6話:玉座を目指して*1
「おお、よくぞ戻った、エメディア!」
そうして、エメディアを先頭に王城へ入った一行は、早速、国王から笑顔で出迎えられた。
「ただいま戻りました、お父様。ご報告しなきゃいけないことが山のようにあるの」
「うむ、そうだろうとも。ディアナバレイから書簡が届いた。ある程度はこちらも知っているとも。それで、あー……」
国王はエメディアを抱きしめ、それから、ちら、とグレイの方を見た。『何故、罪人がここに……?』という顔である。
だが、グレイが気まずそうに視線を逸らしていると、やがて国王は、グレイが前回もエメディアに同行していたことを思い出したらしい。結局国王は、グレイについてエメディアに尋ねるのを止めておくことにしたらしい。
その間に、国王の視線に気づいていたエメディアは、そっ、とグレイの手首の縄を解き始めた。……『何故、罪人にそうするように縄を掛けていたのか』については説明する気は無いらしい。まあ、グレイとしても只々気まずいので、このまま触れないでいてもらえた方がありがたいのだが。
その後、国王と共に会議室へと向かい、人払いを行った後、諸々の報告を行った。
ディアナバレイがドラゴンの国であるということ。月の竜と太陽の竜の争い。そして、それに巻き込まれたエメディア達と、その傍らで攻略することになった『鉄の棺』について……。
話は多岐に渡り、ただ報告するだけでもかなりの時間がかかった。
……そうして、報告だけでも疲弊した一行と国王は、『報告の内容について考えるのは後にして、まずは休憩!』というエメディアの号令にすぐさま同意し、茶と茶菓子を囲んでの休憩となった。
「はあー……本当に、もう、頭が痛いわ……」
「ふむ……そうだな……。特に、ディアナバレイとの今後の付き合い方は相当慎重にやらねばならぬだろうな……」
国王は焼き菓子を口に運びつつ、『内政干渉だと四方八方から非難されかねない……』と遠い目をしている。
今回のディアナバレイでのあれこれは、正に内政干渉であろう。とはいえ、その『内政』の方がエメディアを巻き込みに来たために、仕方のないことではあったのだが。
少なくとも、今後の外交に間違いなく影響を及ぼす。ディアナバレイとローザテイルのやり取りはより親密に、よりローザテイルにとって有利に働くことになろうが、他の国との関係の悪化は避けたい。
……ローザテイルがディアナバレイを侵略した、などととられては、攻め込む口実を与えかねない。国王が頭を痛めるのも已む無しである。
「……それで、ええと、ディアナバレイについては、ルイナも居るわ。今後も上手くやっていけると思うんだけれど……できたら、しばらくの間は私とルイナを橋渡し役にしてほしいの。その方が上手くやれそうだから」
そうして休憩しながら、エメディアは早速、国王にそう申し出た。
ディアナバレイでの交渉は、エメディアの恩恵に物を言わせたところが大きい。勿論、相手の弱みに付け込んだこともあるが、やはり、エメディアだったからこそ上手くいった、と言える。
そして、今後もエメディアが橋渡し役になるのであれば、ディアナバレイからの反発は少ないだろう。
……また、ルイナ自身を橋渡し役としてエメディアが指名すれば、ディアナバレイ国内でのルイナの立場が安定する。月の竜の一族のあれこれがあったせいで不安定な立場のルイナを守るためにも、この約束は是非とも取り付けておきたいところだった。
「……ディアナバレイは、力を重んじる国です。エメディア様のお力は、紛れもないもの。多くのドラゴンに打ち勝った彼女の言葉にならば、と頷く者は多いかと」
「成程。そういうことなら……彼女を守るためにも、そのようにしよう」
国王は、エメディアの裏の意図……ルイナを守るための発案であった、というところまで見通していたらしい。そう言って、ルイナの方を見て、『エメディアをよろしく頼むぞ』と微笑んだ。
ルイナはぴしりと姿勢を正して、『命に代えても』と静かに口にし……その直後、エメディアから『命には代えないで』と真剣に詰め寄られ、『……命には代えませんが、なんとしてもエメディア様をお守りします』と言い直す羽目になった。エメディアと、エメディアの頭の上のウサミミは非常に満足気であった!
