38話:蠢く意思*1
アイオンの言葉を聞いて、グレイは即座に、『鉄の棺』の中を確認する。
だが……偽のエメディアは、動く気配が無い。ただ、目を閉じたまま、じっとしている。呼吸に胸が上下するようなことすら、無い。死んでいるように、見える。
「……おい、グレイ。なんか分かんねえのか。俺の耳には何も聞こえねえ。機械がちょっとばかり動くような音は聞こえてるが、それだけだ」
スファルが嫌々、グレイにそう呼びかけてくれる。グレイはそれに応えるべく意識を集中させ……しかし、どうにも、先程のような『気配』は感じ取ることができなかった。
「……何も」
「何も、だと?だとしたら、何だよ、おい。それの蓋を開けるまでにテメエが言ってたことってのは、嘘か?」
スファルの少々苛々とした問いかけに、グレイは答えられない。
……先程、自分が感じ取った何かを思い出そうとしても、どうにも、判然としない。
「けっ。なんだよ。テメエがなんか分かるっつうから任せたんだぞ、俺は」
「……すまない」
スファルが益々苛々と、辺りの瓦礫を蹴り飛ばす。がしょん、と音を立てて転がったそれは、元は何かの部品だったのだろう。すっかり破損しており、元が何だったのかすら、今は判然としないが。
「まあ、まあ。ここは冷静にやるしか無いだろう。幸いにして、最も怪しい『偽のエメディア姫』は残っている。これを調べてみるとしよう。一度取り出してみるが、いいか?」
「あー……エメディアにはあんま見せたくねえな。どっか行っといてもらうか」
「そうだな。それがいいだろう。スファル、彼女らに説明を頼む」
そうしてアイオンは棺に近付き、スファルは『はー、やれやれ』とばかり、エメディア達に説明に行った。……スファルのことなので、ざっくばらんに『なんかお前そっくりな死体があるぜ』とでも説明するのだろう。言いにくいこともズバズバと言えるスファルであるので、こうした時の説明役にはぴったりだ。
「いやはや、しかしこれは……全く悪趣味だと言わざるを得ないが、ふむ……」
そして、アイオンはというと、何やらぶつぶつと呟きつつ、棺の中の偽のエメディアを取り出しにかかっていた。
「造形の良さについては称賛に値する。これほどまでにエメディア姫を再現できるとは、紛れもなく高い技術の……」
……だが。
「……アイオン?」
グレイが見守る中、アイオンは、ぴたり、と動きを止めていた。いつも喧しくも麗しい言葉を放ち続けている口すら閉じられて、異様な雰囲気である。
……そして。
「……今、何かが私の手を刺した」
アイオンは、そう、少し早口に申告した。
「無論、義手だ。右手だ。手首より先。当然、全て機械に置き換えてある。刺されて、その針に毒があったとしても、問題は無い。だが……」
……アイオンには、焦りが見られる。
「……あー、グレイ。悪いが、私の義手を切り落としておいてくれたまえ。念のためだ。念のためだが……嫌な予感がする。さあ、早く」
そうしてグレイは、アイオンから受け取った手斧を振り下ろし、容赦なく、そして正確に、アイオンの右手を切断した。
……義手とはいえ、切って気分の良いものではない。特に、仲間の手であるので。
「ふむ。ここに残っていたのがスファルではなく君でよかったよ。流石、義手仲間だな。狙いが正確だ。断面も美しい。手首の関節を潰すことなく、かつ重要な部品は残して、最も支障の少ない切断の仕方を選んだ……。良い腕だな、グレイ・シンダー。感謝する」
「……そいつはいいが、あんた、大丈夫か」
