7話:玉座を目指して*2
「あれを……懐柔するのか?エメディア姫が?」
「そうね。私がやるのが手っ取り早いんじゃないかと思ったけれど……」
アイオンが『おお……?』と混乱している。珍しくも、言葉が出てこないらしい。
ということで、グレイが代わりに喋ることにするが……。
「……自分の名前を名乗る相手には、敵対心を覚えると思う。あんた相手に、あの機械が喋るかというと、その、難しいんじゃないだろうか」
「……喋らないかしら」
グレイが告げれば、エメディアは『うーん』と唸り始めた。……だが、グレイは『やめておいた方がいい』と首を横に振るしかない。
「アレに恩恵はどうも、効かないらしい」
何せ、あの機械には、グレイの恩恵が効いていなかったようなので。
グレイは、通常、人と会話することが無い。何故かと言うと、嫌いな奴とわざわざ会話する者など居ないからである。
特に、若い女はそうである。グレイへの嫌悪は危機感にも変換されるらしく、『そもそも、近づかないに限る』となる女が多い。……全員が全員そうでもなく、グレイを積極的に攻撃しに来る女も居るのがまた不思議なところではあるが。
とにかく、グレイは人と会話できないのだ。それ故に、今、努めて普通にグレイと会話してくれる仲間達を大切に思っているわけだが……。
「あの機械、若い女の意識を持っているか、或いは、そういう風に振る舞うようにしているんだろうが……俺と普通に会話しているんだぞ。どう考えても、恩恵は効いていないな」
「あー……そういや、そうだな」
グレイの主張には、スファルも『そうだった』と頷く。
「グレイが居ようが関係なく、文字書いてやり取りするだろ、あの機械はよ。普通はそうならねえ」
スファルは暗に、『グレイなどと会話したがる者など居ない!』と主張しているのだが、実に尤もなのでグレイは『その通りだ』と頷く。……ルイナとエメディアは、それぞれになんとも痛まし気な顔でグレイを見つめていたが。
「まあ……やり取りできる相手が俺しか居ないと見て、背に腹は代えられない、と思って俺への嫌悪を堪えているだけかもしれないが……機械だからな。恩恵が通用しない、と見た方がいいだろう」
あの機械が非常に我慢強く、演技が上手い……という可能性もまだ残るが、それは流石に、捨ててしまってもよい可能性だろう。少なくとも、グレイはそう思っている。
「同時に、あの機械に入っているものは生身の人間の意思そのものではなく、機械によって処理される作り物である、と断じることもできるだろうな。グレイとエメディア姫の恩恵は、それぞれ『心』に働きかけるものなのだから」
アイオンも、グレイと同じようなことを思ったらしい。つまり……『あの機械は人間ではない』と。
……実際のところ、どうかは分からないが。だが、グレイとしては、あの機械は人間ではないのだ、と思ってしまいたかった。
さもなければ、どうにも、やりきれないものが残る。
「……そうね。そういうことなら、私が交渉役になっても、恩恵で普段楽できてる部分が無くなっちゃう、っていうことよね……」
そうして、エメディアは『エメディア自身が例の機械を懐柔する』という案を徐々に引っ込め始めた。……流石に、恩恵無しでは分の悪い戦いだ、という自覚はあるのだろう。
「そもそも、エメディア姫の情報を向こうに渡すのは危険なのでは?」
「それもそうだったわね……」
今回、例の機械との対話をグレイが担当していたのは、『義肢を全部外して機械が無い状態にしておけば安全である』ということ以上に、『エメディア本人を接触させるのが危険だ』という理由が強い。
グレイとしても、あの機械にこれ以上エメディアの情報を与えるべきではないだろう、と思う。あれ以上、エメディアに近い何かになられたら……困る。グレイも、世界も。
ということで。
「じゃ、グレイがやったらどうだ?なんか、あの機械と話してただろ。割と普通に」
「まあ、接触する人数をできる限り減らす、という方針でいくのならば、グレイが引き続き調査にあたるのが適するだろうな!」
