18話:月に叢雲*4
翌日も、『銀の洞窟』へ向かって旅が続いた。
グレイがルイナと一緒にテルミナスと連絡をとっていたことについては、スファルとアイオンは知っている。だが、エメディアは知らない。
それ故か、エメディアが少々心配そうにグレイの様子をちらちらと見てくるのだが……グレイはそれに、曖昧に笑って応えていた。
エメディアには、まだ、グレイがルイナとやり取りをした話はしていない。だが、スファルとアイオンは分かっているので、これでいい。
……申し訳ない気分にはなるが、エメディアにはこのまま、事情を知らない状態でいてもらった方がいいだろう。その方が、ルイナの目を誤魔化すことができる。
ただ……エメディアの心配そうな目を見ると、それだけで、胸を締め付けられるような思いがした。
グレイは、『厄介な恩恵だ』とぼやきつつ、ため息を吐く。……エメディアに嫌われそうなことをしなければならないというのは、辛い。あまりにも。
そうして旅路は続き……昼下がり、宿場に到着した。
だが。
「このまま、銀の洞窟入り口まで進むことを提案します」
ルイナがそう申し出てきた。グレイは、『まあ、そういう手筈だったもんな』と特に驚かなかったが、エメディアは素直に驚いていたし、アイオンは事情を知っているにもかかわらず『まさか野宿を?エメディア姫が居るというのに?』と文句をつける係を全うしていた。
……アイオンは、その言動が多少演技臭かったとしても、そもそもの常日頃から演技臭い奴である上、彼は兜を脱がないので表情が分からない。ということで、こういう時には非常に有用なのであった。
「野宿する方がマシ、ってくらいにこの町がやべえのか?」
「ここは治安のよい町ではありませんが、それ以上に、銀の洞窟周辺が安全なのです。また、ここから銀の洞窟まで数時間は掛かりますが……明日の朝、急いで出発して昼ごろ到着するよりは、今晩の内に洞窟へ到達しておいた方が、安全かと」
「そういうもんかあ?」
そしてスファルも、それらしく反対めいた声を上げてくれている。律儀な奴だな、と思いつつ、グレイは内心で少々笑って……。
「俺は賛成する。エメディアさえよければ、だが」
グレイは、ルイナとの申し合わせ通り、ルイナを援護することになる。
「……治安が悪いという町に長居したくない」
「そう?この町、そんなに治安が悪いようには見えないけれど……」
エメディアが不可解そうに首を傾げているのを見て、ルイナは『どう説得したものか』と考え始めている。……となれば、グレイの出番だろう。
「少し離れて見ていてくれ。ドラゴンの尾一本分くらいの距離でいい」
グレイは、首を傾げるエメディア達に、そう申し出た。
そうして、宿場町の大通りに、グレイは1人、佇むことになる。そんなグレイの様子を、エメディア達4人が離れた場所から見守っている訳だが……。
……そうエメディア達を待たせずに、それは起こった。
「……っ」
グレイの鎧に、小石がぶつかる。
それは、宿場の子供達が投げたものであった。子供達はグレイへの嫌悪感をしっかりと感じ取っているようで、小石や泥の塊を投げてくる。
そして、周りの大人もそれを止めることはしない。ちらり、と見て、それだけだ。
……グレイが少し動く素振りを見せただけで、子供達は逃げていった。が、その直後、それなりに体格のいい大人がぶつかってきて、グレイは少々よろめく。ぶつかってきた相手はグレイに嫌悪混じりの一瞥をくれて、そのまま去っていく。
ただ去っていった相手だが……グレイの荷物をスろうとしていた。グレイはその手を叩き落としてやったが。……まあ、グレイほどの者ともなると、『罪悪感なく』スリができる相手と認識されるため、こういったことはままあるのである。
が、グレイがそうして再び突っ立っていようとしたところ、冒険者らしい数人連れがグレイを取り囲み……言葉も無く、唐突に殴り掛かってきた。
グレイは即座に屈んで拳を躱し、自分を蹴ろうとした脚を掴んで受け止めてやって、そのまま捻って相手を倒す。
……そうして小さな乱闘になったが、冒険者達の攻撃を鎧で受け止め、掴んで捻り、時々殴り返してやっていれば、彼らはやがて、逃げ出した。
グレイが『やれやれ』とやっていると、そこらへんに居た酔っ払いから酒瓶が飛んでくる。ブーイングらしい。
更に、『うちの店の前で突っ立ってるのは止めろ』と近隣の店舗から文句が飛んでくる。グレイは『まあ、こんなもんでいいか』と見切りをつけて、エメディア達の元へ戻った。
「分かっただろ?ここは治安が悪い」
「分かったわ。分かった。分かったから二度とやらないで」
たった10分かそこらの短時間でこれだけ攻撃されたグレイの姿を見ていたエメディアは、少々青ざめつつグレイの手をぎゅっと握った。
……何はともあれ、これで説得はできただろう。グレイがルイナの方をちらりと見れば、ルイナは……こちらもエメディア同様、少々青ざめて視線を逸らしていた。
更に、スファルはそっとグレイの肩を叩き、アイオンはどこからか取り出したハンカチで、グレイの鎧に付いた泥をそっと拭ってくれた。
グレイは首を傾げたが……まあ、彼らにこの町の治安の悪さについて納得してはもらえた様子であるので、グレイは自分の仕事に満足した。
そうしてその夜、『銀の洞窟』前へ到着し、そこで野営の準備と相成った。
「岩があるってことは掘れるってことだからな!」
