6話:強欲であれ*3
「王女……」
「ええ……。あの、騙すつもりは、なかったのよ。ただ、その、お互い知らなくてもいいことって、あるじゃない?」
グレイは、『おいおい勘弁してくれ』という思いで天井を見上げる。
……そして。
「……俺は何も聞いてない。何も知らなかった。そういうことで、いいか?」
「ええ、いいわ。別に、聞いて、知っていたとしても、今更『不敬だ』なんて言うつもりもないけれど」
「あんたがそうでも周りは違うだろ、きっと」
「そうね。そうかも。……だから嫌なのよ、王女なんて!」
エメディアが嘆くのを横で聞きながら、グレイもまた、ため息を吐いた。……別に、元より何かを期待していたわけでもないが……『こいつはいよいよ、身分違いだな』と、ぼんやり思う。やはり別世界の人だ。エメディアは。
「私のことはそこらへんの兵士か何かだと思って。実際、そんなもんなんだから」
「そいつは流石に無理があるだろ……」
「そう?やってやれないことは無いわよ。きっとね」
エメディアは少々自棄になった様子でそんなことを言う。……だが、グレイにはどうにも、『お姫様』を『そこらへんの兵士』とは、思えない。流石に!
「まあいいの。それはどうでもいいのよ。重要なのは、私が情報を手に入れてしまったっていうことと、私には、この侵略を止める力があるかもしれない、ってことなの」
さて。エメディアはそう言って、また『ダンジョンの核』に視線を落とした。
「まあ……あんたの恩恵なら、和平交渉の類は有利に進められるだろうが……だからって、何も、あんたが……その、こんなことしなくても、いいんじゃないのか」
グレイとしては、『ダンジョンの核』なんて使わずとも、このお姫さまが健やかに生きていければ、それが一番いいと思っている。だが……。
「駄目よ。流石に、国同士の話をするって時に、個人の好感なんて、影響は然程大きくないもの。もっと強化できたら話は変わるのかもしれないけれど……少なくとも、現状では、私が役立つ可能性は2つ。1つは、『これだけの魔力を持っている奴が居るなら、互いの被害は免れない』って思ってもらうこと」
悲しいかな、エメディアは非常に現実的であった。
グレイも、理屈は分かる。むしろ、『話し合いで解決できる』というよりは、『武力同士で牽制しあって折衝する』方が、馴染みが深い。
国同士の、となると規模が大きすぎて想像が及ばない部分もあるだろうが……結局のところ、人は、弱そうで、すぐ奪えそうな奴から、奪う。だからこそ、武器を分かりやすく所有しておくだとか、舐められないように隙のない立ち居振る舞いをするだとか、そういうことが必要になるのだ。
「もう1つは……開戦してしまった時、前線で役に立つためよ。魔力が多ければ、できることは増えるし……恩恵が強ければ、味方の兵士の士気を上げるのに役立つでしょう?同時に、敵の士気を下げることもできる。なら、より広範囲に、より強く、恩恵が影響するようにしておいた方がいいわ」
そして……こちらも納得だ。エメディアが味方に居たら、間違いなく、士気は上がる。『我らが勝利の女神を、勝利に導くのだ!』と高揚する連中の様子はなんとなく想像ができる。想像できるだけに……グレイは、『やっぱり駄目だろ』と思う。
「おいおい……あんたが前線に出るのか?本気で?」
「ええ。そうした方がよさそうだもの。まあ……そうならないに越したことは無いわ。そもそもの侵略を止められれば、私も、私以外の誰かも、前線に立って命を懸ける必要は無くなるでしょうね」
……このお姫様は、本気だ。
自分がお姫様だろうが何だろうが、前線に立つ気で居るし……死ぬことだって、覚悟しているのだ。
「まあ、何にせよ、私は強くなるの。そのために、ダンジョンの核の力を、手にしなければ」
そうして、エメディアがその手に握ったダンジョンの核に、再び、唇を寄せた、その時だった。
ぬっ、と、影が差す。グレイはすぐさまそれに気づいて……気づいたが、止めないことにした。
「えっ?」
エメディアはグレイよりも数秒遅れて『それ』に気づいたが……気づいた時には、もう遅い。
「わぷっ!?」
……エメディアの頭の上に降ってきたのは……ぷるん、と長い2本の突起を揺らすスライム。
そう!あの、ウサギ耳のスライムであった!
