16話:月に叢雲*1
ルイナはしばらく、黙ってグレイを見ていた。グレイは隙を見せないように気をつけながら、ルイナを見つめ返す。
そうして2人でしばらく見つめ合った後、先に口を開いたのはルイナだった。
「……お疲れの様子でしたから、ぐっすり眠ってらっしゃるものかと」
「ああ……悪いな。あんたが盛った薬、慣れてるんだ」
グレイが返せば、ルイナは顔色一つ変えずに『やはりあなたが一番厄介そうですね』などとぼやいた。
ルイナが淹れてくれた茶に睡眠薬の類が入っていることには、すぐ気づいた。何せ、何度も飲んだことがあるものだったので。
それは、特定の薬草数種類を酒に浸して作る睡眠薬だ。……痛みで眠れない夜に自ら服用したこともあるし、グレイを眠らせたかった奴に盛られたこともある。ということで、グレイにとってはそれなりに馴染みのある睡眠薬であったし、慣れていれば、この薬特有の香りは嗅ぎ分けられる。
ああ、薬が盛られているな、と気づいたグレイは、茶を飲んでいるふりをしつつ、こっそり捨てておいた。……その結果、物音で目覚めることができた、という訳である。
……とはいえ。
「で、何が目的だ?……俺達に害が無いなら見逃すつもりだが……」
グレイは、ルイナを糾弾するために追いかけてきたわけではない。
ただ、隠された情報を手に入れるため、ルイナを追いかけてきたのだ。
「……害が無いなら、ですか」
「ああ。或いは、『取引の内容次第で』ってことでもいい」
グレイの申し出に、ルイナは少々、動揺していた。『こう来るとは思っていなかった』ということだろうか。
だとしたら、ルイナはグレイのことを買いかぶりすぎである。……グレイは、ルイナが抱えている情報も何も、知らないのだから。『取引次第』などと言いつつ、グレイは、ルイナが抱えているものをほとんど知らないのである。
「……あなたの望みは?」
なので、ルイナの方から歩み寄りを見せてくれることは、ありがたい。グレイは内心で安堵しつつ、あくまでも表面は取り繕って、精々、余裕のあるふりをしておく。
「目的は変わらない。上空に浮かぶメカニジア城の一部を確認したい。そのための手段が欲しい。……ああ、それから当然だが、向こうで寝てる3人の身の安全も。それらが保証されるなら、あんたがダンジョンの核に何をしていても別にいいさ」
「……あなたの身については?」
ルイナが、じりじり、と半歩後退しながら、そう問いかけてくる。グレイは3秒ほど、『何のことだ』と思っていたが、『そういえば俺のことは勘定に入れ損ねた』とようやく気付いた。
「それは、必要ならくれてやる。……だが、その時はあんたも無傷で済むとは思うなよ」
「……そうですか」
ルイナは何か、逡巡するような顔をしていたが……やがて一つため息を吐くと、何かを放り捨てた。
からん、と音を立てて転がったそれは……ナイフである。
「やはり、あなたが一番厄介ですね」
「そいつはどうも」
グレイも、自分の袖の中に隠してあったナイフを1本放り捨てて笑った。
……ただ話し合いだけで済む相手なら、話し合いで済ませるに越したことは無いので。
一旦、グレイとルイナはダンジョンの核から離れた位置まで戻ってきた。それでも、他3人が眠っている場所からは、太陽の竜の死骸を挟んで反対側になるが。
そこで、太陽の竜の死骸を背もたれにするように座って……さて。
「あんたの予想だと、月の竜はどうなってる?」
「月の竜は……このダンジョンを出て、戻ってきていないのだと思います。一体、どこに居るのやら」
「心当たりは」
「幾らかは。しかし、確かなものではありません」
ルイナの言葉は短くそっけないが、下手に冗長な言葉よりは信用できる。要は、『何も情報を出すつもりは無い』ということだろうが。
グレイは鷹揚に頷いて見せつつ、『さて、どうしたものか』と考え……空を見上げた。夜空は相変わらずの曇り空である。
「……俺達は、月の竜とやらを使って上空にあるメカニジアの残党を調査するのが目的だ。月の竜そのものに用事がある訳じゃないが、手段が消えるなら、他を考えなきゃならない。下手すると、ローザテイルとディアナバレイ、国同士の問題ってことにもなりかねないが……これは、あんた達の意図したところか?」
「……それには、お答えしかねます。私自身、ディアナバレイ上層部の考えを全て理解しているわけではありませんから」
いよいよ、交渉も暗雲立ち込める様相となってきた。ルイナから情報が出てこないとなると、いよいよ、グレイ自身、立ち回り方が難しい。
……だが。
「グレイ・シンダー。取引をしましょう」
ルイナはそう切り出すと、グレイを見つめてきた。
「あなた方の望みは、メカニジアの調査。即ち、上空を調査する手段を手に入れることですね?なら、月の竜の居場所を知らなければならない」
「その通りだ」
ルイナの言葉を聞きながら、グレイは少々身構える。それと同時に、ルイナの意図するところを探ろうと、ルイナを観察するが……相変わらず、ルイナの表情は読めない。
「……私は、月の竜の居場所を知ることができます」
「さっきと話が違うな」
