39話:蠢く意思*2
「恩恵を奪う方法がある、とテルミナス・サジータが言っておりましたが、結局のところ、あれは、捕食者が被食者の恩恵を奪う、ということに繋がります」
ルイナがそう話し始めたため、グレイ達は揃って驚くことになる。
「あ?魔力がうんたらって話だっただろ。恩恵の話なんざ聞いてねえぞ!」
「ええ。お話ししませんでした。どのみち、被食者は死ぬことになりますから」
グレイは、『確かにそうだったな』と納得した。……グレイの恩恵を消せるかどうか、という話については、『グレイの恩恵をテルミナスが手に入れられる可能性がある』という話とは関係が無いので。
「ですが……捕食した相手の恩恵を奪うことができる、とは、聞いたことが、あります。恩恵を、そのままの形で、とも限らないようではありますが……」
「そんなことができるなら、エメディア姫の恩恵は間違いなく引く手数多だな。特に、統治者であるならば誰もが欲するだろう」
アイオンが『私も欲しい』などとぼやくのを聞いて、グレイは『アイオンにエメディアの恩恵があったら大変なことになっていた気がする』とぼんやり思った。スファルはもっと遠慮なく、『お前が?やめとけやめとけ、いい迷惑だ』と渋い顔で言い切った。
「……テルミナス・サジータの目的が何であったのか、私は知りません。しかし彼女は……『統治』しようとしたのかもしれません。『月の竜』の一族を……或いは、ディアナバレイそのものを」
ルイナはアイオンどころではないらしく、何やら考えに沈んでいる。
「うーん……太陽の竜がメカニジアと組んでいた、っていうことを考えるならば、太陽の竜との交渉材料にもできるわよね、私の身柄は」
「そうですね。……あまり、気分の良い話ではありませんが」
ルイナは少々顔を顰めて、ため息を吐いた。
「私が月の竜の中でも末席であったことが、悔やまれます。何も、情報が無い……」
「そう言わないでよ。それでも私達にとっては、重要な情報源よ。それに、情報が無くても、あなたは大事な仲間だわ」
エメディアは笑ってルイナの肩を叩くと、それから……少しばかり、複雑そうな笑みを浮かべた。
「それに、情報だったら、また別の人から聞けると思うの。……ディアナバレイの国王陛下から、直接、ね」
そうしてグレイ達は、ディアナバレイの中央部……王都へ向かうことになった。
『太陽の竜』については、その心臓石を抜いて持っていくことにした。これらは、ルイナが太陽の竜と交渉する時にも使えるらしいので、そのまま持っていく。
そして、『鉄の棺』については……もう少々、踏み込んで調査することになった。
この役は、グレイが担った。つまり、この中で最も価値の低い人間が危険を冒すべきであろうと考えたからである。
……エメディアは反対していたが、グレイは『だがこのままここに残していくわけにはいかない。燃やすにしても、情報はもう少し仕入れるべきだ』と反論すれば、スファルとアイオンの同意を得ることはできたので、そのままグレイが調査することになった。
のだが。
「……厄介だな、こいつは」
『鉄の棺』は、相変わらず、動く。針のようなものを突き出してくるため、グレイはそれに細心の注意を払わなければならなかった。
とはいえ、ここにグレイが来た意味は大いにあったように思われる。というのも……例の針は、グレイの義手や義足、そして魔導鎧を目指して伸びてきたからである。
どうやらこれは、魔導の品を標的としているらしい。生身の体には用が無い、ということだろうか。
アイオンの右手については、グレイもよく知るところである。グレイの義肢が、あのアイオンの右手のようにうぞうぞと動き回り始めたら……と思うと、怖気が走る。
グレイまでもがああならないように、グレイは細心の注意を払いながら、『鉄の棺』を調べ……そしてそこから、動力用であろう魔石をいくつかと、連絡用の道具であろうものを見つけた。
連絡用のこの道具については、似たものを見たことがある。……ルイナがテルミナスと連絡を取り合っていた時に使っていたものによく似ているのだ。
となると、テルミナスが持っていたアレは、メカニジアからのものだったのだろうか。
ならば、メカニジアは太陽の竜と月の竜、敵対する2つの勢力と手を組んでいた、ということにならないだろうか。
……分からないことだらけではあるが、ひとまず、『鉄の棺』からの収穫はこんなところであるらしい。後は、偽のエメディアが横たわっているばかりである。
「……いい出来だよな。本当に……趣味が悪い」
