11話:潜入者*1
……そうして、茶会は終わった。グレイ達の胸にはもやもやとしたものが残ったが……仕方がないだろう。
「あーあ、お兄様が演技していたようには、見えなかったのよね……。となると本当に、お兄様の側近達が暴走してる、ってことになるけれど……」
「身内すら統べられねえって?ならいよいよ王に向いてねえじゃねえか、アイツ」
スファルは辛辣だが、エメディアは複雑そうな面持ちのままため息を吐いた。
……アンドレア王子の、エメディア暗殺未遂。
アレはどうやら、アンドレア王子の与り知らぬところで行われていたようなのである。
あの後、アンドレア王子は大いに狼狽し、『取り急ぎ確認する』と、茶会をお開きにしてしまったのである。
あまりにも動転している様子だったので、グレイはつい、『エメディアは無事だったし、あまり気にするな。あんたは忙しそうだし、無理しないように』などと、全く性に合わないことを言ってしまったが……その言葉に力を得たかのように、アンドレア王子は何やら、動き始めた様子であった。
「まあ、ね……お兄様の側近の中に犯人が居るなら、お父様が動いていないはずはないから……そこの心配はあんまりしていないのだけれど」
エメディアはそう言ってため息を吐きつつ、野菜の酢漬けをぽりぽりと食べる。……茶会で余った軽食をいくらか包んでもらって持ち帰ってきたのだが、エメディアはどうも、この素朴な酢漬けを気に入ったようである。
「つまり、泳がせている、ということですか?」
「うーん、お父様のことだから、泳がせるなら私に教えてくださると思うのよね。つまり……もう処理済みなんじゃないかな、って思ってたんだけれど。でも、処理できないところ、例えば、国外からの差し金とかだったら厄介よねえ……」
エメディアが難しい顔をしていると、エメディアの腕の中からひょいと身を乗り出したウサミミが、酢漬けに耳を伸ばして……そして、きゅっ、と縮こまってしまった。想像よりも酸っぱかったのだろう。エメディアは『はい、あなたはこっち』と、甘い果物を一切れ与えてやっていた。
「ふむ。もしアンドレア王子が国外から操られているのだとすると……メカニジアか。何をやっているのだ、わが祖国は!」
「元々何やってんだって国だろ、あそこは……」
スファルは『アイオンが騎士をやっていられたことが何よりの証左である』というような顔でアイオンを小突いたが、アイオンは嘆くのに忙しいのであった。
「そもそも、本当にアンドレア王子はエメディア姫の暗殺計画に携わっていなかったのでしょうか?」
「……嘘には見えなかった」
続いて、やはりこちらはこちらで気になるのは、『そもそもグレイが見て思った程度のことで真偽を決めてよいのか』というところである。グレイはずっとこれを気にしている。何せ、自分の感性などアテにならないとよく知っているので。
「そうねえ……私にも、嘘じゃないように見えたわ。でも、お兄様が何かおかしいのは間違いない事実よね」
「あー、まあ、おかしいよな、お前の兄貴はよぉ……」
とにかく、アンドレア王子はおかしい。
何かと、おかしい。特に、グレイに対してここまで敵意が無いのが、おかしいのである。
「……正直なところね、暗殺計画については、もう処理済みかな、って私は思ってるわ。現に、私は今、無事なわけだし。だから、私としてはお兄様がグレイをやたらと気に入った様子なのが気になってるのよね……。本当に、グレイを懐柔して情報を手に入れることだけが目的なのかしら……」
……エメディア暗殺計画の出どころも気になるところではあるが、どうやら、こちらもいよいよ考えてみなければならないようである。
「ふむ。私にはアレが、まるで恋する乙女が少しでも相手に好かれようといじましく努力している様に見える」
「やめてくれ」
しょっぱなから、アイオンの詩的な表現にグレイは頭が痛む思いである。……アンドレア王子が恋する乙女のそれ、というのは、あまりにも……気味が悪い。その対象がグレイである分、余計に!