アイオンは、手首の関節までになってしまった右腕を見ながら『よい出来だ……』などと言っているが、グレイとしては、それどころではない。ひやひやさせられているばかりだ。
「グレイ!?えっ!?何してるの!?今もしかして、アイオンの腕、切った!?」
そして、グレイが急にアイオンの手首を切り落としたように見えたのであろうエメディア達は、何事かと驚いていた。当然である。
「ああ、切った!その……」
「あー!エメディア姫!私がグレイに頼んだのだ!そしてこちらへは来ないでくれたまえ。何かよからぬことが起きている気がする。スファルもだ!そのままで!ここは、義手義足同盟である私とグレイに任せて頂きたい!」
「そう!?分かったわ!なら私達、こっちで待機するわね!」
が、エメディアは物分かりが良い。アイオンの説明も上手い。ということで、無事、エメディアとルイナとスファルは、3人揃って並んで、離れたところで座っていることにしたらしい。
……グレイとしては、『俺はいつの間にか、義手義足同盟なんてものに加盟していたらしい……』と少々妙な気分にさせられているが、今はそれどころではない。
さて。
「さあ、グレイ。今、私の右手であったソレから……或いは、偽のエメディア姫から、何らかの気配はあるかな?」
アイオンの問いがあるまでもなく、グレイは確かに、『それ』を感じ取っていた。
「……今、気配があった。生き物……かは分からないが、何かの、意思の……魔力の、気配だ」
アイオンが動きを止めた時。その時確かに、『それ』が動いたのだ。何らかの意思を持って。
「アイオン。あんたの右手を刺したのは、何だった?」
「ふむ。それは分からない。だが、私の右手だったソレを見れば分かるかもしれないな……」
グレイが尋ねると、アイオンは左手で『さっきまでアイオンの右手だったもの』をつついてひっくり返し、何やら観察して……そして、首を横に振る。
「分からない。形跡が残っているわけでもないな。刺された、とは思ったから、針か棘のような何かだったとは思うが」
「そうか。……針、ね。俺がこの棺を開けてすぐも、棺から針が伸びてきて俺を刺そうとしたが……」
グレイは慎重に、気配を辿る。
……『それ』の気配は、今はまた、静まり返っている。だが、意識してみれば、確かに息を潜めてじっとしているのが分かるのだ。
グレイに気取られないように、じっと息を潜めている『それ』は……。
「……もしかしたら、この棺自体、か……?」
……今も、グレイやアイオンを刺そうとしているかもしれない『鉄の棺』は、いよいよ、静まり返るばかりである。
「君の言った『この棺自体が意思を持っているのでは』ということは、つまり……単なる機械が、意思を持っている、と?」
アイオンが首を傾げるのを見て、グレイは、どうにも自分の感覚に自信が持てなくなってくる。
「そう……なのかもしれない。その、ただ機械が動くような気配じゃ、なかったんだ。もっと生き物に近い何かだと、思った。……俺がそう思っただけで、実際は違うのかもしれないが」
所詮は、グレイの感覚の話でしかない。エメディアが見ればもっと違う情報が手に入っていたのかもしれないが……だが生憎、これを間近に見たのはグレイでしかなかったのだ。
そうしてグレイは、少々自己嫌悪に陥りかけたが……。
「ふむ。調べてみる必要がありそうだな……」
……アイオンの言葉を聞くまでもなく、グレイは思考を止める羽目になった。
何せ。
「見ろ。私の手が……動いているぞ!」
「……ああ。そう、だな……」
……切り落とされたアイオンの右手が、ひとりでに、うぞうぞと動いて……逃げ出そうとしていたのである!
