34話:城を落とす時*1
「困ったわね……。モロにディアナバレイの内政に首を突っ込むことになったわ」
そうしてエメディアは頭を抱えた。
「太陽の竜と月の竜。ローザテイルとメカニジア……。これ、2つの派閥がそれぞれに別の国と手を組んで、相手勢力を倒そうとしてる、って話だったんじゃない?」
「……太陽の竜がメカニジアとやり取りしてた、っていうことなら、色々と納得はいくのよ。この国がドラゴンの国だっていうことが分かった今、色々と事情が変わってるのよね。ディアナバレイの住民の中にはドラゴンが居て、そして、そのドラゴンは誰でも、『鉄の棺』に接触できる。太陽の竜も、月の竜も」
グレイ達が呆気にとられる中、エメディアは誰に話すでもなく、言葉を連ねていく。恐らく、自分自身の考えをまとめるために話しているのだろう。
「テルミナス・サジータ達がローザテイルに来た時、テルミナスは既に、私を食べることを目的にしていたのよね?つまり、力を欲していた。……それって、メカニジアの『鉄の棺』を倒すためじゃないかしら。つまり……」
エメディアは、何とも嫌そうな顔で空を……『鉄の棺』の方を見た。
「あの時既に、太陽の竜は、メカニジアと組んでいた。そう、考えられない?」
「太陽の竜が……メカニジアと!?おお、なんたることだ!」
「ええ。メカニジアが後先考えずに強気だったのは、ディアナバレイの最大勢力の1つが、自分に味方するって分かってたから。隣国ディアナバレイがメカニジアに付くなら、ローザテイルを攻め落とすことは十分に可能。その後の統治も、国外からの非難を躱すのも容易。そういうことだわ」
……外交の話となると、グレイには少々、難しい話だ。王都の裏通りという、非常に狭い世界でしか生きてこなかったグレイにとって、国同士の話など、あまりに遠い世界の物語である。
だが……自分に身近なものに置き換えて考えるならば、多少は、理解できた。
グレイに死んでほしいと願う人間は多かったが、それでもグレイが死なずに生き残ってきたのは、ギルドがあったからだ。
裏通りでも、ギルドがあるので殺しはご法度。それなりに稼ぎのいいグレイであったからこそ、ギルドも多少はグレイの後ろ盾として機能してくれていた。グレイを殺したいと思う者が居たとしても、うっかりグレイに手を出したらギルドという武力が自分を襲う。それが分かっていたからこそ、グレイを襲えなかった。
……『後ろ盾』というものは、そういうものだ。
圧倒的な武力があれば、誰の言うことも聞かなくていい。ギルド内でも、『あいつは有名パーティに伝手があるから、邪険に扱うのは止そう』などと囁かれているのを聞いたことがあるが……そういうことだ。
「メカニジアが妙に、後先考えてないと思ったのよね……。ローザテイルを落とすにしても、急にそんなことしたら間違いなく、各国から非難が飛んでくるわけで……」
「だが既に、メカニジアに付くと決めた国があったのなら、話は別、ということか……」
「太陽の竜は、メカニジアを助ける。ローザテイルを落とすのに協力する。一方、メカニジアは太陽の竜が月の竜を滅ぼすのに協力する。こういう協力関係があったなら、今の状況は十分に説明が付くわ。メカニジアがわざわざディアナバレイ上空に『鉄の棺』を置いたのも、そういうことよね?」
エメディアはそこまで話して……そして、ふう、とため息を吐いた。
「……考えすぎかしら」
「考えすぎ、ということはないだろうな。俺も、今のを聞いて合点がいった」
「私も賛同する。メカニジアに居た者として、どうも、最近の様子は妙だと思っていたが……あの妙な様子の女王陛下であるならば、そういうこともやりかねないだろうな」
エメディアは考えすぎを危惧していたようだが、グレイは、『考えすぎなくらいで丁度いい』と考える性質である。
考えずに動いて面倒に巻き込まれるよりは、考えすぎるくらいに考えておいた方が、生き残りやすい。
「ってことで……ええと、つまり、私達、このまま『鉄の棺』に向かうと……太陽の竜に、邪魔されるんじゃないか、っていう懸念があるんだけど……」
「……だな」