「今の私には分からない、というのは確かです。しかし……ディアナバレイ上層部と、連絡を取れれば、分かる情報です。ですので、私はディアナバレイと連絡を取りたい」
ルイナの表情は読めないが、ルイナの要求は、理解できた。
「つまり、『1人きりで』ってことか」
「はい」
ルイナが頷いたのを見て、グレイは少々、考える。
……このダンジョンに入る時まで、ルイナはディアナバレイと連絡を取り合えていない。
恐らく、連絡を取り合う手段は持っているのだろう。盗み聞きの道具のようなものを使って、遠距離でも連絡できるような手段を用意してあるに違いない。だが、それを使う時間は、無かったはずである。何せ、グレイやアイオンが終始、ルイナを見張っていたので。
これは、ルイナにとっては誤算だったのかもしれない。そしてそのせいで、今、このような『予期せぬ事態』に遭遇してしまっているのかもしれないのだ。
とはいえ……安易に、ルイナを1人きりにしたくはない。これがディアナバレイの罠ではないとは、言い切れない。グレイはまだ、ルイナを……というよりは、ルイナの裏に居るディアナバレイの連中を、信用しきれない。
だが、ここでルイナの要求を突っぱねたところで、グレイ達は立ち往生するしかない。
ルイナが何か隠していることも、ディアナバレイの連中が何かを企んでいるであろうことも、ほぼ間違いのないことではあるが……上空を調査したいならば、確かに、ルイナの言うとおり、ルイナがディアナバレイの連中と連絡を取り合う必要がある、ということなのだろう。
「……別に、あんたを1人きりにする必要は感じない。俺が聞いていてもいいなら、連絡を取ってもらっても構わない。逆に、俺が聞いていたらまずいってことなら、そんな連絡を取らせるわけにはいかない。他3人の安全にもかかわる」
とはいえ、全てルイナの思い通りにする必要は無いはずだ。グレイ達の知らないところでディアナバレイの思惑が動くことを、わざわざ見過ごす必要は無い。
「ええ、そうでしょうね。しかし、無理を承知の上でこちらの要求を呑んで頂きたい」
……だが、ルイナはルイナで、折れそうにない。
このまま『交渉決裂』とやってもいいが、その場合、月の竜の情報が手に入らず面倒なことになるのは目に見えている。それに加えて、今、この場でルイナが連絡を取らなかったとしても、明日、明後日……どこかでは必ず、連絡を取ることになるのだろう。
「見返りは?」
ということで、グレイはあまり期待せず、一応、といった体で聞いてみた。
ルイナとて、相当な無理を通そうとしていることは承知の上だろう。ならば、『交渉』である以上、彼女は何かを差し出す準備があると見ていい。
「私に出せるものなら、何でも」
「……あんた自身でも?」
「ええ」
……だが、予想外と言うべきか、予想通りと言うべきか……少なくとも、期待外れではあるところの答えが来たので、グレイは嘆息するしかない。
「……なあ。あんた、ディアナバレイの中でどういう立ち位置だったんだ?」
この質問に、ルイナは、答えない。
「テルミナス・サジータと血縁だろう?」
まだ、ルイナは答えない。
「それでもこういう扱い、ってことは、あんたは捨て駒か」
……だが。
「違う?なら……嫌われ者、か?」
グレイがそう聞いた時、ほんの少し、ルイナの目の奥で憎悪めいたものが蠢いたのを、グレイは確かに見た。
「さて……悪いが、あんたが出せるもので俺が欲しいものは、無さそうだ」
「……そうですか」
ディアナバレイでのルイナの立場は分からないが、いずれにせよ、ここで折れてやる訳にはいかない。多少、ルイナの立場について思うところがあったとしても、だ。
だがここで何もかも終わらせる、という訳にもいかない。
「そこで提案なんだが……」
グレイは少し勿体ぶってから、言った。
「折衷案だ。テルミナス・サジータに、俺が隣で聞いていることを言った上で連絡を取る、っていうのはどうだ?勿論、俺は喋らない。それで、あんた達は暗号でも何でも、使えばいい。……それくらいは用意してあるんだろ?」
グレイの提案を聞いたルイナは、少々眉根を寄せた。やはり、少々厳しいらしい。
……だが。
「それを通してくれるんだったら、俺はあんたに危害を加えない。それから、あんたがダンジョンの核に何かしようとしていたことをディアナバレイの連中に黙っておいてもいい」
グレイは、半ば賭けのような気分で、そう、脅しをかけてみた。
ルイナがダンジョンの核に何かしようとしていたことが、ディアナバレイの公認のことであれば、これは脅しにも何にもならない。
逆に、もし、ルイナの行動が独断で……そして、国を裏切るようなことであったならば……。
「……確認してみましょう」
そうしてルイナは、相変わらず表情の読めない顔でそう、答えてくれた。
「ああ。そうしてくれ」
どうやら、賭けには勝ったようである。それすらもルイナの嘘かもしれないが……ひとまず、ディアナバレイと黙ってやり取りをされることは回避できた。
……そうして、ルイナが小さな魔導の装置を取り出し、何やら操作し始めたのを見て、グレイは考える。
ルイナは何故、ダンジョンの核を手にしていたのだろうか。




