21話:月の竜*1
グレイは、ディアナバレイの面々に引き立てられてきながらも、機を見計らっていた。
エメディア達は、そんなグレイを見て何やら密やかに囁き交わしているが……まあ、『グレイを助けよう』などと思わないでいてくれればそれでいい。
「こちらにはお前の仲間がいる。どういうことか分かるな?」
ディアナバレイの兵士達は、先程のエメディアの魔法の一撃で大分、士気を削がれている様子である。だからこそ、さっさと人質を出してしまったのだろうが……まあ、敵が動揺していることも、グレイがエメディア達の前に出てこられたのも、どちらもグレイにとってはありがたいことである。
……グレイは、スファルに『時間を稼げ』と口の動きだけで伝えた。
が、スファルは首を傾げて『はあ?』という顔をするばかりである。……伝わっていない!
ならば、とアイオンに向けて同じことを試みようと思ったが、アイオンはアイオンで、エメディアと何か相談している。……伝わらない!
なのでグレイは、最早駄目で元々だと諦めつつ……エメディアの頭の上に居るウサミミに向けて、『時間を稼いでくれ』と口を動かす。……すると。
「な、なんだあのスライムは!」
……ディアナバレイの面々は、大いに驚いた。
ディアナバレイの者のみならず、エメディアも、スファルもアイオンもルイナも、そしてグレイも、驚いた。
……ウサミミが、空気を吸い込んで、ぷくーっ、と膨れ始めたのである!
「な、何だ!?何が起きている!?」
ディアナバレイの面々は、ウサミミの姿を大いに警戒した。それはそうだろう。そもそも、耳の生えたスライムなど、存在が知られていない。更にそいつが急に膨らみ始めたら、余計に警戒は増す。
「え、ええと……ウサミミ?これはどういうことかしら?」
「……膨らんでやがる」
「おお……何だ?これは、何だ……?」
エメディア達も大いに困惑している様子であったが……グレイは、『助かった』と思いつつ、準備を進めていく。
皆の視線がウサミミに集まっている今が、絶好の機である。途中でエメディアが何かに気づいたように、『さあ、こいつをよーく見なさい!どういうことか、分かるでしょ?』などとハッタリだけの台詞を発し始めたこともあり、時間は十分に取れた。
……そうして。
かちゃり、と小さな音を立てて……グレイは、手首を外した。
グレイの義手義足は、特定の手順を踏めば分解できるようにできている。
それは、ジョードのところへ一々行かずとも、自分で義手義足の分解清掃程度、できなければ困ることが多かったからだ。
……ついでに、こういう時にも役に立つ。グレイは、手枷や足枷を付けられたとしても、こうして手首や足首を外してしまえるので、実に、拘束に強いのだ。
ウサミミが膨らみ、更に、耳をぶんぶんと振り回して大いに威嚇している中、緊張を漲らせるディアナバレイの面々の目から逃れて、グレイは足首も外した。
それから枷を外し、足首を元通りに戻せば……見事、拘束は解けた、ということになる。
グレイはウサミミに向けて、『もういいぞ』と伝えた。……が、今度はウサミミが威嚇に忙しく、こちらを見ていない。つくづく、やり取りが難しい仲間達である。
……だが、今度は、エメディアがグレイのことを見ていた。そのエメディアは、グレイの手首と足首をちらりと見て……にこ、と笑った。それにグレイも笑って頷き返す。
「……結論が出たわ」
そうしてエメディアは、杖を掲げ……如何にも冷酷に、宣言した。
「人質は気にしない!あなた達を吹き飛ばす!」
そして、ディアナバレイの兵士達が緊張に揺れたその瞬間、グレイは自分の一番近くに居たディアナバレイの兵士に足払いをかけて転倒させ、すぐさま靴に隠しておいたナイフを抜いて、転倒させた兵士の首に宛がった。
「さて……エメディア姫は、『人質は気にせず吹き飛ばす』らしいが……どうする?」
グレイがにやりと笑ってみせてやると、ディアナバレイの連中は皆、形勢が逆転したことを知って青ざめるのだった。
……だが。
グレイは、鏃の煌めきを見て、慌てて回避に移る。
しかし、回避した先に、またも矢が飛んできて……グレイが人質にとった兵士の首を、射抜いていた。
「……容赦が無いな」
「……人質を取られて劣勢に追い込まれるくらいなら、こうするべきでしょう」
味方であるはずの兵士を容赦なく殺したルイナは、相変わらず表情の読めない顔でこちらを見ている。
「おっと!やっと本性現しやがったな!」
そんなルイナへ、スファルが勢いよく向かっていく。ルイナは地面を転がって避け、転がりながら構えた弓で矢を放つ。とんでもない技量だ。だが……その矢を難なく躱したスファルは、またもルイナへ向かっていく。
