23話:月の竜*3
「まず聞きたいのは、あなたにまだ戦う意思があるのか、っていうことね。……どうする?1対4だけれど、戦う?」
エメディアが尋ねると、ルイナはようやく、我に返ったように周囲を見回し始めた。
……ドラゴンは大穴に落ち、他のディアナバレイの兵士達は落石にやられた。今、この状況においてルイナが戦うと言うのであれば、1対4という極めて不利な条件になる。
「……投降します」
「よろしい」
そうしてルイナは、賢明な判断を下した。弓も矢も、隠し持っていたらしいナイフも全て捨てて、更に、『これでも不十分でしょうから』と、上着を脱ぎ、その場に放る。……上着からは重そうな音が聞こえた。恐らくアレにも、ナイフだの何だのが隠してあったのだろう。
更に、エメディアは『じゃあちょっと調べるわね』と、ルイナの衣類の中を探り、靴を探り……もう武器の類が残っていないことを確かめた。
エメディアはこれに満足そうに頷くと、改めて、ルイナを見つめる。
「じゃあ、話してくれるわね?もう『後の祭り』ってかんじだけれど……」
エメディアは、ちらり、と大穴の方を見て……小さくため息を吐きつつ、言った。
「あなた達の狙いって、何だったのかしら。私を殺すこと?」
ルイナはやはり、ドラゴンが落ちた大穴の方を眺めながら、小さく首を横に振った。
「エメディア姫を捧げよ、と……『月の竜』に命じられました」
「捧げ……え?私を?」
「はい。優れた恩恵を持つ者を贄とせよ、と」
困惑するエメディアの横で、グレイは『もしかして、俺を取り込もうとしたのもそういうことか?』と思っていたが、それはさておき……。
「月の竜は、弱っていました。だからこそ、強い魔力と強い恩恵を欲していたのです。月の竜は……恩恵を食らい、取り込んで自らの力にすることができますので」
……やはりどうも、ルイナの話にはグレイも関係してきそうである。
「恩恵を食べる、の?」
「はい。そもそも、恩恵とは……自らの内側で動き続ける魔法のようなものです。その魔法を食うのが、月の竜です」
ルイナの言葉に、グレイとエメディアは顔を見合わせる。互いに『恩恵』に思うところがある者達であるので。
「恩恵を消すことができる、ってあんた達が言ってたのは……」
「可能です。……魔法『だけ』を食うことは難しいですが」
「ああ、やっぱりな」
つまり、『恩恵は消せると言ったが、恩恵を消した時、お前が無事だとは言っていない』ということだ。どうせそんなこったろうと思ってたよ、とグレイはため息を吐いた。
……ため息を吐いてから、グレイは自分が案外落胆していることに気付いて、少々驚く。
自分はどうやら、自分で思っていたよりも恩恵を消したがっていたようだ、と。
「月の竜は、代々、魔法を食って生きてきました。しかし、太陽の竜との戦いがあり、月の竜の一族は大きく消耗することになりました。それ故に、強い魔力と恩恵を持つと知られるエメディア姫を食らうことを考えたのです」
「あ、そうだったの……」
エメディアは、『私の恩恵、あちこちに知れ渡ってるものね……』と、複雑そうな顔をした。……恩恵を恩恵だと言わずに黙っていればよかったのだろうが、それは卑怯だ、とエメディアが思ったが故の知名度なのだろう。それについてグレイは、愚かだとか、浅慮だとか、そういうことを言う気にはなれない。
「太陽の竜、ってのは、前のダンジョンで会ったアイツだよな?」
「はい。……あれは、太陽の竜の一族のドラゴンです。正確には、『太陽の竜』を襲名したドラゴンではなかったと思われますので、『太陽の竜の一族の竜』だと言うのが正確ですが……」
「ああ……ええと、月の竜も、襲名性なんだったわね……?」
「月の竜も太陽の竜も、一族が居て、その長が『月の竜』『太陽の竜』を名乗るが、互いに『月の竜の一族は月の竜と称してもよい』『太陽の竜の一族は太陽の竜と称してもよい』としている、ということか……?複雑だな、ドラゴンは……」
……何故、ドラゴンの話をしているだけだというのに、こんなに複雑な話になっているのだろうか。グレイは少々、頭が痛くなってきた。
「……先代の月の竜は、太陽の竜に食われたのです」
だが複雑な話は続く。
「よって、今代の月の竜は、本来自分が引き継ぐべきであった力を引き継がないままでした。だからこそ、次なる力を外から手に入れる必要があった」
「それがエメディア、ってことか。ほーう……」
スファルは、『理屈は分からんでもない』という顔で唸る。……スファル自身は、恩恵どころか魔力もあまり無い性質であるので、余計に思うところがありそうだが。
「太陽の竜は、月の竜を滅ぼそうとしています。そして月の竜は、太陽の竜を。……ディアナバレイは、その均衡の上に成り立つ国なのです」
そうして、ルイナがため息交じりに説明してくれたので……グレイもエメディアもスファルもアイオンも、揃って首を傾げることになった。
「ええと、政治に密接にドラゴンが関わっている、っていうこと、よね?」
「……はい」
ルイナは少々迷うような素振りを見せながらも頷いた。……何か、他にも事情がありそうでは、あるが。
