27話:月の竜*7
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エメディアは前回のダンジョンで、太陽の竜を仕留め損なっている。
手を抜きなどしなかった。全力で、魔力を注ぎこんだ。だというのに……エメディアは、失敗したのである。
だから先程は、月の竜を狙わず、月の竜の足元の床を狙った。これならば確実に成功するだろう、と。
だが……結局、今もテルミナスは生きている。エメディアはまた、失敗したのだ。
ならば、次こそは、失敗できない。
今も、エメディアの傍で恐怖に抗っているルイナのためにも。
確実にドラゴンを仕留める、となれば、今までのやり方では駄目だ。
今までのエメディアは、魔力をただ相手に流し込むだけだった。相手の魔力を溢れさせ、内側から相手の魔力器官を破壊していく、という……魔力の量に物を言わせた、いわば、力づくのやり方である。
しかし、それでは一定以上の魔力を持つ相手には通用しない。先日の、太陽の竜相手にやった時のように。
……エメディアは、自分より魔力を多く持つ生き物相手にも勝てなければいけない。ドラゴンだって、殺せるようでなくては。
つまり、今までのエメディアが考えなくてもよかったことを、今のエメディアは考えなければならない。即ち……『より少ない魔力で、効率的に相手を殺す方法』を。
そう考えた時、エメディアが真っ先に思いついたのが、『共振』である。
エメディアはコルザの町のダンジョンでゴーレムと戦った時、どこにあるのか分からないダンジョンの核を探し出すために自らの魔力を放ち……そして、エメディアの魔力が、コルザのダンジョンの核の魔力を揺らした。あれは、言うなれば、『共振』だった。
あの技は、今も使っている。物を探し出す時に非常に有用なのだ。自分の魔力で揺れて響く他の魔力を見つければ、相手がどこに居るのかよく分かる。魔力の放ち方によって響き方も変わっては来るが……より慣れていけば、目を瞑っていても魔力を放つだけで全てが分かるようになるかもしれない。
が、それを更に強く『共振』させたらどうなるか、ということは、やってみたことがなかった。
今まではただ、『探す』ためにやっていたことだ。しかし、もし『壊す』ためにそれをやったら、どうなるだろうか。
……無論、あまり現実的とは言えない。何せ、相手の魔力器官にどのような魔力をぶつければよく揺れるのかなど、試してみないと分からないからだ。準備に時間がかかりすぎる。その上、狙った魔力ではないものを共振させてしまえば、狙っていなかったものを破壊することに繋がりかねないのである。
そしてそもそも、エメディアは魔力はあれども、魔法を使うのは不得手である。それ故に、今までは魔力の量で戦うような、力づくのやり方しかやってこなかった。それしかできないから。
しかし……準備の時間が、長く取れるのならば?
相手の魔力が、既にある程度分かっているのならば?
後は、エメディアが魔力をいかに制御できるか、という問題しか残らない。そして、それしか残らないのであれば……やれるだろう。
何せ、エメディアは1人ではない。
グレイがテルミナスとの会話に応じてくれたのは、ありがたいことだった。その間に魔力を準備することができた。
放つのは、一瞬だ。だからそれまでにできるだけ、テルミナスの魔力を解析しておく必要があった。
何度か、微弱な魔力を放ってテルミナスの魔力の形を調べた。それを揺らすために必要な魔力の形を、割り出した。
そして。
きん、と魔力が走った、その直後……月の竜が、暴れ出した。
月の竜の咆哮が響く。その凄まじい咆哮は洞窟全体を揺らし、天井からはばらばらと石片が落ちてくる始末だ。
更に、月の竜は尾を振り回し、意味も無く岩壁を爪で殴りつけ、そして天井に向けて火を吹き……只々、暴れ続けている。特定の誰かを狙う訳ではない攻撃の数々は、正に、月の竜が錯乱していることを表していた。
「おいおいおい!どうなってんだ、こいつは!」
「エメディア姫!これはもうじき死ぬ竜の最期の舞踏、ということかな!?」
月の竜が錯乱し、あちこちに捨て身の攻撃を繰り出している状況は、こちらにとっても危機的である。スファルもアイオンもグレイも、全員、巻き込まれかねない。今も、スファルが月の竜の尾をすんでのところで避けている。このままでは、いられない。
「もう、少し……!」
エメディアは、必死に自らの魔力を制御する。
……もう少しだ。もう少し、魔力を制御できれば。より、月の竜の魔力器官を震わせ、破壊できる形に、魔力を整えられれば。
そう思って必死に抗うが、そんなエメディアを嘲笑うかのように、月の竜は益々暴れる。益々暴れて、魔力を揺らして……相手の魔力の形が変わっていくものだから、エメディアも上手く、月の竜を仕留めきれない。
