7話:強欲であれ*4
一瞬で、森の空気が緊張に張り詰める。
今、この森に居るのは、グレイ達だけではない。ダンジョンの中、比較的浅い層で稼いでいた連中は、そう少なくなかった。そのほとんどが裏通りの連中であったが……彼らは、『グレイ・シンダー?』『グレイ・シンダーだって?』と、ざわめいた。
『嫌われ者のグレイ・シンダー』の名は、裏通りによく知れ渡っている。勿論、悪い意味で。
そんな彼らの好奇、或いは敵意や侮蔑の視線を一身に浴びて、グレイは緊張に身を固くする。
……だが、慣れている。緊張するとはいっても……それは、戦いを前にして、大楯を構える時と何ら変わりないことだ。
唯一、慣れていないことがあるとすれば……目の前に居る連中が、グレイの『仲間』だった、ということだけだ。
……敵では、なかったはずなのだ。共に戦い、命を守り合った、そういう奴らだったはずで……そして今、目の前の奴らもまた、どうしていいものか、何と声を発せばよいものか、迷っている様子ではないか。
グレイを突き落としたのは、本当に、故意のものだったのだろうか。彼らの意図するところではなかったのでは?つまり、彼らは、まだ……グレイの、仲間なのではないだろうか。
それ故に、グレイは、心に大楯を構えたまま……ただ、動けない。
その時だった。
「へえ!その人達が、グレイの『前の』仲間達ね?」
明るく、そして魅力的な声が重い空気を裂き、そして……。
「ねえ、グレイ!私、『今の』あなたの仲間として、ご挨拶しておきたいのだけれど、いい?紹介してくれる?」
……エメディアがグレイの腕に抱き着いていた。
「……は?お、おい、シンダー。お前、その女は……?」
グレイの、『前の』仲間達は唖然としていた。二重三重に、困惑していることだろう。エメディアという、見れば好かずにはいられない稀有な存在が目の前に居ることにも。そんな素晴らしい存在が、『嫌われ者』のグレイ・シンダーと親し気であることにも。
そして……そんな彼女が、グレイ・シンダーの、『今の』仲間だ、ということにも!
が、その困惑はそっくりそのまま、グレイの困惑でもある。『エメディアは一体、何を言っているんだ!?』と只々混乱し……しかし、一方で、エメディアが何をやりたいのかも、理解できた。
「あー……エメディア。彼らは俺が、ダンジョンに入る時に組んでた奴らで……剣士がカーター。パーティの代表だ。短剣使いがジュリエラ。魔法使いが、フェミナ」
紹介してやりながら……グレイは少しずつ、意識を切り替えていく。動揺したが、それもここまでだ。
「それで……こちらは、エメディア。ダンジョンを出る為に組んだ。彼女は凄腕の魔法使いなんだ。ドラゴンだって、一撃だった。エメディアがいたから、俺は生きてる。彼女は最高だぜ。お前らとは比べ物にならない」
少々、嫌な笑みを浮かべて見せながら、『元』の仲間達に言ってやる。
……そうだ。これは、ゴブリンの群れだのドラゴンだのを前にした時と、同じだ。
簡単なことだ。目の前に居るのは、『仲間』ではなく、『敵』である。そう意識を切り替えれば、何ということは無い。
嫌われることに慣れているグレイは、嫌うことにも慣れている。相手を即座に切り捨てて、『自分には必要ない』と言ってしまえる胆力があれば、案外、『嫌われ者』を上手くやっていられる。
「……まあ、あんた達には悪いことをしたな。生きてて悪かったよ。だが、許してくれないか?……少なくとも、もう一回ダンジョンの底に突き落とされるのはご勘弁願いたいね!」
好かれようなどとは、思わない。徹底的に、敵対する。……それが、一番上手いやり方だ。それを思いきる度胸さえあれば、の話だが。
グレイが朗々と言い切ってやれば、聞き耳を立てていた周囲がざわめいた。
何故なら、これが『仲間殺し』の告発だからだ。そして当然、『仲間殺し』は、御法度だ。たとえ、その相手が『グレイ・シンダー』であったとしても、一応は。
……まあ、相手が『グレイ・シンダー』であるから、情状酌量の余地有り、とは判断されるだろうが。だがそれでも、彼らが今後、裏通りで少々肩身の狭い思いをすることは間違いない。裏通りは、良くも悪くもそういうところだ。
「……おい、グレイ。お前……」
「おっと。近づかないでくれ。もう一度俺を殺そうとするつもりか?それとも、エメディアに何か?いずれにせよ、お断りだ」
剣士のカーターの言葉をさっさと遮って、グレイはにやりと笑う。そして、相変わらず自分の腕に抱き着きっぱなしだったエメディアに笑いかけて……後のことは、裏通りの人間達に任せることにする。
「おっと。彼女を待たせるわけにはいかない。……そういう訳だ。じゃあな。精々、頑張って生き延びてくれ」
「お、おい!待て!グレイ・シンダー!」
カーターが追いかけてくる様子があったが、グレイは振り返らず歩き出す。……こういう時は、多くは語らない方が賢い。エメディアが楽し気に手を振ってみせているのを横目に、さっさとその場を離れることにした。
……そうして、喧噪を後ろに歩き続け、いい加減、誰の声も聞こえなくなってきた頃。
「さーて、グレイ……これで、私と組まざるを得なくなったわね?」
エメディアは相変わらずグレイの腕に抱き着いたまま、グレイを覗き込んで、にま、と笑ってみせる。……大したお姫様だ!
