33話:目覚め、空へ*6
グレイ達は、宿場までの道を急いだ。
ルイナは宿場へ向かってくるはずだ。民間人を巻き込まないようにするだろうから、宿場そのものには来ないにしても、まずはグレイ達との合流を目指すはず。となれば、宿場へ向かっているであろうグレイ達を見つけさせるのが先決だ。
「くそっ……あいつ、本当に、厄介なモン連れて来やがって……!」
「ううむ……ルイナ嬢は『月の竜』の中でも争っていたが、その『月の竜』の一族は、『太陽の竜』の一族とも争っているのだったな……」
「敵だらけじゃねえか!グレイみてえだな!」
好き放題言われているグレイであるが、異論は無い。グレイは敵だらけだし、ルイナもどうやら、そうであるらしいので。
ルイナの姿が近づいてくる。それと同時に、『太陽の竜』の一族であろう2体の姿も。
「ルイナにこっちの位置を報せられればいいんだけれど……!」
「それなら問題ない。こっちにはアイオンがいる」
エメディアは焦っていたが、ルイナには、こちらの位置が見えているはずだとグレイには分かる。何せ、グレイはルイナと一緒に空を飛んできたのだから。
「何っ!?グレイ!それはどういうことだ!?私の場所が、ルイナ嬢には分かる、と!?」
「……あんたは空から目立つんだ。銀ピカだから光を反射してよく目立つ」
「おお……鎧を磨くことを怠らずに居た自分を心から誇らしく思う!」
グレイもアイオンをほんの少しばかり誇らしく思いつつ、さて、と空を見上げる。
……ドラゴンが、2体だ。
つまり、ひとまず1体はグレイとスファルとアイオンでなんとかしなければならないだろう。
「最近、ドラゴンと戦ってばっかりだよなあ、おい」
「全くだ。こうも連続すると、竜殺しの英雄譚もありがたみが薄れてきてしまうな……。いや、その時は戦記として、竜の一族同士の苛烈な争いを、後世から振り返る形に編纂して……」
「長編小説の話は後にして。来るわよ」
エメディアが杖を構える。彼女は既に、魔力の準備を始めていたらしい。
「私、左の奴をやるわ。皆は右の奴、お願い。30秒、稼いで」
「はん。欲のないこったな。1分でも10分でもやってやるぜ」
「まあ、相手は腐ってもドラゴンだ。油断せずに行こうではないか。私はルイナ嬢の援護に回る!」
……そうして、グレイ達はそれぞれに動き出す。
グレイは、まずはスファルと共に『もう1体』のドラゴン相手の時間稼ぎをすべく、そちらへ駆けることにした。
草原に影が差す。
次の瞬間、ドラゴンの姿から人間に近しい姿へと戻ったルイナが、空から降ってきた。
「ルイナ嬢!こちらだ!」
そこへ、すかさずアイオンが駆けていく。もしルイナが地面へ叩きつけられるようなことになるならば、その時は自分が下敷きになるぞ、という覚悟であろう。
だが、ルイナの背には、ドラゴンの翼があった。……翼が生えた人間の状態で、変身の解除を留めたらしい。
そしてその狙いは……『手』であった。
ルイナは、ドラゴンではなく人間の手で、弓を構えた。そこへ素早く矢を番えると……体を反転させて自分を追ってきたドラゴンへ向き直り、そのまま、矢を放つ。
半ば落下しながらのその早業に、グレイは目を瞠る思いであった。
……弓使いでありながら『遊撃』を名乗る彼女の実力は、既に見たつもりであった。大したものだ、とも思った。だが……どうも、あれはまだまだ序の口だったようである。
彼女の真価は、『翼を持つ人間』の姿の時にこそ、発揮されるのだ。
ルイナは、空中を縦横無尽に動き回りながら、矢を射掛け続けている。
ドラゴンと比べると、遅い。だが、人間にしては、速すぎる。
そして、ドラゴンからしてみればいよいよ忌々しいであろうことに……ドラゴンのように、大きくない。
そのため、ドラゴンはルイナに狙いを定めきれないと見える。一度、炎を吐いたドラゴンであったが、ルイナにはあっさりと避けられてしまっていた。
ルイナは曲芸か何かのように宙を舞う。そして、宙を舞いながらも正確に、矢を射かけていくのだ。
