8話:裏通りの旅立ち*1
そうして、グレイとエメディアは王都へ戻った。
……王都の門を抜ける時、少しばかり、面倒があった。というのも、エメディアが門を通るとなると、間違いなく王や王子……エメディアの兄であるらしいその人に報告が行くからである。
エメディアの身を守るためには、エメディアの生存を知らせない方がいい。……そういうことで、エメディアは門の外で1人、待つことを提案してくれた。
が、それでは当然、危険である。
……ということで、仕方なく、グレイはエメディアを『裏道』へご案内した。というのも……裏通りの連中が後ろ暗いことをした後で、或いは『後ろ暗いことをしている最中に』通れるように、城壁の一部に、人知れずこっそりと穴を開けてあるからである。
エメディアは『こんな抜け道があったなんて!』と目を輝かせていたが、グレイは『ここを出たらすぐ忘れろ。いいな?』と釘を刺しておいた。
何せ……この抜け道は、裏通り直通なのだ。お姫様を1人で通らせるには、あまりにも、治安が悪い!
なんとか城壁を抜けて、グレイとエメディアは王都の端の端……『吹き溜まり』であるところの、裏通りへとやってきた。
裏通りは、いつも通りの様相だ。
不揃いな建材で雑に造られた町並みは、『美』とは対極に位置する代物と言える。また、建物に建物を無理矢理増設して、なんとか住処を確保しよう、と考える者ばかりが住んでいるため、見上げる空は非常に狭い。その狭い空さえも、立ち上る煙によって、灰色にくすんで見える。
また、汚さないように気を付ける者も、殊勝に掃除をする者も滅多に居ないため、薄汚い。更に、酔っ払いが倒れていたり、ゴロツキ共が喧嘩していたり。魔導製品のジャンク品を売る露店があったり、出所不明の怪しげな薬を売る露店があったり……そして、道を歩けば四方八方から、エメディアに視線が向けられる。
「……すごいところね。その、とっても」
「あー、無理に褒めようとしなくていい。ここは碌でもない場所だし、ここに居る連中は全員ろくでなしだ」
「グレイもここに住んでいるんでしょう?」
「だから言ったろ。『全員ろくでなしだ』って」
エメディアは、こういった場所に全くの不慣れであるらしく、きょろきょろ、とあちこちに視線をやっている。その様子がなんとも危なっかしいので、グレイは『こいつは本当に気を付けなきゃあな……』とため息を吐いた。
エメディアが怪し気な薬を売りつけられそうになっているのを引っ張って連れ戻し、エメディアに下品な言葉を投げかけるゴロツキを大楯で突き飛ばしてそのあたりに転がし、エメディアに碌でもないことを聞かせないために、ウサミミに『ちょっとエメディアの耳を塞いでおいてくれ』と頼み……。
……そうしていつも以上の『吹き溜まり』ぶりを発揮してくれる裏通りに、グレイはため息を吐きつつ、なんとかかんとか、目的の場所へ辿り着いた。
「ここがグレイの家?」
エメディアは、耳を塞いでいたウサミミを、うにょん、と剥がしつつ、何故か嬉しそうに『それ』を見つめた。
「家、なんて大層なモンじゃないがな」
「じゃあ、巣?」
「……まあ、そんなもんだ」
そう。そこは、グレイの住処である。……エメディアに言わせれば、『グレイの巣』であるが。
……グレイが住処としていたのは、鍛冶場の裏手だ。常に石炭がくべられて白煙が上がる煙突の、その足元。そこに、古くなって交換が必要になった炉が打ち捨てられていて、半ば、土や廃材に埋もれており……その炉の正面、石炭をくべるための窓だった部分が、グレイの住処への入り口である。
「……すごいわ」
エメディアは目を輝かせて、グレイが廃炉の中へ身を滑らせるのに続いてやってきた。
……炉は入り口であって、グレイの住処は実際のところ、半地下にある。そう。炉を土や廃材で埋めたのは、この半地下に掘り抜いて作った住処を隠すためである。
「生活できるようになってるのね。ここが竈?排煙は、こっちね?……炉から煙が出てるみたいになるんだわ!すごい!あっ、でも、お風呂は無いのね?水場は……水瓶で代用してる、ってかんじかしら。今日はここに泊まるの?」
「あー……長居はしないから安心してくれ。必要なモンだけ持って行ったら、もうここへは戻らない」
グレイは、エメディアが自分の住処の中をきょろきょろと物珍し気に眺めていることに羞恥を覚えつつ、荷造りを進めていく。
「えっ、もう戻らない、って……」
「住処を変えずにいると、バレた時に面倒だろう」
「……そういうものなの?」
「ああ。……『嫌われ者』に限った話じゃない。裏通りで誰の後ろ盾も無い奴は、全員、そうした方がいいんだ」
……グレイの荷造りは、さっさと終わった。それもそのはず、荷物が非常に少ないからだ。