ということで。
「うっわあー……気持ちわりいな、これ……」
「そう言われると私も傷つくのだが……」
……今、アイオンの右手だったものは、エメディアとルイナとスファルも見守る中で、うぞうぞと動いている。
スファルではないが、グレイも、『ちょっと気味が悪いな……』とは、思う。尚、エメディアはもっと素直に、『わあああ……』と何とも言えない声を漏らしながら、何とも嫌そうな顔でうぞうぞ動くアイオンの右手だったそれを見つめている。まあ、気味が悪い光景ではあるので、仕方がないが。
「……まあ、収穫、だった、わね……?これを調べれば、まあ、敵の目的がちょっと分かる、かもしれないし……」
「うむ。私の片手分の価値は十分にあったとも!」
アイオンは1人、誇らしげである。他の4人は、揃って何とも言えない顔である。
まあ……確かにアイオンの言う通り、『価値は十分にあった』のだが。
「……で、これ、どうすんだ?どうやって持って帰る?」
さて。問題はここからである。
「下手に触れれば、アイオン卿の手のように、私達自身の体が操られかねない、ということでしょうか」
ルイナが難しい顔をしながら、うぞうぞと動くアイオンの右手を目で追っている。……ルイナも、『気味が悪い』という顔をしている。感情を表に出さなかったルイナが、随分と表情を変えるようになったものだ。
「……アイオンの手が義手だから、ってことかもしれない。機械を自在に動かす何かがあるのかもしれない」
「だとしたら、グレイがアイオンの手をさっさと切り落としたのって、本当に英断だったわね……」
グレイとエメディアもそんな話をしつつ、『さて、どうやってこれを持ち帰るか』と考えていたところ……。
「あら?ウサミミ、あなた……やってくれるの?」
なんと。エメディアの頭の上からぴょこたん、と飛び降りたウサミミが……うぞうぞと動くアイオンの右手を、その体でもっちりと包み込んだのであった!
そうして、アイオンの右手だったものは、ウサミミの体内に包まれて、その中でわたわたと動くばかりとなってしまった。
アイオンの右手はわたわたと藻掻き、うぞ、とその指先が飛び出そうとすると、すかさずウサミミがその耳で、ぺちん!と叩いて引っ込めさせる。
それが何度か繰り返されると、アイオンの右手だったものはすっかりしょげて大人しくなってしまった。ウサミミは勝利を確信したらしく、堂々と胸を張ってぷるんと体を震わせていた。
「……あの、すみません。このスライムは、一体……」
「ええと、ウサミミよ。かわいいでしょ……」
「……ええ。非常に優秀な、その……ええと……」
……ルイナの目から見てもやはり奇妙であるらしいが、ひとまず、ウサミミが優秀であることは間違いないのであった。
「じゃ、残りはどうする。ここに置いてくか?」
「ええと……それもちょっと、心配なのよね。安置しておけるならそれがいいけれど、ここ、ディアナバレイの中だし、そうなると太陽の竜達がいくらでも、持っていけるわよね?」
「そうですね。……そしてその結果、厄介なことになる可能性が高いかと」
さて。
アイオンの右手はともかく、偽のエメディアと、『鉄の棺』そのものについては未だに手付かずである。
だが、下手に触ると、先程のアイオンのように『刺される』のかもしれない。その結果、取り返しのつかないことになる可能性もある。
……と考えると、やはり、手出しはしたくないのだが……。
「えーと、私そっくりの死体があるんだったかしら?」
エメディアは、ひょこ、と顔を覗かせて、『鉄の棺』の中を遠巻きに眺める。そして、『わあ……本当に私そっくりだわ……』と、何とも言えない顔をした。
……そして。
「……私そっくりの死体と、それを包む機械。機械を動かせるのかもしれない、何か……。うーん、変なかんじね。女王エテルニータは、何故、これをメカニジアの外に出したのかしら。これが起死回生の一手だとは、思えないのだけれど……」
首を傾げたエメディアの言葉を聞いて、グレイも、スファルもアイオンも首を傾げる。
エメディアの言う通り、何故、メカニジアがこれを外へ逃がしたのかが分からないのだが……。
「……あの、エメディア姫は、メカニジアへ行かれたことがあるのでしたね?」
ルイナがふと、そう、問いかけた。エメディアは首を傾げつつも『ええ』と頷く。するとルイナは……少しばかり深刻そうな顔で、俯いた。
「ならば、メカニジアの狙いは、エメディア姫だったのではありませんか?メカニジアは、エメディア姫の魔力……そしてそれ以上に、その『恩恵』を、欲していたのでは?」
……そして。
「ディアナバレイも、そうだったのかもしれません」
……ルイナの呟きが、グレイ達に緊張を走らせた。