ということで、『考えすぎ』にしても、この対策を考えてから動かなければならない。
うっかり上空で戦う羽目になったなら、グレイ達に勝ち目はない。片や空を飛べるドラゴンで、こちらは空を飛べない人間達だ。
「対策が、必要ね……」
……どう考えても、これはかなり厄介な仕事になりそうだ。
「太陽の竜を一匹ずつぶち殺してくってのはダメなのか?」
「それやっちゃうと、ディアナバレイの内政がガッタガタになっちゃうのよ。ねえ、ルイナ?」
「まあ……そうですね。私は月の竜ですが、太陽の側が全滅するとなると……単純に、国政を担える人材が不足します」
スファルは『めんどくせえなあ、おい』と嘆いているが、ルイナも気持ちは同じなのであろう。『面倒だ』という渋い顔で頷いている。
「それに、そもそも何匹出てくるか分からないドラゴンを全部相手にしていくっていうのは、無理よ!ほら、ルイナがローザテイル城でやってたみたいに、小さなドラゴンを使役し始めちゃったらもっと難しくなるでしょうし……」
「そうですね。私程度でも、自分より小さなドラゴンは使役できます。より大きなドラゴンであれば……ワイバーン程度なら、軍隊にして突撃させられるでしょう。実際、ディアナバレイの軍部では、そのようにワイバーンを扱う部隊があります」
「うげえ……めんどくせえなあ!おい!」
スファルがいよいよ大声で嘆き始めた。ルイナもいよいよ渋い顔である。
「そういうわけで、戦う、っていうのは……かなり、長期戦になると思うのよ。それこそ、先が見えないくらいに。それでいて、戦い続けるのならば、もっと別の問題があちこちから降ってくることだって考えなきゃいけないし、そもそもの『鉄の棺』が何かする可能性だって考えなきゃいけない」
エメディアは難しい顔で、そう言って天井を見上げた。ウサミミも、みょこ、と耳を揺らしてエメディアと同じような姿勢である。
「ふむ……。そうだな。下手に長引くと、今度は月の竜の中での争いが起きかねないだろう。ルイナ嬢を長と認めない者達とも戦う羽目になるかもしれない。そして、ディアナバレイが崩壊するか、はたまた、ディアナバレイがローザテイルとより険悪になるか……どう転んでもおかしくないな」
「結局のところ、殴るしかねえんだろ?分かりやすくいこうぜ。こういう時、真のオーガは戦いに臆さないもんだ」
「臆して。戦ってる暇が無いんだから、臆して。……あー、うーん、どうしましょ……」
スファルは、『めんどくせえからとにかく殴って解決するべきだ』と主張しているが、エメディアはそれを抑えこんでおり……そして。
「……そうね。最悪は、国同士のやり取りになる。だったら……いっそ、最初から、だわ」
エメディアは、何やら考えて……それから、1つ頷いた。
そして。
「……うん。そうね。よし、決まり!」
「何か、決まったのか」
グレイが尋ねると、エメディアは……何やら、決意を固めた表情であった。
「ええ。お父様に、文を出すわ。悪いけれど、5日くらいは休憩よ!」
……どうやら、エメディアが『ローザテイルの王女』であることが、ここにきて意味を成してくるらしい。
「まあ、どのみちルイナ嬢のことを想えば、休養は必要だったからな。丁度良かった、と思うことにしようではないか」
その日はさっさと宿に入った。そして、早速部屋でくつろぎ始めたアイオンに、グレイも頷く。
……エメディアは早速、ローザテイル国王に文書を出すことにしたらしい。今は部屋に籠って、何やら書いている。
それと同時に、ルイナは太陽の竜の心臓石を呑んで、今、寝込んでいるところである。……急激に魔力を増やしているので、体への負担も相当なものであろう。それでもルイナの意志は固いと見えて、この方針を揺るがすつもりは無いらしい。
エメディアはルイナを心配していたが、ルイナは『問題ありません』と頑なであった。……とはいえ、エメディアに『ルイナが倒れちゃったら、次の月の竜があなたじゃなくなっちゃうわ。それはローザテイルとしても望ましくないことなのよ』と諭されると、しっかり休養を摂ることにはしてくれたらしい。
「さて、書けたわ!じゃあこれを……ええと、ルイナ、お願いしてもいい?」
「はい。勿論」
