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それでも、最強の盾であれ  作者: もちもち物質
第二章:鎧を纏う心
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19話:月に叢雲*5

 エメディアとスファルとアイオンがそれぞれ寝静まったところで、グレイとルイナはそっと動き出した。

 ……少なくとも、スファルは起きているだろう。彼はきちんと、寝起きが悪い自覚がある。グレイに何かあった時、そのままテルミナス達がエメディアを狙う可能性がある以上、スファルはおちおち寝ていられない、という訳だ。

 そしてスファルは耳がいいので、グレイとしても安心していられる。何かあっても、彼がエメディアを守ってくれることだろう。


 ……そうしてグレイとルイナは、銀の洞窟の入り口から、中へと向かう。

 岩がごろごろと転がる中を注意深く進んでいくと……入り口付近の岩の割れ目から、小さく光が見えた。

「こちらです」

 そして、その割れ目の方からテルミナスの声がする。ルイナが迷いなくそちらへ進むのを見て、グレイもまた、岩の割れ目へ進んでいった。




「……グレイ・シンダー、ですね?」

「ああ」

 岩の割れ目の中は、小さな洞穴となっていた。人数名がゆったりと過ごせるだけの広さはあり、成程、テルミナス達が潜伏しておくのにも丁度良さそうだ。

「お会いできてよかった。あなたの勇気に感謝します」

「そりゃどうも」

 テルミナスが差し出した手を握って、グレイは、ちら、と洞穴の中を見回す。

 ……この場に居るのは、ルイナとテルミナス。そしてその他、ディアナバレイの尉官と思しき者が4名。合計、6名だ。

「さて……あなたの望みは、『恩恵を消すこと』。間違いはありませんか?」

「ああ」

 グレイは、『この場で戦闘になったら厳しそうだな』と思いながら、あくまでも穏やかに、テルミナスと会話を続ける。

「ならば、私達はあなたの助けになることができます。……『恩恵を消す方法』を、知っていますので」

「で、その方法は?」

「儀式を執り行います」

 グレイは、『案外色々喋るんだな』と思った。とはいえ、具体的なところ全てを語ってはくれないのだろうな、とも思った。

「恩恵とは、常に動き続ける魔法のようなもの。それを魔力へと変換して、二度と魔法の形にならないようにすればいい」

「そんなことができるのか」

「ええ。ディアナバレイに古くから伝わる方法がありますので。……あなたが望むなら、あなたにその儀式を執り行っても構いません」

 グレイは、少し考える。どこまで話に乗ったふりを続けるか、というのは迷いどころだ。どのみち、どこかではテルミナス達を裏切るつもりだが……。

「……で、あんた達は俺に何を望む?」

 少なくとも、相手の要求が分からないことには、こちらも動きようがない。まだ、情報は欲しい。グレイが粘ると、テルミナスは笑みの形に目を細め、形の良い唇をそっと動かした。

「裏切りを」

 ……グレイは、『本当に案外色々喋るんだな』と、少々感心したような気持ちである。




「裏切り、ね……」

「ええ。あなたは、選ぶことができる」

 グレイが警戒を強める中、テルミナスは微笑んだ。

「1つ目は、私達と共に来ること。あなたの恩恵を消す方法はこれしかありません。この場合あなたは、ローザテイルとは敵対することになるでしょうが……ディアナバレイの仲間として、あなたを歓迎します。安定した給金もお約束しましょう。そうですね、これくらいで」

 テルミナスは、さらさらと紙に金額を書いて見せてきた。……『給金』としては、間違いなく破格である。

「……何故、俺にそんな話を?」

「優秀な戦士には当たり前の待遇かと思いますが?」

 テルミナスの微笑みは、如何にも新たな仲間を歓迎するかのような優しさに満ちている。彼女にこう微笑まれて、悪い気がする人間はそうは居ないだろう。

 だが……グレイは、緊張が抜けないまま、じっとテルミナスを見つめ返す。

「2つ目は?」

「2つ目は、ここで拘束されてもらう、ということです」

「……どういうことだ」

「そのままの意味です。……その場合は、あなたを明日の夕方に解放できるでしょう。そしてその時にもう一度、私達と共に来ないかを決めて頂いて結構」

 ……テルミナスの言葉の意味を考えるならば、彼らは、明日の夕方には『銀の洞窟』でエメディア達をどうこうし終えている算段なのだろう。

 そして、その場にグレイが居ると厄介、ということだろうから……まあ、盾役がいない方がいい状況など、『戦う』以外にはそうそう無い。そういうことだ。テルミナスは、エメディア達と戦うつもりでいるのだろう。


