15話:太陽の竜*3
……本来、このダンジョンの底には、『月の竜』が居るはずだった。そして、その『月の竜』を相手にルイナの力とエメディアの力を使って、『月の竜』を協力関係にする、という……そういう手筈であったのだ。
ところが、どうもルイナも予期していなかった事態が起きているようだ。『太陽の竜』の話をするルイナの様子を見る限り、彼女にとっても思わしくない事態であるらしい。
「ええと……月の竜、って、複数いるものなの?」
「いえ。『月の竜』と名を関するものは、常に一体だけです。世襲制ではありますが」
「ほーう。つまり、ドラゴンの一族の長を称える称号みてえなもんか……」
「……概ねは、そう思って頂ければよいかと。そしてそれは、『太陽の竜』も同じことです。そのドラゴンの一族で最も強い個体に付けられる呼称ですね」
ルイナの説明は少々難解だったが、ひとまず、『月の竜』『太陽の竜』というものは、ある個体を示す言葉ではないようである。
「称号、っていうことは……あんた達ディアナバレイの人間が、ドラゴンにそういう呼称を定めてる、ってことか?そうなると、その、ドラゴンの個体が死んだり、争って上下関係が変わったりするのを逐一全部確認してる、ってことになるが」
グレイが少々不思議に思いながらそう問えば、ルイナは少々口を噤んでから、こくり、と頷いた。
「……そうですね。私達は、ドラゴンと共に在りますから」
「……そうか」
「特に、『月の竜』は、このダンジョンの守護者です。守護者が変わったことは、ダンジョンを定期的に調べていれば分かることですから」
ルイナの話に頷きつつ……グレイは、思った。ルイナは何か、隠している気がする、と。
だが、今はそれをつつくべきでもないだろう。グレイ達の目的は変わらず、『メカニジア城から飛び出した鉄の棺がディアナバレイ上空にあることについての調査』なのだから。ルイナ自身には、興味は無い。
「して、その『太陽の竜』は、『月の竜』と敵対関係にあったのだろう?何故、そんなドラゴンがここに居る?」
続いて、アイオンがルイナにそう問えば、ルイナは首を横に振った。
「……分かりません。太陽の竜は、本来ならば、国の対極の位置……ローザテイルから見て最も遠い位置にあるダンジョンを根城としているのです。それが何故、ここに居るのか……」
ルイナなら状況が分かるものだと思っていただけに、ルイナにも分からないとなるといよいよ、グレイ達は困り果てるしかない。
「あー……その、殺しちまったからもう、しょうがねえが……太陽の竜とやらに乗っけてもらって空飛ぶわけにはいかなかったのか?」
「はい。私は『月の竜』に仕える竜の巫女ですので」
……このあたりの関係はよく分からないが、太陽の竜と月の竜が敵対関係にあるということは、月の竜に仕えるルイナも、太陽の竜とは敵対関係にあった、ということだろうか。グレイはスファルと目配せして、互いに『厄介そうなことが始まってるな』という顔をした。
「そういうことなら、取り急ぎ『月の竜』を探して譲位してもらうしかあるまい。『月の竜』が死んでいるなら、他のドラゴンが『月の竜』になるのだろう?」
そうして、アイオンが『やれやれ』とそんなことを言えば、ルイナは……。
「それは……」
……ルイナは、動揺しているように見えた。だが、少し考えたルイナは、努めて冷静に、答えた。
「……『月の竜』を探すことは、必要でしょう。しかし……死んでいるかは、分かりません」
グレイは、首を傾げた。
「死んでいないとしたら、隠れている、ってことか?確かに、ダンジョンの核の気配は、あるが」
グレイの感覚には、確かにダンジョンの魔力が感じ取れている。それはエメディアも同じらしく、エメディアもダンジョンの更に奥を見て、頷いた。
「そうね。この奥から、気配がするわ。きっと、ダンジョンの核がそこにある。……つまり、『月の竜』は、そこに居る、のだと思うのだけれど……」
……そうして2人揃って、首を傾げていると。
「……では、『ダンジョンの核』を探しましょう」
「へ?」
ルイナは、カップの中の茶を一気に飲み干すと、さっと立ち上がって、太陽の竜の死骸のさらに奥へと進んでいく。
……そんなルイナの背中を見て、グレイ達4人は顔を見合わせていたが……それぞれに急いで茶を飲み終えて、ルイナの後を追うことにするのだった。
そうして、ルイナを先頭に一行は奥へ奥へと進み……青白い岩の亀裂の奥、ごく狭いそこを探索していけば、すぐ、『それ』の存在に気づいた。
「えっ……あった」
……『それ』を見つけるのは、簡単だった。発される魔力の源を辿っていけば、おのずと見つかるのだから。
「驚いたな……。本当に、『ダンジョンの核』が、守護者の体外にあるとは」
岩の奥にひっそりと置かれた『それ』は、間違いなく『ダンジョンの核』であった。
エメディアが、そっと、ダンジョンの核に手を伸ばす。
既に2つのダンジョンの核を吸収したエメディアであるので、ダンジョンの核への恐れは今更、無い。
だが。
「触れないで」
ルイナの声が鋭く飛んで、エメディアは手をひっこめた。
