1話:もう1人の*1
「で?こいつは何だ」
「私の右手だ!」
「なんだって、ひとりでに動いてやがる?」
「貴殿にはそれを調査していただきたい!」
……そうして、アイオンが『よろしく頼むぞ!』と高らかに笑う前で、老ドワーフのジョードは非常に嫌そうな顔をしていた。
「なんだって俺がそんなことしなきゃならねえんだ」
「他に頼れる人が居ないの。王城に持ち帰るより、ここに持ってきた方が確かだと思って……駄目かしら」
「駄目とは言わねえが……うーん、まあ、やれるだけやってみるが……」
とはいえ、エメディアがしょんぼりと声を掛ければ、それだけでジョードは渋々ながらやる気になってしまうのだから、やはりエメディアの力は凄まじい。
……そして。
「……で、グレイはまた、なんだってそういう状態になってやがる」
「さあね」
ジョードは呆れた顔でグレイを見つめているが……それもそのはず、グレイは今、なんと、全ての義肢を外された状態でスファルに担がれているのだ!
「しょうがねえだろ。こいつが逃げねえように、だ」
スファルは嫌そうな顔で、寝台の上にグレイを降ろした。少々乱暴なやり方だったのは、スファル自身が苛立っているからだろう。スファルは相変わらず、グレイのことが嫌いなのである。だというのに、このようにグレイを運ばされたので機嫌が悪いのだ。
「同時に、彼が襲われないために必要な措置でした」
ルイナはそう言うと、寝台に降ろされたグレイの手の届かない所へ、グレイの義肢3本を丁寧に置いた。
「襲われ……?なんだって?」
「グレイ・シンダーがこのように手足を失って運ばれている状態ならば、そんな彼を襲おうとする者は居ない、ということです」
「逆に言うならば、『誰かの戦利品として運ばれている状態でもなければ、グレイは即座に襲われる』ということだ!」
怪訝な顔をしていたジョードだったが、ルイナとアイオンの補足を聞いて……そして、同時に、グレイが『そういうことだ』と項垂れるのを見て、『成程な』と納得したように頷いた。
「そういうことか……まあ、こいつの手足も鎧も、それなりに高値が付く代物だからな……」
「そうなの。だから、グレイがただ歩いていると……私達が傍に居ても、襲い掛かってくる人が居るのよ……」
エメディアが頭の痛そうな顔でため息を吐けば、ジョードは『裏通りはそういう場所だぞ。だからお嬢さんが来るような場所じゃねえ』などと言いつつ……ちら、とグレイに憐みの視線を向けた。
「……前より、魔力が増えたか」
「ああ。そうだな。増えた」
グレイは、ジョードの視線から逃れるように首を回して反対を向く。生憎、義肢3本が奪われてしまっている以上、自由に身動きを取ることはできないが、首を動かすくらいのことはできる。
「増やした、のよ!グレイったら!こうなるって自分でも分かってたでしょうに……!ジョードさんも何とか言ってやって!」
とはいえ、グレイがジョードから逃れて首を回した先には、エメディアが居るのだ。
そのエメディアがぷりぷりと怒りながらジョードを嗾けてくるものだから、グレイとしてはたまったものではない。とはいえ、嗾けられるジョードとしても困るしかないので……ただ、『後先を考えるんだな』とだけ、ジョードは言った。グレイは大人しく頷いておいた。
……そうして、ジョードは早速、アイオンの右手の調査を始めた。
ジョード曰く、『機械に乗り移るってことなら、こういう処置は必要だろうな。それから……』などとぶつぶつ言いながら、早速、作業を始めている。
アイオンと何やら話してから作業を始めていたが……ジョードも、かつてメカニジアで魔導技師をやっていたのだ。メカニジアの技術の話をある程度聞けば、『ああ、ならこういうことか』とある程度見当がついてしまうらしい。
そうしてジョードがアイオンとエメディア、そしてウサミミを助手にして作業に入ってしまうと、グレイは放っておかれることになる。グレイの義肢は後回し、という訳だ。
「……おい、グレイ」
だが、同じく放っておかれているスファルがここに居る。スファルはスファルで、『がさつな君が繊細な魔導の助手になれるとは思えない!』とアイオンに面と向かって言われて怒っていたばかりなのだが、本人にもその自覚はあるらしく……大人しく、ここで暇をしている、ということになる。
「何だ」
スファルが暇をしているのは少々可哀想である。グレイとしては、自分をここまで運ばせてしまっている負い目もあるので、できるだけスファルに付き合ってやろう、と思いながら返事をしたが……。
「なんか……なんか、俺がお前のことを好きになりそうなことを言え!」
「無茶言わないでくれ」
……スファルは随分と無茶な要求をしてきたのである!
