9話:裏通りの旅立ち*2
「すごい……綺麗ね」
「綺麗、と言ってくれるかい、お嬢さん。ありがとよ」
目を輝かせるエメディアと、誇らしげに口元を緩ませるジョードを横目に、グレイは鎧の出来を確認した。
……無論、完璧、とは言えない。当然だ。半日でできることなど、たかが知れている。そして見目も、よろしくはない。ありあわせの材料でなんとかした、ということがよく分かる様相だ。
……だがそれでも、その限られた時間の制約の中で、ジョードは望みうる最大の成果を上げてくれた。
「右肩と胴は雑に造ってある。大楯でなんとかしろ。だが、脚はできる限りのことをしたぞ」
「ああ……最高だな」
魔導鎧は、普通の鎧とは異なり……魔法仕掛けの代物である。
例えば、衝撃に対して、守りの魔法を展開するようになっているだとか。炎に強くなるよう、水の力を加えてあるだとか。或いは、純粋に、只々頑丈になるように魔法を仕込むこともできるし、軽量化や使用者の身体能力の強化といった方に特化させることもできる。
……グレイの鎧は概ね、耐衝撃、耐魔法、そして身体機能の強化を主としたものだ。軽量化は、していない。鎧自体を軽くするより、自分を強くする方がいい。その方が自分の消耗は激しいが、鎧は頑丈にできる。……疲労や消耗は寝て直すことができるが、鎧は寝ても直ってくれないのだ。
「どうだ。調整が必要なら今叩くが」
「いや……これでいい」
「そうかい。じゃあ、肩のところだけな。外しな、やってやるから」
「……悪いな」
そうして、グレイ自身が『まあこの程度なら問題ないか』と思った調整箇所も、さっさと見抜いて『寄越せ』と言ってくる。……やはり、この老ドワーフは非常に腕がいい。目もいい。本当ならこんな裏通りに居を構える身分ではないのだろうに、と、グレイなどは少々不憫に思わないでもない。
「追加で金をくれるっていうんなら、貰っておくが」
「……そうだな。じゃ、もう少し出しておこう」
まあ……多少、金にがめついご老人であったとしても、十分に善人の内に入るだろう。グレイは苦笑しつつ、『じゃあついでに右足首のところのも調整してくれ』と、鎧を脱いでちゃっかり渡すのだった。
そうして、グレイの鎧もなんとか、調達できた。
ジョードはグレイが鎧を一式身につけ終えたのを見届けると、『じゃあ寝るからな。起こすなよ!』と、引っ込んでしまった。徹夜で作業させてしまったので、別れの挨拶の前に引っ込まれたことについてはとやかく言うべきではないだろう。
「さて……じゃ、さっさと行くか。昨日の今日だからな。あんまり長居すると、面倒になるぞ」
「ああ、そうよね……。ダンジョンが1つ消えたんだもの。当然、大騒ぎよね……」
「そうだ。ましてや、ダンジョンクリアを成し遂げたのが裏通りの『嫌われ者』と、目にも眩い程のお姫様だっていうんだから、そりゃ、噂が流れるのも早いだろうよ」
グレイは、その様子を少々想像して、げんなりした。……裏通りは情報が命であるが、それ故に、情報が流れるのがとにかく早い。グレイがエメディアと一緒に居たことなど、昨夜の時点で既に、裏通り中に知れ渡っていただろう。
「面倒ごとは嫌いなんだ。次の目的地は、王都を出てから決めるんでもいいか」
「そうね。歩きながら話しましょうか」
エメディアも、往来のあちこちで人々が自分達へ視線を向けてきているのを確認すると、『その方がよさそうね』と頷いた。
……だが。
「……そうだったわね。裏通りに居る間は、お喋りできないんだったわ」
「忠誠心に優れたナイトだな」
……早速、グレイと話そうとしたエメディアだったが、その耳がウサミミによって、うにょん、と塞がれてしまった。グレイが昨日頼んだことを覚えていて、忠実にエメディアを守っているらしい。
何とも健気なウサミミの姿に苦笑しつつ、グレイとエメディアはさっさと裏通りを抜け、抜け道を通り……王都を出ることになった。
