29話:目覚め、空へ*2
ルイナが竜の心臓石を飲み込んですぐ、魔力が動くのが分かった。グレイにも分かるのだから、エメディアにはもっと分かっているのだろうが……ルイナの内側で、ルイナの魔力と竜の心臓石の魔力が戦っているのである。
ルイナの魔力は、始めの内は劣勢であった。何せ、遠慮がちであったので。
だが、竜の心臓石の魔力が溢れ出したのを抑え込みながら、ルイナの魔力はやがて、『これは自分が征服すべきものだ』と気づいたかのように……そこからは、じわじわと、竜の心臓石の魔力を抑え込みながら食らっていったのだ。
「……どう?ルイナ」
そうして、魔力が落ち着いたところでエメディアがそっと尋ねると……ルイナは、ぱち、と目を瞬かせて……。
「きゃーっ!?ルイナーっ!?」
倒れた。
ルイナは、倒れた!
「魔力が少ない者が、急激に魔力を摂取したならばこうなる、ということか。ふむ……」
「さっきの石も、砕いて少量ずつ飲むようにした方がよかったのかもね……」
ということで、倒れたルイナを寝かせて休ませてやりつつ、そんな話をしている。
「申し訳、ありません……」
「あー、まあ、しょうがねえだろ。寝てろ寝てろ。ダンジョンの核は明日でいいだろもう」
そして、意識はあるらしく、ルイナは申し訳なさそうに謝っていたが……こんな状態のルイナに無理をさせるわけにはいかない。このまま立て続けにダンジョンの核まで狙いに行っては、ルイナの体がもたないだろう。
「じゃ、もう今日は寝ようぜ。俺も今日はよく働いたからな……疲れた」
ふわ、とスファルが欠伸をしたことによって、全員がつられて眠くなってくる。
こうなっては仕方がない。いよいよ、今日のところはダンジョンの底で野営、ということになるだろう。
……ここ最近、野営ばかりである。そろそろ、エメディア達をちゃんとした宿で寝かせたいものだ、と、グレイは思った。
とはいえ、野営なら野営で、それなりに快適にやるのがグレイ達である。
「それでは……新たなる月の竜の栄光を称えて!乾杯!」
アイオンの仰々しい乾杯の音頭で掲げられるのは、酒ではなく茶のカップである。格好がつかないが、まあ、これはこれで、『らしい』のかもしれない。
焚火を囲んで、茶のカップを傾けつつ……グレイ達は、ドラゴンの肉を食べている。
そう。ドラゴンの肉である。
……月の竜の、肉である!
月の竜の肉を食べるにあたっては、揉めた。
流石に、ルイナに『自分の姉の肉を食え』と言うのは酷だろう、とエメディアが心配したのである。
だが、『あのね、スファル。あなた、自分の血縁の心臓を焼いて食べる気になる?』と尋ねたところ、スファルは『ならねえ。オーガの肉は不味いからな。だがドラゴンの肉は美味い。だろ?』と返してきた。
……そこでエメディアは、グレイとアイオン相手に、ひそひそと、『こういうのって種族によっては気にならないものなのかしら』と相談し合い、結局、『ルイナ本人に聞いてみるしかないんじゃないか』という結論に至った。
ということで、こういうことを尋ねるにあたって最適な人物……アイオンが、ルイナに『時にルイナ嬢。こちらの肉をこれから焼いて食べるつもりなのだが、よかったらご一緒にいかがかな?』と尋ね、エメディアに『もうちょっと聞き方、何か無かったの!?』と愕然とされた。
……が、結局、ルイナは『元よりそのつもりでした』ということであり……よくよく聞いてみると、どうも、ドラゴンはそこそこに共食いをする生き物であるらしいということが分かってきた。
自分が戦って仕留めたドラゴンを食べることは儀式的な意味も大きいらしい。まあ、余すことなく相手の魔力を手に入れられた方がよい、ということであろう。
……ということで、グレイ達は早速、月の竜の肉を焼いて食べ始めている。
柔らかい部位の肉をぶつ切りにして串に刺し、塩を振って、それを焚火で炙ってこんがりと焼き上げる。単純ながら、旨味の強い食べ物だ。ドラゴンの肉は非常に旨味の強い肉なのである。その分、希少であるので高値だが。
そんな高級な食材をたっぷりと食べ放題なのだから、この機会に食べておかないわけにはいかない。特に、グレイは1人でドラゴンを屠れるほどの戦士ではないし、パーティと組んでドラゴンを仕留めても、組んだ相手によってはグレイ1人だけドラゴンの肉にありつけないこともままあるので。
「ちょっと複雑な気分にならないでもないんだけれど、でも、美味しいわね……」
