10話:玉座を目指して*5
いよいよアンドレア王子の謎が増していくが、グレイ達にはどうしようもないことである。
ただ、『アンドレア王子は、趣味か魔力か嗜好かその他か、いずれか1つ以上がおかしい』という結論にしか至れないからである。気味が悪いが、今はそこまでだ。これ以上推測を重ねても推測にしかならないだろう。
……こんな状態であるので、グレイ達は『どうしよう』『どうしよう』とおろおろするばかりであったのだが……。
「えーと……お兄様が戻ってきたら、グレイじゃなくて私が話してみるわ。どのみち、私も話さなきゃいけないことがあるし……」
「王位のことですね?」
「そう。……それで、その時、グレイに同席していてほしいのだけれど……」
「……分かった」
グレイがアンドレア王子と気まずい会話を繰り広げるだけが、今回の茶会の目的ではない。エメディアがアンドレア王子と話すこともまた、必要である。
そして……何故か、グレイがその助けになれるようであるので、グレイは文句も無く、同席を決めた。気まずいのは気まずいし、気味が悪いのは気味が悪いが……それでもエメディアの役に立てるなら、グレイはそうしたいのだ。
そのまましばらく、食べ物と飲み物を楽しんでいたところ……アンドレア王子が戻ってきた。エメディアとグレイは緊張しながらそれを迎え……しかし。
「……あらっ、お兄様、また行っちゃった」
「……何かあったのか?」
従者らしい者がまた何か言いながら、慌ててアンドレア王子を引っ張っていく。
グレイとエメディアは揃って首を傾げながら、この奇妙な光景を見守るのだった。
……それから数分後、また、アンドレア王子は戻ってきた。
「グレイ・シンダー。すまない、話の途中で退席してしまって……」
「いや、あんたも忙しいんだろうから……その、気にしないでほしい」
グレイは、『いっそ戻ってこないでくれた方が気は楽だったが』と思いつつ、しかし、エメディアのこともあるので結局は、アンドレアをぎこちない笑顔で迎え入れることになる。
「あの、お兄様」
そして、エメディアがそっと、アンドレア王子の前に進み出た。アンドレア王子は鬱陶し気にエメディアを見ていたが、グレイが『エメディアが話があるそうだ』とそっと伝えると、『そうか』と頷いて、エメディアに向き直った。……やはりアンドレア王子は何かがおかしいようである。
「王位の件についてお話しておきたいの」
「……昨日口走っていた、アレか」
「ええ、そうね」
アンドレア王子も、流石に王位の話となると、険しい表情になる。エメディアも緊張の面持ちであるので、2人の間でグレイは少々おろおろしながら2人を見守った。
「次の王は私だ。お前ではない」
「選ぶのはお父様よ」
「お前が選ばれるとでも?」
「そうなるように努力するわ」
2人の間にはいよいよ、緊張が高まる。ともすればすぐにでも戦い始めない程に。
……それはそうだろう。アンドレア王子はエメディアに次期国王の座を奪われることを、ずっと危惧していたのだ。だからこそ、エメディアを殺そうとまでしていた。
「……それで?それ以上、何を言うことがある?」
「まずはその報告をしよう、っていうだけ。これはお兄様にどう思われようとも私はやるからよろしくね、っていうだけだから、聞き流してくれればそれでいいわ。問題は、次の話なのよ。えーと……」
アンドレアの冷たい視線にもめげずに、エメディアは少々考えて……そして。
「お兄様って、メカニジアに行ったことはある?」
「……何だと?」
少々、不思議な切り出し方をした。
「あ、ええと、直近の調査とか、そういうのも聞きたいんだけれど……その前、幼少期からのことも、聞いておきたくて……」
エメディアの問いに、アンドレア王子は不可解そうな顔をした。
「そんなことを聞いて何になる?」
「えーと……」
エメディアは言葉に詰まっていたが、グレイはエメディアの意図するところが分かる。
つまり、エメディアはアンドレア王子が、メカニジアの技術によって複製されているのではないか、と……つまり、例の機械が『エメディア』を名乗っているように、『アンドレア』を名乗る機械がありはしないか、と危惧しているのだ。
だが、偽のエメディアの話をアンドレア王子にしてしまえば、それはエメディアにとって不利になりかねない。よって、下手な説明はできないのだが……。
「あんたの命と名誉を守るためだ」
……グレイは、意を決して2人の間に割り込んだ。
すると、アンドレア王子は『ほう』と何やら急に話を聞く姿勢を示し始めたし、エメディアは『助かったわ!』という顔になった。
「私の命と名誉?……それはどういうことだ?」
「その……ややこしい話になるから、詳しくは話せない。だが、あんたがもしメカニジアに赴いていたら、ある種の疑いが掛かるんだ。それ次第では、あんたの命や名誉にかかわることがあるから、知った上で行動したいと思ってる」
グレイがなんともぼんやりとした説明をすれば、アンドレア王子は『ふむ』とグレイの顔をじっと見つめた。
じっと見つめられて居心地が悪かったが、ここで目を逸らしたら何かやましいことがあるのでは、と勘繰られる。グレイは真っ直ぐアンドレア王子の目を見つめ返した。……すると、アンドレア王子は『成程、信用はできそうだ』などと、やはりおかしなことを言って納得した。
……窮地は切り抜けられたようだが、また別の心配はやはり、募る。アンドレア王子は何故、こうもグレイに好意的なのだろうか!
