9話:玉座を目指して*4
そうして、翌日。
「ああ、よく来てくれた。さあ、中へ。……この場は無礼講だ。作法など気にせず、気楽にやってくれ」
……グレイ達は笑顔のアンドレアに出迎えられて、茶会の会場へと足を踏み入れた。
茶会は、『堅苦しさの無いように』という配慮に満ちたものであった。
会場はアンドレアのための庭の一角。屋外の茶会ということもあり、そこかしこに無造作に置かれたテーブルや椅子は、序列や格式を気にせず誰でも好きな位置に着席できるようにしてある。そもそもグレイは、序列ごとに座る位置が変わるのだ、ということすら知らなかったが。
また、食べるものや茶も、堅苦しさの無いものである。食べ物は指でつまんで食べられるようなものが多く、また、野趣あふれる山鳥のハムをパンに載せたものや、田舎風の野菜の酢漬け、素朴な焼き菓子など、気取ったところの無い並びであった。
茶についても、繊細な香りや渋みを味わうようなものではない。よく冷やしてあり、その冷たさと豊かな香りを楽しむようにしてあった。これならば、食への教養も経験も無いグレイにも大いに楽しめる、という訳である。
……ということで、とにかく、グレイ好みに仕立てられた茶会であった。グレイは次第にそれに気づいていったが……それだけアンドレア王子は自分のことを懐柔しようとしているということなのだろう、と気を引き締め直す。
同時に、彼のように身分の高い人物が、グレイのように身分の低い者に合わせた茶会を開く、ということの難しさも、なんとなく理解できるので……アンドレア王子がそれをやってのけるだけの知識と教養、そして度量を持ち合わせた人物であることも、分かってしまった。
なので。
「貴殿と話す機会を得られ、大変嬉しく思っている。どうだ、茶会は楽しめているか?」
「はい」
……アンドレア王子がグレイににこにこと微笑みかけてくるのを突っぱねることもできず、グレイは借りてきたケットシーのように、大人しくしているしかないのであった。
だが、そんなグレイを見て、アンドレア王子はまたなんとも上機嫌である。
「そう硬くなるな。先程も言ったが、作法は気にするな。エメディアに接するように、私にも話しかけてよいのだぞ」
そして、どうもアンドレア王子はやはり、グレイと話したいらしい。グレイはこれにいよいよ警戒しつつも、相手は一応、王子である。エメディアと彼が敵対せず穏便にやれるならそれに越したことはない、とも思うので、アンドレア王子を無下に扱うこともできない。
「……じゃあ、悪いがこういう風に話させてもらう。教養は無いから、そのつもりでいてくれ」
グレイは、『あんたはそれでもいいんだろ?』とアンドレア王子の足元を見つつ、開き直ってやることにした。……が、アンドレア王子はそれに不愉快な顔をするでもなく、むしろ益々上機嫌に、『ああ、それでよい』と頷くばかりである。
「それで、話っていうのは何だ?よっぽど俺から聞きたい話でも?」
とにかくやりづらいので、グレイはさっさと本題に切り込んでしまうことにした。こんなのは、さっさと終わるに限る。グレイにとっても、きっとアンドレア王子にとっても。
「そう、だな……その」
……だが、いざ切り込んだら、アンドレア王子は何やらしどろもどろになってしまった。
グレイは、『俺から引き出したい情報はあるんだろうが、それをすぐに聞いて警戒されたくはないんだろうな』と解釈した。……すると。
「……不躾なことを尋ねるようで申し訳ないが、是非、貴殿の生い立ちや、生業について聞きたい」
なんとも、不思議なことを尋ねられてしまった。
「俺の……生い立ちや、生業……?」
「ああ。差し支えない程度で構わないのだが、その」
アンドレア王子は『どう言ったものか』とばかり、しどろもどろになりながらも話す。
「貴殿に興味がある。何分、我々とは異なる生き方をしてきた御仁であろうから……自分が知らない世界を知る貴殿の話を聞きたいのだ」
……これには、グレイも少々、戸惑った。グレイの頭の中ではスファルが『回りくどい野郎だ!』と暴れ出しているところだ。
だが……『自分が知らない世界を知りたい』ということならば、なんとなく、納得はいく。何せ、エメディアはその性質だ。エメディアが大変に好奇心旺盛なお姫様であることはグレイも知っているので、そのエメディアの兄であるアンドレア王子が好奇心旺盛な性質であっても『兄妹だもんな』と納得できるのだ。
「面白い話ができるとは思えないが……じゃあ、少しだけ」
「是非」
グレイが話し始めると、アンドレア王子は実に嬉しそうに、にこにこと手近な椅子をグレイに勧め、そして向かいに自分の椅子を持ってきて座った。
……そうして、グレイの話を聞いては驚き、喜び、時に痛ましげな顔をして……恐らく、彼なりにグレイの話を楽しんだものと思われる。
グレイとしては、只々困惑し通しなのだが……それでも、自分の話を楽しそうに聞いてくれる相手、というのは、悪くない。アンドレア王子は、エメディア達、今の仲間以外でほぼ初めての、好意的に接してくれる人間だ。グレイの緊張は、随分と解れてきていた。
「成程、貴殿にも、そのような恩恵が……」
しかしグレイの恩恵の話になると、アンドレア王子は少々、不思議そうな顔になってしまった。
「ああ。……あんたにも分かるとは思うが、俺を見ると嫌悪感が湧くんだ」
グレイが説明すると、アンドレア王子は首を傾げた。……首の傾げ方がエメディアと似ている。グレイは、『ああ、兄妹だ……』とぼんやり思った。
そして。
「いや……分からない」