偽のエメディアは、動かない。呼吸をしていない。死んでいるのかは定かではないが……少なくとも、『生きてはいない』だろう、と思われた。これを見ていると、なんとも言えない苛立ちのようなものがグレイの胸の内で渦巻く。
メカニジアの残党は、何を考えていたのだろうか。この偽のエメディアを用いて、何か、本物のエメディアの名誉を損なうようなことをしようとしていたのではないだろうか。
そう考えるといよいよ、グレイの胸の内には苛立ちが募ってきた。
苛立ち紛れに、またグレイの右腕に向かって伸びてきた針を斧槍で叩き切って落とす。……落ちた針は、少しの間動いていたが、やがて、動きを止めた。まるで生き物のようだ。生きてはいないだろうに。
……そこで、ふと、グレイの中に閃くものがあった。
そうしてグレイは、皆に断りを入れてから……斧槍の先で偽のエメディアの喉を突いた。
すると……その傷口から血が溢れ出るようなことは無く、ただ、機械の部品や配線が露出しただけだったのである。
どうやら、この偽のエメディアは機械でできていたらしい。
成程、やはりこれは、生きてはいなかった。
……生きてはいなかったのに、『意思がある』のだろう。
「……ってことで、俺の予想を話していいか」
「どうぞ。是非聞かせてくれたまえ。まあ、かく言う私も少々、予想がついてきたところではあるが……」
グレイが戻って皆に話し始めれば、アイオンが横から割り込みかけて、スファルに小突かれて黙った。……グレイは、『アイオンが話してくれるならその方がありがたいんだが』と思いながらも、ひとまずは調べた自分自身が話すべきか、と思い直して、言う。
「あの偽のエメディアを動かしていた何かの内の1つが、今、アイオンの右手の中に居る」
「ほーう……?そいつはどういうことだ」
「分からない。だが、機械の中に意思が宿っている。何かを意図して、機械を動かしている。それから……他の機械に乗り移ることができる。そういう風に見える」
首を傾げるスファルにそう説明しながら、グレイは、『我ながらなんとも雲をつかむような話だ』と思う。こんなにもはっきりとしない物事の中で、どうにも、苛立ちばかりが募るように思われた。
「あー……まあなあ、アイオンの右手のことを考えると、『乗り移る』ってのは、分からねえでもない。だが、『意思がある』ってのは、どういうことだよ、おい。答えろ」
スファルもまた、この状況に苛立っているらしい。ましてや、『嫌い』なグレイが目の前に居るのだから、余計にそうだろう。
「……よく、分からない。俺がそう思った、っていう話でしかない。だが……」
結局、グレイがそう話せば、スファルは益々苛立ちを露わにグレイを睨んできたが……。
「そうでもなきゃ、どうしてアレが動く?どうして、『他の機械に乗り移る』なんて行動に出る?そこに意思があるとしか、思えない」
グレイは自分が感じたまま、そう話す。そう話すしか、ない。
自分がそう感じたのだ、というただそれだけの、何の根拠にもならない話をするしかないのだ。……どうにも、この『意思』を、見過ごすことが、できないように思えて。
「……ふむ。グレイ・シンダー。君にしては随分と浪漫のある話をするものだな」
そんなグレイに、アイオンが鷹揚に拍手などしながら、そう声をかけてくる。……揶揄のような言葉であるが、アイオンは皮肉でもなんでもなく、ただ本気でそう思っているのだろう。もしかすると、好意的ですらあるのかもしれない。
「だが、浪漫について語るのであれば、私の方が間違いなく適任だ。ここから先は任せてくれたまえ」
「おいおい、アイオン!俺達はテメエの与太話なんざ、聞いてる暇はねえんだぞ!」
「与太話かどうかは、聞いてから判断してくれ。どのみち、今のままでは判断を下す材料に欠ける。そう思うだろう?」
アイオンの提案に、スファルはなんとも嫌そうな顔をしていたが、エメディアが『そうね、お願いするわ』と言ってしまえば、スファルもそれ以上文句を言わなかった。手頃な岩の上にどっかりと腰を下ろして、『さっさと話せ』とばかり、アイオンへ顎をしゃくってみせる。
「ふふふ……そう。『意思』。意思、だな。機械が意思を持つのかどうか、という話については、私以上の適任は居ないことだろう」
アイオンはそんなスファルの苛立ちを他所に、堂々と話し始める。まるで舞台に立った役者のように。
「私の体は、大半を機械に置き換えてある。……ならば、どこまで置き換えた時、私は私ではなくなるのだろうか。……実は、メカニジアでは既に、そんな研究が行われていたのだ」
……本当に、まるで演劇の中のようなことを、アイオンは話し始めたのだ。
