41話:蠢く意思*4
その夜、グレイはなかなか寝付けなかった。
昼間の出来事がずっと、脳裏に焼き付いて離れなかった。
……自分の恩恵の影響が、自分に向くならいい。慣れている。そういうものだと割り切っている。
だが……グレイの恩恵が、自分以外に不利益を齎したら?
グレイに投げつけられたはずの石が、アイオンにぶつかった。
グレイが巻き込まれたごたごたに、スファルまで巻き込まれた。
そして、エメディアに解決させた。
……今回は、アレで済んだ。だが、次は?
もっと厄介なことに巻き込まれるかもしれない。不要な敵を作ることになるかもしれない。
仲間達の名誉が、命が、危ういことになるかもしれないのだ。特に……エメディアは、ただでさえ敵が多いというのに。
「グレイ」
そんな折、唐突に名前を呼ばれて、グレイは息を呑む。
焦るように激しく動く心臓と、吸っても吸っても吸った気がしない呼吸とを押し殺して、じっとしていると……。
……すると、もそ、と隣のベッドが動いて、もそもそ、とスファルが上体を起こした。
「……寝てんのか」
「……今起きた」
寝たふりをしようか迷って、結局、グレイは返事をした。
スファルは、寝ていて途中で目を覚ますということはまず無い。ということは、彼もずっと、起きていたのだろう。そして、寝付けないグレイが寝返りを打ったり、体を縮めたり伸ばしたりする物音を聞いていたのかもしれない。
……グレイが何か言おうかどうしようか迷っていると、スファルが小さく笑う気配があった。
「んじゃ、寝ろ。考え事は朝にやるもんだ。夜は眠る時間だ。オーガの言い伝えにもそうある」
「……そうか」
グレイの見え透いた嘘を咎めるでもなく、スファルはそう言ってまた、もそもそ、とベッドの中へ戻っていった。
……言うことを言って満足したのか、今度こそ、スファルは寝たようである。存外大人しい寝息が聞こえてきてから、グレイは詰めていた息を長く吐き出す。
そして……グレイは、寝ることにした。
未だ、頭の中を不安が渦巻いていたが……考えていても仕方がないことだ。なんとか思考を打ち切って、眠る。
何せ……オーガの言い伝えによれば、夜は眠る時間であるらしいので……。
そうして翌朝。グレイが目を覚ますと、既にアイオンが目を覚ましていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。……眠りが浅かったと見えるが」
アイオンはグレイの顔を見て、首を傾げた。……どうも、グレイはそういう顔をしているらしい。
「いや、そうでもない。思ってたよりは眠れた」
嘘でもなく本心からそう言えば、アイオンは少しばかり、肩を竦めて見せた。
「ふむ、そうか。そうならよいがね。……ふーむ、しかしスファルは、よくもまあ、こうまでしっかり眠れるものだ。いっそ羨ましい限りだな。やれやれ……」
……そしてスファルはというと、いつもの如く、しっかりぐっすり、眠っていた。アイオンが『ほらスファル。朝だ』と声を掛けるも、『むにゃ』などと言いながら、布団を抱いてごろりと横を向き……そしてまた、眠りの淵へずぶずぶと沈んでいく。
アイオンがそれを見て『やれやれ』というように身振りしてみせるので、グレイは少し笑って、スファルを起こしに動いた。
スファルをなんとかベッドから出し、なんとか着替えさせ、なんとか部屋から引きずり出して宿のホールに居ると、そう時間を置かずにエメディアとルイナがやってきた。
「皆、おはよう!……スファルはまだ寝てるみたいだけど」
「俺は……寝てねえ……」
「寝てるわねえ……えい」
エメディアがスファルの脇腹を数度つつくと、スファルはなんとかかんとか、起きた。ふわあ、と大きな欠伸をして、未だ、眠そうではあるが。
「ほら、しっかりして。これから王城に行くんだから」
……だが、スファルにはしっかり起きてもらわねば困る。何せ今日はいよいよ、ディアナバレイの王城へ突入する日であるので。
