10話:裏通りの旅立ち*3
「……運が悪かったな」
「そうねー……こればっかりは、しょうがないけれど」
さて。
食事が摂れないまま、グレイとエメディアは宿の部屋を取った。食事はさておき、最低限、寝泊まりはしなければならない。グレイ1人なら、『じゃあ野宿でいいか』ともなるところだが、エメディアに野宿をさせるわけにはいかない。
「コルザからの馬車が来ない、っていうことは……コルザで何かあったのかしら」
「さてな。道中で野盗にやられたのかもしれない」
この宿場へ食料を運ぶ馬車が来なかった、ということは……まあ、『何かあった』のだろうと思われる。それこそ、非常に面倒で厄介な何かが。
とはいえ、今からそれを解決することはできそうにない。今夜のところは、食糧供給はアテにできない、ということだ。
「……あんた1人分なら、なんとかなるかもしれないぞ」
「うん……皆無理して、私のために一食分、作ってくれちゃうから……それはあんまりにも、申し訳ないでしょ」
……実は、エメディアが1人で居る時に、宿場の人間が声をかけていたのだ。『あんたの分ならなんとか、食事をわけてやれる』と。
だが、エメディアはそれを固辞して、慌ててグレイの元へ戻ってきた。……何でも、『私が好かれるばっかりに、いろんな人に無理をさせてしまうのは申し訳ないから』とのことである。実に真面目なお姫様だ。
そして、そんなエメディアも、『嫌われ者』のグレイと一緒にいる分には……恩恵の影響が減るようである。『私、人の中に居る時にはできるだけグレイから離れないようにするわ』と、真剣な顔で言っているのを聞いて、グレイは『そうか。1人でやってくれ』と思った。
「まあ……何も食べないって訳には、いかないからな……」
が、エメディアの覚悟はさておき、グレイとしても腹は減った。
……腹が減っても体を丸めてそこらで眠るのが、一般的な裏通りの住民の生活だが……グレイはそれがあまりに頻繁であるので、ただ耐えることは諦めている。
他の裏通りの住民であれば、『仕方がないな』と食べ物を分けてくれる奴が現れるものだが、グレイがそれをやっていると、一生食べ物にありつけないこともあり得る。何せ、嫌われ者なので。……裏通りによくある『助け合い』は、グレイを弾き出した輪の中でしか回っていないのである。
ということで。
「とってくる」
「えっ!?」
グレイは、さっさと宿を出ることにした。エメディアは『とってくる、って、何を……!?』と首を傾げていたが……。
「あんたは……あー」
……『あんたは待っててくれ』と言おうと思ったグレイだったが、そのエメディアが、あまりにも、好奇心に目を輝かせてグレイを見つめてくるので……。
「……一緒に来るか?」
「勿論!」
……折れた。
グレイはエメディアには、甘くなりがちである。否、グレイに限らず、全ての人間、全ての生き物がそうなのであろうが……。
「ま、何かは居るだろ」
「何か、って……川?」
「ああ。魚を釣る」
そうして少しの後、グレイとエメディアは宿場の裏手の川を訪れていた。
適当な木の枝と糸を使って簡易的な釣竿を作ると、針金を使った釣り針を取り付ける。そこへ、そこらへんの石をひっくり返して出てきた虫を刺して……川の水の中へ放り込んだ。
「……あなた、器用なのね」
「これぐらいできなきゃ、裏通りで生きていけないからな」
エメディアは感心したような声を漏らしているが、グレイとしては、少々気まずいような、後ろめたいような、そんな気分である。
……当然、裏通りでは器用な方が便利に生きていけるが、それだけだ。器用でなければ生きていけないのは、助け合える仲間が居ない奴に限るのだ。
が、その辺りを説明するとなると余計に惨めな気分になりそうなので、グレイは気にせず、ため息交じりに釣り竿を揺する。
「……ま、釣れるとは限らないからな。あまり期待はしないでくれ」
「そ、そうなの……?」
エメディアは興味深そうに釣竿を眺め、川を覗き込み、首を傾げる。
「まあ、魚が採れなくても、この時期だ。野草くらいなら手に入るから……最悪の場合は、それだな」
「へえ……グレイあなた、すごいのねえ」
「そうか……?まあ、あんたには物珍しいか……」
エメディアはやはり、お姫様であるだけあって、世間知らずである。その上で好奇心旺盛なものだから、自分が知らない世界のことをあれこれ覗き込んでみたいのだろう。とはいえ、覗かなくていいものの方が多い裏通りの話など、グレイとしてはあまり、聞かせたくないのだが。
「……じゃ、釣竿、見といてくれ。引いたら呼んでくれりゃあいい。あんたがそのまま釣り上げてもいいが」
「えっ!?釣り上げるって、どうやって!?」
「……うん。呼んでくれ」
さて。釣りは基本的には待ちの一手になる。ならばその間、釣り竿はエメディアに任せて、グレイは野草を採っておくなり何なり、釣果が無かった時の対策をしておいた方がいい。
……初夏の森であるので、まあ、それなりに野草の類はあった。丁度良く木苺の茂みもあったため、それも少々頂く。……このあたりの木苺の茂みとなると、恐らく宿場の人間も活用する場所であろうと思われるので、若い実まで採りつくすことのないように気を遣って採取する。
と、その時だった。
「グレイー!釣竿が揺れてる!来てー!」
「早速か?おいおい、随分と幸運だな」
随分と早く、エメディアに呼ばれてしまった。グレイは慌てて川辺へ戻り、そこで慌てるエメディアに木苺や野草の入った袋を押し付けると、さっさと釣り竿を手に取り、魚の動きに合わせて竿を引く。
……そうして、中々の大物が手に入ってしまった。
「鱒だな……」
「ます……分かるわ。美味しいわよね」
それは、立派な鱒である。……これだけ大きければ、グレイとエメディア2人分の食事には十分になるだろう。あれだけ粗末な竿でこれだけ立派な釣果があったのだから、随分と幸運だった。
……本当に、単なる『幸運』故だろうか。
ふと気になったグレイは、ひょい、と川を覗き込む。すると、グレイが近づいた途端、逃げていく魚の影がいくつも見えた。……つまり、これは……エメディアになんとなく引き寄せられた魚が、ぼんやりしていて釣り針にかかった、ということであろう!