「エメディア!逃げろ!」
……グレイの声にはっとして前を見れば、こちらが見えているのか、いないのか……月の竜が突進してくるのが見えた。
一瞬、迷ったエメディアだったが、杖を構えたまま、集中し続ける。
ここで逃げても、逃げ切れるか分からない。だったら、このドラゴンを倒しきれるように足掻くべきだと考えた。
「エメディア!」
グレイの声は、聞こえている。聞こえているのに動かない自分を許してほしい、などとは言えないが……そんなようなことをぼんやりと思いながら、エメディアはこちらへ向かってくる月の竜を見つめて……。
唐突に、びん、と、弓の弦が鳴った。
はっとした直後、月の竜の目に、矢が突き刺さる。
……ルイナがやったのだ。序列最下位のルイナが、序列最上位であるはずの月の竜へ……テルミナス・サジータへ、矢を、射掛けたのだ。
目を矢でやられた月の竜が、咆哮を上げる。そして月の竜は、その痛みに怯み、足を止めた。
……更に、痛みは月の竜に、理性を取り戻させたらしい。顔を上げた月の竜の、残った片目が、はっきりと、ルイナを見つめている。
ぐるる、と、月の竜が鳴いた。それは、人の言葉ではない。竜の言葉であるので、エメディアには意味が分からない。だが、ルイナには分かったらしい。
「……ええ。そうです」
ルイナは、震える声でそう言って、月の竜を見上げた。
「私は、あなたを殺す。そして私が、次代の『月の竜』になる」
はっきりと、そう言い切ったルイナは、また次の矢を弓に番えた。声は震えているが、鏃の切っ先はぶれることなく、真っ直ぐ、月の竜へ向けられている。
月の竜がまた何か、唸る。真っ直ぐにルイナを睨んで、その瞳に強い憎悪を滲ませて。……ルイナは、ふ、と笑みを浮かべた。その笑みはきっと、テルミナスを嘲るものであって、ルイナ自身を嘲るものであって……でも、それだけではなかった。
「ローザテイルの姫君は、あなたが食らえるほど小さくはありませんよ」
……ルイナが、欠片だけでも、エメディアを信頼してくれたこと。
エメディアはこの瞬間を、きっと、生涯忘れないだろう。
「ルイナ」
エメディアは、ようやく何かを掴んだような感覚を得て、ルイナへ声を掛ける。
「後は、任せて。とどめは、私が。……でも、合図はあなたが出して」
ルイナは少々、戸惑った様子であった。だが、エメディアの意図するところが『最期の挨拶』にあることは、すぐに分かったようであった。
そうして。
「……挨拶の時間は、もう頂きました」
ルイナは笑って、弓の弦をもう一度鳴らした。再び飛んだ矢は、見事、月の竜が丁度開いた口へと向かっていき……何か鳴き声を上げていた月の竜のその舌を貫く。さながら、『もう、会話は必要ない』と言うかのように。
「お願いします」
……ルイナの言葉を聞いて、エメディアは魔力を一気に放出した。
そうして、月の竜は今度こそ、動かなくなった。
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「死んだ、か……」
グレイは、月の竜の死体を見てため息を吐いた。
……月の竜が唐突にエメディアへ向かっていったのを見て、肝が冷えた。更に、それを見て尚、動かずに居たエメディアには、もっと肝を冷やされた。
結果として、エメディアは助かった。だが、死なない見込みがあって彼女が動かずに居たわけではないのだろう、ということは、分かる。
どうして逃げなかったんだ、と、エメディアに言ってやりたいような気持ちは、ある。だが、『俺が言える立場か?』とも、思う。
……グレイは本当に、エメディアをただ案じただけなのだろうか。
エメディアが自分の指示で動かなかったことに、苛立ちを覚えたのではないか。
或いは……自分こそがエメディアを守りたかった、などと、傲慢なことを、考えているのでは。
「……なんてこった」
……自分には不相応な願いを自らの内に見つけてしまって、グレイは怯む。
いつの間に、自分はこんなにも欲深くなったのだろうか。
エメディアと行動を共にするようになってから、グレイは随分と、変わってしまった。自分には相応しくないような仲間達に恵まれてしまって、思い上がっている。
その自覚はあるのに、どうにも……今までのように、できない。
今の仲間達に嫌われたくない、などと、こんなにも強く思ってしまうのは、何故だろうか。
「グレイ!」
エメディアの声を耳にして、グレイは我に返る。
どこか恐怖めいたものを感じながらエメディアを見れば、何故か、エメディアは少々もじもじと、ばつの悪そうな顔であった。
……そして。
「ごめんなさい!あなたの声、聞こえてたのに、無茶しました!」
「……は?」
なんとエメディアは、勢いよくグレイに頭を下げていたのである!




