17話:月に叢雲*3
「……って具合だった」
「成程な。ったく、面倒なモンに首突っ込まされたんじゃねえのか、それ」
「全くだな」
……そうして、グレイとスファルとアイオンは、ごく小声で情報交換を行った。
一方、ドアの向こうではエメディアがルイナと楽しく談笑している様子が聞こえてくる。……エメディアも何かを察しているのか、分かりやすく、大きめの声でルイナと話してくれている。とても気の利くお姫様だ。
「重要なところは全部暗号にされてるが、どうも、妙な気配だけはある」
「だな。俺も聞いてたが、意味はサッパリだ」
やはり、スファルはあの時、盗み聞きしてくれていたらしい。スファルは耳が良いのだ。……寝ているかいないかは賭けだったが、スファルもまた、睡眠薬に気づけたのだろう。
まあ、彼の生い立ちから考えれば、毒の類に気づけないようなら既に死んでいた可能性が高いので、特に不思議でもないのだが。
「ディアナバレイの連中ってのは、全員ああなのかね。ったく……気に食わねえなあ、おい」
スファルは不機嫌そうにそんなことを言っているが……一方で。
「『蛇は眠らない』『雲雀は踊る』……実に詩的な、美しい表現だ」
「は?」
……アイオンは、うっとりと嬉しそうであった。
「警戒を続ける者と、警戒する必要の無くなった者……両者の状況を表現するにあたって、悪くない報告ではないか?」
グレイとスファルは、顔を見合わせた。……アイオンの、妙に詩的な性分が役に立つ日が来るとは思わなかった。
アイオンについては思うところだらけだが、特に何も言わず、今はただ、アイオンに喋らせておくことにする。
「続いて、『凍れる茨の森』、『冬は終わる』か。つまり、氷は融け、自由を謳歌する小鳥が舞う、ということだろう。先ほどの『雲雀は踊る』にも繋がる、美しい言葉の選び方だな。ローザテイル城に滞在せざるを得ない状況になっていたがそれが解け、動けるようになった、と……」
「……ローザテイル城?本当にか」
「他に何がある?『茨』という言葉をわざわざ選ぶのであれば、薔薇の城として知られるローザテイル城では?」
「凍れるローザテイル城、と?」
「ディアナバレイの使者達は、ローザテイル城で氷漬けにされていたのだろう。即ち、居心地の悪いまま滞在を強いられ、動けなかった、と考えられる」
アイオンの解釈は、まあ、分からないでもないものである。だが……それにしても、不可解なところは多い。
「いや、だがよ、そもそも、月の竜が居る場所の話じゃなかったのか?ディアナバレイの使者が居るってんなら、尚更、ローザテイルの名前が出てくんのはおかしくねえか?」
「ルイナ嬢が『今はどちらに』と聞いたのであれば、それは月の竜のことではなく、テルミナス・サジータのことではないのか?或いは、『凍れる茨の森』は封印の地、といった解釈もできるか?茨、と言うのであれば、他に考えられるものは、何者かが囚われている場所、とも考えられるが……」
……考えてみても、答えは見つからない。アイオンが詩人であっても、解釈が挙がるばかりで、答えが見つかるわけではないのだ。
「……俺としては、何故、テルミナス・サジータが『月の竜』の居場所を細かく知ってるのかが不可解だ」
そして、グレイとしては、一切の暗号が分からなかったとしても分かる箇所……テルミナスからの指示が、気になる。
そう。テルミナスは、月の竜の居場所を知っているらしい。そして、これから『銀の洞窟』とやらに向かうというところまで把握しているというのだから、驚きだ。
「ルイナが分かるっていうんなら、分かる。彼女は『竜の巫女』らしいからな。そういう力がある、と言われればそれまでだ。だが……ルイナに分からないことが、何故、テルミナスに分かる?」
「ふむ。それは確かに興味深いところだ……。何故、彼女は月の竜の居所を知っているのに、月の竜の居所が分からないルイナ嬢を我々に同行させたのだろうか」
