37話:城を落とす時*4
ドラゴン2匹と戦うグレイ達の背後で、凄まじい音が響き、そして、地面が揺れる。
「なっ、なんだぁ!?」
「おお、エメディア姫がやったらしいな!」
それは、スファルとアイオンの声も掻き消すほどの轟音であった。……メカニジアの『鉄の棺』が落ちてきたのだ、と理解するまでに、そう長い時間は掛からなかった。
とはいえ、驚かなかったのはグレイ達だけだ。戦っていたドラゴン2体については、『鉄の棺』が落ちたことに心底驚いたらしく、動くどころではなかったようである。
……ならば今が好機、とばかり、スファルとアイオンがにやりと笑ってドラゴンへと駆けていく。
グレイは、残る1体の注意を自分が引いておくか、とそちらへ駆けて……そして。
「皆!お待たせ!さあ、こっちも片付けるわよ!」
そんなグレイ達の上空から、頼もしい声が降ってくる。
眩い太陽の光の下で、エメディアがルイナに乗って、降りてきていた。その手に、しかと杖を携えながら。
それからは、一気に状況が変わった。
エメディアが集中し始めたのを見て、グレイはすぐさまエメディアを守るために身構えた。
ドラゴン2体は、エメディアこそが最も攻撃すべき相手だと理解し、エメディアへ向かおうとしたのだが……その前に立ちはだかるグレイがあまりにも『嫌い』であったため、途中からはグレイに攻撃が集中することになった。
そうしている内に、スファルとアイオンがドラゴンの内の1体の頭蓋骨を陥没させて殺し、そして残る1体についても、エメディアが片を付けてくれた。
……こうして、ドラゴン3体分は無事に仕留められ、辺りには静寂が戻ってきたのである。
ただ1点……『鉄の棺』から定期的に聞こえる奇妙な音だけが、時折、静寂にひっかき傷をつけていた。
「さあて……いよいよ、だな」
スファルは拳を打ち合わせながら、『鉄の棺』を見つめた。……『鉄の棺』は、上空から落下し、地面に衝突したために大きくひしゃげ、既に元の形からは大分、変わっている。中に何かが居たとして、生きてはいまいと思われた。
「確認してみよう。先陣は私が切る、いいかな?」
「ええ、お願い」
アイオンはメカニジアに居ただけあって、この『鉄の棺』についても、多少、構造などの見当がつくようである。早速、『恐らくここらへんに出入口が……』などと言いながら、ひしゃげた板金のあちこちを確認している。
……そして。
「ルイナ。大丈夫?」
そんな鉄の棺から少し離れた位置で、エメディアはルイナを気遣っていた。
ルイナは地上へ戻ってきてすぐ、人間の姿に戻って、そのままぺしょり、と地面に倒れてしまっていた。……やはり、空を飛び続けるのは体力の要ることなのだろう。
「ええ。少し……体力を消耗しただけです。行動には問題ありません」
「そう……。じゃあ、少し休んでいてね。アイオンが何か見つけたら教えるわ」
とはいえ、ルイナも戦士である。座り込みながらも油断なく弓を手にして、周囲の警戒を担ってくれている。エメディアはそれに申し訳なさそうな顔をしていたが……ルイナも自分1人ただ休んでいるのが落ち着かないらしいと見えるので、途中からはルイナのことは気にせず、『鉄の棺』だけに意識を集中させ始めた。
「ん?おい、ここ、金属の種類がなんか違うんじゃねえのか」
「どこだ?……おお、これは確かに。となると、これは単なる外装ではないな」
「扉だったのかもしれない。こじ開けるか?」
スファルとアイオンとグレイは、3人揃って鉄の棺にああだこうだとやっているところであるが、高所から落下した鉄の棺はひしゃげて歪んで、普通に動くものではない。扉であったのであろう部分は見つかったが、それを開けることができないのである。
「ふむ……どうにかして開けたいものだが。しかし、開けたら開けたで、何が出てくるやら分からないときた。これは中々厄介だな」
「遠くから石投げて壊すか?」
「……それも悪くないかもしれない。決してスマートではないが……ううむ、やむを得んか……」
鉄の棺の内部を確認しようにも、開けられない。そもそも、不用意に開けてしまうと、何が起こるか分からない。何とも厄介であるので、いっそスファルの言う通り、石を投げて遠くから破壊するか、などという案に皆が賛同しかけた、その時だった。
「……待て。何か、中から聞こえる」
「何だと?」
「何も聞こえねえぞ、おい」
グレイはアイオンとスファルにそれぞれ『静かに』と身振りで指示しながら、じっと耳を澄ます。
……だが途中で、『ああ、これ、音じゃないのか』と気づいた。
急に変わった感覚に、グレイ自身が追い付けていないが……これはどうやら、魔力の震えを感じ取ってしまっているらしい。
「……魔力が、動いてる。まだこいつ、壊れ切っちゃいないらしい」
そうして、結局はグレイが1人で『鉄の棺』をこじ開けることになった。
アイオンは『危険ではないか?』と主張したが、グレイは『だが俺なら魔力を感知できるらしい。俺が駄目だっていうならエメディアにはもっとやらせられないだろ。なら俺がやる方がマシだ』と主張した。