「ああ!?無茶だと!?俺をバカにしてんのか!?」
「あんたに問題が無いとは言わないが、どちらかというと俺側の問題だ」
早速怒り出したスファル相手に、グレイは『どこから説明するべきか、そもそも説明するべきか?』と考えつつ、一応は説明する方針で努力する。
「生憎、人に好かれた経験が無いんだ。何を言ったら好かれるかなんて分からない。だからあんたの要求には答えられない。悪いが、そういうことだ」
……ということでそのままを伝えてみたところ、途端にスファルは勢いを削がれ、少々、しゅんとしてしまった。
「ああ……そうだったな」
「そういうことだ」
グレイは、『こいつは本当に素直なオーガだな』と、いっそ感心しながらスファルを見守っていたが……やがて、スファルが『いや、待てよ?』と首を傾げ出す。
「いや、お前、好かれたことが無いってこた、ねえだろ」
「は?」
今度は、グレイが首を傾げる番だ。……横たわったままのグレイは、首を傾げるにしても然程傾げられないが。それでも首をかしげたくなるくらいには、スファルの言葉の意味が分からない。
「だとしたらエメディアはどうなるんだ」
「……え?」
「エメディアはお前のこと、好きだろ」
……いよいよ、グレイは首を傾げた。
本当に、意味が分からないので!
「……その、何て言った?多分、聞き逃した」
グレイは頭の中で考えに考えた結果、『成程、多分俺の聞き間違えだ』と判断した。
「あ?何って、エメディアはお前のこと好きだろ?だから、『人に好かれた経験が無い』ってのは嘘だろ、って言ってんだよ」
だがスファルは『何度でも言ってやるぞ』とばかり、元気よく、かつ機嫌は悪くそう言ってくるものだから、グレイとしてはいよいよ、困り果てるしかない。
「嘘……じゃ、ない。いや、待ってくれ。その、違う。エメディアは、別に、俺のことが好きなわけじゃない。嫌いじゃないことと、好きなことは違う。彼女は優しいだけだ。誰にでも、そうだ」
「だから、エメディアは『皆のことが』好きなんだろうが。つまりお前のことも好きだ。違うか?」
スファルは、『何を当たり前のことを言っていやがるんだこいつは』とばかり、呆れ混じりの顔をグレイに向けてくる。
……だが、そのまま暫し見つめ合っていると、スファルは、『もしかしてこいつ、それすら分からないくらいに人に好かれた経験がねえのか……』と、憐みと困惑の顔を向けてくるようになった。グレイとしては、只々、気まずい。
「あー……その、何だ。つまりだな、その……あー……」
そうしてスファルは、なんとも言えない顔で気まずそうにぼりぼりと頭を掻いて、そして、ふん、と息を吐いた。
「……ちょっと、話、しようぜ。もうこの際、なんでもいい」
……それから、グレイは暫し、スファルと雑談をした。
そう。雑談をしたのだ。雑談をするために、雑談をした。
実のところ、『話すことを目的として話した』のは……グレイの人生において、ほとんど初めての経験である!