「ええと、では、王への謁見のため、手続きを……いえ、その前に、書状を出した方がよかったのでは……?わ、私は一体、何をして……」
『王城へ行く』と話に上った途端、ルイナがわたわたと慌て始めた。『諸々の手続きはどうやるのだったか……』と困っている様子であるところを見ると、ルイナ自身はこういった手続きをしたことがあまり無いのだろう。表に出たこと自体、あまり無かったのかもしれない。
「ああ、その必要は無いの。大丈夫よ、ルイナ」
だがエメディアは、そんなルイナをそっと止めた。
……そして。
「もう、話はついてると思うわ。……私のお父様からディアナバレイの国王陛下に向けて、ね」
エメディアはそう言って、苦笑いを浮かべるのだった。
「エメディア姫。私の記憶が正しければ……あー、その、貴女は御父上であるローザテイル国王に頼んで、ローザテイル国王がディアナバレイに来訪する旨の報せを出させた、ということだった、と思うのだが……」
アイオンが確認し始めるのを聞きながら、グレイも思い出す。
……エメディアは、太陽の竜達が『鉄の棺』の警戒にあたる余裕を無くすべく、エメディアの父であるローザテイル国王に頼んで、ローザテイル国王からディアナバレイ国王に向けての書状を出してもらっていたはずだ。だからこそ、『鉄の棺』と戦う時、太陽の竜の一族は3匹しか襲い掛かってこなかったのだ。
だが。
「ええ。概ね、正解よ。……ただ、1つ違うのは、『ローザテイル国王代理が』赴く、って話にしてもらったところね」
「……国王代理?」
「ええ、そうよ」
エメディアは深々とため息を吐いた。
「私が、『ローザテイル国王代理』を務めるの。この場においては、ね」
「国王代理……」
グレイには、政はよく分からない。分からないが……エメディアは王女だ。『国王代理』も十分に務められる地位があるのだ、ということは、分かる。分かるのだが……。
……それだけにしては、エメディアが、妙に暗い顔をしているように思えた。
グレイは少し考えて……結局、尋ねることになる。
「ローザテイルの王座を継ぐことになるのか」
……すると、エメディアは少し驚いた顔でグレイを見つめ、それから、へにゃ、と笑った。
「どうかしら。……いえ、正直なところ、継ぎたいとは、思ってないの。お兄様が居ることだし……でもね」
力の無い笑みを浮かべて、エメディアは肩を落とす。まるで、迷子の子供のように。
「私が継いだ方がいいんじゃないか、とも、最近、思うようになってて……」
……どうやら、エメディアはとても大きな岐路に立っているらしかった。
エメディアのことはさておき、グレイ達がディアナバレイの城へと赴くと、『お話は伺っております。どうぞ』と、丁重な案内を受けた。
……ルイナについては、『何故、月の竜の一族の末席がこの場に……?』と首を傾げる者も居たが、そんな彼らも、今のルイナが莫大な魔力を持つようになっていることに気づいてしまえば、それ以降、ルイナを見て首を傾げることはしなくなった。ただ、代わりに緊張感が増したが。
そうして、『こちらでお待ちください』と応接室に通されたグレイ達は、そこで暫し、寛ぐことになる。
籐編みの椅子は涼やかな造りで、ゆったりと背を預ければ居心地がよかった。大きな窓から吹き抜ける風も、遠くから聞こえてくる笛や弦楽器の音色も相まって、何とも涼やかで、開放的な印象であった。
「……成程ね。ここがドラゴン達の城だって分かると、こういう造りにも納得がいくわ」
応接室の中を見て、エメディアは苦笑した。というのも……応接室には、大きな大きな窓とバルコニーが付いているのである。まるで、ドラゴンがドラゴンの姿のまま、ここから出入りできるように、とでもいうかのように。
「ふむ。実に美しい窓の意匠だ……。実用美も兼ね備えているな。この城には回廊が多く、吹き抜けも多く、そして壁が少ない印象だったが……成程、ドラゴンの姿のまま出入りできるように、と考えるならば、確かにこのような城になるだろう!」