「……ただ、そのようにするとなると、色々と整理すべきことが出てくる」
そんな折、国王が小さなため息と共にそう切り出した。
「エメディア。お前の、王位継承の話だ」
国王の言葉に、エメディアが怯む様子があった。
……それを見て、グレイは思い出す。エメディアが、ディアナバレイで暗い面持ちをしていた、あの時のことを。
エメディアは父王へ手紙を送り、父王からディアナバレイへ手紙を出してもらった。
その時の……父王からディアナバレイへの手紙の内容は、『ローザテイル国王代理がそちらへ向かう』というものであったという。
エメディアは『ローザテイル王女』ではなく、『ローザテイル国王代理』として扱われた。その意味するところは1つである。
「……お前をこのまま、『国王代理』として使うのであれば、お前が次の王として名乗りを上げている、ということになるぞ」
「ええ。そうね」
「覚悟は、よいのだな?」
国王が問うと、エメディアは力強く頷いた。
「ええ。私が、次の王になるわ。お兄様を蹴落としてでも」
しばらく、エメディアも国王も、黙っていた。
そんな中、最初に音を立てたのはアイオンである。アイオンはゆったりと拍手を送ると、感嘆のため息を漏らした。
「これはこれは……私は今、歴史的瞬間を目の当たりにしたのではないか?」
「……あなたっていつもこの調子なのね」
エメディアは呆れた顔をしていたが、アイオンは『おや』と肩を竦めるばかりである。
「失敬。気分を害されたかな?」
「いいえ。あなたがいつも通りだとちょっと落ち着くわ。……落ち着くようになっちゃったわねえ」
エメディアは『これはこれで問題のような気がするわ』などとぼやきつつ、くるり、と他の面子の顔も見回す。
「……そういう訳よ。私、ローザテイルの王になろうと思うの」
彼女の顔は、晴れ晴れとしていて、それでいてどこか、少しばかり寂しそうでもあった。だから、グレイは何も言えない。
「それは……ディアナバレイの者としては、是非、応援させてください。エメディア様がローザテイルの次期国王であるならば、どうか末永く、ディアナバレイと共に」
「勿論よ。私が王になれたら……ううん、もしなれなかったとしても、ディアナバレイとは上手くやっていきたいもの。尽力するわ。それは約束する」
ルイナとエメディアは手を取り合って笑い合う。彼女達は今後も互いの国を繋ぐ架け橋となるのだろう。
ただ……グレイは、『王になれなかったとしても』の部分が、非常に気になっている。だがそれを自分が尋ねるのも何かおかしな気がして、ただエメディアの言葉を待っていると……。
「……問題は、『私が王になれなかった時』に生きている保証があんまり無いことかしら」
エメディアは、グレイが丁度思っていたのと同じようなことをぼやいて、ため息を吐いた。
「ねえ、お父様。私、お兄様が差し向けた刺客に殺されかけたのだけれど」
……そう。
彼女が国王の座を狙うということは、いよいよ、彼女の兄と戦うことを意味するのだ。
「……証拠が無い。アンドレアが何かしたにしても、公には何も」
「そうね。分かるわ。だからお父様としても、手を出し切れない。ここで私を庇うのは公平じゃない。王としての行動じゃない。それは分かってるわ。私としても、処罰を求める気は無いの」
エメディアは国王の言葉を遮るようにそう言って、そしてため息を吐いた。
「ただ、これからどうしようかしら、っていうご相談よ。流石に、お兄様には一言言っておいた方がいいだろうし……でも、言ったら間違いなく、私を暗殺する計画がまた出てくるだろうから」
既に、エメディアは殺されかけている。だからこそ、ダンジョンの底でグレイと出会ってしまったわけだ。アレがもう一度あったら、と思うと、グレイとしては気が気でない。
「……アンドレアにはそれとなく、言っておこう。殺す以外のやり方が出来ぬ者に王の座を譲る気は無いぞ、と」
「そうね。それは嬉しいわ。……まあ、私も無策じゃないのよ。護衛に付いていてもらうから、少なくとも、前と同じやり方はできないわ」
「護衛、か。ふむ……」
エメディアは誇らしげにスファルとアイオン、そしてルイナと……グレイをも、示してみせる。だが……案の定、国王は少々、難色を示した。
「その……王となるにしろ、お前は年頃の娘だ。だというのに、男の護衛は」
「大丈夫。ルイナが居るわ!」
国王が示した難色を、エメディアはにっこり笑って蹴散らす。
だが、エメディアも分かっているだろう。国王が心配しているのは、男の割合が多いことではないのだ、と。
つまり……。
「その、俺は除いてくれても構わない」
グレイがそう申し出れば、国王はあからさまにほっとした様子を見せた。
「……グレイ・シンダーといったか」
グレイは何と答えても無礼にあたる気がして、ただこくりと頷いた。そんなグレイを国王はじっと見つめて、首を傾げる。
「恩恵が強まったように思う。……それこそ、エメディアを害さないとも言えない程に」
「……俺も、そう思ってる」
グレイはそう答えながら、エメディアをちらりと見る。すると、エメディアはじっとグレイを見つめていたものだから、予期せずして目が合ってしまった。
……グレイが目を逸らすと、エメディアはそんなグレイの視線の先に回り込んで、むっ、とした顔を見せてくるのだ。ああ、グレイとしては只々、気まずい!