「ああ。俺の負けだよ、お姫様」
「ふふ。私の勝ちね!やったわ!」
エメディアはころころと笑ってから……ふと、心配そうに眉根を寄せて、遠慮がちにグレイの腕を放した。
「……私、余計なことしたかしら。その、あの人達、あまり、あなたにいい印象を持っていないみたいだったし、あなたも、彼らに対してそんなように見えたから……」
……今度は、グレイが笑う番だった。
随分と肝の据わったことをした割に、後になってからこんな風にしおらしくされては、笑うしかない。
「いや。最高だよ、あんた。……俺も、あいつらには鬱憤が溜まってたんだ。多分な」
それに、気分が良かった。
自分を殺そうとした奴らに、報復してやれた。あいつらよりよっぽど優れた仲間の姿を見せつけてやることもできた。
エメディアをダシにしたようで、多少、罪悪感はあったが……それについては、エメディア自身が楽し気であるので、考えないことにする。
「そう?……ならよかったわ!ねえ、ウサミミ!私、最高だって!」
『ウサミミ』と呼ばれたウサギ耳のスライム……恐らく、『ウサギ耳』だから『ウサミミ』なのであろう、非常に安直かつ分かりやすい、素晴らしい名前を授けられたそのスライムは、エメディアが自身を捧げ持ってくるくると回る度、ウサギ耳をぷるんぷるんと震わせて喜んでいた。
……そんなエメディアを見ていると、グレイはどうにも、『願わくば、もう少し長く組んでいたい』と思ってしまう。理性は『やめておけ』と告げているが……それでも。
それでも……今だけは。もう少しだけは。まるでドラゴンか何かのように、強欲であれ、と。 そう、思ってしまうグレイなのであった。
「で、次の目的地なんだけれど……」
そうして足を止めたエメディアは、ごそごそ、と地図を取り出そうとして……しかし、グレイは一度、エメディアを止めた。
「ああ、悪いが、1日待ってくれ。一旦、王都に戻ろう」
「えっ?も、戻るの?」
……が、グレイの提案は、エメディアの驚愕に出迎えられた。
とはいえ……殊更、驚かれる案には思えない。何せ、森を抜けたら草原で、草原に出たら街道がすぐで、街道からはもう、王都の門が見えるはずだからだ。
王都は、ここから存外にすぐ近くなのである。尤も、王都の『端の方は』ということになるだろうが。
「準備とかもあるだろ。隣国に行くってんなら、尚更だ」
要は、『最寄りの町で準備をしてから出発したい』という提案だ。それといって、驚くべきことは無いように思えるのだが……。
「……私を城に戻すつもり?」
……エメディアは、別のことを心配しているらしかった。
「いや……え?あんたまさか、黙って抜け出してきたってんじゃ、ないだろうな……?」
「まさか!これから国同士のやり取りをするっていうのに、黙ってくるはずある!?」
「知らん。悪いが俺は国だの政治だののことはほとんど分からないんだよ」
グレイが『悪かったな』と少々渋い顔をして見せると、エメディアは申し訳なさそうに、『そうなのね』と頷いた。
そして。
「流石にね、お父様……えーと、今の国王陛下の命令で、動いてるわよ。だから、私がダンジョンに入ったこともご存じよ。そこで娘が息子の側近に裏切られてダンジョンの最奥に置き去りにされたっていうのは知らないと思うけれど……知っていたら知っていたで、私にとっては碌でもない状況ね」
「は?」
……何やら、極めて物騒な話を聞かされた気がして、グレイは唖然とし……。
「……聞かなかったことにしていいか?」
「どうぞ。ええと、じゃあ……つまりね、今、城に戻るとまずいのよ。そういうこと」
「ああそうかよ。くそ、なんてお姫様だ!」
『聞かなかったことにした』割には非常に強く嘆きつつ、グレイは足元の草を蹴った。……自分が、本当にとんでもないことに巻き込まれつつあることを、強く強く、感じ取ってしまったので!
「あー……まあ、いい。分かった。分かったよ。あんたを城には近づけない」
「ありがとう。そうしてくれると嬉しいわ」
そうしてグレイは、諦めた。
……巻き込まれたとして、所詮は『嫌われ者』だ。まあ、どうなろうとも、どうでもいい。そう割り切るしかない。むしろ、それくらい巻き込まれでもしないと、あまりにも……釣り合わない。そういうものだろう。
「だが、王都には戻る。準備は必要だからな」
とはいえ、エメディアの望みをすべて聞き入れることはできない。というのも……。
「……流石に、鎧がコレって訳にはいかないからな。調達したい」
……今、グレイは元々身に纏っていた鎧の大半を、捨ててきたところだからだ。
「幸い、金には困らないからな」
そして……ダンジョンの最奥、ドラゴンが溜め込んでいた宝物も、ちゃっかり持ってきたところだからだ!