飛び回りながらであるのに、外さない。風も、重力も、何もかも計算づくであるらしい。自分の姿勢すらまともに制御できないような曲芸飛行の最中にこれをやるものだから、『なんて奴だ』とグレイは只々、感心する。
……そうして、ドラゴンの1体がルイナに翻弄されている間に、アイオンは『ルイナ嬢には私の手助けは必要なさそうだ……』と判断したらしい。彼はドラゴンの足元に向かって走り……そこで、スファルに大声で呼びかけた。
「スファル!手伝え!」
「命令されんのは癪だな!」
「ならば手伝ってくれ!頼む!」
「お前のそういうところ嫌いじゃねえぞ!」
なんともくだらないやり取りに笑いながら、スファルはアイオンの意図するところを理解したらしい。
アイオンがモーニングスターをスファルに投げ渡すと、スファルはそれを難なく受け止め……振り回し始めた。
「……よおし。かかれ!」
そして、スファルは振り回したモーニングスターを投擲した。
人間のものを大きく超える膂力によって投擲されたモーニングスターは、ドラゴンの翼へ向かっていき……その翼に引っかかった。
2つの棘付き鉄球と、その鉄球同士を結ぶ太い鎖が絡み合う。ドラゴンがそれに気づいた時にはもう遅い。かのドラゴンは、既に飛ぶ力を失っている!
「さあ落ちてきやがれ!」
「エメディア姫に何もかも任せていては騎士の名が廃るというものだ!」
……そうして、落下してくるドラゴンに向けて、スファルとアイオンが嬉々として向かっていく一方、エメディアの魔法が炸裂し、もう1体のドラゴンはあっという間に息絶えていた。
……アイオンの言うように、竜殺しの英雄譚がありふれてしまいそうだ。グレイはにやりと笑いながら、スファルとアイオンを追いかけるのだった。
地に落ちたドラゴンは、それでも尚、暴れた。
既に、ルイナの矢によって片目を失ってはいたが、それでも、もう片方の目で物を見て、或いは魔力を読み取って、果敢に攻撃してくるのだ。
アイオンは手斧で、スファルは素手でドラゴンと戦っていたが……頑丈な鱗の下の肉には、中々攻撃が通りにくい。
とはいえ、向こうの攻撃もまた、こちらには通りにくい。
何せ、こちらにはグレイが居る。
「『太陽の竜』ってのは大したことが無いな。『月の竜』とは大違いだ」
グレイがせせら笑って言ってやれば、茶褐色の竜は、燃えるような目を憎悪に光らせて、真っ直ぐグレイへ向かってきてくれる。
怒りに狂った相手からの攻撃は、真っ直ぐで、分かりやすくて、とてもいい。言葉が通じる相手との戦いとなれば、グレイの本領発揮だ。
「ディアナバレイには夜が来る、って訳だ。……『星』と『月』だけが空に輝く時代が来る!」
……ルイナから、太陽の竜と月の竜の事情をある程度聞いているものだから、随分と煽りやすい。グレイはペラペラと、こういう時にだけ回る口を動かして、ドラゴンを煽りに煽る。
「さあ……日没の時間だ!」
グレイが笑えば、いよいよ怒り狂ったドラゴンが尾を振り回す。グレイはそれを大楯で防ぎ、続いて迫ったドラゴンの牙は紙一重で躱し、避けざまに斧槍でドラゴンの顎を突いてやり……振り抜かれた爪は大楯でなんとかいなして、そして、ドラゴンが炎を吐こうとしたその時……。
「……30秒、掛からなかったと思うわ!」
誇らしげなエメディアの声が聞こえ、そして、ドラゴンが倒れる地響きがそこに重なったのだった。
「皆様!ご無事ですか!」
そうしてドラゴン2体が沈んだ地上に、ルイナが降りてくる。
ルイナはすっかり血の気の失せた顔でやってきて、グレイ達に負傷が無いことを確認して……そして。
「申し訳ありませんでした。このように、敵を引き連れてきてしまうなど……」
ルイナは、頭を下げかけた。だが。
「何、いい餌連れてきたじゃねえか。でかした!」
その前に、スファルがルイナの背をばしんと叩いていた。
小柄なルイナは、大柄なスファルにばしんとやられてしまうと、よろめいてその場でたたらを踏むことになる。
