40話:蠢く意思*3
「こいつ、ここで潰していかねえか?なあ」
「……それもアリだな。どう思う」
さて。
『女王エテルニータの意思が、アイオンの右手に宿って、ウサミミに拘束されているかもしれない!』となってしまった今、スファルとグレイは『さっさとその手、潰そうぜ』というところで意見が一致してしまった。
「おお……容赦が無いな……」
「容赦なんざ要るか?要らねえだろ。そんなモン持ってて、エメディアに何かあったらどうすんだ、おい」
「まあ、それはそうだが……」
アイオンは『なんという思い切りの良さ……』と渋っているが、スファルは『さっさとぶっ潰そうぜ』と、手頃な岩を探し始めた。行動が、速い!
だが。
「しかし、ここでこれを潰したところで、『無駄だ』とも言えるかもしれない」
「ああ?」
アイオンの言葉に、スファルが苛立ったように振り返る。……そして。
「スファル。君は忘れてはいないか?……あの『鉄の棺』は、私の右手がうぞうぞとやり始めた後も……動いているのだ」
……続いたアイオンの言葉に、スファルは何やら少々考え始めた。
グレイも、考える。……そうだ。アイオンの言う通り、アイオンの右手がひとりでに動くようになって……つまり、あの中に何かが入り込んで、その後も、鉄の棺は動いている。グレイを刺そうとしてきたのは、正にそれだ。
つまり。
「……仮に、もし本当に『女王エテルニータの意思』がアイオンの右手にあったとして、それって、複製でしかない、っていうことかしら」
……エメディアが出した答えは、またも奇妙で悍ましいものであった。
「意思を機械に移植することができ、更に、それを複製することもできる……奇妙な話ですね」
ルイナの言う通り、グレイもそう思う。
……自分の意思が、自分以外にも宿っていたら。それが複数、同時に存在していたら……。
考えれば考える程、よく分からない話だ。グレイは、『考えても無駄だな』と判断し、さっさと思考を打ち切った。
「まあ、そういうことだ。それをここで潰してしまったとして、他に幾らでも『意思』は複製されて残っていると考えるべきだろう。それこそ、既にあちこちにばらまかれている可能性すらある。よって、『無駄』だ。いかがかな?」
「それじゃあ、余計に気持ち悪ぃなあ……」
スファルは大いに嫌そうな顔でアイオンの右手を見ながら、手にしていた岩をそっと下ろした。……ここでアイオンの右手を潰していく、という案は棄却したらしい。
「そうね……。まあ、調べられるだけ調べてみた方が良さそうだわ。ここで潰しておいても、女王エテルニータの企みを阻止できるとは思えなくなってきたし……」
「そういうことだ。集められる情報を集めてからこれの処遇を考えても遅くはない」
エメディアとアイオンも揃ってため息を吐いて、『やれやれ』とばかり、首を横に振った。
「……その分、ウサミミには苦労を掛けるけれど」
ウサミミは『全く以てその通り』とばかり、耳で頷いて見せてくれた。……が、エメディアが『ありがとうね』とウサミミを撫でてやれば、しゃっきりと耳を伸ばし、ぷるるん、とその体を誇らしげに震わせるのである。
実に健気な、忠誠心に溢れるスライムである。
そうしてグレイ達は揃って、ディアナバレイの王都へと向かう。
「……道中、太陽の竜が出てきたらどうする?」
「喧嘩を売ってくるようなら、買います。そうでないなら、見逃していただければ」
「わ、分かったわ……」
心配なのは、ドラゴン達の様子である。何せ……ルイナは、色々とあったところなので。
「……ルイナって、その、立場としては、どうなの?テルミナスが死んで、その後継者があなたになった訳だけれど……その、それについての評判とかって」
そう。ルイナは実に色々と……色々と、あった。実の姉を殺していることだし、その上、それを食っていることだし……。
グレイとしても、心配なところではある。尤も、『ドラゴンの文化は人間のそれとは違うんだろう。違っていてくれ』とも思っているが……。
「基本的に、ドラゴンは弱肉強食の世界ですから……太陽の竜が突然、月の竜に喧嘩を売ってきたところからも分かる通り、突然殺し合いになることも然程珍しくはありません。そして、私が生き残った。これが確たる証拠であり、証明となります。私が、次の月の竜である、ということの」
「ほーう……ドラゴンってのは、案外分かりやすい連中なんだな……」
ルイナの説明を聞いたスファルは、何やらドラゴンのことを好意的にとらえたらしい。一方のアイオンは、『おお、なんと荒々しい……』と慄いているが。
だが。
「……ですが、太陽の竜と月の竜の抗争については、少し誤魔化していただけるとありがたいです」
ルイナは、ふと表情を曇らせながら、そう言った。
「その、テルミナス・サジータを殺したのは太陽の竜の者であり、その太陽の竜を私達が仕留めた、という風に……」