「それを言えるのはあなたくらいよ、スファル」
……スファルはいつぞやのように岩山を砕き掘り抜いて、部屋のようなものを作っている。アイオンは『大したものだ……』と呟いて、自分のモーニングスターがスファルの手で振り回されている様子を楽し気に眺めていた。
「……あなた達の野営は、いつもこんな具合なのですか?」
「岩壁が近くにある時に限る」
「……そうですか」
ルイナはこの様子を見て、『こんなことがあっていいのか』というような顔をしていたが、オーガが一人同行していると、こういうこともあるのである。グレイはもう、慣れた。
「……で、夜中にテルミナス・サジータと合流か」
「ええ。その予定です」
そして、ルイナと小さな声で会話すれば、ルイナはグレイに視線を向けないまま、そう答えた。
「そこで……『恩恵』の話が聞ける、と?」
「恐らくは」
ルイナ自身、このあたりの話は詳しく知らないのかもしれない。まあ、何にせよ、ここでテルミナス・サジータを誘き出してみるしか方法は無い。
罠があることだけは今でも分かっているが、それがどのような罠で、どのような狙いを持って仕掛けられているのかが分かっていた方がいいことは間違いないのだから。
「エメディア姫は……」
ふと、ルイナはそう呟いて、エメディアを見つめた。
エメディアは、スファルがモーニングスターを振り回しているのを見て『アイオン顔負けね』と笑っている。それに気をよくしたスファルが、少々やり過ぎないかが心配だが……。
「……よい恩恵をお持ちですね」
そう、ルイナが続けたのを聞いて、グレイは思わず、ルイナの方を見た。ルイナは変わらず、エメディアを見ている。その瑠璃紺の瞳からは、やはりどうにも、感情が読み取れない。
「……そう見えるか」
グレイが視線を正面に戻しつつそう返せば、今度はルイナがグレイの方を見た気配がした。
「あれはあれで、厄介な恩恵に見える」
「そう、でしょうか」
ルイナは少しばかり、納得のいっていないような声を発した。
……そして。
「あなたの恩恵よりも?」
そんなことを聞かれたものだから、グレイは少々、返答に窮する。
グレイ自身、考えたことが無いわけではない。もし、自分にこの恩恵が無かったら、と。或いは……最近は、『もし、自分にエメディアのような恩恵を持っていたら』と考えたことも、無いではなかった。
グレイは、自分の恩恵に苦しめられてきた。その思いは、ある。
だが同時に、自分の恩恵を使って食いつないできた、という自覚もまた、ある。
……そう考えていった時、グレイは、『エメディアのように人に好かれる恩恵があったとしても、自分にはそれを使いこなすことはできないだろう』と結論づけるしかなかった。
エメディアのように、万人に好かれたとして……グレイは、それに『返す』ことは、きっとできない。グレイはそんなに器用な性分でも、愛情深い性分でもない。
そして、自分へ向く人の心を利用するのならば、好意を利用するのではなく、悪意を利用する方がまだ、気が楽だ。
「……比べることはできない。俺は自分の恩恵が無かったとして、裏通りで生き残れたかは分からない。エメディアは、あの恩恵があるからこそ……命を狙われている」
だからグレイは、そう返した。ルイナは小さく息を呑んで、驚きの表情を浮かべていた。グレイはそれを見て苦笑する。
「さて、そろそろ向こうに合流しよう。スファルが仕事を終えた。次は俺達の仕事だ。じゃなきゃ、尖った石片の上に寝ることになる」
グレイは苦笑しつつ、ルイナを伴ってスファル達の方へと向かった。スファルが掘り抜いた岩壁の穴から、石の破片を掃き出してしまわねばならないのだ。
……ルイナは、何か迷うような素振りを見せていた。だが、グレイが木の枝を箒代わりに仕事を始めると、ルイナも同様にして働き始めるのだった。
岩壁の洞穴の前で焚火を熾し、宿場で購入してきた夕食を摂る。
水筒に入れてきたスープは鍋に移して温め直し、腸詰やチーズを焚火で炙ってパンに載せて食べる。
火の温かな光に照らされながら、一行はそれなりに楽しく、かつ美味しく食事を摂った。
『治安の悪い』宿場町のものではあったが、買ってきたスープは味がよかったし、腸詰やチーズはエメディアが購入してきたのでオマケもしてもらえている。尚、パンについては、グレイが買って来ようとしたところ、スファルが代わりに買いに行った。賢明な判断であった。
「じゃ、今日は早めに寝ましょ。明日はダンジョン攻略ね」
「銀の洞窟、か。さぞ美しい景色が見られるもの、と期待してよいのだろうか?ルイナ嬢」
「ええ。銀の洞窟は銀に輝く鉱石の結晶を何種類も見ることができる場所です。……同時に、魔物もそれなりに出ますので、景色を楽しんでばかりもいられませんが」
「なんと惜しいことだ!嗚呼、やはり美しい花には棘があるものなのだな……」
何やら、アイオンが大仰に嘆き、エメディアが『はいはいもう寝ましょうね』と片づけを始め、スファルがふわふわと欠伸をしている横で……ちら、と、ルイナが横目に何かを見た。
グレイもそちらを確認すると……ちらり、と光が見える。
恐らく、テルミナスからの信号だろう。手提げのランタンを使って光でやり取りをする方法は、グレイも幾つか知っている。
「……皆が寝たら、動くか」
「……ええ」
そうして、グレイはルイナと共に小さく頷き合った。
……これでようやく、向こうの事情が見えてきそうだ。




