36話:城を落とす時*3
……そうしていよいよ、グレイ達がディアナバレイ上空の『鉄の棺』へと立ち向かう日がやってきた。
「天気がいいのは、いいことなのか悪いことなのか……」
「魔法による狙いはつけやすいでしょうが、太陽の竜からは見えやすいでしょうね」
「どっちもどっちだな。ま、俺は雨降ってるよりはこっちの方がいいね」
グレイ達が見上げる先には、『鉄の棺』がある。
……メカニジアから飛び出したこれを追いかけてここまで来たわけだが……長かった。思い起こせば、精々が半月ほどのことではあるのだが。
グレイはしみじみとそう思いつつ、スファルに不愉快に思われないよう、黙ってそっと佇む。……それでも、スファルは時々、グレイの方を気にしている様子ではあった。気にしないようにしていても気になるのが、グレイの『恩恵』だ。……まあ、盾役としてはありがたいことだ、と思い直して、グレイは大楯を持つ。
「じゃあ、確認ね。私とルイナは上空へ向かう。私の魔力が届くところまで到達したら、そこで『鉄の棺』を落としにかかるわ」
「その間に太陽の竜が来ることがあったら、地上で引きつけとく、ってことだな?任せとけ!」
「よろしくね。皆くれぐれも、気を付けて」
最終確認も終わり、いよいよ、全員が動き出す。
早速、ルイナはドラゴンの姿に代わり、その背にエメディアが乗って、そして2人は空へと飛び立った。
ルイナは、ここ5日間で摂取した魔力によって、また一回り、体躯が大きくなっていた。とはいえ……ドラゴン状態の時の体躯が大きくなるばかりで、人間の時の背格好には変わりがない。
どうやら、ルイナが『安全にエメディアを上空へ連れていかなければ』と強く決意していたために、ドラゴンの姿ばかりが強化された、ということらしい。
……ルイナ自身は少しばかり身長が欲しかったようなのだが、エメディアは『ルイナには悪いけれど、でも、ルイナはこの背格好がいいと思うの……』と、こっそりグレイに教えてくれた。
グレイとしては特にこだわりは無いが……エメディアが自分より小柄なルイナを可愛がっている様子を見るに、まあ、エメディアにとって良いことなら良しとするか、と思わざるを得ない。
「さーて……で?後は、ルイナ見て飛んできたドラゴンが居りゃあ俺達の出番、って訳だな?」
そうして2人が空へ飛び立ってしまった後で、男3人はそれぞれに空を見回す。……哨戒である。敵は、来るなら空から来る。そして、ルイナはきっと、エメディアを無事に空へと連れていく。だから、彼女らを見ている必要は、無い。
「来るならさっさと来い、ってなもんだけどな……」
「この付近に潜伏していないとも限らない。警戒を怠らないことだ」
……太陽の竜の一族の内、有力なものは皆、ディアナバレイの王城に逗留させられているはずである。何せ、ローザテイルの国王からの文書が届いているはずだから。
しかし、全員がそうとは思えない。下っ端のドラゴンはこちらに差し向けておいて、『鉄の棺』を守るようにしていることだろう。
つまり……。
「……よぉし、俺達の出番はちゃんとありそうだな」
スファルが、笑う。
……小高い丘の向こうに身を潜めていたらしいドラゴンが3体、飛んでくる。
「よし!グレイ!行け!」
「ああ」
そうして、グレイが動く。
盾役として……そして、『嫌われ者』として、グレイは自分の役割を果たすのだ。
「おい!トカゲ!こっちだ!」
グレイが叫ぶと、その声は無事、ドラゴン達に届いたらしい。
……上空を飛ぶドラゴンへ声を届けるため、声には多少、魔力を乗せた。盾役の基本的な技術の1つである『勝鬨』の応用である。声を上げて、注目を集め、そして、攻撃を自分へ向けさせる。そのために遠くまで声を届かせ、相手に威圧感を与えられるよう、声に魔力を乗せるのだ。
「見えたか!?俺はここに居るぞ!」
再び叫べば、ドラゴン3体は間違いなく、グレイを見つけた。……そして。
「……よし、いい子だ」
グレイがにやりと笑う中……ドラゴン3体は、エメディアよりもルイナよりも先に、グレイを排除しようと地上へやってきた。
「よぉし!でかしたぞ、グレイ!」
そうして地上へやってきたドラゴンの内の一体は、見事、頭蓋に痛烈な一撃を食らうことになる。
……スファルが投擲した、巨大な岩石である。スファルはこれのために、手頃な岩を集めていたのだ。
岩石の一撃が炸裂した直後、次の岩石が飛んでくる。これにはドラゴンも慄いた。
「こいつら、然程デカくねえな……。俺の投擲だけでぶっ殺せるんじゃねえか?なあ!」
