3話:もう1人の*3
「俺は『アッシュ・コークス』。あんたと話しに来た」
グレイはさらりと偽名を口にして、改めて、例の機械と向き合う。
……例の機械は警戒しているのか、動かない。……やはり、こちらから喋るしかないのだろう。
「早速だが、教えて欲しい。あんたはローザテイルの王女様である『エメディア・アンバーローズ』と何か関係が?」
グレイが早速、そう尋ねてみると……機械の腕は、迷うことなく動いて文字を書いた。
『私が、そのエメディア・アンバーローズよ』と。
「……あんたは機械に見えるが」
『ここに閉じ込められてるの。私を助けて』
「信用できない」
『どうしたら信用してくれる?』
「さあな。それは俺にも分からない。俺から情報を引き出したいなら、それと同じくらいの情報をあんたから出してくれ」
グレイと機械の会話はゆっくりと淀みなく続く。機械は如何せん、筆談だ。会話のペースはどうしても、ゆったりとしたものになる。だが、考えながら喋ることができるので、グレイとしてはありがたい。
「例えば……あんたがそこに閉じ込められるに至った経緯は知りたい」
『経緯……?』
「あんたの記憶の一番古いのは、どこだ?思い出してくれ」
グレイは、『こんなところでもなんとか情報を出してくれりゃいいんだが』と思いつつ、静かに機械を見守る。
……すると。
『私の一番古い記憶は、お父様とお母様と一緒に、城の中庭で遊んでいた時の記憶よ』
機械はそんなことを、書き始めた。
「そうか。じゃあ、あんたが初めてメカニジアに行ったのは?」
『7歳の時。視察で、お父様と一緒に』
グレイは、この機械の言うことが真実かどうか分からない。だが、後で本物のエメディアに聞いてみれば分かることだ、と思い直して、もう少し詳しく聞いておくことにした。
「その次は?」
『その次?その次は、ごく最近。1年位前よ。私はそれからずっと、メカニジアに滞在していたの。王族同士の交換留学で』
……が、早速、エメディアに真偽を聞かずとも『偽』と分かる情報が出てきてしまった。
エメディアがここ1年メカニジアに滞在していた、という記録は無い。少なくとも、そうであったならばグレイと出会っていなかったわけだし、そもそも、『メカニジアに行く』ということも無かったはずだ。
グレイは、『よかった』と安堵しつつ、改めて偽物と証明された機械相手に、もう少し会話を続けることにした。
「それで、どうしてあんたは、機械に閉じ込められたんだ?」
『分からないわ。メカニジアで何か起きたのは分かるけれど、それだけ』
「メカニジアでどんなことがあった?」
『はっきりとは覚えていないの。ただ、交換留学でメカニジアの王都に向かって、そこで歓待を受けて……そのあたりから覚えていないの。それから1年、私はずっと、メカニジアにいるのだけれど』
……雲行きが怪しくなってきた。グレイは、『あんまり考えないようにしておこう』と自分の思考を打ち切って、更なる質問を重ねる。
「で、あんたは何が目的なんだ?」
『助けてほしいの。何も見えなくて、何も聞こえないのはもう御免だわ。私を外に連れ出して』
機械が書く言葉を眺めながら、グレイは、『さて、どうしたもんか』と悩む。悩むが……その間にも、機械が書く文字は増えていく。
『ここはどこなの?メカニジアじゃないのね?』
「ディアナバレイだ」
『ディアナバレイ?』
「あんたはディアナバレイで発見された」
嘘は吐いていないぞ、と自分で自分に言い訳しつつ、グレイは機械に尋ねる。
「どうしてあんたはディアナバレイに居た?」
『……分からないわ』
「分からない?少しでも分かることは無いか?」
『ええ。ずっと暗いところに居て、それで、少し浮いたような、そんな感覚があって……それで、気づいたらあなた達の傍に居たの』
浮いた、というのは、『鉄の棺』の中に居た時の話だろうか。グレイはそんな推測をしつつ……では、『その後』はどうだ、と気づいた。
「……あんたは、今の体の中に入る前に、1回、別の機械に入ってる。あんた、機械に宿る意思なんだよな?」
『よく分からないわ』
「分からない、っていうのは、どういうことだ」
『八方塞がりで、何も見えないし聞こえない状態で、急に、移動できそうだったから移動したの。そのための道が急にできた、っていうかんじだったわ。だから、そこへ移動したのよ』
