42話:開いた蓋*1
……ということで、翌日。
「じゃあ、よろしく」
「うん……グレイも、気を付けてね」
グレイは1人、宿に残って、他4人を王城へ見送った。
グレイが提案したのは、『自分が居るせいで、相手が警戒しているんじゃないか?』というものだった。
……そもそも、交渉ごとにおいては、エメディアが居るだけで強いはずなのだ。国同士のやり取りにおいてもエメディアの恩恵が作用するか、と言われると少々危ういが、それでも、多くの者は『エメディアに従いたい』と思うはずなのである。
そして今回、エメディアがディアナバレイに投げかけている話は、ディアナバレイ側にとっても、決して悪い話ではない、はずである。
今回、ディアナバレイがメカニジアと組んでエメディアを陥れようとしたことについては、認めさえすれば目を瞑る。そして、今回いよいよ劣勢となったメカニジアを潰すために協力させてやる、と……つまり、『最終的に勝者となるであろう側であるローザテイルに付いていい』と言っているのだから。
……それでもディアナバレイが渋るならば、考えられる理由は2つだ。
1つは、メカニジアにまだまだ勝ち目がある、というもの。
相変わらず、メカニジア側には分からないことが多い。そもそも何故、あんな兵器を用意していたのかもよく分かっていない。そして今回、アイオンの右手がそうなっているが……機械に意思を移植したのでは、という疑いもある。
そんなメカニジアであるので、何かまだ隠していたとしてもおかしくはない。ここから一気に勝つだけの準備があるのかもしれない。
……だが、その場合、ディアナバレイ側はそれを知っていてメカニジアに従う、ということになるだろう。つまり、ディアナバレイ側の人間を叩けば情報を吐かせられる可能性が高い。それはそれで、朗報である。
そしてもう1つは……『単に、国同士のプライドがあるから』というものだ。
要は、一国の主ともあろうものが、謀ったことを認めてなどいられない、という……至極単純な理由である。
つまり、本来ならば、エメディアの恩恵によって捻じ伏せられているべき理由なのだ。
後者が理由だったなら、エメディアとの交渉にもかかわらずディアナバレイが折れていないのはおかしい。
彼らがエメディアの恩恵を知っていて、その対策を行っていたとしても……そもそも何故対策する必要があるのだ、という話になる。
……そこで考えられるのが、グレイの恩恵の影響だ。
そう。
『グレイの恩恵が、エメディアの恩恵を邪魔して余りある影響を齎した可能性』を、グレイは考えているのだ。
+
「はい。ではそのようにしましょう。……あなた達が冷静な判断を下してくれて、嬉しいわ。これからも是非、仲良くやれるといいのだけれど」
エメディアは、しゅんとしたディアナバレイの面々に笑みを向けながら、内心でそっと、ため息を吐いていた。
……グレイ抜きでの交渉になった途端、何もかも、上手くいってしまったので。
ディアナバレイ側は、昨夜のうちに色々と話し合っていたはずである。それはもしかしたら、『ローザテイル側の提案を断れ』という結論にまとまっていたかもしれない。
だが……今朝、こうしてエメディアが彼らと話すことになった途端、彼らは一気に、エメディアの恩恵の影響を受けた。
エメディアが『確認がてら、前置きさせてね』と、昨日の内容を柔らかく言い直したものを改めて告げ、そして、『私は今後も皆さんと上手くやっていきたいわ。無用な血を流したくない。私達が手を取り合うことで新たに生まれるものだってあるでしょう』と訴えかけた。
……それで、ディアナバレイ側は落ちたのだ。
昨夜まとまっていたかもしれない結論が、放り出されたのかもしれない。無論、エメディアに従う方針で彼らが固まっていたかもしれないので、何とも言えないが……とにかく、昨日のあの頑なな沈黙は何だったのか、と思われるほど、ディアナバレイ側の態度は軟化したのである。
そしてこれは、エメディアにとって『当たり前』のことであった。
……恩恵を持って生きてきたエメディアにとっての、『当たり前』だ。
交渉に対して、エメディアは常に、こうなのだ。だからこそ、昨日は動揺した。相手がエメディアに押し切られない交渉など、そうあるものではないので。
「丁度、ルイナ・サジータと個人的な友好も深められたことだし……ねえ、もしよかったら、今後も彼女を同行させてくれないかしら。その方がディアナバレイ側としても安心でしょうし、私も、既に行動を共にしている人と一緒に居られる方が嬉しいのだけれど」
だが今は、エメディアの恩恵が大いに効いていると実感できる。ついでに要求全てを通してしまおう、と、早速、ルイナの処遇にも言及して、今後もルイナをこちらで保護できるように決めてしまう。
ルイナはルイナで、立場が危ういところがある。……彼女は同族殺しをしているドラゴンなので。
そんなルイナは、今や月の竜の一族の代表となってしまっているわけだが……ルイナを一旦、国外へ置いておいて太陽の竜側の時間稼ぎをしたい、という思惑もあるのだろう。ルイナを今後もエメディアに同行させる件については、すぐさま同意が得られた。