スファルが笑うと、ドラゴン3体は間違いなく気分を害した顔をし始めた。……とはいえ、そのドラゴン達が襲い掛かるのは、スファルではなく……グレイである。なぜならば、グレイの方がより、気に食わないからだ。
「おっと、私のことも忘れてもらっては困る!」
更に、アイオンがその手のモーニングスターを振り抜いて、ドラゴンの頭蓋を真上から叩いた。これが頭蓋を割ることは無かったが、ドラゴンの脳を揺らすことには成功したらしく……ふらつくドラゴンは早速、スファルの次の一撃を受けて昏倒する羽目になった。
仲間が1体やられたのを見て、残り2体のドラゴンは激高した。その攻撃が向かう先は……グレイである。
グレイに向けて振り下ろされた爪は、あっさりと大楯に弾かれた。
続いて振り抜かれた尾は、グレイを数歩後退させるのみであったし、更に、ドラゴンが息を深く吸い込み、炎と化して一気に吐き出せば、そこにはグレイはもう居ない。
「ノロマなトカゲだな。俺はこっちだぞ」
グレイはドラゴン2体を小馬鹿にしつつ、好き勝手に立ち回った。
……エメディアは居ない。守らなければならないのは、スファルとアイオンだけだ。
そして、スファルもアイオンも……上手くやる。グレイが守ってやらねばならない、ということは、無いのだ。
何せ彼らは、ドラゴンの注意を引かないように陰から攻撃してはすぐ引っ込んだり。はたまた、グレイに攻撃を擦り付けるように動いたり……とにかく、一か所に留まっていることが無いのである。
そのあたりは、アイオンよりスファルの方が上手かった。つまり……グレイに敵の攻撃を押し付けることに遠慮が無かった、ということである。それだけ、スファルはグレイのことが嫌いなのだろう。
グレイは、『これはこれでやりやすいな』と思う。
……スファルに嫌われるのは、多少、堪えないでもなかったが。しかしそれでも、戦いにおける有利不利には代えられない。グレイは、『判断は間違ってなかった』と自らを奮い立たせながら、また次の攻撃を大楯で受けるのだった。
+
「ルイナ。このあたりでいいわ」
エメディアは、自分を乗せて飛ぶルイナにそう声を掛けた。ルイナは、『きゅ』と返事をして、ぱさ、ぱさ、と控えめに翼をはためかせながらそのに滞空し始める。
……そして、エメディアは杖を構えた。
真っ直ぐに見つめる先は、『鉄の棺』。
地上で見る時よりもずっと近くにあるそれは、禍々しく魔力を纏って、ただ、宙に浮いていた。
『鉄の棺』は、地上で見た印象よりも大きく感じられた。そう。『棺』と称するにはあまりにも大きい。概ね、小ぶりな民家1軒分程度、だろうか。
……だが、エメディアにはやはり、これが『棺』であるように思われる。
これは、『死んでいるべき何かが入っている箱』だ。
「……落としてやる」
エメディアは構えた杖を媒介に、相手の魔力を探る。
自分の魔力を放っては、相手の魔力にどう反応するかを見て、次に放つ魔力の形を変える。それを、絶え間なく、何度も何度も、繰り返す。
……そうしている内に、相手の魔法を構築する魔力が分かってくる。相手の魔法を動かしている部品が、どのような魔力を帯びているかが分かってくる。
即ち……『揺れる』場所が分かってきて、揺らし方も分かってくるのだ。
見えた。
そう感じた次の瞬間、エメディアは、自分が感じ取った形そのままに、魔力を放出した。
放った魔力の量は、エメディアにとってはそう多くない。それでも、そのまま人間1人を殺すには十分な量ではあろうが……ドラゴン1匹分、或いは、『鉄の棺』1基分には到底足りない量だっただろう。
だが、それが正確に、共振したならば。
ぱん、と鋭く音がして、次の瞬間、『鉄の棺』が傾ぐ。
……エメディアの魔力は、『鉄の棺』を宙に浮かべていた魔法を司っていた、魔導の何らかの部品を破壊したのである。
「やったわ!」
エメディアが歓声を上げる中、『鉄の棺』はみるみる傾いて、傾いて……そうして、高度を落としていく。
とはいえ、それだけだ。すぐさま地上へ墜落していくことにはなっていない。内部に、魔導の補修機能でもあるのか、はたまた、破壊できた分では足りなかったか。
……いずれにせよ、エメディアの答えは決まっている。
1度で駄目なら、2度だ。
手加減はしない。地上で戦っている仲間達のためにも、容赦なく、『鉄の棺』を落とす。
そう判断したエメディアは、最初の一撃から10秒も経たない内に、もう一撃……また別の部品を破壊する魔力を、放ったのである。
……そうしていよいよ、『鉄の棺』は制御を失って、地上へと墜落していった。
+