……また、ここに結論が戻ってくることは仕方のないことなのであった。
「いいのか。俺に任せてしまって」
「ええ。グレイが適任だと思うわ。機械の中に居るのが『偽物のエメディア・アンバーローズ』なら、きっとグレイのことは好きになるもの。情報を聞き出すにあたって、グレイは上手くやってくれるって信じてるわ」
エメディアから真っ直ぐな笑顔を向けられてしまい、グレイは咄嗟に目を逸らした。こんなものを直視していては、自分の正気が危うい。
「ということは、グレイ頼みだな。やれやれ……他に打てる手が無い以上、グレイの双肩にこの世界の未来は託された、と言っても過言ではない!」
「勘弁してくれ……」
アイオンが『おめでとう!君は間違いなく重要人物だぞ、グレイ・シンダー!』と称賛の言葉を贈ってくれたが、グレイとしては未来など託されても困る。託すなら自分以外の、もっとちゃんとした誰かに託してくれ、と切に思う。
「他に……情報源は無いのか?」
「そうね、メカニジアの跡地の調査もやりたいところではあるのだけれど……ええと、そっちはお父様が既に手を回している部分があると思うのよね。それで……お父様が既にやってるっていうことは、お兄様が既に手を加えている可能性が高い、っていうことよ」
グレイの双肩にかかっているというこの国の未来については、別の誰かに任せてしまいたいところだったのだが……どうも、望み薄であるようだ。
「お兄様は……私の邪魔をしたいでしょうから……」
……やはり、エメディアとエメディアの兄王子との対立は避けられず、そして影響も多大であるようだ。
「エメディア様の兄君は、それほどまでにエメディア様を目の敵にしているのですか?」
「そうねえ……うん、そう、なのよ……」
……エメディアは、『どう説明しようかしら』とばかり、眉根を寄せて悩みながら話し始めた。
「えーとね……お兄様は優秀よ。次期国王として、申し分ない。唯一の欠点は、私を目の敵にしていることね。でも、それくらい。客観的に見ても、恩恵がある私にも引けを取らない、と言えると思うわ」
そうしてエメディアの説明を聞いて、グレイは少々、意外に思った。
「あんたを殺そうとしてるくらいだ。暗君なんだろうと思ったんだが」
「えーと……まあ、疑り深い方では、あるわ。その分慎重とも言える。……そうね。私を殺そうとするくらいには。私がいると国が割れる原因になりかねない、っていうことは、常々言っていたわね。私も、その考えは概ね正しいと思うわ」
「だからって、あんたを殺そうとすることはないだろう」
「そうね……うん、そう、なのだけれど」
グレイとしてはやはり、エメディアの兄王子のことは許せない。……エメディアをダンジョンの底へ落として殺そうとした奴のことなど、許せるわけがないのだ。
だが、エメディアは自分のことだというのに、冷静だった。
「……私には、良くも悪くも恩恵がある。誰からも好かれる。だからどこに居たって、私の影響は大きい……。そんな人物が、国王以外に居たら、国が割れる。私を担ぎ上げてお兄様を玉座から蹴落とそうとする者も居るでしょう。それで、私を傀儡にしようと思う者だって、きっと居るわ。それも、『良かれと思って』ね」
……エメディアの言う、『良かれと思って』のことは、グレイにもなんとなく分かる。
きっと、彼らは『エメディアの為を思って、エメディアの意思に反する』のだ。
結局のところ、エメディアへの好意というものは、好意を示そうとする者達自身の欲望と切り離せない。それだけに、国政に関わる箇所でそれが起きれば……何かと問題が多いのだろう、ということくらいは、グレイにも想像が付いた。
「私は、国王以外の立場として置いておくには、ちょっと……恩恵が強すぎるわね。だからこそ、私が王になることには、意味があると思ってるわ」
「成程。国王以外に据えるには大きすぎる駒であるが故に、玉座に置くしかない、と。……実に素晴らしい!やはり貴女は玉座に座るべくして生まれてきた野薔薇だ!」
