8話:玉座を目指して*3
グレイもそれ以外も、およそアンドレア王子以外の全ての人物が唖然としている中、アンドレア王子もその雰囲気にだけは気づいたらしい。
「ああ……突然のことで困惑させたな、すまない」
「あ、いや、その……」
仮にも王族である彼に謝罪などさせるべきではないだろう、と思って中途半端に声を出しつつ、『しかし何を言ったら失礼ではないんだ?』ということも分からないグレイは、ただアンドレア王子の前でおろおろするだけになる。
「だが一度、機会が欲しい。夕食に招待されてはくれないか?」
……それでもアンドレア王子はグレイへ、そわそわと嬉しそうな顔を向けてくる。グレイは未だかつて無い謎の経験に、思考も理解も空の彼方へ飛び去ってしまったかのような具合であったが……。
「そ、の、食事、は……」
「うん」
「作法が、まるで分からない、から……遠慮、させていただき、たい」
……結局、グレイは正直にそう申告することだけ、できたのであった。
他に言うことがもっとあるだろう、と思わないでもなかったが……これが、グレイの精一杯である!
そうして。
……結局、アンドレア王子は、『奥ゆかしい御仁だな!』と笑い、グレイに対し『益々気に入った』などと、まるで正気ではないようなことを言ってのけた挙句、『ならば無礼講の茶会を開こう。ああ、気兼ねするだろうから、折角だ、お仲間も皆、ご一緒に』と言い出した。
更には、『エメディア、構わないな?勿論、お前も来てくれ。その、何だ、話すことは色々とあるだろう』などと……先程まで、エメディアに掴みかからんとしていたアンドレア王子の言葉とは思えないようなものまで出てきたため……グレイ達はその勢いに押し切られて、全員、『はい』と頷くことになってしまった。
「……エメディア」
まるで、嵐が去った後のような気分で、アンドレア王子が出ていったドアを見つめて……グレイは、エメディアに、尋ねた。
「あんたの兄さん……その、おかしいんじゃないか?」
「……おかしい、の、かもしれない、わね……?」
エメディアも、『何だったのかしら、アレは……』と、慄いていた。
ルイナとスファルは顔を見合わせていたし、アイオンは……あのアイオンですら、『おおおお……?』と、戸惑うばかりである。アイオンですらこうなのだから、グレイがこうなのは、最早、当然のことと言えるだろう。少なくとも、グレイはそう思う。
「で……あー、茶会、だっけかあ……?俺も、行くのか……?グレイの付き添いで……?」
スファルはいよいよ困惑しながら、確認のため、とばかり口に出してそう言って、そして、グレイやエメディアを見つめてきた。
「そう……なの、でしょうね。その……エメディア様の兄君は、何が狙いなのでしょうか……?」
「グレイだろうな……。うむ……グレイを狙ったとして、それが何なのかは分からないが……」
ルイナとアイオンも、『一体、何が……?』と思考するところまで、理性が戻ってきたらしいが、それまでである。
「あ、もしかして、一目惚れ、とか……?」
「おいおいおい……勘弁してくれ……」
エメディアも混乱していると見えて、とんでもないことを言い出した。グレイは只々、『どうしよう』という気分であるが……この状況をどうにかしてくれる者は誰もいないのであった!
「いや、おかしいだろ。うん、おかしい。間違いなく、おかしい!」
そのまましばらく、全員で混乱していたが……スファルがそう声を上げた。それこそ、会議室の調度を吹き飛ばさんという勢いで。
「グレイを見て気に入るなんざ、ありえねえ!ましてや、もっと話したいだとかなんとか、絶対に、ありえねえ!」
「そうだな」
スファルの言葉に、グレイは元気づけられる。
そう。おかしいのだ。どう考えても、おかしい。……アンドレア王子のアレは、どう考えてもおかしいのである。
「恩恵がある以上、グレイに初対面でいい感情を抱くわけはないのよね……。まあ、お兄様も魔力はそれなりに多い性質だけれど、それでも、うーん……?」
エメディアとしても、これには疑問を抱くらしい。グレイは安心した。もしこれで『グレイは素敵な人だから、お兄様にもそれが分かったのね!』などと言われていたら、いよいよ混乱から立ち直れなかったかもしれない。
「となると……事前に、我々のことを調べていたのでは?」
「ふむ。可能性はありそうだな。となると、最後に合流したルイナ嬢の情報は最も少ないだろうが、グレイの情報はかなり多く集まっている可能性が高い」
……そうして少しずつ疑いを紐解いていけば、何ということは無い。グレイにも理解できる結論が見えてくる。