「え、餌……?」
「お?こいつらの胸も開いて、心臓石とやらを採るんだろ?で、お前はまた強くなる。そうすりゃ、エメディアの安全も増すってもんだ。悪くねえ……」
……ルイナは、目を瞬かせてぽかんとしていた。だが、スファルは只々、満足気である。
「……まあ、そういうことで、俺達はあんたが敵を連れてきたことについては、褒めはしても責めはしない。そしてお前は、この功績を誇っていい!その功績を称えて、偉大なるオーガである俺が、このドラゴンの心臓石とやらを食うことを許可してやろう!」
そうしてぽかんとするルイナの前で、スファルがにこにこと満面の笑みで居ると。
「駄目よ。すぐに食べたら、ルイナの体の負担が大きいわ」
エメディアがやってきて、ぺちん、とスファルの背を叩いた。ウサミミも、もいん、と耳でスファルの肩を叩いた。
「どんなに急ぐとしても、1日に1つずつよ。ダンジョンの核もあるなら、余計に気を遣わなきゃ」
エメディアはそう言って、ルイナをスファルから隠すように抱きしめてしまった。ルイナは『わ、わ、あの』としどろもどろになりながらエメディアを離そうとするのだが、それを許すエメディアではない。
「そういうわけで、ドラゴンの心臓石を回収したら、撤退よ!少し早いけれど、今日はもう、休養!いいわね!」
……そうして、エメディアの一声によって、グレイ達の本日の行動は決定したのであった。
ドラゴン2体は、案の定、『太陽の竜』の一族のものであったらしい。
「恐らく、『月の谷』に太陽の竜の一匹が居たのは、『月の竜』の一族の誰かを待ち伏せして食い殺すためだったのでしょう」
ルイナはそう言って、ため息を吐いた。
「そして、その仲間の訃報を知った他の太陽の一派の者が、亡骸を弔いに来たか……。そこで私を見つけて、襲い掛かってきた、という訳です」
「大変だったわね。でもまあ、スファルじゃないけれど、よくやったわ。敵を2体、減らせたんだもの。メカニジアの『鉄の棺』を処理してる最中に襲い掛かってこられるくらいなら、こうして今、処理できた方がいいわよね」
エメディアはそう言って笑って……ふと、表情を失った。
「……もしかして、太陽の竜って、私達がメカニジアの調査をするのを邪魔しに来たり、する?」
「あの、ルイナ。そもそも、太陽の竜が『月の谷』に来て……ああも明確に、月の竜への敵対を示してきたのって、なんで?両者は、敵対関係にあってもそれなりに、穏便にやってた、のよね……?」
「……はい。敵対してはいても、互いを襲うことはありませんでした。あくまでも、そこは確かに和平が守られていたように思います。とはいえ、私も、そう詳しくはありません。政に携われるほど、地位が高くありませんから」
「ああー……そうだったわね」
エメディアが頭を抱えると、ルイナは『申し訳ありません』としょげた。……エメディアは、そんなルイナの頭を撫でた。ウサミミも撫でた。
「しかし……テルミナス・サジータが、王へ『メカニジアの調査』を提言し、その案件を担当することになったのは、確かです。そのやり方が多少強引であったことも、記憶しております」
しょげながらも少々元気を取り戻したらしいルイナは、そう言って、そして、何かを思い出すようにじっと宙を見つめる。
「あの時、太陽の竜は話し合いの席に居ませんでした。太陽の竜を抜きにして、メカニジアの『鉄の棺』の調査を……つまり、メカニジアとの敵対を、決めたのです」
「それで太陽の竜の反感を買ったということか。ううむ、まあ、テルミナス・サジータの狙いは、エメディア姫を食らうことだったようだしな。反感も買うことだろう」
アイオンが頷いて『ご尤も!』とやっていると……ルイナは、何やらまた考え……思いつめた顔で、言った。
「……或いは」
「そもそも、太陽の竜はメカニジアと秘密裏にやり取りがあったのではないでしょうか。……月の竜が、ローザテイルと秘密裏にやり取りしたように」