アイオンも『全く以てその通り』とばかり、グレイに同調して頷いた。
「あいつが捨て駒だからだろ。つまり、こりゃ、罠だ」
一方のスファルは、苦々しい表情でそう吐き捨てるように言った。
「本当に『銀の洞窟』とやらに行くのか?俺は、罠だと思うぜ?」
「だろうな。俺もそう思う」
これにはグレイも頷くしかない。……不可解すぎる。相手が何を知っていて、何故エメディアを動かそうとしているのかも分からないし、そもそも『月の竜』が実在するのかすら、危ういとさえ思える。
だが。
「だからこそ、行っておいた方がいいだろうと思う。……今後、エメディアが晒される危険は今の内に減らしておいた方がいい」
罠だと思えるからこそ、首を突っ込んでおきたくは、ある。
何故なら、その罠が狙っているのはエメディアだろうから。
「……まあ、それもそうか」
「罠だと分かっていれば、やりようはあるな……ふむ。ならば、仕方あるまい。エメディア姫のためにも、我らが先んじて動いておくしか無いだろうな」
エメディアが狙われている、となれば、これだ。スファルもアイオンも、危険だと分かっていても、エメディアのためならば身を投じてしまう。グレイもそうなので、何も言えないが……やはり、エメディアは『皆に好かれる』人なのだ。
そして……『皆に好かれる』という恩恵を持つエメディアだからこそ、狙われているのかもしれない。
「……連中は『恩恵』をどうこうする力を持っているらしい」
「ほう。それは、気になるな」
「あー、最後、お前、なんか誘われてたよな……?」
「そうだな。まあ、乗る気は無いが」
テルミナスがグレイに投げかけてきた誘い。『恩恵を消すことができる』と。そう言っていたが……アレが本当なら、彼女らの狙いは、いよいよ、エメディアであろうと思われる。
「……『恩恵』というものをどうこうできるなら、エメディアを狙う理由も分かる。あの恩恵は、誰しも欲するものだろうから」
「特に、為政者ならばそうだろうな。ふむ……」
アイオンも深刻そうに頷いたところで……さて。
「よおし……問題は山積みだが、俺に1つ、考えがある」
スファルが、険しい表情でグレイを見つめて、言った。
「グレイ。お前、寝返ったフリして向こう行ってこい」
……そして、グレイはスファルからその意見が出たことに少々驚きつつも……にやり、と笑って返す。
「ああ。俺も同じことを考えていたところだ」
その夜。
窓の鎧戸の隙間から月明かりが差し込むばかりの部屋の中。エメディアの寝息を微かに聞きながら、グレイは眠らずにじっと、起きていた。
すると、ルイナが身じろぎする気配がした。
「……起きてるか」
そこへグレイがごく小さな声を発せば、ルイナの気配は警戒の色を強めた。
だが。
「話がしたい」
グレイが尚も声を発せば……ルイナは、もそ、と、ベッドから起き上がり、物音を立てないように動き、そして、部屋を出ていった。グレイもそれについて部屋を出た。
2人続いて、黙ったまま宿の廊下を進み、裏口のドアを開け、きい、とドアが軋む音だけを小さく響かせながら屋外へ出れば、今宵も曇って星の無い夜であった。
ぱた、とドアを閉め、数秒、完全な沈黙がグレイとルイナの間を満たす。
……そして。
「恩恵を消す方法について、聞きたい」
グレイがそう告げれば、ルイナは少しばかり、驚いたような顔をした。
「……そうですか」
「どうすればいい」
「それでしたら……」
ルイナは少しばかり、考える様子を見せた。まさか、グレイが話に乗ってくるとは思っていなかったのかもしれない。
……だが、実際のところ、グレイとしては、『恩恵を消す方法』には興味がある。何分、今までの人生全てを縛り付けてきた、グレイの恩恵のことである。これを消せるというのなら……人に嫌われない人生を歩めるというのならば、今からでもそうしたい気持ちは、ある。
ただ……エメディア達を裏切る気にはなれない、という、ただ、それだけの話で。