「おいアイオンうるせえよ。踊るんじゃねえよ。鬱陶しいだろうがよ」
……歌劇か何かのようにエメディアを讃えるアイオンはさておき、やはり、エメディアの兄については考えるべきことが多い。
今後の事もそうだが、今、既に行われていることについても。
特に、『メカニジア跡地の調査』については、既に手が下されていると推測できるだけに、急いで調べたいが……。
……と、その時だった。
「……父上!」
ばん、と、会議室のドアが開いた。
そこに立っていたのは……エメディアによく似た美男子である。
「お兄様……」
……どうやら、突入してきた彼こそが、話題に上っていた人物……エメディアの兄王子であるらしい。
「アンドレア。そのように声を荒らげるものではない」
国王は、そう言って兄王子を嗜めた。だが、兄王子の歩みは止まらない。彼の長い脚がさっさと部屋の敷居を跨ぎ、そしてほんの数歩で、エメディアの前にまでやってきた。
「……戻ってきたのか」
アンドレア王子は、眩い金髪を掻き上げつつ、エメディアによく似た空色の目でエメディアを睨む。その目には、強く憎悪が光っていた。
「ええ……お兄様。ただいま帰還したわ」
エメディアはそう、アンドレア王子へ言って、アンドレア王子を見つめ返す。……そして意を決したように、声を発した。
「それから、ご報告があるの。私……真剣に、玉座を目指すことにしたわ」
「……なんだと?」
アンドレア王子は、呆然とエメディアを見下ろしていた。
その表情には、驚きと、怒りと……恐怖が、じわじわと滲み出てくる。
そう。恐怖だ。彼は、エメディアを恐れている。自分自身の居場所を奪いに来るエメディアを、恐れているのだ。
「貴様……やはり、この国を滅ぼすつもりか!」
そしてアンドレア王子の恐怖は……敵意となって、エメディアを強く拒絶する。
即ち……アンドレア王子は、今にも殴るか、はたまた腰に帯びた剣を抜くか、といった様子でエメディアへ詰め寄って……。
「ちょっと待ってくれ。この場でやり合うつもりか?」
グレイはすかさず、エメディアとアンドレア王子との間に割って入った。あわよくば、エメディアへの敵意を自分が引き受けられないか、と思いながら。……それこそが、自分の役割であるので。
……だが。
「む……?」
……アンドレア王子の空色の目が、じっ、とグレイを見つめる。
見つめられるとは、思っていなかった。怒鳴られるか、殴られるか……刺されるくらいまでは想定していたグレイであったが、まさか、敵意らしいものも見えないままに見つめられるとは、思っていなかった!
只々、エメディアによく似た瞳に見つめられて、グレイはたじろぐ。グレイの背中で、エメディアも訝し気にしているのが分かったが……。
「……貴殿の名は何という?」
「……え?俺か?」
……何故か、アンドレア王子は、グレイに名を尋ねてきたのだった。
「ああ……すまない。先に名乗るべきだったな」
何を思ったか、グレイには全く理解できないことに……アンドレア王子は、なんと、グレイに笑いかけ、穏やかな声を発した。
「私はアンドレア・アンバーローズ。ローザテイルの王子にして、次期国王だ」
不遜にも見えるほど自信に満ち溢れた優しい微笑は、成程、確かに彼が貴い身分の人間なのだということをよく表していた。グレイは只々、圧倒されるような気分でそれを見つめる。
「して、貴殿の名は……」
「……俺は、グレイ・シンダー。しがない盾持ちだ」
「そうか、グレイ・シンダー、か……良い名だ」
いよいよ、グレイは恐怖すら覚え始めていた。こんなのは知らない。何が起きているのか、さっぱり分からない。
「……もしよければ、一度、話をしてみたい。どうだ」
「お、俺と、か?」
「勿論。私は貴殿と話をしてみたいのだ、グレイ・シンダー」
……グレイは途方に暮れて、こういう時になんとかしてくれそうなアイオンの方をちらりと見た。
だがアイオンは、『なんと!』と驚くばかりで、グレイに助言をくれるわけではなかった!