アンドレア王子は、およそグレイと出会ってから初めてであろう、『困惑』をグレイに見せていた。
「嫌悪?貴殿に?……無いな」
「え?」
今度はまた、グレイが困惑する番である。グレイとアンドレア王子は互いに見つめ合ったまま、互いに首を傾げることになってしまった。
「どうも、貴殿に感じるはずという嫌悪感、とやらが……よく分からない。嫌悪など、全く無いのだが……」
「いや……無い、ってことは、ない、んじゃないか……?」
グレイの恩恵は、相当なものである。実に厄介で……その上、強力だ。
だというのに、それを感じない、ということは、通常であれば考えにくいのだが……。
「あんた、よっぽど魔力が強いのか?」
グレイが首を傾げて尋ねると、アンドレア王子は、『そういうことなのか……?』と、やはり首を傾げる。
そのまましばらく、2人で首を傾げていると……アンドレア王子の従者らしき者がやってきて、アンドレア王子に何やら耳打ちした。
「すまない。急用ができたらしい。一旦席を外すが……引き続き、茶会を楽しんでくれ」
「ああ、お疲れ様」
……そうして、従者と何か話しながら足早に去っていくアンドレア王子を見送って、グレイは『王子ともなると色々大変なんだろうな』と思った。
それから改めて、アンドレア王子との会話を思い返してみたが……今のところ、アンドレア王子は、碌に情報を得られていない。ただ、何の役にも立たないグレイの話を聞いて、それだけだ。
恩恵の話は少ししたが……そもそも、グレイは『アンドレア王子は既に恩恵について知っているだろう』という前提で話をした。エメディアと情報の速さを争う関係なのだから、当然、エメディアと行動を共にしているグレイのことも調べてあるだろう、と。
だが、どうも彼はグレイの恩恵を知らなかったように見える。
……少々、おかしな話だ。
グレイはまた首を傾げつつ、向こうの方でアイオンが何やら高らかに歌い出したらしい声が聞こえてきたので、そちらへ向かうことにした。
「アイオン卿は吟遊詩人としてもやっていけるのでは?」
「アイオンは……そうね、騎士じゃなくて、吟遊詩人……或いは、宮廷道化師としてもやっていけたと思うわ」
「ふむ。お褒めの言葉として受け取っておこう」
「半分貶されてるんじゃねえのかよ、おい」
……美しい庭の一角では、アイオンの歌が終わって、拍手の中からアイオンが颯爽と退場してくるところであった。尚、彼が高らかに歌っていたのは、『美しくも勇敢なエメディア姫がディアナバレイのドラゴンを倒す物語』であった。本当に、吟遊詩人か何かのようであった。
歌の中では『ディアナバレイの陰謀によって露と消えかけていたルイナがエメディア姫に救われ、結果、両国を結ぶ架け橋となった』というように歌われていた。ルイナがドラゴンであることや、ディアナバレイがドラゴンの国であることには触れずして、なんとも上手く脚色したものである。
「で、アイオンはどうでもいいがよ」
そんな中、スファルはグレイに視線を向けてきた。……スファルの手には、軽食が『軽い』とは言えない分量盛られた皿があり、食べながらの話となる。まあ、彼は当初から『茶会なんざ食い荒らしてやる!』と意気込んでいたので、初志貫徹しているということだろう。
「グレイはどうだったんだ。あの王子となんか喋ってただろ。何聞かれた」
「俺の生い立ちと裏通りの生活について」
「は?」
……が、そんなスファルも、後ろで聞いていたエメディアとルイナもアイオンも、ぽかん、としてしまうことをグレイは喋らなければならない。
いっそ、グレイの方が宮廷道化師めいてきた。グレイは深々とため息を吐きつつ、先程あったことを伝えるのだった。
「成程、成程……ふむ、アンドレア王子には、グレイの恩恵が効かないらしい、と……?」
「ああ。どうもそういうことらしい」
グレイが話し終えると、先程のグレイとアンドレア王子がそうであったように、皆、首を傾げることになってしまった。エメディアの腕に抱かれたウサミミも、耳で器用に握った飲み物のグラスを落とさないようにしながら、ふにゅ、と首を傾げてみせている。
「ええー……なんでかしら。ちょっと複雑な気分だわ……」
「……複雑な気分なのか?」
「ええ。複雑な気分よ。だって、私がグレイの恩恵を気にせず一緒に居られるのって、私達が一緒にやってきた時間があるからだと思うの。だっていうのに、お兄様はそれ無しでグレイと……なんだかグレイをとられた気分だわ」
「……そうか」
エメディアのなんとも妙な話を聞いて、グレイは何やら、もぞもぞとした気分になってきた。……グレイは未だかつて、やきもちなど妬かれたことが無い。よって、これがやきもちだということも分かっていないので、ただ『エメディアが妙なことを言っている……』と思うばかりなのである!
「……確かに、妙ではありますね」
ルイナは懐から何かを取り出しながら、首を傾げた。皆で『何だ何だ』とそれを覗き込むと……それは、懐中時計めいた不思議な道具であった。恐らく、盗み聞きの道具よろしく、何らかの機械なのだろうが……。
「これは魔力を計測するための道具です。ドラゴンにとって魔力は極めて重要ですので、このような道具を持ち歩いています。古い型なので、大雑把にしか計測できませんが……」
ルイナはエメディアにその時計めいた道具を向けて、盤面を覗き……『確かに』と頷いた。
「……先程、こっそりアンドレア王子の魔力を計測しました。しかし……アンドレア王子の魔力は、エメディア様より少ないようです」