やがて、エメディアが手紙を書き終えたらしい。手紙はくるくると丸められ、小さな書簡にすぽりと収められ、継ぎ目には封蝋による封印が成される。そして、その小さな書簡はルイナの手に渡り、ルイナはその書簡を手に、窓辺へと向かって……。
「来なさい!急いで!」
びしり、と一喝した。……すると、途端に羽音がばさばさと聞こえてきて、窓辺には小さなドラゴンがちょこんと現れた。
「おー。なんだ、伝令にドラゴンを使うのか」
「はい。元より、小さなドラゴンであれば眷属として使うことができましたのが……今は、より強く命じることができるようです」
ルイナは、窓辺の小ドラゴンに『これをローザテイルの王城へ届けなさい。速やかに。夜は1度しか跨がぬように』と命じると、小さな書簡をドラゴンに持たせて、早速、飛び立たせた。
……大慌てで飛んでいく小ドラゴンを見送って、グレイは『ローザテイル城まで2日かけずに行くのは、空飛ぶ生き物でも厳しいところだろうな……』と、しみじみ、小ドラゴンを哀れに思った。
「さて、エメディア姫」
そんな折、宿の部屋の中、アイオンはうきうきとした様子でエメディアの顔を覗き込んだ。
「手紙をローザテイル城へ届けさせたことは分かった。しかし、『どのような』手紙だったのかはまだ分からないのだが……私達にも、それを教えてもらえるだろうか?」
「ええ、勿論」
アイオンの言葉に頷いて、エメディアはにっこり笑った。
「あの手紙はお父様宛て。ただ、『ディアナバレイの太陽の竜に書簡を出してください』ってお伝えしただけよ」
「……太陽の竜に?」
「ええ。『ローザテイル国王が直々に訪問するからよろしくね』とかなんとかやっておけば、太陽の竜はローザテイルの国王への応対だけで手いっぱいになることでしょう。その間に、私達は上空の『鉄の棺』をやるのよ!」
エメディアの答えに、グレイは驚く。
どうやら、エメディアは……しっかり、自分の国を使ってこの問題を解決するつもりであるらしい!
「できるものなのですか、そのような……」
「ええ。どのみち、国王からの正式な書簡が届いたら、ディアナバレイ城は動かざるを得ない。警戒の意味でも、歓待の意味でもね。王が動くっていうのは、そういうことだもの」
グレイには想像もできない世界である。そして、比較的、そうしたことに詳しいのであろうに、ルイナですら目を丸くしているところを見ると、エメディアは中々に豪胆なことをしようとしているらしい。
「……待ってくれ。王をそんなに簡単に動かせるものなのか?明日、ローザテイルに手紙が届いたとして、それからその日の内に、ローザテイル国王からディアナバレイへ書簡を送って……それだけでも5日になる」
「ええ。それでいいの。書簡が届くだけで、相手はそっちに動かざるを得ないわ。実際にお父様が動くかどうかは別の話。それで……あー、その後のことはちょっと頓智にはなるけれど……やれるわ」
……何やら、最後の方は歯切れの悪い説明であったが、大丈夫だろうか。
エメディアは何か、隠しているような気もするが……彼女がそれを言わない以上、グレイもこれ以上とやかく言わないことにした。
何にせよ、今はただ、グレイ達は『鉄の棺』をどうにかしなければならない。それと同時に、ディアナバレイがメカニジアと手を組むようなことは避けねばならず……そのためには、使えるものは何でも使っていかなければならない。さもなくば、その先に待ち受けるのは……メカニジアの兵器の復権。
下手すると、世界の滅亡である。
「そういうわけで、私達は5日程度、潜伏しながら休憩。お父様の方から連絡があったら、そっちで太陽の竜の注意は引き付けてもらえるだろうから、その間にメカニジアの『鉄の棺』を片付ける。そういうことでいいわね?」
「おお!何たる剛腕!流石は勇ましき姫君!これぞ、ローザテイルに輝く野薔薇!」
「はいはい、ありがとう。それで、『鉄の棺』には私の魔法を使おうと思ってるの」
アイオンの言葉をあしらいつつ、エメディアは楽し気に言った。
「スファルじゃないけれど、やっぱりあれ、落とすべきよ。……今なら多分、それができるわ。今の私と、今のルイナが居ればね」