アイオンは早速、『この城の壁の少なさ』や『柱の彫刻の美しさ』、そして『窓枠の形がとても良い!』といった話を始めた。つくづく、置いておくだけで片っ端から暇を踏み潰してくれる男である。
「ドラゴンの城、ね……。くそ、あんま落ち着かねえな。もっと壁がねえと駄目だろ。なあ」
一方、スファルはこの開放的な城が落ち着かないらしい。鉱山で働いていたオーガであるだけあって、天井も床も壁もある環境が好きなのかもしれない。
「そうか?このような城の美しさも良いと思うが。ふむ、しかし、温暖なディアナバレイだからこそ可能な意匠であることは間違いないな。異国情緒溢れる、実に良い城だ……」
「良いか悪いかじゃなくて落ち着かねえ、っつってんだよ、俺は……」
……珍しく、スファルも城の美しさ自体には文句が無いらしい。ただ落ち着かない、と。そう言いつつ少々縮こまっている様子が少々おかしい。
「なんだよ、グレイ。なんか文句でもあんのか?ああ?」
グレイがそんなスファルを眺めていると、スファルも早速グレイの視線に気づいて、睨んでくる。……どうも、グレイの『恩恵』の影響がまた強く出ていそうである。
「こらこらスファル。グレイにつっかからないの。つっかかるなら恩恵そのものにつっかかりなさいよ」
「ああくそ……おいグレイ!テメエもうちょっと恩恵引っ込めらんねえのか!」
「できるなら俺もそうしたい」
「ならなんで強化なんざしやがった!クソが!」
スファルの怒りはご尤もであるので、グレイはできる限り縮こまっていることにする。
これを見て、エメディアは『どうしましょ、ほんとに……』とため息を吐いた。……グレイも、同じような気分である。
とはいえ、グレイもずっと縮こまっているわけにはいかなくなった。というのも……ディアナバレイ国王が、やってきたからである。
国王の来訪に、エメディアが謝辞を述べ、和やかに笑ってみせ……一方で、ディアナバレイ国王とその側近達は、緊張に満ちた表情であった。
「そのように緊張なさらないでください。ローザテイルは、ディアナバレイと友好的でありたいわ。今、この場でもね」
エメディアがにこにことそう話しかければ、ディアナバレイ国王は頷き……しかし。
「勿論、あなた達がメカニジアと組み続けるというなら話は別ですけど」
……エメディアがそう切り出したことによって、ディアナバレイ側の一同は、凍り付くのだった。
「……エメディア姫。その、メカニジアと組……み、続ける、と、いうのは……」
「あら。それはあなた方の方がよくご存じでしょう?」
微笑みながらもにべの無い返事をしたエメディアは、じっ、とディアナバレイ国王を見つめた。睨むでもなく、だというのに、空気がぴりりと張り詰める。
「テルミナス・サジータから聞いていた話とは、大分違ったわね。私達は『鉄の棺』の共同調査を行っているつもりで居たけれど……まさか、あなた達が、『鉄の棺』の中身を先に知っていたなんて」
「それは」
ディアナバレイ国王は、エメディアの底知れぬ微笑みに耐えかねたと見えて、声を上げた。
「それは、違う。我々も、『鉄の棺』の中に何があるかなど、知らなかった」
「そう?知らないまま、メカニジアに協力していたの?とても……親切でらっしゃるのね」
「メカニジアに協力など」
だが、ディアナバレイ国王が何か言い訳しようとする前に、エメディアは竜の心臓石を、ころん、とテーブルの上に転がした。
途端、応接室を沈黙が支配する。
「……私達が『鉄の棺』を落とす時、邪魔してきたドラゴンのものよ」
国王の横に控えていた側近達は、顔面蒼白でこれを見つめた。……彼らの血族の心臓石なのだろうから、無理もない。
「これ、返してあげましょうか」
エメディアが側近達を見つめると、彼らはすぐに頷き、心臓石へ手を伸ばした。
「……ああ、やっぱり、あの時メカニジアの鉄の棺を守りに来たのは、あなた達のご親族だったみたいね?」
