35話:城を落とす時*2
……そうして、宿で4日、過ごした。
その間にルイナはダンジョンの核1つを呑み、それが原因で体調を崩して寝込んだ。竜の心臓石があと2つあるのだが、これを期限内に吸収し終えるのは難しいだろう。
エメディアはローザテイルからの連絡を待っていて……そして、グレイとスファルとアイオンは、やることもなく、ただそこら辺をぶらぶらしたり、野草を摘んできて茶葉にしたり、武具の手入れをしたり、ただぼんやりしたりして過ごした。
……だが、ただぼんやりと過ごすのも2日目には飽きて、3日目には宿場の仕事を勝手に買って出ては働いていた。スファルは非常によく働いて早速宿場の人気者と化していたし、アイオンはその知識を重宝がられていたし、グレイは石を投げられた。……まあ、グレイについてはいつものことである。
と、そんな5日目を過ごしていると……その夜。
「あっ、来たわ!」
エメディアが、ぱっ、と窓辺へ飛びついて、そこへやってきていた小さなドラゴンを捕まえた。
小さなドラゴンは、ルイナが飛ばしたドラゴンであるようだ。飛び疲れてしまったのか、エメディアが捕まえてすぐ、へなへな、と力を失ってぐったりしてしまった。
エメディアは『ご苦労様』と労ってやりつつ、小さいドラゴンをベッドの上に載せた。その上にウサミミも載せた。……ウサミミは、自らのぷにぷにと弾力のある体で、小さなドラゴンの体の凝りを揉み解してやっているらしい。小さなドラゴンが満足気なわけである。
「ええと……ああ、よかった!」
そしてエメディアは、小さなドラゴンが運んできた手紙を読んで、表情を綻ばせた。
「エメディア姫。手紙には、何と?」
「お父様が、ディアナバレイに文書を送ってくださったみたい。この文面なら、太陽の竜は一度、城に戻らない訳にはいかないでしょうね」
エメディアはそう言うと……ふと、王からの手紙なのであろうそれを読んで、表情を曇らせた。だがそれもほんの少しのことで……その後には、すっかり元気いっぱい、やる気に満ち溢れた顔になっていた。
「そういう訳で、明日!いよいよ『鉄の棺』を落としにかかるわよ!」
そうして、一同は宿の部屋の中に集まり、そこで作戦会議とすることにした。
エメディアは椅子に腰かけ、膝の上にウサミミを載せて揉みつつの参加だ。スファルは勝手にエメディアのベッドを椅子代わりにして腰掛け、アイオンはちゃっかり腰掛けを確保しており、グレイは壁に寄りかかって立つ。
……ルイナは体調も落ち着いてきてはいたが、『寝てろ!』とスファルによってベッドの中に埋められてしまうため、今もベッドの中からの参加となる。尚、上体を起こすことは許可された。
「あの鉄の棺には翼は無い。つまり、空を飛ぶための魔法をずっと使っているっていうことだわ。なら……その魔法に干渉してやれば、あれを落とすことも、できるんじゃないかしら」
早速、エメディアがそう切り出したため、グレイは『そういうことか』と頷く。
「或いは落とすことはできなくても、不安定にすることくらいはできるはず。どうかしら」
……グレイの鎧もそうだが、魔導の代物というものは、非常に高性能だ。だが、それらは『魔法』によって動くものである。
当然、強すぎる魔法を当てられたら影響を受ける。……特に、エメディアがドラゴン相手にやってのけている、『相手の魔力に共振させて相手の魔力器官を破壊する』ような技を、メカニジアの『鉄の棺』に当てたならば……相手の魔導を狂わせることは、可能であるのかもしれない。
「んだよ、そういうのでなんとかできるんなら、5日も待たずにやっちまえばよかっただろ」
「そういう訳にもいかないわよ。私の魔力があんな上空までは届かないから、ルイナの力は貸してもらわなきゃいけない。それでいて、ルイナがあんなに空高くへ飛んだら目立つわ。太陽の竜を誘き寄せることになってしまうから、どのみち、太陽の竜の対策は必要だったの」
スファルの文句にも丁寧に返して、エメディアはふと、難しい顔をした。
「勿論、問題はまだあるわ。一応、太陽の竜の足止めはできるようにしたけれど……全ての竜がそうなってくれるとは限らない。どうしたって、はぐれ竜がこっちに来る可能性は排除できないわ。そして、その時私は『鉄の棺』で手いっぱいでしょうし……かといって、ルイナを攻撃されたら、私もルイナも危ない」
「成程。つまり、我々3人が地上でそれらを食い止める係、ということになるのか。ふむ……」
アイオンも考え始めたが、すぐに答えが出てこないところを見ると、アイオンにとってもこれは難しい問題なのだろう。