「そうか。……3つ目は?」

 そしてグレイは、『3つ目』について大凡察しがついては居たが、念のために尋ねる。するとテルミナスは、『分かっているのでしょう』とでも言いたげな微笑みを浮かべて、言った。

「この場で死んでもらいます」

「成程な」

「冷静ですね」

「この手のは慣れてるんだ」

 どうせそんなことだろうと思ったさ、とグレイはため息を吐いた。

 ……そして、考える。

 自分がどう立ち回れば、最もエメディアの安全を確保できるだろうか、と。




「……あんた達とすぐ手を組めるほど、俺はあんた達のことを知らない」

 考えたグレイは、慎重に、言葉を選びながらそう述べる。

「知らない間柄でも、手を取り合うことはできるでしょう。それに、確かなものも提示できます」

「確かに、給金は魅力的だ。だが生憎、疑り深い性分でね……」

 できる限り、時間を稼ぎたい。そんな思いでグレイが言葉を選んでいると、ふう、とテルミナスがため息を吐いた。……時間稼ぎは許してもらえないらしい。

「そうですか。では、どうしますか?拘束されるか、ここで死ぬか」

 テルミナスの容赦のない視線を受け、更に、ディアナバレイの面々が構える槍や矢の切っ先をずらりと向けられて、グレイは言葉に詰まりつつ……ため息を吐いた。

「……ここで死のうとするほどバカじゃない」

 そして、両手を差し出す。

「縛りたいなら、どうぞ、ご自由に」




 +




 エメディアは、グレイが居ないことに気づいていた。

 ……その前から、グレイの様子がどこか不自然であることに、気づいていた。

 スファルやアイオンは何か知っている様子であったし、なら問題ないか、とも思ったが……自分だけが何も知らない、というのは、少々不安ではあった。

 そして今、グレイがルイナと連れ立ってどこかへ行くのを見てしまえば、エメディアは流石に、焦る。

 自分の知らないところで、グレイが動いている。自分の知らないことを、皆が知っている。……エメディアの今までの人生において、『エメディア姫には知らせないでおこう』と周りが決めたあれこれは、数多くあった。そしてそれらのほとんどは、エメディアにとって、『知っておきたかった』と思われるものであった。

 それらをぼんやりと思い出したエメディアは、そっと、寝床を抜け出す。スファルとアイオンは置いて、グレイとルイナを追いかけようとし……。

「どこ行くんだ」

 ……寝ていたと思われたスファルに声を掛けられて、エメディアは振り返った。

 すると、スファルが上体を起こして、じっとエメディアを見つめている。

「……グレイが」

「知ってる。今は寝とけ」

「でも」

「あいつが上手くやるのを待ってりゃいい。俺達が行ったら、邪魔になるだろ」

 エメディアは、喉元まで『あなたは何か知ってるのね』とスファルを問い詰める言葉を出しかかった。だが、今ここで騒いで、ルイナや……グレイにも、聞かれたら何か、まずいことになるのかもしれない。

 だが、本当にこれでいいのだろうか。グレイを、みすみす行かせてしまっても、本当に。

 だって、エメディアは、何も知らないのに。


「スファル。君は少々、短慮に過ぎる」

 ……そこでアイオンがむくりと起き上がって、小声で笑った。

「あ?」

「そんな言い方では、エメディア姫を安心させることはできまい。姫君の身辺を守る者として、あまりにもお粗末な言葉選びだ」

 スファルが、『やれやれ』とばかり頭を振ると、スファルは苦い顔で『やっぱこいつ気に食わねえ』とぼやく。だがアイオンはそんなスファルなど一切気にせず、エメディアへ向き合うと……自信に満ち溢れた声で、告げるのだ。