だが、エメディアは、さっ、と心臓石を自分の手の中に握り込んで隠して、笑いかける。……側近達は、自分達が下手を打ったことを大いに実感していることであろう。
「さあ。もう隠し事は無し。隠し事をするならば、敵対すると見做すわ。私達を陥れようとしたことも認めて、何が目的だったのか洗い浚い全部、吐きなさい」
エメディアは、国王ではなく、その側近達に向けてそう言った。……国王相手には言えないことでも、側近達になら、言える。そして、情報を漏らすのは、国王でなくとも構わない。
「それで……国王陛下」
それからエメディアは、改めてディアナバレイ国王に向き直った。
「改めて、お伺いします。……あなた方は、メカニジアと組むのかしら?それとも、ローザテイル?」
国王は黙って、エメディアを見つめ返す。あくまでも一国の王だ。そうそう隙は見せられない、ということだろうが……。
「勿論、私達にはディアナバレイと協力する用意があるわ。今すぐにだって、手を取り合える。勿論、あなた達が『その気』を見せてくれるなら、だけれど。……だって、メカニジアは脅威だもの。あれを野放しにはしておけないわ。そのための仲間が必要なの」
エメディアは、実に威厳に満ち溢れていた。それこそ……ディアナバレイの国王より、ずっと。
「……あなた達も、『倒す側』に回ってくれると嬉しいのだけれど」
……そうしてエメディアは、容赦なくそう言ってのけた。
つまりこれは、『倒される側』になりたくなければ、お前達の非を認めて頭を下げろ、という話である。
……永遠にも思える程、沈黙が続いた。
エメディアの、上品なならず者めいたやり方は実に立派なものである。こうまで、ディアナバレイの連中を黙らせてしまえたのだから。
だが……黙らせただけだ。彼らから、恭順の意を述べさせるには、至っていない。
「……分かりました。明日、改めて結論を出しましょう。お互い、少し考える時間が必要よね」
結局、エメディアがそう切り出せば、ディアナバレイの側は全員、ほっとした顔で頷いた。
……彼らにエメディアの慈悲を見せてやったことには意味があるだろうが、これで、ディアナバレイ側の結論は変わってくれるだろうか。
グレイは……ちら、と、ディアナバレイ国王やその側近達へ視線をやった。
すると……彼らは困惑と嫌悪に満ちた目を、グレイへと向けてくる。
……昨日、町でグレイが向けられたような目を。
そうしてグレイ達は一時撤退となった。宿へ戻って、エメディアはため息を吐く。
「あのまま押し切った方がよかったかしら……でも、快く言質を取りたかったのよね……」
……情報らしい情報は、今のところ、ほとんど手に入っていない。国王の側近が、例の『太陽の竜』の一族であることは分かったが、それだけだ。
「うーむ、エメディア姫からの慈悲の手を取らぬとは、愚かなものだ。全く……」
アイオンも大仰に嘆いてみせているが、嘆いたところで状況は変わらない。
「つったってよ、アイツらからしたら、『私達が間違ってました』って言わされるようなモンだろ。面子ってもんがあるだろうが」
「スファル。君もそういった機微が分かる奴なのだな……?」
「あ?どういう意味だ、おい」
スファルがアイオンを睨み、アイオンは『おお、機微が分かるオーガ……』とほんのり嬉しそうにしている一方、エメディアとルイナは揃ってしょんぼりしている。
「……申し訳ありません。私に、もっと権力があれば」
「ルイナのせいじゃないわ。私が、あの場でもうちょっと上手く、彼らを頷かせられれば良かったんだけれど……」
女性陣がしょんぼりして、更にウサミミもしょんぼりし始めてしまうと、スファルとアイオンもまた、それにつられて沈んでしまう。
……そんな仲間達を見て、グレイは、そっと手を挙げた。
「……なあ。提案ってほどでもないんだが」
グレイは、仲間達の視線が集まるのに緊張しながら……言った。
「これ……その、俺が離席していれば、上手く纏まる話じゃないか?」




