2話:もう1人の*2
「ってえと、アレか?やっぱり、エメディアに化けようってのか?」
「そう見てよいだろうな」
スファルが『うげえ』と呻く横で、アイオンはグレイの寝台に勝手に腰掛けつつ『やれやれ』と首を振る。
「同時に……いよいよ、女王エテルニータは世界を統べることを目指していたのだ、と思わざるを得ない。全く、嫌な予感ばかり確かなものになっていくようだ。国を滅ぼし得る兵器。容易く人心を掌握できる姫君の姿……これらを用意してまで行うことなど、そう多くはない」
「そうか……」
グレイも、眉間に皺を寄せつつため息を吐くしかない。
……半ば予想していたことではあったが、やはり、最悪だ。
「エメディアは、何て言ってる?」
「頭を抱えていたさ。まあ、私がエメディア姫の立場でもそうなるだろうな。機械が自分の名前を名乗ったならば……」
グレイも想像してみて何とも嫌な気分になってきた。……機械が、『自分こそが本物のグレイ・シンダー』だなどと名乗り出したら、困る。
「くそ、何のために、世界を統べるだとか何とか、そんなことしやがるんだかな……」
「野心に理由など必要あるかね?まあ、そこが分かった方がより、面白くはあるだろうが……つまらない動機ならいっそ、見えない方が美しいというものだ」
「……ああくそ、そうだ、理由なんざどうだっていい。今、メカニジアの鉄屑女がエメディアの名誉を傷つけようとしてるってことは確かなんだからな」
スファルは苛立ちをぶつける先を探すように、うろうろ、と室内を歩き回っていたが……やがて、ふと、苛立ちより心配が勝ったらしい。
「で、エメディアはどこだ?やっぱり、落ち込んでるのか……?」
「いや、気丈なものだ。だが今は、ルイナ嬢とジョード老と共に、相談中だな。我々も合流した方がいいかもしれない」
スファルはエメディアの様子を聞いて、ひとまず安心したらしい。グレイも、これにはほっとした。
……だが。
「だがまあ、彼女はこの結果を城に持ち帰ることになりそうだ。機械を持ち帰る、ということになりそうだな。国王陛下の前で機械に喋らせて……」
アイオンがそう話すのを聞いて……ふと、グレイは気づいてしまった。
「……いや、待て。ところで、その、どうやって機械と意思疎通したんだ?」
……『右手は喋らないよな?』と。
すると。
「ああ、それはジョード老がやってくれたとも。意思だけを別の機械に移植したのだ」
こともなげにアイオンはそう話して……それから、こて、と首を傾げた。
「見てみるか?まあ、ウサミミには不評なのだが……」
……ウサミミには不評、とは、どういうことだろうか。グレイとスファルは目配せして、頷き合った。
気になる、と。
「あー、成程なあ……おいウサミミ。お前の気持ちは分かるぜ」
「……何故、この形にしたんだ」
「これが効率的だった。ありあわせで何とかしたらこうなる」
……そうして、グレイがスファルに運ばれていって、エメディアとルイナとジョードの待つ部屋へ入ったところ……そこには、ウサギの耳のようなものが2本ひょこひょこと生えた、丸っこい……機械の塊があった。これはさながら、ウサミミのような恰好である。
成程、これはウサミミに不評なわけである。ウサミミからしてみれば、自分の姿を敵に真似されたようなものなのだろうから。
「あっ、ウサミミ!こら!叩かないの!」
ウサミミはびたびたと耳で機械を叩いていたが、エメディアの制止はちゃんと聞く。しおしお、と耳を垂れさせたウサミミは、しょぼしょぼ、とした足取りでエメディアの元へと戻ると、ぴょい、とエメディアに飛びついて、そこでエメディアに抱きしめてもらい始めた。
ウサミミはこの際、拗ねに拗ねて、その分エメディアに『よしよし』と慰めてもらうことに決め込んだらしい。エメディアに抱きしめられ、撫でられていたウサミミは、次第に元気になってきたらしく、その耳も、ぴょっこりといつもの弾力を取り戻し始めた。