「えーと……じゃあ、今、ディアナバレイってどうなってるの?月の竜は今、落っこちちゃったし。太陽の竜は……私達が倒した以外にも居る、のよね?」
「……はい。このままでは、月の竜の一族は太陽の竜に……滅ぼされる、のかもしれません」
ルイナはそう言って、唇を噛む。……ルイナは月の竜に仕える巫女だというのだから、月の竜の滅びには思うところがあるだろう。存分に。
……そうしてルイナはしばらく俯いていたが……やがて、顔を上げた。
「……こんなことを言える立場ではないと、重々承知の上です。でも、どうか、聞いていただきたい」
「え?」
一体何を言い出すのか、とグレイ達が身構えていると……ルイナは、言った。
「このダンジョンの核を、手に入れたいのです。欲を言うならば、死んだ『月の竜』の遺体も」
ここ、『銀の洞窟』も、ダンジョンである。ダンジョンである以上、ダンジョンの核は存在していることだろう。それは確かなことだ。
また、落ちたとはいえ、『月の竜』の遺体もきっと、大穴の底に残っていることだろう。何せ、あの巨体だ。探すのはそこまで難しくないことだろう。特に、岩石を掘ったり投げたりできるスファルが居るので。
だが……ルイナがそれらを欲する理由は、分からない。
「え……っと、それは、なんで?」
「……ご協力頂けるなら、あなた方を必ずや、上空のメカニジアの残党の元までお連れすると約束します」
「あー……事情は聞くな、ってことかしら」
ルイナは、黙っている。……言えない事情、ということだろうか。
「ふむ……それならば、ルイナ嬢。洗いざらい、全てを話すことだ」
ルイナが黙っていると、アイオンが真っ先に口を開いた。
「私は義によって動く準備があるが、事情も分からず悪事に加担させられるような愚は犯したくない。貴女が何も喋らないというのであれば、私はその話から降りるぞ」
『やれやれ』とでもいうかのように鎧の肩を竦めて見せるアイオンを見て、ルイナは小さく俯く。……彼女自身も、分かってはいるのだろう。自分がどれほど無茶なことを言っているのかは。
「俺もだな。そもそも、テメエが俺達を裏切ったってこと、忘れてんじゃねえぞ、おい」
そしてスファルもまた、ルイナへ不機嫌な顔を向けた。
「一度裏切った奴が、二度裏切らねえと思うか?俺は思わねえな!」
スファルがルイナに少々凄んでみせる。……グレイとしても、スファルに異論は無い。まあ、あれだけ派手に裏切ってくれたのだ。更なる協力を要請されたとして、こちらはそれに応える義理は無い。
「全部話せ。その上で、俺達はあんたに協力するかどうか決める。……そうでないなら、この場であんたを殺す」
よって、グレイは無慈悲にそう言ってのける。ここに温情を出してやるつもりは無い。グレイは、ルイナを殺せる。……全く躊躇わない、とは言えないが、必要だと思うならば、殺せる。
……そうして全員がルイナを見つめていると。
「事情が……変わりました。こちらも、今まで通り、というわけには、いきません。私に命令を下していた上官が……『月の竜』が、死んでしまった以上は……」
ルイナは、そんなことを零し始めた。
……グレイは咄嗟に、『月の竜が上官?』と思考を巡らせる。つまり、月の竜とやらがテルミナスに命令を下し、それがルイナに伝達されていたのか、と。即ち……テルミナスもまた、ルイナと同じく『竜の巫女』なのであろう、と。
だが。
「『月の竜』が死んだなら……すぐさま、次代の『月の竜』を立てねばなりません。そのためにも、ダンジョンの核や、死んだ月の竜の遺体から得られる膨大な魔力が、必要で……膨大な魔力さえあれば、皆……私を、認めざるを得ない……」
ルイナは浅く呼吸を繰り返し、かたかたと小さく震えながら、しかし……その瑠璃紺の瞳に生気を宿して、グレイ達を見上げてきた。
……初めて、ルイナの表情に感情らしいものが見えた。
だが。
「……私が、次の『月の竜』になるために、力を貸してください!」
……続いたルイナの言葉は、その場の全員の思考を停止させるのに十分であった。
「……ん?」
そうして、ルイナの言葉を聞いたグレイ達は、全員揃って、首を傾げることになった。
「……聞き間違えかな?その、私の耳には、『ルイナ嬢が月の竜になる』と、聞こえたが……」
「聞き間違えではありません。私が、次の『月の竜』になります」
「そうか。聞き間違えではなかったか。ふむ……」
アイオンはルイナに確認し、ルイナの迷いのない言葉を聞いて、ふんふん、と頷いて……天を仰いで、ふう、と息を吐いて、なんとも弱弱しく、言った。
「……すまない。私の理解の限界を超えた」
「……申し訳ありません」
ルイナもまた、『どう説明したものか』とばかり、おろおろしていたが……やがて、意を決したように目をきつく瞑り、きゅ、と何やら、力み始めた。
何が起きるんだ、と、皆が注視する中、ルイナはふるふると体を震わせながら……『それ』を、出した。
「わあ、ドラゴン……」
「どらごん、だな……」
「おお、どらごん……」
……ルイナの背からは、黒いドラゴンの翼が生えていた。
ルイナが緊張の面持ちでいる中、グレイ達は只々、ぽかん、としてそれを見つめるしかなかった。




