、グレイとアンドレア王子、そしてそこにちゃっかり一緒に居るアイオンとで、茶のテーブルを囲むことになった。
グレイは『作法が分からない』と慌てたが、アイオンが『素晴らしい香り……そしてこの華やかな味わい!素晴らしい茶だ!』と大げさに褒め称え、そして大仰に動くのを見て、『作法どころじゃないか』と落ち着いた。
作法などどうせ自分には期待されていないのだ、と割り切ってしまえば、茶の味も分かるようになってくる。……やはり、味が良い。水とはちゃんと異なる味がする。香りも嫌いではない。つまり……多分、グレイはこの茶が好きなのだろう。
「口に合うか?昨日の茶会で、これは悪くなかったようだからな、同じ茶葉を選んだが」
「ああ、美味い。ありがとう」
グレイが素直に礼を言えば、アンドレア王子は嬉しそうに笑って、また茶を楽しみ始める。アイオンは何やら蘊蓄を語っているが、それは置いておくとして……。
「……その、昨日は不躾なことを聞いたが……あれから何か、分かったことは」
グレイはそう、切り出した。……エメディアの暗殺未遂について、もっと聞いておきたいと思ったのだ。
ここに触れれば、相手の襤褸が出るのではないか、という算段もあったし……同時に、エメディアの安全にかかわることならば、少しでも情報を仕入れておきたい、とも思った。
「ふむ……申し訳ないが、内密に調査を進めているので詳しく話せることが無いのだ」
だが、申し訳なさそうにアンドレア王子がそう言うので、これ以上の追求はできないな、とグレイはさっさと諦めた。……元より、然程期待してはいなかったので、落胆は小さい。
「だが、安心してほしい。少なくとも、今は私も父上も、警戒にあたっている。エメディアに危害が及ぶことは無いだろう」
「そうか……なら、よかった」
少なくとも、これを引き出せたことには意味がある。グレイはそう割り切ることにして、改めて、アンドレア王子を観察してみた。
……昨日のことがあったからか、少し、疲れているように見える。エメディアの話では、アンドレア王子は彼の恩恵によって疲れにくく、病気にもなりにくいとのことであったが……それでも少し疲れて見えるということは、もしかすると、昨日から碌に休んでいないのかもしれない。
「アンドレア王子。見たところ、お疲れの様子だな」
同じことを、アイオンも思っていたらしい。特に遠慮も無く口にしつつアンドレア王子を観察し、そして、『ふむ』と小さく頷く。
「エメディア姫が、『お兄様はお疲れのようだから』と言っていたが……お加減はいかがかな?」
「大した疲れではない。だが……まあ、今は妹の気遣いをありがたく受け取っておくことにしようと思う」
アンドレア王子は、素直にそう言って、苦笑した。……彼は、アイオンのことを然程警戒していないらしい。グレイが、アイオンの隣で落ち着いた様子でいるからかもしれない。
「そうした方がいい。人は、気づかぬ内に疲労に蝕まれ、そして朽ちていくものだ。特に、私のように体の一部を機械に置き換えたものでもなければ、尚更そうだろう」
そして、そんな中でアイオンはそんな話を突然に始めた。当然、アンドレア王子は驚きに目を瞬かせる。
「機械に?それは……」
「このように、だ」
……そして、アイオンは自らの右手の篭手を外して、その下にある義手を見せた。アンドレア王子は『なんと』と目を瞠って、まじまじとアイオンの義手を見つめた。
「ふふ。物珍しく思われるだろうと思ってお見せしたが、どうやらその甲斐はあったようだな」
「ああ……実に精巧な義手だな。よい職人が手掛けたのだろう。これほどのものは、ローザテイルでは滅多に見ないが……これは、メカニジアで作られたものか?」
「その通り。まあ、補修を幾度となく経たものだ。メカニジアで作られた部品ばかりではなくなってしまっている。そして今や、メカニジアは滅びた。『メカニジアで作られた』と言えるのも、後どれくらいだろうな」
アイオンは、ジョードのことは隠しておくつもりらしい。同時に、グレイの義肢の話はしないようなので、グレイも黙っておく。こちらの手は、明かしすぎないに限る。
「そうか……メカニジアの」
アンドレア王子は少しばかり、痛ましげな顔でアイオンの手を見つめる。……メカニジアの跡地を見てきたのだろうから、余計に思うところがあるのだろうが……。