……そのまましばらく、エメディアは自分にもっちりと張り付くウサギ耳のスライムに翻弄されていた。
ウサギ耳のスライムはとにかく、エメディアに再会できた喜びに満ち溢れているらしく、ぽいん、ぽよん、と、エメディアの頭の上で跳ねたり、はたまたエメディアの肩にもっちりと乗っかってはもちもちと頬ずりしたり、何かと忙しい。
そして、そんな状態であるので、エメディアもウサギ耳のスライムに構ってやるしかなく……ダンジョンの核どころではないようである。
……なので。
「よし。借りるぜ」
「えっ!?あっ、ちょっと!」
グレイは、エメディアの手から、するり、とダンジョンの核を抜き取った。
……改めて見ると、何とも不気味な石だ。それでいて、強い力を秘めていることもまた、分かる。
同時に、『ああ、確かに、こいつの魔力はただ霧散させるには惜しいか』と思う。このダンジョンの核が高値で取引されるのもよく分かる。
だが……これを、このままエメディアに使わせるわけには、いかない。
「あっ!グレイ!ねえ!」
グレイはダンジョンの核を握ったまま、部屋を出て、追いかけてくるエメディアとウサギ耳のスライムを背後に感じつつ、すたすたと歩き……。
「ほら」
水場ででしゃぷしゃぷと洗ったダンジョンの核を、改めてエメディアの手に戻してやった。……エメディアは、きょとん、として、まじまじと、ダンジョンの核を見つめ、それからグレイを見つめて……。
「……え?洗っただけ?」
「あー……拭くのに丁度いい布なんざ持ってないもんでね」
「あ、違うの。そうじゃなくて……その、ダンジョンの核を、破壊されちゃうか、先に食べられちゃうものだと、思ったから……」
エメディアはただ困惑しながら、再びダンジョンの核に視線を落とす。それを、エメディアの頭の上に乗っかったウサギ耳のスライムも、ぽよん、と覗き込むようにして、揺れた。
「いや……あんたがこれを欲しいんだったら、止めないさ。馬鹿なことをしようとしてやがる、とは思うが……」
……グレイが首の後ろを掻きつつ、視線を床のあたりに彷徨わせてそう零せば……エメディアはそんなグレイを、またまじまじと見つめ……それから。
「あなたって……私のことを、自分の思い通りにしようとは、しないのね!」
「は?」
ころころと笑い出したエメディアに、今度はグレイが戸惑う番だ。何を言ってるんだ?と思うと同時に、『ああ、こいつは色んな奴らが思い通りにしようと、あっちこっちから手出しされてたんだろうな』と察した。
不憫なことだが……まあ、それを考えると、彼女は王女の身分であって、よかったのだろう。王族であったからこそ、彼女は城壁や兵士達に守られて、本当にどうしようもない、裏通りに屯すような不届き者共に出会わずに済んでいたのだろうから。
……尤も、今、グレイと出会ってしまっているが。それでも、グレイ自身、『俺はまだマシな方だろ。一緒に居るだけで嫌になる、ってところを除けば』とは思っている。
「じゃ、やるならやっちまえよ。それで、さっさと脱出しよう」
グレイが少々わざとらしくぶっきらぼうにそう言えば、エメディアは笑って、ダンジョンの核を飲み込んだ。
途端、ダンジョンが崩れていく。
ダンジョンを構築していた魔力の一部は霧散していき、一部は大地へしみこみ……そして一部は、新たな主の元へと集う。
そう。……ダンジョンの力の一部は、こうして、エメディアのものになった。
「あー……ああ、ダメ!上手く制御できない!あっ!またどっか行っちゃった!もう!」
とはいえ……エメディアの様子を見る限り、必ずしも上手くいったとは言えないようである。
「おい、大丈夫か」
「うーん……私、本当に、魔力の制御が下手なの!だから体もそんなに強くないし!使える魔法も限られるし!……ついでに、ダンジョンの魔力だって、制御しきれずに取りこぼしてるところよ!ああもう!」