「……で、この機械のウサミミみてーなのは、何だ?」
「あっ、こらっ、スファル!そういう言い方しないでよ。ウサミミが気にするでしょ」
スファルが例の機械を指差して尋ねると、エメディアの腕の中、ウサミミが抗議の耳振り運動を開始していた。……スファルは、『……悪かったな』と、ウサミミの耳をつまんだ。ウサミミはひとまずこれでよしとしたのか、耳を大人しくさせた。
「で。この機械は何なんだ、って聞いてんだが……おい爺さん、何だこりゃ」
「ひとまず、こちらの音声を聞き取るための機構を取り付けた。あんた達が前に来た時持ち帰ってきた部品が余ってたからな。ソレだ。それから、聞いた言葉への返事を書くための腕部分だ。ここにペンを握らせて、この紙に文字を書かせてる」
「は?」
スファルが『どういうこった、そりゃ』と訝しがれば……ジョードに代わって、アイオンが答えた。
「私の右手には、目も耳も無い。つまり、私の右手に居る間……この『意思』は、何も聞こえず、何も見えない、ということなのだ!」
「……言われてみりゃ、確かにそうだな」
「右手が勝手にモゾモゾしてたのは、見えも聞こえもしなかったから、ひとまず脱走ついでに、他に乗り移れる機械を探そうとしていたのか……」
「あのまま、アイオン卿の心臓部にまで到達されていたら厄介でしたね……」
「全くだ。私の手足がよく欠損することを見越して、関節ごとに別機構としておいたことが役に立つとはな!」
グレイ達が揃って納得する中、機械は耳状の部品をぴこぴこと動かしている。……今は耳の機能を切ってしまっているそうなので、何も聞こえず困惑しているところなのだろう。
「で、この通り、この機械に乗り移った『意思』は万能じゃねえ。耳の部品が無けりゃ聞こえねえし、目の部品がねえと見えねえ。これはアイオンにも確認済みだ」
そうして、ジョードが説明してくれる。
「メカニジアに居た時に見たのも、こういうモンだったな。まさか、人間の意思を機械に乗せられるようになるとは、思っていなかったが……」
とはいえ、ジョードにとっても、これは異常なことであるらしい。ジョードは困惑した様子で、話す。
「下手すっと、アイオンの方が詳しいかもしれん。……メカニジアを出て、もう長いもんでな。最新の研究は分からん」
「そう……。でも、体になる部分のことが分かるだけでもありがたいわ」
「お役に立てりゃあ、いいんだがな」
ジョードはエメディアの役に立てないことを少々悔いているようであった。とはいえ、それでもジョードがこの手の話に一番詳しいであろうことは間違いない。彼に分からないことは、メカニジアの中枢にかかわっていた者……或いは、女王本人にしか分からないだろう。
「ということで、この機械の『意思』から聞き出したいことが山のようにある今、どうしたものか、ということなのだが」
そんな中、アイオンは元気よく、堂々とそう言い放った。
「つーかよ、そもそもそいつは素直に喋るのか?」
「ふむ。それは非常に鋭い質問だ。……まあ、結論から言うならば、『何の保証もない』としか言えないとも」
「じゃあ何聞いたって駄目じゃねえかよ」
スファルは呆れたような顔をしているが、アイオンも『まあ、それはそうだ』と開き直って頷いている。
「それでも、これしか情報源が無いもの。今後どうするか、どうしなきゃいけないのかは、できる限り確認しておきたいわ。……『どうして私の名前を名乗っているのか』も含めて、ね。そうじゃなきゃ……何か、手遅れになりそうな気がするの」
とはいえ、エメディアの言う通りでもある。今、情報があまりにも足りない。だというのに、何かは確実に動いているのだ。例の機械が、『エメディア』と名乗ったことからもそれは分かる。
「……そうですね」
そしてルイナも、頷いた。