エメディアはやはり、相変わらず複雑な気分であるらしい。何せ、テルミナス・サジータの肉を食っているわけなので。
「やっぱりドラゴンの肉だな……。オーガもドラゴンの肉を好んで食う。美味いからな」
「メカニジアではドラゴンの肉など、滅多にお目にかかれなかった。非常に高価な代物だったからな。城の晩餐会で何度か目にした程度だったが……ううむ、やはり、ドラゴン肉は美味い!」
「ディアナバレイでは、基本的には自分で仕留めたドラゴン以外の肉を食べることは、よしとされません。特に法があるわけでもありませんが」
「ほー。ま、分かるぜ。真の戦士であるならば、他人の獲物を分け与えられる前に、自分で狩るべきだからな……」
……だが、複雑そうなエメディアの一方、スファルもアイオンも、そしてルイナ自身も、全く気にした様子が無い。
特に、ルイナは少々気分が高揚しているようで、今までになく饒舌だ。ドラゴン肉の美味しい食べ方をいくつか教えてくれたほどである。
「……複雑な気分なの、私だけみたいね」
そうしてエメディアは呟くと、『なら私も気にしててもしょうがないわよね……』と割り切ろうと頑張っている様子である。
が、実のところ、グレイも……少しばかり、複雑な気分ではある。
だが、グレイもまた、『俺が気にしていてもしょうがないな……』と考え、黙って肉を食うのであった。
肉が美味かったのが、救いであった。
たらふく食べたら、次は眠る番である。
見張りは、最初がスファル、その次がグレイ、そしてその次がアイオンだ。
……エメディアは、『私も見張り、するわよ』と言っていたのだが……エメディアは今回、魔力の消耗が大きい。魔力の消耗は、目に見える怪我とは異なるので忘れがちだが……あまりに魔力を削りすぎれば、命に係わることになる。
よって、『エメディアは寝てろ』ということになるのは、至極当然であった。
ついでに、ルイナについても『そもそもお前はさっき倒れただろうが』とスファルに一喝されて大人しく寝ていることになった。
……そうして、男3人、侘しく静かに夜間の見張りを行うことになった訳だが。
「おい、グレイ。おい」
スファルの、少々焦ったような声を聞いて、グレイは即座に目覚め、目覚めて1秒で脇に置いておいた大楯を手に取り、2秒後にはしっかりと構えていた。
「あー……悪いな。敵襲じゃねえぞ」
……見張りの交代の時間には少々早かったので敵襲かと思ったグレイであったが、どうやら違うらしい。まあ、何事もないならそれでいいのだが。
「ルイナが、なんか、様子がおかしいんだが……どうすんだ、こういう時」
が、何事もない、ということもないようである。
グレイとスファルは、そっと、皆を起こさないようにルイナへ近付く。すると、グレイの耳にも、ルイナが何やら呟く声が聞こえてくるようになった。
成程、スファルは耳が良いので、この呟きを敏感にも聞き取ることができたのだろう。
グレイは納得しつつ、ルイナの呟きに耳を傾ける。……ルイナは眠っているようだが、寝言はむにゃむにゃと、途切れ途切れに続いている。
「違……私じゃ、な……」
……はっきりとは聞き取れないが、どうも、ルイナは魘されている様子であった。一体どんな夢を見ているのかは分からないが、まあ、悪い夢であろうことは間違いない。
「……で、どうすりゃいいんだ、これは」
「……俺に聞かないでくれ」
そして、スファルとグレイとでは、こうした時にどうすればよいものやら分からない。アイオンなら気の利いた対応ができるのだろうし、エメディアなら優しさでルイナを救ってみせるのだろうが、スファルもグレイも、生憎、どちらもこの手のことは不得手である。
だが。
「お、姉様……」
……ルイナがそんな言葉を零して魘されているのを見て、スファルは何やら、辛抱できなくなったらしい。
スファルはずんずんとルイナに向けて歩いていった。そして、ずんずんと歩いていった割には音もなく、そっ、とルイナの傍らに座り……難しい顔で虚空を睨んだと思うと……。
「ルイナ・サジータ。お前は優秀な弓使いだ……」
……こそこそと、ルイナの耳元で囁き始めた。
グレイが『まあ、こういうのも悪くはない対応なんじゃないだろうか』と思いつつ見守っている間も、スファルはルイナをこそこそと褒め称え続ける。
「お前は恐怖に打ち勝った。お前は月の竜に勝った。お前こそが次の月の竜だ。えーと、後は、なんだ。美味いドラゴン肉の食い方も知ってる……」
