4話:もう1人の*4
「……まず、相手は『エメディア』と名乗った。そこからだが……どうやら、『1年前にメカニジアに視察に行って、それきりメカニジアに居る』という認識らしい」
「1年前……?」
グレイの報告に、エメディアは首を傾げた。
「……エメディア姫。貴女は、1年前、実際に、メカニジアに来たことがあったかな?生憎、私の記憶には無いのだが……」
「いいえ、行ったことは無いわ。でも……1年よりももう少し前、メカニジアからの使者と会ったことはあるの」
エメディアはアイオンに『だからあなたと会ったことも無かったわよ』と告げつつ、記憶を手繰るように視線を宙に彷徨わせた。
「その時に何かされた、のかしら……。私を複製するようなことって、できるものなの……?」
「……生憎、私もメカニジア国内で聞いたことは無いのでね、何とも言えないが……」
エメディアは困惑しているが、アイオンもまた、困惑している。狭い室内で、皆が皆そろってため息を吐いているものだから、空気が沈鬱なものになってきた。
「あー……とりあえず、あいつはエメディアじゃねえだろ。エメディアはここに居るんだからよ。な?それはいいんだよな?」
「え、ええ、それはいいはずだけれど……」
スファルは彼なりに情報を整理しようとしてくれているのだが……これにも、不安が付きまとう。
「……万一、『向こうも本物』ってことがあったら、嫌なのよね……」
……そう。
相手が、本当に『エメディアの複製』であった時が、厄介なのだ。
「それでしたら、確認する方法があるのでは」
だが、ここでそっと、ルイナが手を挙げた。なんだなんだ、と全員がルイナを見つめると、ルイナは少々怖気づいたように後退りしたが、エメディアが『是非教えて!』とルイナの手を握れば、ルイナは小さく頷いて、続きを話す。
「あの機械には、目が無いのでしたね?つまり、あの機械は、何かを見ることはできないはず」
「ああ、その通りだお嬢さん。目なんざつけて余計なモンを見られちゃ困るからな」
ジョードも頷くと、ルイナも『それでしたら』と頷いて……。
「でしたら……エメディア姫。その、目隠しをした状態で、文字を書いてみてください」
エメディアに、紙とペンを手渡したのだった。
「え?ええ、いいけれど……ええと」
「目隠しか?ならばこちらのハンカチーフを」
「どこにしまってたんだそんなモン」
アイオンが白いハンカチを取り出すと、エメディアは早速、それで自分の目元を覆うように結び始めた。そうして目隠しができてしまったエメディアに、改めてルイナが紙とペンを渡し、アイオンがエメディアを椅子へエスコートし、そしてスファルが『ほら、紙はここだぞ』とやると……。
「……おー」
「筆跡が崩れているな……」
「えっ、ちょっと待って、そんなに私、酷い文字書いてるの?」
……エメディアは、一生懸命に……崩れた文字を書き始めたのだった!
「……そうですよね」
それを見たルイナは、『こうなると思っていた』とばかり、少し嬉しそうに頷いた。
「手探りで文字を書くことはできても、見ながら書くのとそうではないのとで、筆跡が全く同じようになるわけではありません。特殊な訓練を積みでもしない限りは」
ルイナはそう言うと、エメディアを安心させるように、彼女の手を握って微笑んだ。
「つまり、あの機械はエメディア姫のことをできる限り写し取ろうとしているだけの、機械です」
「……はー、なんだか、ものすごく安心したわ」
エメディアは目隠しを外しながら安堵の息を吐き……そして、自分が目隠ししながら書いた文字列を眺めて、『うわあ』という顔をした。……エメディアは普段、綺麗な文字を書く。だが、流石に目隠ししながら書く訓練など積んだことがないのだ。そういう文字が、紙の上に並んでいる。
「成程なー。確かに、そりゃそうだ。見えねえのに見えてるみてえに書いたってことは、人間じゃねえな」
「ふむ。それならばメカニジアでも、例があったぞ。文字の形を予め記憶させておいて、書類の代筆をさせる機械があったからな。あれは、目が見えているわけではなかったが、文字の形を覚えていて、それをそのまま書き写せるように作ってあった。……『意思』には確かに、その仕組みが備わっているようだ」
スファルとアイオンも並んで納得しながら、ルイナを『素晴らしい案だ!』『やるじゃねえか!』と褒め称える。ルイナは少しばかり口元を綻ばせていた。嬉しそうである。
「じゃあ、あの機械は私自身じゃない、ってこと、よね?」
「ええ。あれは機械であるはずです。或いは、もし機械の中に人間の意思がそのままあるにしても……エメディア姫が持っている知識を知っているだけの他人、と言えるでしょう」
エメディアは『よかったあー!』とルイナの手を握ってふりふりやる。ルイナも、エメディアと繋いでしまった手をふりふりやられつつ、エメディアに微笑みかけていたが……。
「……念のため、ということでしたら、エメディア姫しか知らないような質問をいくつかしてみる、というのも手かと思われます。或いは、エメディア姫すら知らない質問を、両者に投げかけるのも手かと」
「あー、成程な。よし、エメディア。お前、好きな食べ物は?」