「……これは、ここに安置しておくしかありません。それは月の竜のものです。月の竜の協力を得たいなら、触れないで」
「そう……いうものなの?」
「ええ」
エメディアは困惑していたが、ルイナは静かに息を吐いて、頷いた。
「ええと……ダンジョンの核、って、守護者から離すことも、できるのね?」
エメディアの困惑も、無理はない。何せ、『ダンジョンの核はダンジョンの守護者が守っている』というのが通常のダンジョンでの在り方であり……このように、ダンジョンの核だけが離れて置いてある、などという状況は聞いたことが無いのである。
ローザテイル国内だけの話だろうか、と思いつつアイオンを見てみるも、アイオンはアイオンで『実に興味深い……』とやっている。……やはり、このようにダンジョンの核が放置されている状況は、珍しいのだろう。それこそ、『あり得ない』と言えるほどに。
「ふむ、興味深い。私もこんな例は初めて見た」
「だよなあ……。危なくねえのかね、こいつは」
アイオンもスファルも、揃ってダンジョンの核を興味深そうに見つめる。渦巻く魔力はやはり濃く、これは間違いなく『ダンジョンの核』なのだろうが……。
「でもよく考えたら、守護者がダンジョンの外に出たくなることって、普通無いものねえ……。例が他に無いのは当然といえば当然かしら。だとすると、余計に『月の竜』がここに居ないのが不思議なんだけれどね……」
エメディアが、ぽつり、と呟くのを聞いて、ルイナもまた、唇を引き結んだ。
……『月の竜』は、果たして、どこへ行ってしまったのだろうか。
「あ?つまり逃げたんだろ?『太陽の竜』がここに来たから、逃げたってことだ。違いねえ」
考えていると、スファルがさも当然とばかりにそう声を上げた。
「ドラゴンの一族が2つありゃ、当然、争いはあるだろ。互いにどっちが優れているか決めるには戦うしかねえ。なら当然、こういうこともあるだろ。負けた方が住処を追い出されるんだよ」
スファルの言うことには確かに、それらしさもある。だが……本当にそうだろうか、と思いつつ、グレイは、ちら、とルイナを見た。
……ルイナは、険しい表情である。まあ、『月の竜』に仕える巫女だというのならば、自分が仕える対象が『負けて逃げた』などと言われては不愉快なのだろうが。
「でも、それも変な話でしょ?なんで急に、『太陽の竜』はわざわざ、国の端っこから国の端っこに向けて飛んできて、『月の竜』のダンジョンを襲おうなんて思ったのかしら……」
「そんなの幾らでも考えられるだろ?なんかあったんだよ、なんか」
「そう……うーん、人間の世界が大変なことになってるって時に、ドラゴンの世界も大変なことになってるのかもね……」
……結局、ここで何か考えてみても、結論は出そうにない。
このダンジョンに月の竜は居なくて、太陽の竜が代わりに居た。それだけが、事実なのだ。
一行は沈鬱な空気を抱えたまま、太陽の竜の死骸の傍まで戻ってきた。見上げれば、亀裂の先……空が見える。そこに見えていた月は、今は雲に陰ってよく見えない。
「さて、どうする。もう戻るか。……いや、ここで野営してから戻った方が、いいか」
「……そうですね。それがいいでしょう。もう夜ですから……」
ここに居ても仕方がないのでさっさと出てしまいたいところではあるが、生憎、体力はそろそろ限界だ。
ダンジョンの中では戦闘が多かったし、長い道程でもあった。そしてグレイに至っては、負傷もそれなりに重い。さっさと休んでしまいたかった。
「本当なら、ここでドラゴンに乗せてもらって、そのまま飛んでここを出られたらよかったんだけどね」
「そう上手くいかねえ、ってこったな。あーあ、やれやれ、だ」
それぞれにため息を吐きつつ、グレイ達は早速、野営の準備を始める。
……幸いにして、先程熾した焚火はそのまま残っている。多少、薪を足してやれば今晩の火は賄えるだろう。
食事については、太陽の竜の肉を少し貰えば事足りるはずだ。
今回のこれは骨折り損ではあったが……それでもなんとか体を休めて、明日に向けて行動を再開しなければならない。
そうして、一行は食事を終え、食後の茶をルイナが淹れてくれてそれを飲み、少々雑談に興じ……いい加減、皆疲れて眠気が襲ってきたため、眠ることにした。
寝袋など持ってきては居なかったので、適当にそこらの枯れ草やら石やらを持ってきて、各自、ありあわせで寝床らしいものを用意した。尤も、枯れ草の類はほとんど全てエメディアの元へと運ばれたため、男達は全員、石の上で眠ることになる。
……そしてルイナは、ドラゴンの死骸を枕に眠ることにしたようであった。焚火から少し離れた位置で丸くなって眠るルイナを眺めて、『まあ、彼女も色々あるんだろうが……』と思いつつ、グレイも自らの寝床に体を横たえ……。
……それから、半刻ほどした頃。
物音を聞いて、グレイはそっと立ち上がった。
鎧は脱いであったので、気をつければ音を立てずに動くことができる。グレイは慎重に、気づかれないように動いて……。
「『ダンジョンの核』に何か用か?」
……グレイは、ルイナの背中にそう、声を掛けた。
ルイナは、ゆっくりとグレイを振り返る。
……その手には、ダンジョンの核が握られている。