……『道』というのは、鉄の棺から飛び出した例の針のことだろうか。アレがアイオンの右手に刺さって、『エメディア』を名乗るこの『意思』は、そこを通って、アイオンの右手へと移動した、と。
「……それで。移動してみて、どうだった?」
『体が動かせる、ってことに気づいたの。でも、私の体じゃない、ってことにも気づいたわ』
「具体的には」
『……手みたいだったわね。大きな手に乗り移っちゃったかんじ、かしら』
成程。この機械はどうやら、自分の置かれた状況を正確に把握しているわけではない……或いは、『正確に把握できていない、とグレイを騙そうとしている』。どちらかは分からないが……グレイは油断せず、質問を続ける。
「それで、今は?」
『今は……音は聞こえる。それから、手が動かせるわ。指先まで全部、っていう訳にはいかないけれど……でも、ペンを握らせた、っていうことは、これは手なのよね?それも、機械仕掛けの』
「そうだな。……今、あんたは機械の中に居る」
グレイは、ちら、と機械の握るペンと、そのペンに書かれた文字列とを見る。
……目にあたる機関は無いので、盲人が書いた文字、ということになるだろうか。文字同士が重なり合ってしまうこともあるし、グレイがその都度、紙の位置を調整してやっているが……その割に、文字の形は、非常に整っていた。
「で、あんたから聞きたいことはあるか?」
グレイの方から聞くことはまだまだあるが……恐らく、本当に聞きたいことについては、答えてもらえないだろう。
『鉄の棺』のことや、それを発射したであろう女王エテルニータの真意……それらについては、『知らない』としか言われない気がする。念のため聞いてみてもいいが……それを聞くのは、一度戻って、エメディア達と相談してからでもいいだろう。
……と、考えていたグレイであったが。
『私ってこの後、どうなるのかしら』
そう、幾分小ぶりになってしまった文字が並んだのを見て、なんとも言えないやりづらさを感じる。
「……さあ。俺が決めることじゃないんでね。沙汰を待ってもらうことになる。……ローザテイルの王女様の名を騙る機械の処遇をどうすべきかは、聞くべきところに聞くべきだろうからな」
『そんな』
グレイはできるだけ、にべなく答えた。……だが。
『ねえ、アッシュ。お願い。助けて』
文字が、訴えかけてくる。グレイが名乗った偽名を、律儀に呼んで。
『私、どうしてもやらなきゃいけないことがあるの。お願い、アッシュ』
「……そんなことを言われても困る」
グレイは、『ああ、やりづらいな』と思いながら、機械の耳の機能を切るためのスイッチへ手を伸ばす。
『この機械の体が壊れたら、私、どうなるの?』
「俺には分からないことだ」
これ以上、会話を続けていたらやりづらくて仕方がない。グレイはそのまま、ぱちん、とスイッチを切った。
『アッシュ?居るの?』
……だが、機械の手は止まらない。
『何も聞こえなくなった。怖い』
機械の手が、文字を書き続ける。
『助けて、アッシュ』
……グレイは紙の上の文字から目を背けて、控えていたスファルを振り返る。
「悪いが、また俺を運んでくれるか。相談しなきゃならない」
「……おう」
スファルもまた、紙の上の文字を眺めてなんともやりきれない顔をしながら、ひょい、とグレイを持ち上げた。
「……ありゃ、やりづれえな」
「ああ……全くだ」
そうして、2人揃ってため息を吐きながら、部屋を出る。
部屋を出る瞬間も、背後では機械の腕が何か文字を書く音が聞こえていた。
……やりづらくて仕方がない。
「グレイ!スファル!どうだった!?」
「こうだった」
……そうして、部屋を出たグレイは、スファルによって椅子の上にそっと載せられて、そこでエメディア達に報告を行うことになった。
「これは……」
そして、アイオンとエメディアがくっつき合うようにして紙を覗きこみ、横からルイナがそっと視線を向け、後ろからジョードが覗き込む中……エメディアの表情が、険しくなっていく。
「……筆跡が、私のものとすっごく、似てるわ」
「……厄介だな」
「本当にね……」
……どうやら、あの機械は思っていた以上に厄介そうである。グレイ達は揃って、深々とため息を吐くことになったのだった。




