31話:目覚め、空へ*4
その日の夜は、流石に宿へ戻った。
野営が3日も続くと、流石に体にガタがくる。……劣悪な環境で寝泊まりすることに慣れたグレイならともかく、普段は城のベッドでふかふかと寝ているエメディアにまで、何日も野営はさせられない。エメディア本人は気にしていないようだが、それでも体力には影響があるだろうし、何より、グレイ達が心配なのである。
「さーて、部屋割り、どうするよ」
そして、この問題がまた発生したわけだが……グレイは、そそくさ、とスファルとアイオンの方へ向かった。
「こっち3人でいいか」
「ええ。私はいいわ。……ルイナも、私と2人部屋でいい?」
「えっ」
これに驚いたのはルイナである。何せ、今まで宿の部屋割りは、『ルイナとエメディアを2人きりにしないように』と組まれていたのだから。
「……私の監視が必要なのでは」
「あ?監視が必要になるようなことするつもりか?」
「いえ、そんなことは」
「ならいいじゃねえか。さっさと寝ようぜ……」
ふわふわ、と欠伸をしながらスファルはさっさと部屋へ向かってしまった。ルイナは、ぽかん、としていたが……エメディアがルイナの手を握って、にこにこと笑う。
「いいの。ここであなたが裏切るなら、きっとあなたは空でも裏切る。だったらこっちで裏切られた方がいいわ」
「それをまた、私に伝えてしまっていいのですか?」
「ええ。だってルイナはもう、私達側の人だもの」
エメディアの言葉を聞いて、ルイナは何も言えなくなってしまったらしい。
「でしょ?」
更に、エメディアの空色の瞳にじっと覗き込まれ、微笑まれてしまえば……ルイナはもう、抵抗できない。
「……はい」
「ならよかった!女2人、仲良くやりましょ!」
エメディアはなんとも嬉しそうにルイナの手を握っている。……ルイナが来るまで、男ばかりの中にいたものだから、ルイナが『こちら側』に来たことは余計に嬉しいのだろう。グレイは、『よかった』と頷き、アイオンは『麗しのご令嬢2人が睦まじくいる様子は、非常に美しい……』と何やら満足気であった。
「じゃあグレイ!アイオン!おやすみなさい!スファルにもおやすみ、って伝えておいて!」
「了解した。ではエメディア姫、ルイナ嬢。よい夢を!」
「おやすみ」
そうしてグレイ達はそれぞれの部屋へ向かい、それぞれに眠ることになった。
……グレイも、久しぶりに何も気にせず、ゆっくりと眠ることができた。
そう。ゆっくりと、眠れてしまったのである。
……そうして、翌朝。
「寝坊したわ!ごめんなさい!」
宿のホールでグレイがぼんやりしていたところ、エメディアとルイナがばたばたとやってきた。……だが。
「ああ、問題無い。こっちはアイオンとスファルがまだだ」
「……あらっ」
「あんた達を待たせてると思って、支度が終わった俺だけ先に来てた。……それも、ついさっきのことだ」
グレイは、なんとも渋い顔にならざるを得ない。まさか、自分が寝坊することになるとは、思ってもみなかった!
ということで、グレイとエメディアとルイナは、スファルとアイオンの到着を待つことになった。
「驚いたわ。私、こんなに寝坊することってあんまり無いんだけれど……」
「俺もだ」
エメディアとグレイは、それぞれに『こういうこともあるのか』と、少々落ち着かない気分である。
……エメディアはともかく、グレイは眠りが浅い方だ。浅い眠りを必要な時にこまめに摂って、それで体を動かすのだ。王都の裏通りでは常に周囲を警戒している必要があったし、ダンジョンの中や野営の時にも同じことだ。宿に泊まっていても、パーティの仲間がグレイの財布を盗みに来たことがある。気が抜けなかった。
というのに、グレイはすっかり、眠ってしまったのである。……気絶を勘定に入れずに考えると、ここ数年で一番の熟睡であった。
「ルイナについては、分かるのよ。体への負担が大きかったわけだから……その分、たっぷりの睡眠が必要だったわけだし。でも、私はそうでもないじゃない?」
「いや、あんたにも休養は必要だった。『銀の洞窟』ではドラゴンを2匹も倒してる」
「魔力の消費自体は、そんなに大きくなかったはずなのにね……。うーん、不思議だわ」
エメディアは『不思議……』と首を傾げているし、ルイナはルイナで、『それでも、まさか寝坊するとは……』と落ち着かなげである。
「うん。でもいいわ。必要だったから寝坊しちゃった、って思うことにしましょう。私達には休養が必要だった。そういうことよね?」
「……まあ、そういうことだろうな」
だが結局のところ、エメディアの言う通りなのだろう。必要だったから、その分、眠った。そういうことだ。
……その上で、『睡眠が必要な時に眠れてしまった』ということは、きっと、『安心してしまった』ということでもある。グレイは、『俺はいつの間にこうなったんだろう』とぼんやり思いながら、スファルとアイオンの到着を待つのだった。
結局、スファルはアイオンに引きずられるようにしてやってきた。