「私も、そのように思います。太陽の竜の一族が、ディアナバレイごと、全てをメカニジアに預けようとしていた。そしてメカニジアは……エメディア姫に成り代わろうとしている。滅んだはずが、滅んでいない。……警戒すべきです。なのに、警戒すべきことが何なのか、分かっていない」
「そういうこと。今はどんな情報だって、大事なのよ。もし、『それ』が嘘を吐いたとしても、そういう嘘を吐いた、っていう情報が手に入るわ。そこから見えてくるものだって、無いとは言えないものね」
「なんか、よく分かんねえ話だな……。真のオーガは、確たる情報しか信じねえんだぞ」
「信じなくてもいいの。疑うことは重要だもの。けれど、疑うことから見えてくるものもあるわよね、って、そういう話」
スファルはまだよく分からないような顔をしていたが、まあ、結局のところ、現状は八方塞がりなのである。どんな情報でも欲しいし、どんな情報でも手に入れて吟味して……何か、動けるだけのものを手に入れなければならないのだ。
「ってことで、早速、こいつと話してみましょう!」
ということで、意気揚々と動き出したエメディアだったが……。
「……エメディア姫が直接、お話しになるのですか?『エメディア』と名乗る、コレと?」
……ルイナからそんな言葉が飛び出したため、エメディアは『うっ』と言葉に詰まった。
「あー……差し支えなければ、私が役目を全うしよう。エメディア姫の情報は貴重だ。話し方、言葉の選び方、そもそも、貴女が何を知りたいと思っているのか……それら全てが、コレにとっての貴重な情報足り得る。ならば、エメディア姫以外の者が直接かかわった方がいいだろうからな」
そうして、アイオンがエメディアを下がらせると、エメディアは渋々と、申し訳なさそうに引き下がった。
……だが。
「でも、アイオンは全身、機械じゃない。……その、問題、無いの?」
エメディアは、そう気づいてしまったのである。何せ……アイオンは既に、『鉄の棺』に右手をやられたことがあるのだから!
「……機械を乗っ取るための機関が無い体に『意思』が移植されている以上、問題無いと思うが……ふむ、しかし、念には念を入れるべきか」
アイオン自身も、エメディアの意見には一理ある、と思うらしい。冷静な判断ができるところが、アイオンの持ち味なのである。
「となると……生身の体のスファルか、ルイナ嬢か……いや」
アイオンは考えながら、スファルを、ルイナを見て……そして。
「グレイ・シンダー。今、君は義肢を全て取り外しており、生身の体でしかない訳だが……どうだろうか」
……グレイはアイオンと、その他全員から見つめられて、小さく頷いた。
「確かに、俺がやるのが丁度良さそうだ」
ということで、部屋にはグレイと例の機械、そして、スファルだけが残された。
一応、グレイが何かされたらすぐさま動けるように、スファルが控えている。が、スファルは一言も発しない、ということで同意している。
……この機械の目的が何かは分からないが、スファルに何かされてはたまったものではない。その点、グレイならばどうなってもよい、とグレイは思うので……スファルには少し下がっていてもらって、早速、例のウサミミに似た形の機械の、耳にあたる部分を起動させるスイッチをパチンと入れて……話しかける。
「あー……聞こえるか」
機械相手に何を話しかければいいんだ、と思いながらもグレイがそう声を発せば、機械の腕が小さく動く。
「聞こえてたら、返事をしてくれ」
グレイは、『なんだか妙なかんじだな……』と思いながらも、一方的に話しかける。機械の腕はそれでも小さく動くばかりで、返事らしいものをしてくれなかったが……。
「……『エメディア』」
グレイがそう声を掛けた途端、機械の腕が大きく動いた。
そして、腕が握ったペンが、文字を書く。
『あなたは、誰?』と。
……成程。これは中々に、厄介そうだ。