……この結果は、エメディアとしては不本意なものなのだろう。確かに、ダンジョンの魔力を繋ぎ留め、制御していたダンジョンの核をそのまま飲んだのだから……そっくりそのまま、ダンジョンの魔力を自分のものにできても、おかしくはないのだ。ところが、今、エメディアはそう、できていない。
「ああ、まただわ!」
更にまた、エメディアに近付きかけた光の粒が、ふわ、と離れていってしまった。また一部、魔力を取り逃した、ということらしい。
その魔力は、ウサギ耳のスライムがウサギ耳の部分を、みょん、と伸ばして、ぱくん、と、耳の先で光の粒を捕らえていた。……『ウサギは耳から物を食うことはしないんだぞ』と教えてやった方がいいだろうか。
「ま、落ち着け。こういうのはダメ元でやるもんだろ」
「そうかもね!でも私、自分で自分にガッカリしてるところよ!」
また、ウサギ耳のスライムがエメディアの肩の上で、ぴょん、と跳んで、ぱくん、と、光の粒を食べた。……エメディアの取りこぼしを美味しく食べているようだ。それが嬉しいらしく、ウサギ耳のスライムはエメディアとは真逆に、大はしゃぎだ。……良くも悪くもスライムというものは柔軟である。体も、性質も。
「私、これで戦えるようになるかしら……」
「……さあな」
何とも言える立場にないグレイは、ただ、ダンジョンの崩壊とエメディアの奮闘、そしてウサギ耳のスライムの大はしゃぎを見守った。
……上手くいってほしいような、ほしくないような、複雑な気分で。
ダンジョンの崩壊というものは、音もなく起こるものである。
ただ、本来そこに無かったはずのダンジョンは、魔力によって構成されていたその姿を消し、ダンジョンが出来上がる前の状態に、戻る。ダンジョンや、ダンジョンのものである魔物はすっかり消え失せてしまうのだ。
例えば……ここは、王都から少し森に入ったところにあったダンジョンであるので、ダンジョンが全て消えた後には、ただ、穏やかな森が残るばかりなのである。
その場に、ダンジョン内に居た人間達を、取り残して。
「……ダンジョンはクリアできた、ってことか」
「そうね……。そして私は、しくじった、ってことよ」
グレイとエメディア……そして、何故か消えずに残ったらしいウサギ耳のスライムの三者は、森の木漏れ日を浴びながら、そこに居た。
エメディアは残念ながら、ダンジョンを構築していた全ての魔力を吸収するには至らず……その一部を手にするのみにとどまったようである。グレイからしてみれば、それができただけでも十分だろう、とも思われるのだが。
だが、それを言ってもエメディアの慰めにはならないだろう。……ということで、グレイはただ、森の柔らかな下草の上を、ぽいんぽいんと元気に跳ねるウサギ耳のスライムを持ち上げて見せることにした。
「まあ、こいつにとっては大成功だっただろうな」
「え?……えっ?この子……外に出てこられちゃったの?」
エメディアが驚いている間にも、ウサギ耳のスライムはグレイの手を嫌がって、ぽよん、と跳ねていってしまう。そして、着地先はエメディアの肩の上だ。そのまま、もっちりもっちり、と這っていったウサギ耳のスライムは、エメディアの頭の上にもっちりと収まり、満足気にふるんと揺れた。
「ダンジョンの中の魔物って、普通、ダンジョンクリアと同時に消えちゃう、わよね……?」
「そうだな。俺が今までに見てきた限りじゃ、そうだ」
「……じゃあ、この子はなんで、消えなかったのかしら」
「あんたが一部とはいえ、魔力を制御したからだろ。だから、あんたが消えてほしくないものは消えなかった。そういうことじゃないのか?」