「……やっぱり同族殺しって、まずいのね?」
「はい。ですが、先に私に死ねと命じてきたのはテルミナス・サジータですので。そして、月の竜の一族の多くは、それを知っていますから。然程、問題にはならないかと。とはいえ、外聞はあまり、よくないので。建前は必要でしょう」
「やっぱドラゴンってそんなに分かりやすくねえ連中なのか……?」
……やはり、色々とあるようだが。特に、スファルが『わかんねー』と、なんとも嫌そうな顔をしているが……ひとまず、グレイ達はルイナの指示で口裏合わせを行うことにした。
グレイ達はディアナバレイの他の面々には興味が無い。そして……ルイナについては、彼女が今後、生きていきやすい方がいい。そう思うのは、間違いないので。
そうして数日の後、グレイ達はディアナバレイの王都へと到着した。
「おお……!なんたる異国情緒!これが風光明媚と名高いディアナバレイの王都か!これを見られただけでも旅をした甲斐があったというものだ!」
……今日も今日とて、アイオンは騒がしい。とはいえ、アイオンの気持ちも分からないでもない。
ディアナバレイは、ローザテイルとはまた異なる国である。当然、メカニジアとも大きく異なる。
温暖で乾燥した気候であるディアナバレイは、からりと晴れた空の下、大通りの両脇に色鮮やかな天幕が並び、その下では人々が活気に満ちたやり取りをしている。
「あちいな……」
「日差しが強いものね。でもその分、風も強いから心地いいわ」
ローザテイルよりも日差しが強いように感じられる。そして風もまた、強い。……ドラゴンが過ごすには丁度いい気候なのかもしれない。
「ううむ、日傘を一本、調達すべきかもしれないな。エメディア姫にかかる日差しだけでもなんとか……」
「アイオン。日傘はいいわ。ところであなたの鎧で反射した日差しが全部こっちに来るのだけれど」
「なんと……!」
アイオンは今日もぴかぴかと光り輝いており、非常に鬱陶しい。……グレイはそんなアイオンを不憫に思って、そっと、アイオンとエメディアの間に割り込んでおいた。エメディアが眩しい思いをするのは、エメディアもアイオンも不本意だろうから。
……と、そんな折であった。
「む?なんだ」
かつん、と、アイオンの鎧に何かが当たる。
……見れば、果物の種をこちらに投げている子供の姿があった。どうやら、投げられた果物の種がアイオンにぶつかったらしい。
そして……種を投げた子供は、『しまった』というような顔をした。まるで、『ぶつける相手を間違えた』とでもいうかのように。
「……アイオン。悪いが、やっぱり俺が端を歩く」
「む?そうか……ふむ、そういうことか。成程」
グレイがため息交じりにアイオンと位置を入れ替えると、今度は『きちんと』、グレイに種がぶつかる。
子供達の無邪気な笑い声が聞こえる。そして、もう1つ2つ、種が、そして種が打ち止めになれば小石が飛んできて……。
「おいコラクソガキ!テメエら躾がなってねえなあ!?ああ!?」
小石を片手で払いながら、のしのしとスファルが進み出る。途端、子供達は、ぴゃっ、と蜘蛛の子を散らすように逃げていったが……。
「逃げられると思うなよ?」
スファルは素早く、最初に種を投げた子供の襟首を捕まえていた。
……通りがざわつく。大人達が、『止めに入った方がいいのではないか』とこちらを見ている。
そして、やがて視線は、スファルではなく、グレイへと集まる。
……『排除した方がいいのではないか』と。
「人に物を投げちゃいけないわ。ぶつかったら痛いでしょう?」
急に、空気が緩んだ。それは、エメディアの声が響いたからだ。
エメディアは、スファルが捕まえた子供に優しく話しかけた。さながら、慈愛の女神か何かのように。
「人に怪我をさせちゃ、駄目よ。分かった?」
そうして子供は、エメディアの言葉に頷いた。それを見てエメディアは、『いい子ね』と微笑んで、そうして、グレイの隣へと戻ってくる。
グレイは一瞬、怯んだ。半歩、後退る。……だが、エメディアはそんなグレイの腕をとって、悠々と歩き出すのだ。
……すると、周囲の視線もまた、和らいだ。先ほどまでの緊迫した空気はすっかり消え失せ、大通りの様相は元へ戻っていく。
「……宿に入りましょうか。人が多いと、落ち着かないし」
エメディアは、そんな大通りの様子をゆったりと眺めながら、そう、静かに言った。
「では、そちらの道を曲がったところの宿にしましょう。表通りからは外れますが、十分に安全な宿です。そしてその分、人が少ないのでゆっくりお休みになれるかと」
……そうしてルイナの案内に従って、一行は大通りから脇道に入り、そこの宿を取ることになった。
だが……宿に入って、部屋に荷を下ろす時も、グレイの心臓は妙に煩かった。