「メカニジアで……え?一体、どういう……」
「おお、エメディア姫!大変申し訳ないが、これ以上のことはあまりよく分かっていないのだ。何せ……私は、メカニジアの中でもはぐれ者だったものでね!」
アイオンが高らかに笑うのを聞いて、エメディアは『そうね』と渋い顔になり、スファルは『そろそろ黙らせるぞ』とばかり腰を浮かせかけた。が、アイオンは気にせず喋り続ける。
「だが、私の体も一部の実験に用いられてはいた。即ち、『より高性能な義肢』や『より高性能な内臓』の研究の被検体として、私も大いに貢献してね。そこで手に入れた情報も、多少はある。それが、『人間は体のどこまでを機械に置き換えられるか』というものだった」
「そうだな……ふむ。メカニジア兵を、君達も知っているだろう?アレは、『意思』などという高尚なものを持ってはいなかった。ただ、命じられたままに動くだけの、つまらぬ玩具だ。美しくはない。……無駄の少なさ故の美しさは認めてもよいがね」
メカニジア兵のことは、グレイも分かる。グレイ達がメカニジアで戦った相手の大半は、メカニジア兵……機械仕掛けの兵士であった。
「だがアレも、一応は研究の一環であったのだ。即ち、『完全に機械でできた体を持つ人間』を生み出すための。『人間の意思を宿した機械』を、生み出すための!」
……なんとも、奇妙な話になってきた。グレイは、『分かるか?』とエメディアの方を見てみたが、エメディアとしても、少々難解な話であるらしい。エメディアもそんな顔をしている。
「人間を人間たらしめるもの。それはすなわち、意思であろうと私は思う。意思があるからこそ人は美しい……。そして、その意思を完全に宿す、無駄のない機械の体があったならば……それは、究極の美と言えるではないか!」
「美だのなんだのは知らねえよ。さっさと続き話せ、続き」
「おお……」
アイオンはスファルに『さっさとしろ』と不愛想極まりない言葉を投げかけられて、しゅんとしながらも気を取り直して話し始めた。実に、めげない強い心を持った騎士である。
「まあ……その、なんだ。『人間の意思を宿す機械』を生み出すならば、二通りの考え方がある。1つは、機械が人間の意思を持つように、より精巧に作り上げていく、というやり方だ。メカニジア兵はその方法で生み出された。そしてもう1つは……」
アイオンはここで少々勿体ぶって間を置いて……しかし、それ故にスファルが小石を拾い上げてアイオンに向かって投げる構えを見せ始めたため、アイオンはすぐさま続きを口にした。
「生きた人間の意思を、機械の体の中に移植する、というやり方だな」
「生きた人間の意思を、機械の体の中、に……」
「ああ。噂によれば、女王エテルニータは自らの意思を機械化する実験を行っていた、という」
グレイの胸の内に、なんとも嫌な感覚が走る。……つまり、これは『嫌悪』なのだろう。
「そんなことが……可能なのですか?」
ルイナはただ、驚いていた。……ルイナの感覚では、嫌悪と同時かそれより先に、驚きが来るらしい。
「さて、ルイナ嬢。私が知っているのは、あくまでも噂だ。確たることは何も言えない。だが、一考の余地はある。違うかな?」
「一考の……余地が、ある、か……?くだらねえ、与太話、じゃねえのか……?」
……スファルは、動揺している。純粋な驚きというよりは、嫌悪やその他……自分の根幹が何か揺らぎそうになるような、そんな感覚を味わっているのかもしれない。グレイと同じように。
「そして……もし、女王エテルニータの意思が、あの『鉄の棺』の中に宿っていたとするならば……さあ、恐ろしいことが見えてくる!実にぞっとさせられる話だ……!」
アイオンはここでわざとらしく声を潜め、全員の顔をゆっくりと見つめた。今度ばかりは、スファルも文句を言わない。只々、アイオンの話の内容に圧倒されるばかりである。
そして。
「女王エテルニータは、エメディア姫そっくりの、作り物の体の中に自分の意思を移し入れて……エメディア姫に成り代わろうとしていたのではないかな!?」
「わ、私に!?」
アイオンの口から出た話は……成程。実に、ぞっとさせられる話である。
「……で、もしかして、その、女王エテルニータの意思は、もしかして……」
そして……エメディアが、混乱のままに、叫んだ。
「今、アイオンの右手の中に!?」
……アイオンの右手をその体の中に抱えたままのウサミミが、『ぞっ!』とでも言うかのように身を竦ませ、耳をぷるぷると震わせた。
本当に……本当に、ぞっとさせられる話である。




