5話:強欲であれ*2
ガキン、と、鋼と鋼を打ち合わせたような音が響いた。
ドラゴンの爪は、それ自体を加工して、ナイフなどの材料にもできるようなものだ。まるで金属のような硬さのそれは、しかしやはり、ドラゴンの腕の先に付いている時にこそ、力を発揮するものだと言える。
人間の身長を超える長さの腕が振り回されれば、それだけで、人間を軽々と吹き飛ばすだけの速さと質量が襲い掛かってくることになる。
だが……グレイは、それを耐えた。
流石に、ドラゴンの爪の一撃は、流石に、堪える。だが、これを耐えきれないほどのグレイではない。
ドラゴンは、脆弱なはずの人間が自分の攻撃を凌いだことに、苛立ちを覚えたらしい。更に、重い一撃をグレイにお見舞いしてくる。それを大楯でなんとか防いだと思ったら、更にもう一度。更に、更に、もう一度……。爪は何度も、振り下ろされた。
それらを防ぎ切ったグレイは……『ああ、これならなんとかなるか』と感じた。
少なくとも、エメディアとの約束の『30秒』が手に入ればそれでいい。となれば……ドラゴンがもう少々、飽きずに爪で攻撃してくれていればよいのだが……。
「……よし」
このまま耐えることも、できただろう。だがグレイは、より確実な方法を取ることにした。
……反撃に出る。
しかし、この反撃はドラゴンを傷つけるためのものではない。……ドラゴンに、侮ってもらうためのものだ。
グレイは、大楯の他に斧槍も使っている。
……他にも、武器の候補はあった。だがそれでも斧槍を選んだのは、単純に、『長かったから』である。
長い武器というものは、単純にそれだけで、強い。攻撃できる範囲が広がる。これは、大切なことだ。特に、大楯を構えて、基本的には動かずにその場にとどまり続けることを望まれるグレイにとっては、尚更。
攻撃できる範囲が広がる、ということは、つまり……グレイに寄ってくる敵が、『警戒しなければならない範囲』が、増えるのだ。
相手の意識を自分に引き付けつつ、相手が警戒しなければならないものを増やす。そうして、相手の注意を分散させて……自分に集中する攻撃を、どうにかして、捌き切る。それが、グレイの戦い方なのである。
また、同時にもう1つ……『とりあえず振り回せば当たるかもしれない武器』というものは、こういう時にも役に立つ。
グレイは、自分を狙って繰り出されたドラゴンの爪を防ぎ、その爪を、斧槍で突いた。
……攻撃は甘く、ただ、ドラゴンの爪の表面を滑るにとどまった。
だが、これでいい。
「……お。いいね。俺の『実力』は分かってくれたみたいだな……」
グレイはにやりと笑いつつ、ドラゴンの目が自分を見下ろすのを睨み返した。
……次の瞬間、ドラゴンの爪が、グレイの大楯ではなく、斧槍を狙って、爪を振り抜いてきた。
グレイは『来た来た!』と内心で大喜びしながら、大楯を傾け、斧槍を狙った攻撃を防ぎ、防いで……その次の攻撃で、斧槍を弾き飛ばされた。
キン、と鋭く音が響き、斧槍が宙を舞う。そのたっぷり数秒後、落ちてきた斧槍が、ガラン、ガラン、と重い音を立てて床を滑った。
……その様子を、ドラゴンは満足気に見つめていた。
更に、一歩、二歩、と、ドラゴンがグレイに近付き、地面が揺れる。
……今や、ドラゴンの目に映るグレイは、『最早、反撃手段を有さない、追い詰められた獲物』であった。大楯しか持たない人間如きが、ドラゴンをどうこうすることはできない、と。そう、判断したのである。
だからドラゴンは、悠々と……この獲物をたっぷりと絶望させてから殺してやろう、と、決めたのだ。
……要は、ドラゴンは油断した。そういうことだ。
「グレイ!行くよ!」
……そこへ、エメディアの声が響く。グレイは、『ああ助かった』と思いつつ、ドラゴンを見上げて笑ってやる。