「安心したまえ、エメディア姫。グレイ・シンダーは我々を裏切りなどしない。我々が、グレイ・シンダーを裏切らないのと同じように」




 アイオンの言葉を聞いて、エメディアは何か、急に不安が融けていくような、そんな心地を味わった。

 エメディアが欲しかった言葉は、きっと、これだった。

「……グレイのこと、信じてる、のね?」

「勿論。彼はそれなりに器用にやるだろうからな。まあ、駄目だったとしても……その時は武力行使だ。エメディア姫の力があれば突破できるだろう。私は楽観視しているが」

 ……アイオンは自信に満ちている。それこそ、少々、過剰にも思えるほどに。

 だが、そんなアイオンが堂々と言うものだから、エメディアは『大丈夫だわ』と思えた。

 ……アイオンは、卑怯なことはしない。スファルも、グレイのことを信じている。だから、大丈夫だ。


 エメディアは……『裏切者はエメディア姫の目に留まらないところで殺しておきました』と後から知るのが、一番、怖かったのだ。




 エメディアの今までの人生を振り返ってみると……エメディアの周りでエメディアの知らない内に物事が動く、ということは即ち、『エメディアのためを思った誰かが、エメディアの意思に反して動いた結果』であった。


 エメディアへの好意は、時に、エメディアの意思に反して暴走する。

 即ち……『エメディア姫に楯突いた人間を始末しておきました』だとか。『エメディア姫の目を汚さないようにあいつはひっそりと殺しておきました』だとか。

 時には、『エメディア姫のお気に入りのぬいぐるみはエメディア姫に相応しくないので捨てておきました』といったことも、あった。

 ……エメディアへの好意というものは、時に、エメディアの意思を無視する。

 エメディアがしてほしくないことも、『エメディアのためを思って』実行される。

 それをやればエメディアに嫌われるとなれば、エメディアの知らないところで、実行されるようになる。

 ……そうして、エメディアの知らないところで、エメディアのために、エメディアが望まないことが実行されるのだ。それを、エメディアは幾つも幾つも、見てきた。

 だからエメディアは、自分の知らないところで何かが動くのが、怖かった。




 一呼吸、二呼吸して、エメディアはようやく、自身を取り戻す。不安を拭い去って顔を上げれば、スファルも『よし』というかのように頷いていた。

「……スファルもアイオンも、何か、知ってるのね?」

「ああ、知っている。スファルも知っている。ルイナ嬢は……まあ、当事者である以上、知ってはいるだろうが、我々が知っていることは知らないだろう」

「それで……あなた達は、グレイも私も、裏切らないわね?」

「あ?お前を?グレイだけじゃなくてか?そりゃ当然だろ」

 アイオンもスファルも、エメディアの確認に不思議そうな顔をしていたが……エメディアは、力強く頷いた。

「なら、大丈夫」

「おう。そうか」

「ええ」

 スファルもアイオンも、『よく分からないがまあよし』とばかり頷いた。

 ……エメディアは、じっと待つ。

 グレイか……ルイナかが、戻ってくるのを。

 そして、事態が動き出す、その時を。




 ……そうして、二十分程度、経った頃。

「お。戻ってきたぞ」

 スファルが小声で囁き、エメディアは慌てて寝たふりをした。ウサミミもエメディアの横にむっちりと収まり、耳をへにょ、と垂れさせて寝ているふりをしている。律儀なスライムである。

 ……そうしていると、グレイのものよりずっと軽い足音がやってきて、止まった。

「その……グレイさんが、洞窟の中に入りました」

 ルイナがそう声をかけてきたため、エメディアもようやく、起き上がる。

「お一人で、奥へ向かわれたようですが。……いかがいたしますか?」

 ……そして、妙に緊張した表情のルイナを見て、エメディアは杖を強く握った。

「行きましょうか」




 +



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― 新着の感想 ―
物語を見てる側としては舞台裏が見えてるから、これも何かしらの誘導だと分かる。 さて、何が飛びでるやら。
『エメディア姫のお気に入りのぬいぐるみはエメディア姫に相応しくないので捨てておきました』 ブチ切れで怒鳴りつけて罵って拾てこさせてからこいつ捨てるわ。
「人の為」と書いて「偽」と読む、なんてのは手垢塗れの言葉ではあるけどそれ故に説得力のありまくる言葉でもあるんだよな…。 そんなことすらも周りの頭から失念させちゃうんだから、エメディアの恩恵もデメリット…
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