「俺達は上空に攻撃できる手段がほとんど無い。スファルが岩を投げるくらいだが」
「おう。投げるモン持って行きゃいいんだろ?」
「それだけで足りる?って話なのよ。大体、いくらあなたが怪力だからって、岩を投げてどうこうできる範囲は限られるでしょう?」
エメディアに窘められると、スファルは『そうか……』と少々、しょげた。……素直なオーガである。
「……まあ、それなら俺の出番だろうな」
だが、グレイは1人、焦っても悩んでもいない。
……実のところ、ずっと考えていたことがあるので。
「ルイナ。竜の心臓石、2つ余ってたな?」
ルイナは、ベッドの上で上体を起こしただけの格好で、きょとん、と首を傾げた。
「え?ああ、はい。こちらです」
そうしてルイナが取り出した竜の心臓石2つは、テルミナス・サジータから手に入れたものよりは小さいが……それでも、それなりの大きさのものであった。
「なんとか、今晩中にこれも呑んで吸収致しますので……」
「駄目よ!ルイナの強化はもうここまで!これ以上は体への負担がいよいよ大きすぎるわ!絶対に駄目!」
ルイナは未だにこれを自分で呑むつもりでいたらしい。今、ベッドから出られないというのに大した度胸である。が、当然のようにエメディアが止めに入り、『竜の心臓石』はさっさと没収と相成った。
グレイはルイナに『貰っていいか』と確認してから、竜の心臓石を受け取る。ルイナは頷いてくれたので、晴れて、この2つはグレイのものとなった訳だが……。
「……で、グレイ。あなた、これをどうするつもりなの?」
「相手が太陽の竜で、かつ1匹2匹なら、まあ……俺が引きつけておくこともできるだろう、と思ったまでだ」
竜の心臓石に含まれる魔力は、多い。2つ合わせれば、ダンジョンの核1つ分にも匹敵するかもしれないそれを、グレイは……。
「もう少しばかり、嫌われておこうと思ってね」
……グレイは、竜の心臓石を呑んだ。
「……お、前……よく、こういうこと、する気になるよなあ……?」
「悪くない手だろ」
「うーむ……我々にとってもそうだったかは、少々、考える余地がありそうだが」
グレイは、自分へ注がれる視線を見て、『ひとまず俺自身の魔力の強化は成功したらしい』と悟る。つまり……グレイの恩恵は魔力によって強化された、という訳だ。
これで、グレイはより一層、嫌われることになった。
「あの……これは、一体?」
「ああ……ルイナにはまだ、説明してなかったわね」
エメディアは、少々気遣わし気にグレイを眺めながら、ルイナにそっと説明する。
「グレイは、『誰からも嫌われる』っていう恩恵を持っているの」
「……成程」
簡潔な説明を聞いて、ルイナはベッドの上、『腑に落ちた』というような顔で頷いている。
「テルミナス・サジータが言っていたのは、こういうこと、でしたか……」
……テルミナス・サジータは、グレイに『恩恵を消す方法』をちらつかせていた。結局、それは半ば嘘であった訳だが……ルイナからしてみれば、そのような嘘かもしれない情報で釣られるグレイを見て、不思議に思っていたことだろう。
「……ええと、ルイナは、今のでグレイに対しての印象が変わったかしら」
「そう、ですね……多少、は。違和感のようなものが、あります」
「そう……。それくらいで済んでいるっていうことは、ルイナの魔力もかなりのものになった、っていうことかしら」
ルイナには、然程影響が無いようである。勿論、影響が全く無いとは到底言い切れない状態なのだろうが……それでも、ルイナは『問題ありません』と言い切った。
彼女はここ1週間あまりで一気に魔力を増やしてしまった。それだけに、グレイの魔力が増え、グレイの『恩恵』の影響が大きくなった今も、今のルイナであれば耐えられる、ということなのだろう。
「ええと、アイオンと……スファル、は?」
だが、問題はこちらである。グレイも少しばかり、『できれば嫌わないでいてもらいたいもんだが』などと思いながら、2人を見つめると……。
「私は問題無い。まあ、嫌悪感のようなものが湧き上がっては来るが、それだけだ。私はグレイ・シンダーを排除しようとは思わない」
アイオンはそう言って、堂々と胸を張った。
「憎まれ役の居ない劇では刺激に欠けるからな!世界を彩るためにも、グレイには居てもらわねば!」
「ああ、そうか……」
グレイは、『やっぱりこいつ、大した奴だな……』としみじみ思った。グレイを嫌う感情は間違いなくあるだろうに、アイオンがそれすら楽しむ奴であるがために、こうなってしまうとは!