「つまり、お兄様はグレイの有用性を知っていて、懐柔しにかかってるのね!?」
「回りくどいことする兄ちゃんじゃねえか、おい……」
エメディアが慄き、スファルが『回りくどい、男らしくない』と呆れ返っているが……グレイは、少々ほっとした。成程、そういうことなら理解できるぞ、というところに落ち着いたので……。
「ということは、お兄様がグレイをお茶会に誘ったのも、グレイを懐柔するためね?」
「そしてあわよくば、グレイから情報を引き出そうとしているのだろうな!」
「或いは、グレイ・シンダーそのものが目的かもしれません。……最強の盾の一角であることは紛れもない事実ですから」
「ったく、仲間を引き抜きか。いい度胸じゃねえか……」
……そうして、茶会に向けて、グレイ達の作戦会議が始まった。……とはいえ、グレイ自身よりも、その他4人の方が、気合いが入っている。
彼らは『グレイを持っていかれちゃたまらないわ!』『情報を落とさぬよう振る舞わねばな……』『彼が最も知りたい情報は何でしょう』『茶会ってのは無礼講なんだったな?なら食い物は俺が食い尽くしてやる!』などと、実に意気揚々と話し合っている。
……そんな彼らを外側からぽつんと眺めつつ、グレイは、ちら、と国王の様子を見た。
国王も、グレイの視線に気づいて、ちら、とグレイを見つめ……そして、『その、何やら苦労しているようだな……』と、労りの言葉を掛けてきた。……それほど、グレイが大変そうに見えたのだろうが。
グレイは複雑な気分になりつつ、『どうも』と頭を下げつつ、エメディアが『でもやっぱりルイナの案はまずいと思うのよ。首輪はちょっと流石に……』と言っているのを聞いて、只々、『勘弁してくれ!』と思うのだった。
……結局、その日は王城に宿泊することになった。
王城に泊まるなんてとんでもない、と思ったグレイであったが……エメディアが、『私の離宮があるから、皆そこで過ごしましょ』と言い出したため、『本館じゃないならまだマシか』とグレイは諦めた。尚、アイオンは『エメディア姫のための離宮!さぞかし美しいことだろう!』と大いに喜んだ。
ということで、グレイ達はエメディアの案内で、庭の薔薇の園を抜け、美しい人工の池に架けられた橋を渡り、東屋を通り越し、また花園を抜けて……その先にあった豪邸へと辿り着いた。
……豪邸である。当然、王城そのものと比べれば小さい建物ではあるが、それにしても、豪邸である。小さな城と言っても差し支えないだろう。
優しい象牙色の石材の壁に、くすんだ空色の屋根。飾り柱には草花や鳥の彫刻が施され、門扉や窓の格子の鉄細工にも、やはり花や鳥の細工があしらわれている。
整えられた庭には薄桃や薄黄色の可愛らしい花が咲き乱れ、正にここはエメディアのための城なのだ、ということが実感できた。
「使用人は居るけれど、人数は最小限。それに皆、信頼のおける人達よ。皆、安心して過ごしてね」
エメディアは笑顔でそう言ってくれるが……グレイは、『落ち着かない……』と、何とも言えない気分である。グレイはもっと小汚くて、もっと狭い場所で過ごす方が落ち着くのだ。
……アイオンは1人、『流石はエメディア姫のための城!この世の宝石をしまっておくための宝石箱に相応しい美しさだ!』と大喜びであったが、スファルは『落ち着かねえ……』という顔をしていた。鉱山にずっといたオーガも、狭い場所の方が好きであるらしい。
また、ルイナも『落ち着かない……』という顔であった。……こちらも、やはりこうした場所では落ち着かないのだろう。
……だが、エメディアが折角招待してくれたのだ。それを無下にすることもできない。早速、スファルは開き直ってこれを楽しむことにしたらしく、『俺が泊まるに相応しい場所だ……』と、まるで強敵に挑む時のような面持ちで玄関へ向かっていった。つくづく、勇敢なオーガである。
スファルの勇敢さに励まされ、グレイとルイナもまた、そそくさ、とスファルに続いて玄関へ向かうのだった。
その日の夕食は、『本当に、無礼講ってことにしましょう。私も旅の途中の宿だと思って食べるから!』とエメディアが早々に宣言し、そのように振る舞ってくれたおかげで、大分過ごしやすかった。
また……作法だのなんだのを気にする場合ではなかった、とも、言える。
何せ、エメディアの離宮の中は、個性的な人間でいっぱいだったので。
1人目は、給仕のメイドだった。