裏通りで生きていくには、身軽でなければならない。何か欲しいものがあっても、そこらへんのものをありあわせで使って凌ぐのが、ここでの賢い生き方だ。物を多く持っていていいのは、後ろ盾がある奴……つまり、『嫌われ者』じゃない奴だけだ。
「さて……こいつをまた出す羽目になるとはね」
そうしてグレイは荷物を背負い、最後に、住処の奥に隠しておいた『それ』を一式、抱えて持ってきた。
それは、グレイが以前使っていた鎧である。
グレイがダンジョンで捨ててきた魔導鎧は、それなりに最近、新調したものだった。それを捨ててくる羽目になったのは惜しいが……まあ、こうして古いものが一式残っているのだから、まだマシだろう。少なくとも、これで『大楯持ち』の役目は問題なく賄える。
「この鎧を着ていくのね」
「いや……まあ、それでもいいんだが……金は手に入っちまったからな。できる限りのことは、していきたい」
が、グレイはこの鎧をそのまま使うつもりはなかった。
「……金さえありゃ、まあ、なんとかなることも、ある。この裏通りではな」
そうしてグレイは、自分の住処の表側……鍛冶場へと向かった。
「よお爺さん。生きてるか?」
「ああ、生憎な!」
鍛冶場の奥に声を掛ければ、奥から出てきたのは、髪も髭もすっかり白い老人である。
……老人とはいえ、その体躯は、正に筋骨隆々、と言うべきものだ。更にもう1つ特徴的なのは……身長が、グレイの腰くらいまでしか無い、ということである。
そう。この老鍛冶師は、ドワーフだ。
「あー、エメディア。こちらはうちの裏手に住んでる鍛冶屋の爺さん。ジョードだ。見りゃ分かると思うが、ドワーフでね。こんな場所には似つかわしくないくらい腕もいいし、魔法も得意だ。だが表で何かやらかしてここに住んでるらしいから、まあ、詮索しないでやってくれ」
早速、グレイがエメディアに老ドワーフのジョードを紹介すれば、エメディアは『まあ!』と目を輝かせた。……このお姫様は、こんなところにも興味津々であるらしい。実に好奇心旺盛なことだ。
「で、爺さん。こちらはエメディア。……見りゃ分かると思うが、ワケアリだ」
「よろしく、ジョードさん!私、グレイと組むことになったエメディアよ」
……そうして、ジョードにエメディアを紹介すれば、ジョードはぽかん、として……その口に咥えていた煙管を、ぽろり、と落とした。
「……こいつは驚いた。おい、グレイ。お前、一体どこから攫ってきたんだね、そんなお姫様みたいな女を」
「ダンジョンの底だ。ドラゴンの宝物庫に居たんだよ。ドラゴンに宝物として閉じ込められてたんだとさ。そこを勇気あるスライムに救われて、スライムの国のお姫様みたいになってたところで俺と出会った」
「お前さんが冗談とは珍しいな……」
グレイは『冗談じゃないんだがな』と肩を竦め、横目でこちらを見ていたエメディアと視線を交わして、苦笑いする。……本当に、冗談みたいな出会い方をしてしまったものだ。
「で、なんだ?このお嬢さんに何か作れ、ということかな?まさか指輪でも贈る気か?」
「そっちこそ冗談はよしてくれ。……鎧をほとんど、ダンジョンで失ってきた。古い方の鎧の調整と改造を頼む。できる限りでいい」
さて。紹介もそこそこに、グレイはさっさと本題に入る。
勝手知ったる他人の鍛冶屋だ。適当な作業台の上に、がしゃがしゃ、と自分の鎧一式を置いていく。今身につけているものも全て外して、置いた。
「新しい鎧を失ってきただと?」
「ああ。折角作ってもらったのに、悪かったよ。……だがまあ、役に立った。あんたの鎧が無かったら死んでた。まあ、ダンジョンで色々あったんだよ」
「そりゃあ……色々あったんだろうがなあ、ふむ……」
ジョードは『まあ、これだけ生き残ったなら、マシな方だなあ』などと嘆きながら、作業台の上の鎧を眺め……そして、よし、と頷いた。
「まあいい。分かった。やってやろうじゃあないか」
「そいつは助かるよ」
グレイはほっとして、詰めていた息を吐き出した。……なんだかんだ、この老ドワーフは偏屈で人嫌いだが、グレイをよく助けてくれる。この『嫌われ者』のグレイを前にしてもそれなりに対応してくれるくらいには。
……それには、この老ドワーフが中々の魔力持ちであり、グレイの恩恵の影響を受けにくいから、という理由も含まれるのだろうし、そもそも『グレイに限らず、全ての人間がまんべんなく嫌い』であるという理由もより多く含まれる。
そしてそれ以上に……グレイが『金払いのいい客』であるから、という理由が多分に含まれるのだろうが、いずれにせよ、グレイにとって『唯一、自分を相手にしてくれる鍛冶屋』であることに変わりはないのだ。
「で、期限は」
「明日の朝だ」
「何と言った!?」
……が、流石のジョードも、『明日の朝までにやれ』と言われては、目を剥いて驚いた。