……グレイは、以前、自分がスファルに褒め称えられていた時のことを思い出す。あの時、グレイは非常に気まずい思いであったが、スファルも一生懸命であった。
そして今のスファルもまた、一生懸命であった。必死に、ルイナを褒め称える言葉を探しているのだ。グレイは、『こいつも大した奴だよな』と、スファルへ尊敬めいた念を抱く。
「お前の翼はいい形だ。黒いのも悪くない。さぞかし夜闇に紛れることだろうからな、上空から奇襲をかけるのにも使えるはずだ……」
……スファルの言葉は次第に称賛からずれていくが、スファルはなんとか捻り出しては、言葉を続けていく。そのままルイナの耳元で、こそこそと囁き続けていると……。
「……おお」
いつの間にやら、ルイナはすやすやと穏やかに眠るようになっていた。魘されていたのは、収まったらしい。
「グレイ。グレイ。こいつはもう大丈夫そうか?」
スファルが真面目に聞いてくるのに頷き返してやると、スファルは『はあ、やれやれ』とばかり立ち上がって、胸を撫で下ろした。
ルイナが再びきちんと眠るようになったので、スファルとグレイは連れ立って見張りの定位置へと戻る。……まだ、グレイの交代の時間ではないのだが、まあ、今すぐ寝に戻る気にはなれない。
「ああいう風に魘されるってことは、よっぽど、群れの中で酷い目に遭ってたんだろう……。俺も昔はああいうことがあった。今はもう無いけどな」
焚火の前で、スファルは少々、暗い面持ちであった。……ルイナの状況と、自分の過去とを重ね合わせているのかもしれない。
「あいつ、月の竜を襲名したら、もうちっとは眠れるようになるんだよな……?」
「……そうだといいな」
グレイにも思うところはある。ルイナが、魘されることなく眠れるようになれば、と、願わずにはいられない。
……同時に、ルイナが魘されている時に耳元で称賛の言葉を囁き続けるような仲間が彼女に居続けるように、とも。
結局、グレイはそのまま、スファルと見張りを交代した。スファルは『まだ時間になってねえ』と主張していたが、『早く俺が交代した分、アイオンにも早く交代してもらうさ』と言って、スファルを寝床へ追いやった。
スファルも疲れがあったと見えて、体を横たえてすぐ、眠りに就いたようである。
……そうして、グレイは交代の時間のほんの少し前にアイオンを起こし、アイオンに『俺はちょっと早くあんたと交代したからな。スファルに何か聞かれたらちゃんとそう証言してくれ』と伝えておいた。アイオンは首を傾げていたが、何かを察したらしく『ふむ。ならばそうしよう』と頷いてくれた。話の分かる奴である。
そうしてグレイは眠り……朝が来る。尤も、洞窟の中なので、昼も夜もあまり無いが。
「さあ諸君!目覚めの時間だ!小鳥が歌い、太陽が笑い、そして花々が顔を上げる時間だぞ!ははははは!」
……だが、アイオンには昼も夜もあるのであった。しっかりグレイ達を起こして、アイオンは高笑いしている。雄鶏より騒がしい男であった。
「朝食の準備はできているぞ!さあ、食べてみてくれたまえ!自信作だ!」
そして、なんとアイオンは朝食まで用意していたらしい。騒がしくはあるが、気の利く男である。
そうして全員揃って朝食を摂る。
ドラゴンの肉で作ったスープはそれなりに味が良かった。意外にも、アイオンは調理が上手いらしい。エメディアが『すごい!』と感激していた。……スファルは調理がヘタクソであったので、その分、相対的にアイオンが高評価になるのであろう。
「じゃあ、ご飯も食べたところで……いよいよ、『ダンジョンの核』ね!」
さて。
食事を終え、片づけをしている最中、エメディアがそう、嬉しそうに声を上げた。
そう。いよいよ、グレイ達はこのダンジョンを攻略することになる。月の竜は、あくまでもこのダンジョンにとっての闖入者だった。このダンジョンの主たる魔物はきっと、まだこの奥に潜んでいるのであろう。
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「迷惑だなんて思ってないわ!こちらこそよろしくね、ルイナ!」
申し訳なさそうなルイナに笑ってみせて……エメディアは、にま、と笑った。
「それで……次の獲物は、私に任せてくれるかしら。昨日、月の竜相手にやったやつを、ちゃんと身につけておきたいの」