「さあ、見ろ。お前の『宝物』は……到底、宝物庫になんか、収まってちゃあくれない代物だぜ」
ドラゴンが、グレイの言葉を理解したとは思えない。だが……直後、襲い掛かってきた強力すぎる魔法については、理解しただろう。
『これは自分の命を奪うものだ』と。
ドラゴンの咆哮が響き、ダンジョンを揺らす。
流石に、ドラゴンはゴブリンのようにはすぐに片付かないらしい。エメディアは険しい表情のまま、その見開いた目でドラゴンを見据えて、とにかく強く、とにかく多くの魔力を注ぎこみ続けた。
ドラゴンは体内を破壊していく魔力を感じていたことだろう。もがき、苦しみ、暴れ……その尻尾が振り回されたが、グレイはそれを大楯で難なく防ぎ……そして。
ダンジョンの『守護者』は、死んだ。
……グレイとエメディアは、勝利したのである。
「……や、った」
エメディアは肩で息をつきながら、へな、とその場に座り込んだ。
「お、おい、大丈夫か」
「ええ……ちょっと急に、魔力を消費しすぎただけ。大丈夫。大したことじゃないわ」
エメディアは、『立ち眩みみたいなものだから』と言って笑うと、よいしょ、と立ち上がった。
「動くのは、休んでからでもいい」
「なら、動いてから休んだっていいもの。……ダンジョンを『クリア』してからゆっくりすればいいわ。行きましょう」
エメディアのことは心配だったが、彼女自身が『大丈夫だ』と言うのであれば、これ以上引き留める理由もない。グレイはエメディアと共に、ドラゴンが守っていた奥の扉を開いた。
「あっ、懐かしい!宝物庫だわ!」
「……そうだったな。あんた、ここに居たんだったか……」
エメディアの何とも言えない感想を聞きながら、グレイは『こいつはすげえな』とぼんやり思う。
流石は、ドラゴンの宝物庫だ。金銀財宝が、両手に掬って浴びるほどにある。目も眩むほどの財宝の山に、グレイはいっそ、夢でも見ているかのような気分になってきた。……少なくとも、裏通り育ちには、中々に現実離れした……刺激の強い光景である。
「あー……どうする。山分けでいいか?」
ちら、とエメディアを見やりつつ、グレイは『俺が1、エメディアが3ぐらいまでなら譲歩するが』と内心で考えつつ提案してみると……エメディアはきょとん、とした。
「……ここの財宝のことだぞ」
「え、あ、そう、よね。うーん……」
が、エメディアはどうも、財宝に目もくれず、何かを探している様子である。
そして。
「……ここの財宝は、全部あなたにあげるわ」
「は?冗談だろ?」
そう言われては、流石に、エメディアの正気を疑うしかない。
だが……エメディアは、ちょっと困ったように笑って、きょろ、と視線を動かした。
「でもその代わり、と言ってはなんだけど……ダンジョンの核は、私が破壊したいの」
「ダンジョンの、核……ああ、まあ、構わないが……」
……エメディアは、どうも、妙なものを欲しがっているようである。
ダンジョンの最奥にはダンジョンの核がある、とされている。
それは、ダンジョンを構成する魔力を制御するためのものであり、同時に、魔力の塊でもある。
……つまり、その核を破壊した途端、ダンジョンは魔力を失い、消滅するのだ。
であるからして、グレイ達は、ダンジョンの核を破壊しなければならない。ダンジョンを脱出するためにも。
「ここじゃないのね、ダンジョンの核は……」
が、そのダンジョンの核とやらは、宝物庫の中には無いようである。エメディアは最後に宝物庫をもう一瞥すると、先程ドラゴンと戦っていた部屋へ戻っていく。
……そして。
「……ああ、成程ね」
そのドラゴンの死体に手を当てるとエメディアは何やら、納得したように笑った。