「その、あんたはメカニジアの跡地を、見てきたんだったか」
グレイがそう尋ねると、アンドレア王子は、頷いた。
「……先日、メカニジアの跡地を視察してきた。凄まじい状況だった。あの国の王は、人民の命を何だと思っていたのやら……」
どうやら、メカニジア跡地の調査の話もしてくれそうである。グレイもアイオンも、興味深くそれに耳を傾け……。
「王子、お話し中失礼します」
そこへ、従者の1人がやってきた。……昨日見た従者と同じ者だ。
「何だ」
アンドレア王子は苛立ったように従者を振り返ったが、従者はアンドレア王子の耳元で、何やらひそひそと囁く。……また、急用だろうか。
グレイとアイオンは顔を見合わせつつ、『王子ともなるとやはり忙しいのだろう』『大変そうだな』などと囁き合い……そうこうしている間に、アンドレア王子の方も話がついたらしい。
「すまない。急用が入った。少しばかり席を外すが、自分の家だと思って寛いでいてくれ」
「お心遣い痛み入る。御多忙なようだな、王子」
「ああ。全く嫌になる。……すまない、グレイ殿。戻ったらまた話の続きをしよう」
「こっちのことは気にしないでくれ」
グレイとアイオンが見送る中、アンドレア王子は申し訳なさそうに執務室の方へと向かっていった。
……応接室と執務室は繋がっているので、少し向こうの方を覗き込もうとすればそちらの様子が見える。グレイとアイオンは何とはなしに背筋を伸ばしてそちらを眺めて……。
「……大変そうだな」
……アンドレア王子は、先程の従者が持ってきたらしい書類に目を通している。アレが何なのかはさっぱり分からないが、まあ、何か大切な仕事なのだろう。
「急ぎの書類か何かだろうな。ふむ……斯様に優美な宮中においても、優美に過ごしていられるわけではない、と。まるで水上の姿こそ優美であれども水面下では必死に足掻いている水鳥のようだ……」
グレイの『大変そうだ』という感想の数倍の分量の言葉を並べて、アイオンも『アンドレア王子の健康が心配だ。やれやれ……』と心配の意を表してくる。グレイはつくづく、アイオンのこの言葉の数の多さに称賛を贈りたい気持ちになってきた。
「……ん」
だが、グレイはそこで、ふと、奇妙な気配を感じ取った。
「どうした、グレイ」
「いや……魔力が動いた、気がして……」
「魔力?」
……アイオンには、何も感じ取れなかったらしい。となると、これは魔力がある程度高くなければ分からない程の……それこそ、グレイやエメディアほどにならねば分からぬほどの、微弱な気配なのだろうが……。
何か嫌な予感がして、グレイは必死に気配を辿る。グレイは、エメディアのように器用ではない。微弱な魔力を放って周囲の魔力を探知するようなことは、できない。だが……長年積み重ねてきた、盾持ちとしての目と勘がある。
「そこか!」
グレイは、卓上にあった燭台を掴んで、投げた。
優美な装飾の燭台は回転しながら飛んでいき……アンドレア王子の傍に控えていた従者の胸のあたりにぶつかった。
従者は怯み、何かしようとしたが……不意を突かれた従者より、グレイの方が速い。
グレイは卓の上で茶器を載せていた銀の盆を抜き取ると、それを持ってアンドレア王子の元へと走り、従者との間に割って入る。
「な、何を」
「こっちの台詞だ!」
怯んだ従者が何か、魔力を動かそうとしているのが分かった。分かった以上は、黙って見てはいられない。
……グレイはすぐさま、執務机の上の書類の束を蹴り上げて従者の目隠しをすると、従者の後ろに回り込み、そして、足払いを掛けて絨毯の上に引き倒した。
「な、何をしている……?」
アンドレア王子は困惑の声を漏らしていたが、グレイは引き続き、従者が妙な動きをしないように注視していた。
「アイオン!こいつの懐だ!」
「よし、任された」
そして、後から追いついてきたアイオンが悠々と従者の傍らにしゃがみ、倒れた従者の懐を探る。
「……ほう。魔石だ。上等なものだが……これはつまり、何らかの魔法を使おうとしていたな?ならば、翻意有り、と見てよいのでは?」
どうやら、従者が触れていたのは魔石であったらしい。ということは、自分の魔力以上の魔法を何か、使おうとしていたのだろうが……。
「……出ていってくれ」
アンドレア王子が、グレイ達を見下ろして、そう、言っていた。
「彼は私の従者だぞ」
……グレイを見下ろす目は、冷たい。