ふくよかな女性であったが、彼女はそれはそれは嬉しそうに『いっぱい召し上がってくださいね!エメディア様にお召し上がりいただけることが何よりの幸せ!そしてあわよくば太らせたい!でも太らなくてもいっぱい食べてもらえれば幸せ!食べさせるのが私の喜び!』と、元気よく配膳してくれた。
……これにグレイ達は度肝を抜かれたが、エメディア曰く、『彼女、私にたくさん食べさせることが喜びなだけだから……他に野心が無いし、害意も無いから、ずっと仕えてもらってるの』とのことであった。
2人目は、料理人であった。
彼は、そっ、と厨房のドアから食堂の様子を覗いてきていた。……その視線に気づいたエメディアが、笑顔でそちらに手を振って『今日も美味しいわー!』と呼びかけると……にこ、とちょっぴり笑って、そして、すぐにドアの向こうへ引っ込んだ。
『今の何だ?』とスファルがエメディアに確認すると、エメディアは『彼はこの離宮担当の料理人よ。ものすごーく、引っ込み思案なの。ああやって微笑みかけてくれるようになるまでに5年かかったんだから!』と胸を張った。
3人目は、食後の茶を淹れてくれるメイドであった。
彼女はとても美味しい茶を提供してくれた。……茶と泥水の区別がつくかも危ういグレイにすら、『ああ、美味い』と思えるほどの茶であった。
……が、とてつもなく美味いだけならまだしも、何か、疲れが取れるような……特に、気疲れが解れるような妙な感覚があったので、グレイは怪訝に思って茶のカップをじっと見つめていた。
すると、そのメイドは淀みなく茶の解説をしてくれた。……曰く、『疲労回復によく効く薬草5種を混ぜ、味の癖を和らげるために薔薇の蕾と氷砂糖を少々……また、旅のお疲れからくる体の不調によく効く薬草を足し、緊張を解す薬になる蛇の毒をほんの少々と、毒だけを打ち消す一角獣の角を一欠片!』とのことであった。
つまり、茶ではない。これはポーションの類である。
……エメディア曰く、『彼女、ポーションづくりの腕は確かなのよ……。それで、美味しいから……。あと、食用の素材だけで如何に効果を出すか、っていうこだわりがあるらしくて、真っ当じゃないものは出してこないから……』との弁明である。
……ということがあったので、グレイ達は理解した。即ち……『エメディアの恩恵があっても尚、エメディアに傍仕えできる者はどういう者か』ということについて。
……野心が無く、政治に関わろうとはせず、基本的には無欲である、という……その条件を満たす者だけが、エメディアの傍に居られるのだ。
逆に言えば、エメディアの傍に居て、彼女への好意を募らせていく中でも尚、正気で居られるような者、というのは……野心でも政治でも何でもない部分、下手するとエメディアには何ら関係ない部分に突出した喜びを持っている者か、はたまた、極度の人見知りや人嫌いなど……他ではそうそう雇っておきたくない者達なのである!
……ということで、風呂に案内されたり寝室に案内されたりする間も、使用人達にはあまり気兼ねせずに済んだ。気兼ねしていると『エメディア様がお踏みになる絨毯を一緒に整えませんか!?この喜び、1人で味わっていては申し訳ない!』という手合いにブラシを渡されたりするので、いよいよ気兼ねしていられないのである。
「俺はな、気づいたぞ」
……そんな調子であったので、スファルは風呂に入った後、例の食べさせたがりのメイドがまたも運んできた軽食を食べつつ、言った。
「城の連中ってのは……全員、妙な奴なんだな……?」
スファルの、しみじみと悟った言葉には、万感の思いが込められている。特に、風呂上がりに『オーガの筋肉って揉むの楽しいですねえ!腕が鳴りますねえ!楽しい!楽しい!』と大喜びの使用人に全身を揉み解され、すっかり元気になってしまった後であるので、いよいよ思うところがありそうだ。
「そんなことは無いと思うけれど……あ、ううん、私の離宮に居る人は全員、どこかしらか変だけど……でも、いい人達よ?」
エメディアは苦笑していたが、グレイ達は皆揃って、互いの顔を見て、頷いていた。
……『成程、こいつらがエメディアの仲間になれたのはこういう訳だったか』と、互いに納得し合っていたのである……。
「……ええと、それで、明日のお茶会のことだけれど」
納得し合う4人に向けて、エメディアは少々申し訳なさそうに、そっと申し出た。
「お兄様の狙いは、グレイの引き抜きだと思うの。少なくとも、グレイを懐柔して情報を抜き出そうとはしてくるんじゃないかと、思うわ。でも……もし、お兄様が本気で、グレイのことを好きになっていたら、どうしましょう」
……グレイは、『俺が聞きたい』という気分である。
いよいよ、明日の茶会が心配になってきた。