抜け穴から王都の外へ出てしまえば、そこに広がるのは草原である。もう少し行けば森があり、その中に、グレイとエメディアがクリアしてきたダンジョンがある。尤も、ダンジョンがクリアされて消えたと知れ渡っている今日、そちらへ向かう人の姿は見られない。
ざっ、と強く風が通り抜ければ草が一斉に揺れ、まるで波のように見える。特に、人が居ない今日は余計に、そんな印象が強い。
「わあ、綺麗……」
エメディアはこの光景を気に入ったらしく、ほう、と息を吐きながら、緑の海が揺れるのを見つめていた。
……お城に居たお姫様だというのなら、こういう何ということもない景色も、それら全てが物珍しいのかもしれない。
そう思うと少し不憫なような気がして、グレイはそのまましばらく、エメディアが草原を眺めるのを好きにさせておいてやった。
そうして少しして……さて。
「さて、のんびりしてる暇はあんまり無いわよね。ええと、目的地なんだけれど……」
エメディアは早速、地図を草の上に広げ、その上を指でなぞっていき……ある一点を示した。
「目指す国は、メカニジアよ」
今、グレイとエメディアが居る国……ここは、国の名を『ローザテイル』という。
国の紋章に野薔薇があしらわれていることからも分かる通り、自然豊かな国であった。……土地が豊かなためか、ダンジョンも他の国より少々多いようだったが。
一方、目指す国……ローザテイルから北東に進んだところに位置するその国は、『メカニジア』という。
……グレイは当然、メカニジアのことをほとんど知らない。貧民が国外に出る機会などそうそう訪れないし、なにかを学ぶことだって、そう多くないのだから当然といえば当然だ。
だが……『メカニジア』が、魔導の開発に力を入れている国だ、ということは知っている。
というのも……かつて老ドワーフのジョードがメカニジアに滞在していて、そこで魔導鎧の開発を行っていたらしいからだ。その話をジョード本人から聞いたことがあるグレイは、一応、そんなような知識だけ、持っている。
「メカニジアは、魔導開発に強い国でね。国中に鉱山があるから資源にも困らない。……若干、魔力は枯渇気味かしら。でもまあ、結論だけ言ってしまえば、『兵力に優れた国』ってことになるわ」
さて。メカニジアについてあまり知識のないグレイに、エメディアはかいつまんで、『メカニジアという国がどんなところか』を教えてくれる。
……グレイは、『学校ってのに行ってたら、こんなかんじだったのかもな』などと思いながら、大人しく、エメディアの講義を受ける。……少し、楽しい。
「一方メカニジアに比べて我が国ローザテイルが勝っているところがあるとすると、まずは農地の広さね。……メカニジアはローザテイルと比べて、圧倒的に山岳が多いの。だから、大規模な農地にできる土地は少なくて、その分、天災があった年は食糧問題が発生し通しね」
グレイには、国同士のことなどよく分からない。分からないが……それでも、『ああ、不作の年があると、飢え死にする奴が出てくるよな』ということは分かる。何せ、グレイは基本的に、『そういう時に飢え死にする』側なので。
「それから……圧倒的な魔力資源の多さも、ローザテイルの特徴ね。ダンジョンがポコポコできるくらいには魔力が豊富だもの。ああ、それからうちの国、魔石の鉱山がいくらかあるわよね。魔石の一部は、メカニジアに輸出してもいるわ」
「ああ、鉱山のことなら知ってる。俺も、出稼ぎに行ってたことがあるからな」
一方で、こっちの話はもう少し分かる。というのも、グレイ自身、『魔石が出る鉱山』には潜ったことがあるからだ。無論、労働力として。
……一時期、王都近郊のダンジョンが悉くクリアされつくしてしまい、グレイが潜れるダンジョンが無くなってしまった時があった。あの時はどうしようもなかったので、鉱山に向かって、そこで働いて日銭を稼いでは生計を立てていたのだ。
「あら。じゃあ、もう知ってるかしら。『コルザ』の町のことは」
「ああ、知ってる。俺みたいなのが生きやすい町だよな」