「これで晩御飯は大丈夫ね!もし余ったら、少し宿の方に分けてあげましょうよ!」
「そうだな。それがいいかもしれない」
……グレイは、『どうやら魚はあんたに引き寄せられてきたらしいぞ』とは、言わなかった。エメディアを好いたあまりに釣り上げられてしまった魚のことを思ったエメディアが傷つくのは避けたかったので。
「お魚!お魚!ふふふ……ねえ、これ、どうやってお料理するの?」
「適当に開いて焼けばいいだろ」
……が、グレイはしっかり、『今後、釣りはエメディアに任せよう』と心に決めた!
そうして、大ぶりな鱒を宿場に持ち帰ったグレイとエメディアは、『裏の川で釣りを!?あそこ、あんまり魚が掛からないのに!』と驚かれつつ……鱒の半身と引き換えに、調理場を借りて鱒を調理した。
グレイが採取してきた野草の内、香りが良いものを共に焼く。調味料は宿の塩を借りて使った。
魚の身がフライパンの中、こんがりと焼かれていく傍らでは、魚のアラから取った出汁に塩と野草をぶち込んで煮ただけの、簡単かつ質素なスープが煮えていく。
エメディアは、グレイが調理するのを興味深そうに眺めていた。……お姫様は自分で料理などしたことが無いのだろう。だが、『私もできるようになろうっと』と楽しそうにしているところを見ると、やはり、好奇心旺盛であることは間違いない。
調理中、ウサミミがフライパンの上の魚に伸ばした耳をペチンと叩いてやりつつ、『こっちにしろ』と木苺を与え、エメディアが『おなかすいた』という顔をしていたのでエメディアにも『食いたきゃ、木苺食べてていいぞ』と木苺を与え……そうしてなんとか、食事の準備ができる。
「ま、大したもんじゃないが」
「ううん!とっても美味しそう!」
そうして2人揃って、食事を摂り始める。
立派な鱒は、半身を2人で分けるとそれだけで腹いっぱいになるほどの大きさがある。そんな立派な身は、香草と共にこんがりと焼き上げられ、表面は香ばしく、中はふっくらとして非常に美味い。
スープの方は、まあ、ありあわせで作った味がした。……具にした野草の中には硬いものも渋いものもあったし、魚の出汁も少々薄い。だがまあ、エメディアは『こういうのもあるのね』と、それはそれで興味深そうに食べていた。……実に好奇心旺盛なお姫様である。
ウサミミには木苺の他、スープの中で煮えても尚硬い野草を与えてみたところ、ウサミミはそれらを問題なく食べるらしかった。エメディアは『あなた、何を食べるのかしら』と不思議そうにしていたが、本来、スライムは水や植物……例えば、ダンジョンの中に生える苔などを食べて生きていることが多いようだ。
まあ、水はあった方がいいのだろう。今も、エメディアのスープ皿から勝手に、くぴ、とスープを飲んでいる。……実に気ままなスライムである。
そうして、その日は2人それぞれ別の部屋で就寝した。部屋を2つ取ったのは、単に、グレイがエメディアと同室になるのは流石に憚られたからである。宿の店主からの『何故、こんな奴が、こんなに素敵なお嬢さんと2人旅を……?』という視線がいい加減鬱陶しかったということもある。
……また、単純に、金はあるのだ。ダンジョンの財宝はまだある。それを使えば回避できる問題に、わざわざ対峙する必要も無い。
ということで、グレイは『ベッドで寝るのは久しぶりだな……』と思いながら、妙に落ち着かない心地で就寝し、エメディアはエメディアで、『こういう固めのベッドも悪くないわね……』などと思いながら、ウサミミを抱いて健やかに就寝した。
……翌日。
2人は乗合馬車に乗って、コルザ方面へ向かっていた。馬車には他に数名の旅客が乗っていたが、彼ら全員がエメディアに大いに惹かれており、グレイのことはなんとなく嫌がっていた。……なので、馬車の中では専ら、エメディアが彼らと話し、グレイは隅っこで体を丸めて眠ってやり過ごしていた。
が、その時、馬の嘶きと共に、馬車が止まる。
……そして。
「さーて、予想はしてたわ。してたけど……本当にくるとはね」
エメディアが『やれやれ』とばかり、杖を構える傍らで、グレイは誰よりも先に大楯を構えて馬車の外へ飛び出していた。
「ありきたりだな」
「ありきたりなの?だとしたら本当に……『やれやれ』と言うしかないわ」
……グレイとエメディアの前……馬車の進路を塞ぐようにして立っているのは、どう見ても野盗の類である。