スファルは……グレイを心配する気持ちとグレイに対する嫌悪が混ざった上で、『だがそれしかねえか』と判断したらしく、複雑そうな顔で『好きにしろよ』とだけ言って去っていった。
……ということで、グレイは1人、斧槍の切っ先を鉄の棺の板金の隙間に差し入れては、梃子の要領で板金を引き剥がしにかかった。万一、何か出てきてしまっても、その時はその時だ。犠牲になるのがグレイ1人ならよし、ということである。
とはいえ、グレイとて無為に死にたいわけではない。『鉄の棺』の中の魔力がどう動いているのかをじっくり見ながら、少しずつ、少しずつ、慎重に作業を進めていく。
……作業を進めていく内に、『鉄の棺』の中で蠢く魔力が何かは、分かってきた。
『意思のある何か』だ。
「……そろそろ開くが、開いた途端に飛び出してくるかもしれない」
「は!?なんか出てくるようなモンなのか!?」
遠くで見守っているスファルに説明すると、スファルは『意味わかんねえ』と顔を顰めている。だが、グレイとしてもそう説明するしかない。
「かもしれない、ってだけだ。だが少なくとも、意思はありそうに思える。俺が動いたら、相手も動く。今は俺が喋ってるから、警戒してじっとしてる」
「おお……つまり、本当にその中には女王エテルニータが居るやもしれぬ、ということか。なんと……」
……女王エテルニータがそのままここに居るのだとすると、『それにしては反応が単純だよな』とグレイには思える。女王エテルニータには、冷静で狡猾な印象しかない。しかし今、グレイがこじ開けつつある『鉄の棺』の中からは……鉄の棺をこじ開けようとする何かに怯えるかのような、そんな気配が感じ取れるのだ。
どうも、これは女王エテルニータではなさそうだ、と思いながら、グレイはいよいよ力を込めて、板金を引き剥がして……。
「……これは」
そうして開いた『鉄の棺』の中を見下ろして、グレイは茫然とした。
エメディアが居る。
「グレイ!危ない!」
アイオンの鋭い声に気付いて、グレイは何も考えず体を傾ける。
すると、さっきまでグレイの頭があった個所を、鋭い針が刺し貫いていた。
……その針は、『鉄の棺』から伸びている。どうやらこれはまだ動く余地があるらしい。
「おい!グレイ!中身は何だったんだ!?」
「わ、からない……」
グレイは混乱のあまり、まともに言葉を発することができない。
だが、グレイの目は今も確かに……『鉄の棺』の中に横たわっているエメディアを、見つめている。
桃色にも見える赤みの金髪は、少しぱさついているだろうか。空色なのであろう目は、閉じられていて見ることができない。
だが……顔立ちも、背格好も、何もかも……あまりにもそっくりだ。
「グレイ?どうしたの?」
エメディアの声も聞こえてきて、グレイは我に返る。
……『鉄の棺』の中のエメディアは、エメディアではない。大丈夫だ。分かっている。ただ……あまりにもそっくりなものだから……それでいて、あまりに唐突だったから、不意を突かれただけだ。
「大丈夫だ。だが、その、あんたは見ない方がいい」
「そ、そうなの?」
とはいえ、これをわざわざ、エメディアに見せるのもどうかと思われる。グレイはしどろもどろになりながら、なんとかかんとか、そんなことを言いながら、視線だけでスファルとアイオンに助けを求めた。
「ほーう……悪趣味だな。クソが」
「同意する。悪趣味だ。実に、悪趣味だ!間違いない!全く……!」
スファルもアイオンも、『鉄の棺』の中の偽のエメディアを見て、悪態を吐いた。グレイは、そんな2人の反応に少々安堵した。……自分と同じように思う誰かが居るということは、救いになるのである。
「ったく、何考えてやがるんだ、あのメカニジアの女王はよぉ……」
「うーむ……エメディア姫を模した人形を作った、ということであるならば、動機は簡単だ。この世で最も美しい生き物の内の1つを真似た……即ち、美の追求によるものだろう!」
「……アイオン、テメエ、メカニジアの中でも変わり者なんだったよな?メカニジア人全員がテメエと同じように考えるアホ共、ってわけじゃ、ねえんだよな……?」
アイオンは何やら、『美の追求!私にも理解できるぞ!』と声高に叫んでいるが、スファルはそんなアイオンを見て、只々、怪訝な顔をしている。……そしてスファルは、ちら、とグレイの方を見た。恐らく、無意識に、グレイに同意を求めるために。
だが……グレイと目が合ってすぐ、スファルは嫌悪を思い出したのだろう。ふい、と視線を逸らして、偽のエメディアへと視線を戻した。
……グレイはそれを、寂しい、と思った。ほんの少しばかり。
「だが、エメディア姫にそっくりな何者かがこの中に入っていたことは今や問題ではあるまい?」
そんな折、唐突にアイオンがそんなことを言い出した。
「問題は……『この中で魔力が動いていた』ということだ。違うかな?」
……言われて、グレイは思い出す。
グレイは確かに、『鉄の棺』の中で、生きている何かの存在を感じ取ったのだ。
「その偽エメディア姫は……きちんと死んでいるのだろうな?」