更にグレイの知る町の名前が出てきて、グレイは『ああ、確かここだよな』と、地図の上の『コルザ』の文字列を指し示す。
コルザの町は、ローザテイルの王都から北東に進んだ位置。つまり、メカニジアに近付いた位置にある町だが……。
「よかった!じゃあ話が早いわ!」
エメディアは手を打って微笑んだ。
「ひとまず、次の目的地はコルザにしましょう!」
……なので、グレイは、頭を抱えた。
「……さっき、俺は言ったが」
「ええ。コルザで働いたことがあるって言ってたわね」
「ああ。ついでに、『俺みたいなのが生きやすい街だ』とも言ったぞ、俺は」
……そう。
エメディアはあっけらかん、としているが……コルザの鉱山で働いていたことのあるグレイには、分かる。
あの町は……鉱山労働者と酒場の町なのだ。
鉱山労働は当然ながら、危険が伴う仕事だし、体力仕事だ。つまり、ダンジョンに潜るような奴……グレイのようなろくでなしばかりが集まりがちである。
また、酒場の町となれば当然……治安は、悪い。ろくでなしが集まったところに酒が入れば、当然、そういうことになる。
……つまり、お姫様を連れていくには、あまりにも不向きなのだ!
「そうね。コルザ近郊にはダンジョンができた訳だし、グレイのお引越し先としても悪くない町よね、コルザは」
「は?」
が、エメディアは全くめげない。グレイが、暗に『治安が悪いからやめておけ』と言ったことをまるきり気にせず……地図の上に視線を走らせると、『ここよ』と、コルザ近郊の一点を指し示した。
「ダンジョンが……できた?」
「ええ。つい先週くらいに」
……グレイは、『俺は聞いてないぞ』と、渋い顔になった。
裏通りは情報の行き来が早いが……それは、『嫌われ者』以外での話だ。嫌われ者がきちんと、特に町の外の情報を得られるかどうかについては、全く以て保証が無い。
精々、グレイの腕を見込んで『あのダンジョンに行くため、アイツと組むのは嫌だが他に盾のアテが無いから、仕方なく』と話を持ちかけられるか、はたまた、聞き耳を立ててそういった立ち話をなんとか耳にするか……基本的にはいずれかの方法でしか、グレイが外のダンジョンの情報を知ることは無い。
「……そういう訳で、コルザはとっても丁度いいの。メカニジアへの道中にある訳だし。メカニジアと取引がある町である以上はメカニジアの情報も手に入るでしょうし。何より、近場にダンジョンがあるんだもの!」
「おい……おいおい、待ってくれ。あんたまさか、またダンジョンに入ろうって?」
「ええ。だって、昨日のダンジョンでは結構『食いっぱぐれちゃった』んだもの!できる限り、自分の魔力は強化してからメカニジアに入りたいわ!」
ということで、グレイは二重三重に面食らっている。
こんなにも前向きにダンジョンへ誘われることに不慣れだし、エメディアがまたダンジョンに潜ろうとしていることに頭を抱えたい気分であったし……。
『お姫様がそんなところに行こうとするもんじゃないぞ』と言ってやりたい気もするのだが、まあ、そこは、耐える。エメディアは他人だ。グレイにとって何でもなく……ただ、彼女の気まぐれで組むことになった相手であるにすぎない。そんな相手の生き方に、一々口出しするのもおかしいだろう、と考えた。
「そういうことで、早速行きましょう。今から歩けば、夕方には中継地点に着くわ。そこからは馬車を使えば、明後日にはコルザに到着するわね」
「ああ……うん、そうか。分かった。分かったよ。ああ……」
……そういう訳で、グレイは只々、エメディアに引っ張られて王都を出発することになった。
草原を吹き渡る風が爽やかな、初夏の出来事であった。
そうして、夕方。
「……困ったわね」
「ああ。困ったな、こりゃ」
エメディアとグレイは……王都からコルザまでの中継地となる宿場で、困り果てていた。
「すまないねえ。何と言っても、コルザから来るはずの馬車がまだ来なくて……食料が、無いんだよ」
……そう。
食事が、摂れないのである。