「そ、そうね……恋する乙女、っていうのは、ちょっと、どうかとも思うけれど……でも私も、似たようなことは思うわ。お兄様がグレイに好かれようとしているように見えるのは、それが『手段』なんじゃなくて、『目的』なんじゃないかしら、って」
「つまり、アンドレア王子はグレイに好かれることそれ自体が目的である、と……?」
エメディアとルイナの視線が、グレイにそっと向けられる。
「……やっぱり一目惚れ?」
「やめてくれ」
そしてやはりエメディアは真剣に考えてそこに行きついてしまうらしい。グレイとしては只々頭が痛い。
「あの、念のために聞くんだけれど、グレイ。あなた、もしお兄様に求愛されたらどうする?」
「……断ったら不敬にあたるだろうから、自死する」
「あー……変なこと聞いてごめんなさい」
「グレイ……お前は、その、誇り高き、良い戦士だ。ああ……」
……グレイを励ますように、スファルがそっと肩を叩き、そしてウサミミがグレイの頭に載せられ、そこから耳が伸ばされてこちらも肩を叩いてくれた。善い仲間達である。
「その、妙な風に思わないでほしいんだが、アンドレア王子については、別に嫌いじゃないからな」
それからグレイは、慎重に前置きしてからそう告げた。
……実際、アンドレア王子に対して、グレイからの嫌悪は特に無い。困惑は大きいし、警戒も抜けないが。それでも、グレイにまともに接してくれる数少ない人間の一人であるが故に、グレイはどうにも、アンドレア王子を嫌いにはなれそうにない。
「そうね。それなら妹として嬉しく思うわ。それに、お兄様がグレイを気に入ったっていうなら、それはそれで嬉しいことは嬉しいのよ」
エメディアはにこにこと、本当に嬉しそうに頷いて……それから、グレイの頭に載せっぱなしであったウサミミをそっと回収していった。
「だからこそ、そこに妙な思惑が無ければいいな、とは思ってるのだけれど……」
「だがおかしいからな、ありゃ」
スファルは横から野菜の酢漬けに手を伸ばしつつ、『ありゃおかしい』とやはり主張する。……まあ、おかしいことは間違いないのだが。
「好かれることが目的、というのであればいよいよ、彼は恩恵の影響を受けていないことになりますが……」
ルイナも、何やら真剣に考え始めて……そして。
「そう、恩恵だ」
アイオンが、手を打って身を乗り出した。
「エメディア姫。彼の恩恵は、何だ?」
「え?」
「アンドレア王子は、グレイの恩恵に打ち勝つほどの魔力は無いのだろう?だが……そうした恩恵が彼に宿っている可能性はある!」
アイオンは高らかに歌うようにそう言って、そして、『さあ!』とエメディアに向き直った。
「さあ、エメディア姫!アンドレア王子の恩恵は一体、何だ!?」
……だが。
「……そういうことなら、その、申し訳ないのだけれど」
エメディアは少々縮こまりつつ、ため息を吐いた。
「お兄様の恩恵は、『傷が治る』っていうものなの。グレイの恩恵に対抗するようなものじゃ、ないと思うわ」
……どうやら、これも違うらしい。
「傷が治る……?」
「ええ。すごい早さでね。かすり傷くらいなら、2呼吸する間くらいに消えてるわ。深い切り傷でも、1時間くらいすればなんてことないみたい」
エメディアがそう語るのを聞いて、グレイは『羨ましいことだ』と思う。……傷が絶えない生活をしてきたグレイであるので。
「……そういう訳で、お兄様はお兄様で、そこそこ国王向きなのよ」
「国王向きかぁ……?」
「暗殺されかけても大丈夫、ってことだもの。ついでに、疲れにくいし風邪もひきにくいみたいよ。毒にも強いし」
「あー……成程な、うん……そりゃ、確かに丁度いいな……」
国王は多忙であろう。となると、傷はさておき、疲れにくく病気になりにくい、そして毒殺もされにくい、というのはよい素質であるように思われる。……尤も、エメディアの恩恵の方がより国王向きではあろうが。
「まあ、そういうわけでお兄様の恩恵は関係ないと思うのよ」
「成程……うーむ、良い案だと思ったのだが……」
何はともあれ、アイオンの案は棄却された。アイオンは少々悔しそうにそっと着席した。
だが。
「……アンドレア王子は、エメディア様の暗殺計画を知らなかった、のですよね?」
相変わらず何か考えていた様子のルイナは、そう、言い出した。
「ならば、今回のこれも、アンドレア王子の知らないところで、アンドレア王子に何かした者がいる、ということでは?」
……そうして、翌日。
「お兄様。お話があるの」
エメディアは、アンドレア王子の前に立っていた。……その横にはグレイも居る。更にグレイの後ろには、アイオンも控えている。
「何だ……ああ、昨日のことか。昨日は招いておいてあのようなことになり、すまなかった。だが……父上に確認したところ、確かに、お前が一度殺されかけた、と……」
「ええ、それなのだけれど、私の暗殺計画については、一旦忘れてもらって結構よ」
アンドレア王子はエメディアに早速何か言おうとしていたのだが、エメディアはそれを横に退かしてしまった。アンドレア王子が『じゃあ一体何の用事で……?』とばかり、困惑していたが……。
「ただ、お兄様はお疲れのようだし、昨日のお茶会が中断しちゃったのは、私の為でもあった訳で、それは申し訳なく思ってるの。それで……ええと」
エメディアは、渋い顔で……本当に、心底、渋い顔で……言った。
「……グレイを1日、貸すわ」