「明日の朝だ。聞き間違えじゃないぜ。ああ、勿論、金は出す。ほらよ」
が、グレイも発言をひっこめるつもりは無い。
ダンジョンで手に入れてきた財宝を、じゃらり、と作業台の上に出す。……するとまた、ジョードは目を剥いて驚いた。
……そして。
「……本当に、金が無かったらお前の依頼なぞ、受けないところだぞ!」
「そうかい。金があって悪かったな」
「全く……」
ジョードは渋々と頷くと、早速、財宝を懐にしまいこみ、そして、道具を取り出してきてグレイの鎧を見始めた。
「ああ、そうだ爺さん。ついでに、明日の朝までここで待たせてくれ。寝床は1つあればいい」
「ああ?そんなもん、お前の家に帰れ。すぐ裏だろうに」
「……エメディアをあんなところにおいておけるか」
……グレイが『アレは、ダメだ』と苦り切った顔で告げれば、ジョードもまた、少し考え……深々と、頷いた。
「成程な。そいつはその通りだ。やれやれ……」
そうしてジョードは手にしかけた道具を作業台に置き、『ついてきな』と、グレイとエメディアに合図する。グレイはエメディアを伴ってジョードの後についていき……。
「悪いな、お嬢さん。こんな裏通りにまともな宿なんざ期待しちゃいけないよ」
……そこで、ジョードが持っている『客室』……本当に、この裏通りには珍しくも存在している『客室』を、見ることになる。
ジョードの『客室』は、魔道具の塊のような部屋だ。
魔力を軽く流せば勝手に開く窓。横たわれば勝手に天蓋が現れる寝台。暖炉には石炭をくべられるようになっているが、それへの着火も魔導仕掛けだ。
更には……なんと、水道があるのだ!まるで、『表』のように!
……実際、これは『表』の水道をちょっとばかり『勝手に延長して、勝手に盗んで使っている』代物であるらしい。水道に限らず、ここにあるものは基本的に、廃材やら盗品やらなにやらを組み合わせて作ったありあわせのものなので、意匠はてんでバラバラだ。そして全体的に、小汚い。
「いいえ!期待するな、なんて無茶言わないで!とっても素敵な宿だわ!私、こんなところ初めて!」
だが……エメディアには、この、無骨で薄汚い部屋が、『とっても素敵な宿』に見えるらしい。あちこちを見て回っては、『すごい!』『これ何!?』と興奮し通しで、それに引きずられて、ジョードが……あの、人嫌いで有名な、あの老ドワーフが、あれこれ教えてやっているのである!
グレイは改めて、エメディアが『人に好かれる』のだ、ということを実感した。何せ、グレイの前ではぴくりとも笑わないあのジョードが、エメディアの前では何やら恥ずかしげに笑っているのだから……。
そうして、グレイの鎧の改造作業を始めたジョードだったが、珍し気に鍛冶場を見て回るエメディアの方をチラチラと見ながら、そっと、グレイに囁いてきた。
「……グレイ。お前、本当にあのお嬢さんを一体どこから攫ってきたんだ?妖精の国か?」
「だから言ったろ。ダンジョンの底の、ドラゴンの宝物庫からだ、って」
「成程なあ……確かにありゃ、宝物だ……」
ジョードは、『あながち、さっきのアレは冗談でもないのか……』と納得したように頷き……そして、ぼやいた。
「お前の依頼じゃ、気分が乗らんと言いたいところだがなあ……あのお嬢さんを守るためなら、そりゃ、いい鎧が必要だな……ううむ……」
……グレイは、ちら、とエメディアを見つつ、思った。
好かれるというのは、得な性分である。
その日の夕食は、裏通りの中でも比較的マシな飯屋のものをグレイが買い込んできて、それを3人……と1匹で食べることにした。そう。老ドワーフは勿論、なんと、ウサミミも食事をちゃっかり持っていったのである!
根菜を適当に煮込んだだけのものを耳から食べて、ウサミミは満足気であった。……グレイは、『お前、そこからものを食べるんじゃない』と、またも言いそびれた。
その後は、エメディアの疲労が酷そうだったので、先に寝かせた。……知らないところ、それもこんな裏通りでは心配で眠れないだろう、と思っていたグレイだが、途中でちら、と様子を見に行ったところ、なんと、エメディアはウサミミを抱いて、すやすやと眠っていた!なんと肝の据わったお姫様であろうか!
一方のグレイは、日付を跨ぐ頃まではジョードを手伝い、それ以降は、『明日出発するならもう寝ろ』とジョードに促され、適当にそこらへんの床で眠った。
……流石に、エメディアと同じ部屋を使うほど厚かましくはなれない。仲間だとはいえ、そのあたりはきちんと弁えるつもりだった。
そうして、グレイはグレイで、床の上でもぐっすりと眠り……朝がくる。
「ほらよ」
「……相変わらずいい腕だな、爺さん」
朝。作業場を見に行ってみれば、そこには無骨ながらも、しっかり仕上がった鎧があった。