弓使いは、距離を詰められると弱い。ましてや、距離を詰めてくる相手が自分より速く強いなら、尚更。
たちまち、ルイナはスファルの攻撃をなんとか躱すばかりとなり、矢を放つ余裕を失った。……だが、そうしている間も、他のディアナバレイの兵士達は動いている。
「あのオーガを狙え!」
声が聞こえたと思ったら、すかさず、スファルへ矢が飛ぶ。……どうやら、スファルを重点的に狙うつもりらしい。
だが、スファルとディアナバレイの兵士達との間に、アイオンが割って入った。その手のモーニングスターが矢を叩き落とし、更に、ディアナバレイの兵士達を打ち砕かんと振り回される。
普段なら盾役であるグレイも、今回ばかりは盾が無い。ならば、攻撃することが最大の防御である、と考え、即座に手近な兵士へ組み付きに向かった。
組み付き、引き倒し、殴り、締め上げる。……実に泥臭いやり方ではあるが、確実に相手の手数を減らすことができるので、まあ、悪くはない手だろう。
時には、自分の左手首と左足首に付いたままの枷を振り回し、アイオンのモーニングスターよろしく鈍器扱いすることもあった。使い勝手が良い武器とは言えないが、あるものは何でも使って戦うのが裏通りのやり方である。
……そうして、グレイ達はディアナバレイの兵士達を相手に乱闘へ縺れ込み、そして、確実に相手を減らしていった。
これならもうじきカタが付く、と思いつつ……しかしグレイは、周囲への警戒を続けていた。
何故なら、この場にテルミナス・サジータが居ないからだ。
彼女は1人、洞窟の奥へと向かって、それきり戻ってきていない。
……部下達が戦っているというのに、彼女は一体、何をしているのだろうか。
と、グレイが考えていたところ。
……おおん、と、低く、唸り声のようなものが聞こえてくる。
洞窟の壁を、床を、天井を揺らして、『それ』が、こちらへ向かってくる。
それを誰より先に察知したエメディアが、杖を構えた。
次いで、グレイがディアナバレイの兵士を適当に掴んで盾にできるように身構え、ルイナを取り押さえたスファルは洞窟の奥を警戒し、アイオンは最後の最後まで気づかなかったが……流石に、『それ』が姿を現した時には、モーニングスターを手元に引き戻して、そちらを見た。
「……まさか、これが、『月の竜』?」
エメディアの呟きに応えるかのように、美しい白銀の鱗を持つドラゴンが、一際大きく、咆哮を上げた。
判断は、一瞬だった。
「スファル!」
グレイは、盾替わりにしようと思って掴んでいたディアナバレイの兵士のベルトから短剣を抜いて、それをスファルに向けて投げる。
スファルはグレイが投げた短剣から逃れるべく体を反らし……その直後、スファルの頭があった個所を、ドラゴンの爪が薙いでいった。
「っと……こいつは、一体……」
スファルは、自分より速いドラゴンの一撃を間近に見て、その表情を引き攣らせていた。あと1秒遅ければ……グレイがスファルの注意を引かなけば、頭部を思い切りやられていておかしくなかったのだ。恐怖の一つくらいは感じたことだろう。
「これはこれは……ルイナ嬢の言っていた通り、だな!これが『月の竜』とやらなのだろう?実に美しい……!」
一方のアイオンは、また妙なことを言いながらドラゴンを見上げ……そして、その手のモーニングスターを、勢いよく振り回し始めた。
「斯様に美しい竜であるならば、竜殺しの英雄譚を飾るに相応しい!」
「あっこらっアイオン!『月の竜』は仕留めちゃ駄目でしょう!?」
アイオンがモーニングスターをドラゴンへ叩きつけに向かう前に、エメディアが止める。
……忘れてはならない。グレイ達がここへ来たのは、『月の竜』と会うためだ。そして、『月の竜』と会って……協力を取り付け、上空に浮かぶメカニジアの鉄の棺を調べることが、目的なのだ。
だが。
「しかしエメディア姫!このドラゴンと対話ができるとは思えないぞ!」
……アイオンの言う通りである。
目の前のドラゴンは、非常に気が立っているらしく……またも、スファル目掛けて爪を繰り出しているところであった。
こちらを殺しにかかってくる相手と、対話することなど夢のまた夢である。
グレイは、『さて、ここからどうするつもりなのかね』と、ルイナの方を見るが……。
「……ルイナ?」
ルイナは、何か、意を決したように、エメディアに向かって走った。
そして。
「きゃっ!?ルイナ!?」
エメディアに、ルイナが抱き着く。エメディアの不意を突いたルイナは、そのまま、エメディアを抱きすくめて……黙って、ドラゴンを見上げた。
……そんなルイナとエメディア目掛けて、ドラゴンが爪を振り下ろした。