……その他諸々、ローザテイルの国王代理として取り決めなければならないことは取り決めて、ついでに少々、ローザテイルに有利になるように物事を動かして……全てが決まって、笑顔で握手を交わした後、エメディアは、思う。
グレイの恩恵はやはり強まっているのだ、と。
「……とんとん拍子だったな、エメディア姫。見事な手腕だった」
「ありがとう。私の実力ってわけじゃないけれどね……」
帰り道、エメディアは少々、沈んでいた。
戦果は上々。ローザテイルにこの成果を持ち帰れば、国王も喜んでくれるだろう、と思われた。まあ、それはそれで兄との厄介なあれこれが起こりそうではあるが、それはさておき……。
「……グレイのこと考えてんのか」
スファルの言葉に、エメディアは頷く。
エメディアが考えているのは、グレイのことだ。
グレイは、自分の恩恵が強まったことに気付いている。だからこそ彼は、『自分が欠席すればいいのでは』などと提案してきたのだ。
……思えば、一昨日の時点でそうだった。往来で石を投げられて、あの時、グレイは確かに……動揺していた。
今までも、グレイが石を投げられることは、あった。だがそれは、グレイが1人で居る時の話だ。だからこそ、エメディアは『今後、グレイを街中で1人にしておかないようにしなきゃ』と強く強く思ったものである。
だがそれがまさか、エメディア達も居る中で起きようとは。
「グレイは……傷ついてないかしら」
「そんな奴じゃねえだろ。もっと厚かましいぜ、あいつは」
「そう……だと、いいのだけれど」
……スファルもスファルで、突き放すようなことを言いつつ、妙に心配そうであった。
「……まあ、急ごうではないか。グレイにこの戦果を持ち帰ってやろう。彼もきっと喜ぶ」
「そうね……急ぎましょう」
そうしてエメディア達は、足早に宿まで戻ることにした。
とはいえ……途中、『そこの素敵なお嬢さん!果物はいかが!?』と声をかけられたり、『美しいお嬢さん、花をどうぞ!』と花を渡されたり、『どうか私と食事でも』と声を掛けられて断ったり……つまり、グレイと出会う前のエメディアの日常があちこちで繰り広げられることになったが。
……そう。エメディア自身、すっかり忘れていたが、エメディアが『普通に』街を歩くのは難しい。そこかしこで好意的に声を掛けられ、何かを贈られ、そして何かに誘われ……と、大変なのである。
それが、グレイと行動を共にしていれば、そうでもなかったのだ。グレイの恩恵とエメディアの恩恵が噛み合って丁度いい具合に落ち着くのだろう、と思われたが……。
「……これから、どうしたらいいのかしら」
エメディアはそっと呟いて、ため息を吐いた。
+
「……ということで、とんとん拍子に話が進み、見事、エメディア姫の要求がほぼすべて通ったという訳だ!」
宿で待っていたグレイの元へ、皆が帰ってきた。そしてアイオンが全てを説明してくれたため、グレイもディアナバレイ城でのことを知ることとなった。
……グレイの予想通り、グレイさえいなければ、話は驚くほど滑らかに進むのだ。それを再確認して、グレイは『よかった』と頷いた。
「……で、テメエはそれ、どうしたんだ」
「用を足しに行ったらそこでやられた」
一方、グレイは額から血を流しているところである。布で押さえていたのでそろそろ止血は済んだだろうが……と思って布を外してみたら、駄目だった。グレイはそっと、布を額に戻した。
……この傷は、グレイが用を足しに部屋を出て、少し歩いていたところ受けた傷である。
どうやら、この宿には血の気の多い冒険者が泊まっていたらしく……その一団に絡まれた。『ただ用を足しに行くだけだしな』と思って鎧も身につけていなかったので、もろに傷を受けることになってしまった。
……一番目立つのが額の切り傷だというだけで、この他にも数か所の打撲がある。骨はやっていない。流石に、こうした手合いに絡まれることには慣れているグレイである。今回は唐突だったので油断したが……まあ、なんとか相手を倒して切り抜けてくることくらいは、できた。
「……グレイ、あなた、1人で居たから……」
「まあ、こういう日もある」
エメディアは『グレイを1人にしておいたから、グレイが襲われてしまった』と悲痛な顔をしていたが、グレイとしては、只々、気まずい。
自分1人がこうなる分には、気楽なものである。今までだってこうだったし、慣れている。少なくとも、他の4人を巻き込むよりは、ずっといい。
「それより、そっちが上手くいってよかった。それで、どうするんだ。一度、ローザテイルに戻るのか?」
気まずさから話を逸らせば、エメディアは少々不服そうながら、頷いた。
「……そうね。アイオンの右手の調査も必要だし、お父様への報告も必要だし……ローザテイルへ戻りましょう」
「そうだな。それがいい」
グレイは、ひとまずエメディアの安全が確保できそうであることに安心し……そして。
「それで……俺は、パーティを抜けようと思う」
……自分がエメディア達に迷惑をかけ続けなくて済みそうであることにも、安心した。