なのでグレイは、非常に不慣れであった。グレイには雑談の経験がほとんど無いのだから。
とはいえ……グレイは、それなりには、器用である。他者が雑談しているのを横で聞いていたことはあるので、雑談というものがどういうものかは知っている。よって、スファルに『お前、酒飲まねえのか』などと話しかけられた時にはきちんと、『死んでもいい時にしか飲まないようにしてる』と答えられた。
また、『あんたはよく飲む方だよな。コルザでそうだった』などと話しかけることもできたし、スファルは『オーガは酒に強いもんだからな』と少々誇らしげであった。つまり、恐らく、グレイは雑談に成功した。
……それからも、色々と話をした。
『お前、今までどうやって生きてきたんだ』と聞かれたら、『鉱山かダンジョンに出稼ぎに出るのが主だったが、それができないくらいのガキの頃は薬草採りと荷運びと皮剥ぎだった。呪いの身代わり業も何回かやったが、アレは効率が悪かった』と答えた。
スファルが、『俺は小さい頃からずっと鉱山に居た。大人よりもずっと、金を探すのが上手かったぞ』と話してくれるのを頷きながら聞いて、それから、『……だが、親父は俺よりダハブにかかりきりだったな』と零すのを聞いて、少々胸を痛めた。
好きな食べ物については、グレイはあまり上手く答えられなかった。『美味い食べ物』と『マシな食べ物』の差が今一つ分かっていないグレイであるので。……だが、最近、宿の食堂で食べたスープが美味かった、と答えた。あれは美味かった、と思われるので。
一方のスファルは、今までに食べたことのある美食の話をあれこれ聞かせてくれたので、グレイはそれを楽しんだ。話している最中のスファルは、少々楽しそうであった。
……とやっていると、ふと、スファルがグレイをじっと見つめていた。
「……こうやって話してっと、普通なんだけどな」
「は?」
何のことか、とグレイが首を傾げていると、スファルは『ふむ』と腕組みしつつ、唸る。
「お前の『恩恵』だ。……今はそんなでもねえ」
「……そうか」
「つまり、俺はお前のことを好きになることに成功したってことだ」
「そ、そうか……」
グレイは、『面と向かってそんなことを言われても困る』という気持ちでいっぱいなのだが、スファルは只々、誇らしげなのである。だからこそ、余計にグレイは困るしか無いが。
「俺は『恩恵』に負けねえ!どうだ!」
「……つくづく、あんたはすごい奴だよ」
「だろ?讃えろ讃えろ。ふふ……」
スファルは大いに上機嫌である。……そして。
「……エメディアは、お前の恩恵の影響があんまりねえんだろ?なら、エメディアはこういう風にお前を見てるんだろうな」
そんなことを、ぽつん、と言った。
グレイは、なんだか納得いかないような、納得したくないような、そんな気分でスファルを見つめ返した。だが、スファルはまるで動じるところが無い。
「おい、グレイ。そういうことだ。俺はお前の恩恵を鬱陶しく思うこともあるがな、エメディアはそうじゃねえんだ。だからエメディアはお前のことを好きなんだ。俺がそうなんだから、エメディアだってそうに決まってる」
スファルはそう言って席を立つと、わざわざグレイの傍に来て、ぽす、とグレイの背を叩いた。
「だから、いいな?お前は好かれてるんだ。分かったな?」
……それから、スファルは『エメディアの方見てくる』と出ていってしまったので、グレイは暇になった。
暇になると、考え事ばかり捗って仕方がない。
……エメディアに、好かれている。
そんなことを考えてしまっては、慌ててそれを頭の中で打ち消した。
打ち消さずになどいられない。さもなくば……妙な勘違いをして、浮かれてしまいそうだったから。
その夜。スファルが『遅いな……。俺が夕食を作っておいてやるべきか?』とそわそわし始めたのを見て『いや、もう少し待とう』と止めていたグレイだが……そんなグレイとスファルの元に、アイオンが悠々と戻ってきた。
「おお、2人ともここに居たか」
「おう。右手、戻ったんだな?」
「ああ、この通りだ。グレイ、悪いが君の手足は検査後、明日戻すことになりそうだ」
どうやら、ひとまずアイオンの右手の修理が終わったらしい。グレイは後回しだが、まあ、それはいい。
「それで……調査の結果だが」
が、こちらには緊張させられる。グレイもスファルも、緊張しながらアイオンの言葉の続きを待ち……。
「私の右手に宿った謎の『意思』は、『エメディア』と名乗った」
……何とも空恐ろしい内容に、息を呑んだ。