「町を連れ歩くにあたって、罪人のようにしていなければならないというのであれば……護衛としての用をなさないだろう。どうだ、エメディア」
国王はグレイ本人ではなく、エメディアがこの件の決定権を握っていることを早々に察したらしい。エメディアに至極尤もな意見を投げかけ、彼女の説得を試みていたが……。
「それでも、戦うとなったらグレイ抜きじゃ難しいのよ」
エメディアは、頑なである。
「彼は最強の盾よ。間違いないわ。この国で……いいえ、この世界で一番の盾役だわ」
そう言って、エメディアはグレイの肩を少々強く叩いた。しゃんとしろ、という意思を感じたグレイは、少々背筋を伸ばした。……『世界で一番の盾役』だなどと言われても、不相応だ、としか思えなくはあるが。
「……ディアナバレイのドラゴンも、私を落とさなきゃいけない場面で、グレイに吸い寄せられたのよ?今後、未知の相手と戦わなきゃいけないって時に彼が傍にいてくれないなんて、困るわ!」
「そ、そうか……」
……まあ、グレイの『嫌われる』異能はいよいよ強力になってきた。ディアナバレイのドラゴン相手にも有用だったこれは、今後、別の箇所でも十分に役立つだろう。
役立つだろうが……戦う以外の箇所でとにかく不便だ、というだけの話なのである。グレイとしては、その『それ以外の箇所』があまりに重すぎる、と考えているが……。
「……お兄様以外の刺客も、来ないとは言えないのよ?」
……エメディアは、『戦うこと』を念頭に置いているようである。
「……メカニジアの『鉄の棺』の件だな?」
「ええ。そっちも、どうも私が知らない間に深く関わっちゃってるみたいだから。解決するにあたって、戦うことはあり得るでしょう」
国王は『いよいよ不安になってきた』という顔をしているが、エメディアは堂々たるものである。ついでにウサミミまでもが堂々としているものだから、国王とあれども、何も言えないらしい。
「どのみち、今回のメカニジアの件は解決しなきゃいけないわ。機械が『エメディア』を名乗ってるっていうのに、他の人に任せてられない。私が解決するのが一番ややこしくないわ。それに、外交問題にも発展しそうだし、となると、王としての力量を示すのにも丁度いいし。でしょう?」
エメディアは、暗に『私にこの件をやらせてくれるわよね?』と国王に迫る。国王はなんとも言えない顔をしていたが……やがて、深々とため息を吐いた。
「……分かった。メカニジアの件は……お前に任せよう」
どうやら、国王は折れるしかないようである。
「さて。して、どのように解決する?」
国王は、『折れるからには、きちんとやらせるぞ』と言わんばかりの様子でエメディアに向き直った。厳しい表情ではあるが、その前に立つエメディアは只々『やった!認められた!』と嬉しそうなので、国王の威厳はあまり無い。
「報告を聞いた限りでは、最早、取れる手は限られるように思われるぞ。メカニジアの跡地を探るか、はたまた……」
「そうね。お父様がお考えの通りだと思うわ」
エメディアは早速、身を乗り出すようにして国王に笑いかけた。
「……私は、『エメディア』を名乗るあの機械を懐柔してみようと思うの。彼女は情報を握ってる。それを聞き出すしか道は無いわ」
……が、これにはグレイは勿論、スファルやアイオンも、慄くしかない!