「李!……後は、えーと、鶏のスープでしょ?カボチャのプティングでしょ?それから……あっ、グレイと一緒に王都を出た後に食べたお魚の香草焼き!美味しかったわ!私、あれ好きよ!」
「よし。じゃ、グレイ。もう一回行くぞ。エメディアがちゃんと安心できる方がいいだろ」
……どうやら、またグレイの出番であるらしい。
そして……グレイとしては、あまり、あの機械と喋りたくないのだが。
どうにも、やりづらいので。
「あー、聞こえるか」
そうしてグレイは、もう一度例の機械の元へ戻ってくる羽目になった。
またスファルが付き添いである。スファルは機械の傍の寝台にグレイを寝かせてくれたので、グレイは逃げることもできず、そのまま働くことになった訳だが……。
『アッシュなの?』
「ああ、そうだ」
『よかった!戻ってきてくれたのね!』
……早速、非常にやりづらい。グレイは、自分の良心にぐっさりと矢でも刺さったかのような感覚になってきた。
「あー……あんたに聞きたいことが増えた」
『どうぞ。あなたにはできるだけ協力するって決めたの。何でも聞いて!』
いよいよ、やりづらい。綺麗な文字が、好意的な文章の形に並んでいるのだ。それも、エメディアらしい言葉で。
……グレイはその感覚に耐えながら、自分の仕事をこなすことにした。
「えーと、まずは、好きな食べ物は?」
『好きな食べ物?そんなもの聞いてどうするの?ああ、勿論、構わないけれど。李が好きよ。あと杏も、林檎も好き。果物は全部好きだわ。それから、鶏の焼いたのとか、スープも好き!』
「そうか。じゃあ、好きな色は」
『うーん、薔薇色が好きよ。ローザテイルの色でもあるし』
「好きな花は?」
『薄桃色の薔薇が好き。城の中庭の、西側の生垣に咲くの。毎年、楽しみにしてるのよ』
……そうしてグレイと機械がやり取りしていくと、エメディアによく似て、それでいて、先程エメディアに聞いてきたのとは異なる答えが返ってくる。
エメディアは、『色は薔薇色が好きだけれど、特に、ちょっとくすんだ優しい色がいいわ。夕暮れの雲みたいな色の』『花はね、薔薇が好きよ。あっ、でも、アイオンのお屋敷に咲いてた白い花も好き!香りがよくって!』などと答えていたので、今、この機械とエメディアは全く同じではない、と証明できた。
「それから……えーと、あんたの家族について聞きたい」
『家族?お父様とお母様と……お兄様について、っていうことかしら』
「そうだ。それぞれの話を聞かせてくれ」
続いて、グレイは少々緊張しながらそう尋ねる。すると……。
『お父様はローザテイル国王よ。優しくて、素敵なお父様。国王としてはちょっと頼りないところもあるけれど、いい家臣に恵まれて上手にやってるわ。お母様は綺麗な方。私もこうならなきゃ、って思うの。ちょっと厳しいところもあるけれど、お父様と合わせて丁度いいかんじの夫婦だと思うわ』
グレイは、少々緊張しながら文字を読む。グレイの後ろから、静かにスファルもそれを覗き込んで、『ほーう……』と頷いてそっと引っ込んでいった。
『それで、お兄様は……あんまり仲は良くないの。でも、すごく優秀な方よ。次期国王として遜色ないわ』
そうして続いた兄王子についての文字を読んで、グレイは『こんなもんか』と頷いた。
……だが。
『アッシュは?アッシュのご家族は、どんな方々?』
……向こうから質問が来るとは、思っていなかった。
「……俺に家族は居ない。1人だ」
グレイが正直にそう答えると、ふわふわ揺れていた機械の腕が、ぴたり、と止まった。まるで、『聞いちゃいけないことを聞いた』と竦んだかのように。そう。まるで、そこに感情があるかのように。
『ごめんなさい。無遠慮なことを聞いたわ』
「いや、気にしなくていい」
相手は機械だというのに、妙に気まずい。……まさか、こんなふうに会話らしいことをやる羽目になるとは。
『じゃあ質問を変えるわ。アッシュの好きな食べ物は何?』
「……口に入れられるものなら、何でも」
『こだわりが無いの?そう……だったら、好きな色は?』
グレイは、食へのこだわりもあまり無ければ色へのこだわりもあまり無い。そんなことを気にして生きてこられる環境ではなかった。およそ初めて考えることだ。好きな色、など。
……だが、考えてみて真っ先に思い浮かぶのは、エメディアの瞳の色だった。
「空色」
『そう!いい色よね。晴れ晴れとして、すっきりしていて!私も好きよ!』
そしてエメディアによく似た言葉が返ってくるのだ。……グレイは一瞬、そこにエメディアが居るかのような錯覚をしかけて、慌てて首を横に振る。
「もう1つ聞きたいことがある」
そうしてグレイは、自らの錯覚を断ち切るように質問を出した。これ以上雑談なんてしていては、グレイの気持ちが持たない。
「あんたの目的は?……女王エテルニータから、何を指示されてる?」
『目的は、世界を守ること』
機械の手が、そう書いた。
『エテルニータ様に指示されたことは特に無いの。私は、私の意思で動いているだけ』
文字の列に感情は無い。無いのだ。
『お願い、アッシュ。私に力を貸して!』
……ただの機械が連ねた、ただの文字の列。そこに感情は無い。あるように見えるとしたら……それは、グレイが勝手に感情を見出してしまっているだけだ。
分かっている。分かっているのに、どうにも、やりづらかった。