「……次に赴く、銀の洞窟。あそこへ入る前夜に、詳しいお話をしましょう」
ルイナの言葉に黙って頷けば、ルイナも小さく頷き返した。
「旅程を、調整します。銀の洞窟へ突入する前夜、銀の洞窟の入り口付近で野営をすることになるでしょう。その時に」
「分かった。協力する」
野営するとなるとアイオンあたりが反対しそうだ、とでも、ルイナは考えているのかもしれない。確かにアイオンは、グレイが『恩恵を消す方法』に釣られたふりをすることを知らなかったなら、きっと野営に反対しただろうが……今回は、グレイが説得して納得させた体を装ってもらうべきだろうか。
「それから、今、テルミナス・サジータへ連絡を取りますが、よろしいですね?」
「俺が聞いていてもいいなら」
「……分かりました」
続いて、ルイナは懐から例の道具を取り出して、テルミナス・サジータと連絡をとり始めた。
……少しの後、道具から、小さく軋むような音が聞こえる。どうやら、連絡が通じたらしい。
「……『狼は歩く』」
ルイナが喋れば、道具の向こう側で聞いているであろうテルミナスが、小さく笑い声を上げた。
『雲雀は踊る。……グレイ・シンダーも一緒ですか?』
「はい。ここに」
ルイナは、グレイをちらりと見て、『どうぞ』とばかり、道具を示した。
……グレイは、この道具の使い方など知らないのだが、まあ、話しかければ声が向こうに伝わるのだろう、ということはなんとなく推測できたため、素直に喋り欠ける。
「グレイ・シンダーだ。……昨夜の話について、詳しく聞きたい」
『分かりました。あなたの興味を引けたようで、何よりです』
少々緊張しながら発した言葉の後には、テルミナスの穏やかな声が返ってくる。……こんな道具で遠く離れた相手と会話ができるのだから、不思議なものである。
「ルイナから、『銀の洞窟』の入り口付近で、突入前夜に詳しい話をすると言われている」
『成程。分かりました。では、そのように。ルイナに任せましょう』
テルミナスの、笑いを含んだ声を聞きながら、グレイは、ちら、とルイナの様子を見る。
……相変わらず、ルイナの表情からは、感情が読み取れない。よくできた兵士である。
『では、グレイ・シンダー。ルイナから、あなたが必要とする情報を教える条件として、この後、ルイナを1人で通信させてください』
「それは断る。……悪いが、疑り深い性分なんでね」
続いて、テルミナスから出された条件については……少し迷ったが、断った。
『困りましたね。それでは、あなたに『恩恵を消す方法』を教えることはできません』
案の定、テルミナスが道具の向こう側でため息を吐いているのが聞こえたが、グレイとしても、ここは譲れない。
「そう言われてもな。体よく働かされた挙句、裏切られてお終い、ってのは、今まで何回も経験してきた。あんた達が俺を裏切らない保証なんて無い以上、ルイナのことは監視する。それとも、俺に聞かれたらまずい事でもあるのか?」
……テルミナスは、黙った。グレイも、黙る。
まあ、あるのだろう。『グレイに聞かれたらまずい事』が。
『……でしたら、また、明日の夜、通信しましょう』
「分かった。まずはそれでいい」
結局、平行線を辿ることになったグレイとテルミナスは、『条件については保留』ということにした。
互いに信用できない以上、こうするしかない。
『私達は、あなたが私達の望みを叶えてくれることを期待しています』
「望み?」
グレイは問い返したが、テルミナスの声はそれきり、戻ってこなかった。ふつり、と小さな音が聞こえて、道具からは一切の音が聞こえなくなる。……どうやら、会話は終了、ということらしい。
グレイが小さくため息を吐くと、ルイナも小さく、ため息を吐いていた。
……暗雲が立ち込めたように、先が見えない。だが、前進してはいるはずだ。
グレイはそう信じて、ルイナを促して部屋へ戻ることにした。