「えーと、実際のところ、アイオンって……魔力が多い方じゃない、のよね?」
「そうだな。だが、私の体は機械に置き換えた部分も多い。私自身の魔力がそう多くない以上に、私の手足それ自体が持つ魔力が大きいのだ。よって、私が受ける『恩恵』の影響も然程大きくない、と考えられる」
アイオンが堂々とそう答えるのを聞いて、グレイは納得する。
どうやら、アイオンは……グレイの『恩恵』の影響より先に、自分自身の義肢を動かすための魔力の影響を受けている、ということらしい。先にそちらで影響を受けているから、その分、グレイの恩恵が入り込む余地が無い、ということだろうか。
或いは……生身の部分が少ないからこそ、グレイの恩恵の影響が少ない、ということなのかもしれないが。
「それで……スファルは、どうなの?」
そして残る問題は、スファルであるが……。
「……俺はクソッタレの『恩恵』なんかに負けねえ」
スファルは、ぎりぎりと歯を食いしばりながら、グレイを睨んでいる。
「影響、強そうね……」
「うるせえ!強くねえ!俺の方が強い!」
……やはり、最も強く影響を受けているのは、スファルであるようだ。
「あー……しばらく、離れているようにする」
「うるせえ!俺が負けたって言いてえのか!?」
「いや、そうは言わないが」
「ああくそ!お前のやることなすこと、全部むかつく!」
グレイは『ここまではっきりと態度に出されるのは久しぶりだな……』などと感慨深く思いつつ、スファルの反応を見つめていた。まあ、グレイの知る限り、こうした手合いはそう少なくないのである。王都の裏通りに行けば、『ムカつくツラだ』と殴られるようなことは茶飯事であるので。
「あああああ……くそっ、お前……よくも相談もなく、勝手に、こういう……!」
「悪かったよ。あんたがこんなに苦しむとは思ってなかった」
「苦しんでねえ!バカにするなクソが!」
……グレイは、エメディアの方をちらりと見た。エメディアは、『まあ、相談もなくやったのは確かね』と頷いていた。ウサミミも頷いた。
「あー……まあ、こういう俺が、この状態で、太陽の竜をバカにしてやれば……多少近づいてくる奴が居ても、地上に引き寄せられるだろう。そうなれば、後はスファルの投擲が届く距離だ」
スファルの反応は予想以上であったが、何はともあれ、今は『鉄の棺』である。
グレイが『太陽の竜を引き付ける手段』として自分の恩恵を強化したのは、結局のところ、安全に『鉄の棺』を地上へ落とすためなのだから。
「なんというか……心配なことはあるけれど、でも、今のグレイが居れば、太陽の竜をそっちに誘導することはできちゃいそうなのよね……」
……何とも言えないエメディアの顔から目を逸らしつつ、グレイは頷いた。
「さあ。さっさと、あの鉄屑を落としに行こう」