グレイの言葉を聞いたエメディアは、頭の上のウサギ耳のスライムをそっと手に取り、両手に載せて、見つめた。ウサギ耳のスライムはエメディアの手にすり寄りつつ、その耳をいかにも自慢げに、ぷるぷるん、と震わせている。
「……だったら、私、完全にしくじった訳じゃ、なかったって言えるかも」
エメディアは少しばかり笑って、スライムのウサギ耳をそっと撫でてやった。それが嬉しかったらしいウサギ耳のスライムは、ぷるぷると耳を元気に振り回し、より一層、エメディアにすりすりとやっている。
「そうだな。俺もそう思うよ。あー……俺以上に、そいつが思ってる。多分な」
「だったら……そうね。落ち込むのは、ナシよ!」
エメディアがウサギ耳のスライムを、ぎゅ、と抱きしめる。ウサギ耳のスライムはそれはそれは嬉しそうだ。グレイは、『よかったな』と声をかけてやった。ウサギ耳のスライムはグレイの言葉など全く気にせず、ただ、エメディアに頬ずりするばかりであったが。
……だが、まあ、グレイも最早、ウサギ耳のスライムのことなど気にしていない。
何せ……森の柔らかな木漏れ日の下、エメディアの髪はいよいよ美しく輝いて、まるで天使か、華の妖精か何かのように見えるのだ。見惚れずにはいられない。こんなもの。
「ああ、そうだ。グレイ。お願いを叶えてもらったところで悪いんだけれど、もう1つ、お願いがあるの」
「え?」
……そうしてエメディアに見惚れていたグレイは、咄嗟に、エメディアの言葉に反応するのが遅れた。
何の話だったか、と思いながら、エメディアを見つめ返すと……エメディアは、言った。
「私と組んでくれない?」
「いや、それはできない」
グレイは半ば反射的に、断った。
エメディアは、ぽかん、としていたが……グレイは徐々に思考が追い付いてきて、尚更、『組めない』と思う。
……グレイも、誰かに『組もう』と言われたことが無いわけではない。事実、グレイはエメディアに会うほんの少し前まで、パーティを組んでいたのだから。
だが、何せ、相手がエメディアだ。『グレイ程ではなくとも嫌われていて、他に組める盾役が居なかったから渋々グレイに声をかけるしかない誰か』ではない。
他に幾らでも、組める相手は居るだろう。グレイより優秀な盾も……まあ、それなりに、居るはずだ。何せ、彼女は王女様だ。彼女を守る騎士は幾らでも見つかるだろうし、そうでなくとも、彼女のために命を捧げても惜しくないと思う奴なんて、掃いて捨てるほど居るだろうに。
であるからして……エメディアと組むのは、グレイのような奴ではない方が、いいだろう。その方が、エメディアにとって、いい。グレイはそう、考えた。
……否。考えた、というよりは、咄嗟に覚えた恐怖を覆い隠すように、理由を付けただけだ。だが……その是非について、今のグレイは、仔細に考える余裕など、持ち合わせていない。
「それは……やっぱり、私じゃ、あなたの『剣』として、不足かしら?」
「いや、そうじゃない。逆だ。俺が、あんたの『盾』になるには、あまりにも……」
「それは違うわ!それは、私が保証する!あなたみたいに優秀な『盾』、他に居るはずないもの!」
エメディアが食い下がるのを見て、グレイは『ああ、やめてくれ』と思う。『これ以上、期待させないでくれ』と。
……だが、そんな時だった。
「おい、グレイ・シンダーか!?」
後ろから声を掛けられて、ばっ、と振り向く。
……聞き慣れた声だ。聞き間違えるはずが、無い。
「お前……生きてやがったのか」
蒼白な表情で、まるで幽霊でも見るかのようにグレイを見つめているのは、剣を手にした若い男。
その後ろに居るのは、身軽な鎧姿に短剣を携えた女と、杖を手にした女。
……グレイのパーティメンバーであり、グレイをダンジョンの底へ突き落とした犯人である彼らが、そこに居た。