「全く!寝起きが悪いどころではないな、君は!」
「んー……」
……そして、引きずられるようにしてやってきつつ、スファルはまだ、意識がはっきりしないらしい。やはり、寝起きが悪い。すこぶる、悪い。
「これが、御伽噺の眠り姫であるならば喜んで目覚めに手を貸したいところだが、筋骨隆々のオーガだからな!どうしたらよいのだ、私は!」
「うーん、これはこれで面白い眺めではあるのだけれど」
スファルはむにゃむにゃとやっている。エメディアの言うところの『面白い眺め』になってしまっているのだが、彼自身はそれに気づいていない様子だ。そもそも意識がはっきりしていないのだろうが。
「彼は実によく眠るな……。羨ましいほどだ……。まあ、昨日以前からの疲れもあったのだろうが……ううむ」
「そうね。私とルイナも揃って寝坊しちゃったのよ。まあ、必要な睡眠だったと思って開き直りましょ」
全員が揃って寝坊した朝となってしまったが、結局のところ、これはきっと必要なことだったのだろう。エメディアの言う通り、『開き直る』のが得策なように思える。
「……こんなにも深く眠ったのは、久しぶりです」
一方、ルイナは何やら、少々感慨深い様子であった。
「強い獣は、自らが襲われることが少ないため、深く眠ると聞きます。逆に、弱い獣は浅い眠りだけで生きる、と。……私は、強くなったために深く眠れるようになったのでしょうか」
「そうかもしれないな。まあ……体への負担もあるだろうから、当面、無理はしない方がいい」
「はい」
ルイナは少々嬉しそうに、自らの手を握ったり開いたりして眺めていた。
……やはり、寝坊は必要なことだったのだろう。ルイナを見ていると、余計にそう思える。
そうして、遅い朝食を摂り、グレイ達は宿場を出て……しばらく進んだ先の、草原で。
「では、今度こそ」
ルイナは再び、ドラゴンになるべく全身に力を込め始めた。
グレイ達が見守る中、ルイナはふるふると体を震わせて……そして、漆黒のドラゴンへと姿を変えていく。
「おお!青空の下で見ても美しい!陽光に煌めく鱗の1枚1枚が、まるで黒曜石のようではないか!」
「お前、よくそういう言葉ばっか出てくるよなあ……」
アイオンはまたもや興奮気味であったし、いい加減眠気から脱したスファルは、呆れた顔をアイオンへ向けている。グレイは、一周回ってアイオンには最早、尊敬の念すら覚える。
だが、アイオンのように興奮してばかりもいられない。ルイナがドラゴンになったというのならば、早速、彼女がグレイ達を載せて飛べるかどうかを確かめなければならない。
「わあ……ルイナ。ええと、乗ってみてもいい、かしら?」
エメディアがドラゴンのルイナに近付くと、ルイナは『きゅ』と鳴いて、身を低くした。『どうぞ』ということだろうか。
「いや、待て。俺が乗る」
が、ここでエメディアをやるわけにはいかない。何せ、ルイナの試験飛行1回目である。そこでうっかり、変身が解けてしまうようなことがあったら、あまりにも危険だ。
「えっ、グレイ、でも」
「重さは勘弁してくれ。だが鎧の耐衝撃の機能がある。高所から落下することを考えたら、俺が乗るのが一番だ」
グレイには、高所から落下した実績がある。あの時、鎧は駄目になったが……まあ、エメディアの命には代えられない。
「ルイナ。いいか?」
ということで、グレイがルイナに声を掛けると、ルイナは『きゅ』と鳴いて、『どうぞ』とばかり、身を低くする。……ということで、グレイはその背に、そっと、乗らせてもらった。
ルイナの鱗は、思っていたよりも柔らかかった。ひんやりとした感触で、すべすべと滑らかだ。触り心地がいい。
そんなルイナの背に乗って、『ここなら羽の邪魔にならないか』などとやって色々と調整した後……さて。
「じゃあルイナ。頼む」
グレイが声を掛けると、ルイナは羽を動かし……地を蹴って、空へと飛び出した。
ばさり、と羽音が響くや否や、あっという間に地上が遠ざかる。
強い風がグレイの髪を乱す。落下する時とはまた異なる浮遊感に、グレイの内臓が騒ぐ。
だが……。
「……飛んだ」
興奮が、勝る。
空が近い。風が速い。周りに、何も無い。……この感覚は、唯一無二のものだ。
ルイナの飛行が安定してくると、周囲を見回す余裕も出てくる。
見下ろせば、草原がずっと続いているのが見えた。その先の山脈も。昨夜泊まった宿場も。遠く小さく、それら全てが見える。
「すごい!飛んでるわ!」
……地上から聞こえる声は、エメディアのものだ。彼女が手を振っている姿も、見える。スファルも見える。アイオンも……アイオンに至っては、その鎧がぴかぴかと光を反射するものだから、とてもよく目立つ。こうした時の目印として、アイオンは丁度いいかもしれない。
グレイはエメディア達に手を振り返しながら……グレイは、ふと、空の彼方を見つめる。
そこには相変わらず、メカニジア城から飛び出した、例の『鉄の棺』が浮かんでいる。
……ようやく、あそこに手が届きそうだ。