「ええと、そういう訳なの。その、あくまでも、私達が調査する上で、お兄様のことをどれぐらい考慮すればいいか、っていう判断の材料にしたいだけだから、そう細かい情報じゃなくてもいいのだけれど……それで、ええと、お兄様はメカニジアに行ったことは……?」
そうしてエメディアが続きを引き取れば、アンドレア王子は真剣に思い返し始めた。
「……幼少期には、無い。視察には、父上はお前を連れて行かれたからな。しかし……それ以降、何度か、私だけで視察に赴いたことはある。直近では、崩壊後のメカニジアの視察に赴いたが、その前だと……1年ほど前だな。更にその前は、お前が18の時だったから……5年前か」
「成程ね……。うーん、その時、何か変わったことは無かったかしら。人間以外の兵士が居た、とかは?」
「機械の兵士か?……1年前には、実用段階に近いところまで来ている、と聞いていたが。5年前は、まだそれらしいものは実験段階だったな」
「えっ、アレがちゃんと実用できるようになったのって、本当にごく最近のことなのね!?」
メカニジアの機械兵のことについては、アイオンからも聞いている情報があるが……少なくとも、外部の人間に知らせても良い内容としては、『1年前にはまだ完全に実用できるところまでは来ていない』という評価であったようだ。
……また、あれだけのものが5年前にはまだ実験段階だった、ともなると、『開発の速度が速すぎるのではないだろうか』という気はするが……。
「いずれにせよ、私から出せる情報はここまでだ。……よいか?」
アンドレア王子はエメディアを警戒しているようであったが、それによってグレイに悪く思われたくはない、のかもしれない。ちらり、とグレイを見る顔が非常に心配そうである。
「ああ、助かる。ありがとう」
そしてグレイがそう返すと、途端にほっとした顔をするのだ。……ごく当たり前の、つまりグレイにとっては全く当たり前ではない感情のやり取りに、グレイは只々、困惑している!
「ええと、それじゃあ、こっちも情報を出すわ。こちらばかり聞くのは公平じゃないし、報告しておかなきゃいけないこともあるし……」
……そうして、エメディアはかいつまんで、いくつかのことを話した。
1つは、今後、メカニジア跡地の調査にエメディアも赴く、ということ。……これについては、『あそこではもう何も見つからないと思うが』とアンドレア王子に言われてしまった。……ということはやはり、彼が先んじて、何かを発見して隠しているのだろう。
次に、『鉄の棺』を落として調査中である、という旨。こちらは、ディアナバレイに保管を依頼してあるので、調べたければディアナバレイを通せ、という報告になる。
そして最後の1つは……ディアナバレイとの今後のやりとりのことである。
「ということで、私がディアナバレイとの交渉役になったわ。ディアナバレイ側のルイナ・サジータが私に付いていてくれることになったし……まあ、私の命を狙ってきた奴がディアナバレイの中枢に近いところに居たものだから、そのお詫びがてら、色々条件を呑んでもらったし。なら丁度いいでしょう、っていうことで」
エメディアがそう報告すると、アンドレア王子はやはり、険しい表情になってしまった。
「父上に無断で動いたのか?」
「いいえ?途中でお手紙を出して報告したわ。それで、正式なお父様からの文書をディアナバレイに送ってもらったの。『国王代理が参る』って」
アンドレア王子の前でも堂々としているエメディアは頼もしいが、アンドレア王子はますます、不機嫌そうになっていく。
「……上手く父上に取り入ったものだな。昔から、いつもそうだ。お前はそうやって……」
……彼としても、思うところが色々あるようでは、あるが。
とはいえ、エメディアも負けてはいない。
「お父様に取り入った、ですって?ディアナバレイの件についてはメカニジアの調査があったんだから成り行き上、私が務めるのが妥当でしょう?それに、メカニジアの調査については、そもそもメカニジアとの和平交渉をしなきゃいけなくなった原因がお兄様にあるんだから、文句言わないで」
じろり、とアンドレア王子を睨みながらエメディアがそう言い返す。
「原因が、私にあると?」
「だって、そうでしょう?『私が城の外に出ていた方が安全』っていう環境を作り出しちゃったんだから」
エメディアは、『後は分かるわよね?』とばかり、アンドレア王子を睨んでいる。
……エメディアが旅立った遠因は、『暗殺未遂』だ。彼女は本来ならば、あのダンジョンで死んでいるはずだったのだから。
そして、それを指示したのはアンドレア王子であったはずである。結果、エメディアはあのように、ダンジョンの底で……ドラゴンの宝物扱いされたり、スライム達のお姫様になっていたり……挙句、グレイなどと出会ってしまったり、と、散々なことになっているのだ。
アンドレア王子がそれを知らないはずはない。今も、エメディアを殺さんとばかりに睨んでいる彼は、エメディアの『城に居られなかった理由』を知らないはずはないのだ。
知らないはずは、ない、のだが……。
「……その、王子。1つ、確認したいんだが……」
グレイは緊張しながら、そっと、申し出た。
……自分の予感など、アテにならないとは思う。だがどうにも……アンドレア王子の表情の下で、『どうやってこの窮地を脱するか』ということではなく、『どうやってこれからエメディアを殺そうか』ということでもなく……『今、何が起きているのか』ということを考えているように見えたのだ。
「エメディアが殺されかけた時のアレは、あんたの差し金か?」
だから、確認したい。
……そう思って、グレイは無礼なことを愚直に聞いてしまった。
「……何の、話だ?お前が?殺され……?」
アンドレア王子はぎょっとした顔で呟き……そしてすぐさま、エメディアの肩を掴み、問い質し始める。
「いつ?どこで?何があったのだ!?」
……アンドレア王子のこの狼狽ぶりを見る限り、どうも、アンドレア王子はエメディア暗殺未遂について、知らなかったように思える。