「『守護者』の体内。確かに、これが一番、安全だわ」
そうして、エメディアのために、グレイはドラゴンの腹を裂いた。
斧槍でチマチマとやっていたのだが、途中で『流石にこりゃ駄目だ』となり、宝物庫から持ってきた美しい装飾の短剣を使うようにした。このように美しいものを血生臭い用途に使うのは気が咎めたが、背に腹は代えられないのである。
「あ!見えた!」
「見え……見えたのか?」
「ええ。魔力が!」
……そうして、エメディアは歓喜の声を上げると、ドラゴンの臓腑の中へ、躊躇いもなく腕を突っ込み……そして、血に塗れたそれを、取り出してみせた。
「あったわ!『ダンジョンの核』!」
血に塗れ、てらり、と光るそれは……エメディアの手の平に十分に載るくらいの大きさの、奇妙な宝石である。
その宝石は、なんと……絶えず色を変えているのだ。だが、『美しい』と思うより先に、『不気味だ』と思わされる。そういった代物であった。
だが。
「……おい。何してるんだ。やめろ」
「あっ、ちょっと!なんで止めるの!」
……そのダンジョンの核を、エメディアが口に運ぼうとしていたため、流石に、止めに入った!
「あのな、流石に……その、なんだ。何をしようとしているかくらいは、教えてくれ。肝が冷える」
エメディアは少々不服気であったが、グレイからしてみれば、たまったものではない。得体の知れない魔力の塊を食べよう、などとされては!
「ええと……私、『ダンジョンの核』の魔力を吸収しようとしてるの」
しかし、エメディアは歯切れ悪く、しかし、はっきりとそう言った。
「いや、そりゃ……」
……グレイも、理屈は分かる。
魔力を多く含むものを自分の中に取り込めば、魔力を増やす助けになる。ダンジョンの核が、そういった用途で取引されることも、ままあることだ。
エメディアが『魔力を強化したい』というのであれば確かに、ダンジョンの核を自分の中に取り込み、そして、なんとかダンジョンを構成する魔力そのものを自分のものへと変換して……自分を強化することは、可能であろう。
だが。
「おいおい……あんた、それ以上『恩恵』が強くなったら、生活に困るだろ?やめとけやめとけ、そんなの……」
……グレイもそうだが、エメディアも、その『恩恵』は、エメディア自身の豊富すぎる魔力に影響を受けている。もし、エメディアが碌に魔力を持たないのならば、彼女は彼女の恩恵に苦しめられずに済んだだろう。魔力を持つからこそ、恩恵が強くなり……碌でもないことになるのだ。
「それでも私……強くなりたいの。早急に、強くならなきゃいけないのよ。この、『恩恵』ごとだったとしても……」
エメディアも分かっているだろうに、それでも、彼女の決意は固い様子である。グレイは少し訝しみつつ……そっと、尋ねた。
「……何か、事情があるのか?」
エメディアは、少しの間、黙っていた。言うべきか言わざるべきか、逡巡している様子だった。
だが……結局は、彼女は重々しくも、口を開くことになる。
「……隣国が、攻めてくるの。……この国に」
「……は?」
グレイは、ぽかん、とした。
……その日暮らしの裏通りの人間は、社会の情勢には詳しくない。一生を裏通りとダンジョンの行き来で終わらせるような人間には、隣国のことなど、分からない。だから、エメディアが話す『隣国が攻めてくる』ということがどういうことなのかも、ぼんやりと想像することしか、できない。
ただ……エメディアの沈鬱な、それでいて強い決意を感じさせる表情を見て、深刻なことなのだな、ということだけは、理解した。
そして。
「だから私が、交渉に行くのよ。……この国の王女として」
……流石のグレイも、『お姫様』が何であるかくらいは、知っていた。




