14話:太陽の竜*2
ごうん、と、まるで銅鑼でも鳴らしたかのような音が響いた。
……グレイが大楯で、ドラゴンの尾を止めた音である。
「グレイ……!」
「間に合ったな」
グレイは、変わらず火傷で痛む体を動かして、エメディアの前に立っていた。盾役として、ここを譲ることはできない。
「ねえ、グレイ、私、ドラゴンを仕留め損なって」
「大丈夫だ。もう一発、頼む」
エメディアは、まさか自分の一撃で相手を仕留められないとは思っていなかったのだろう。動転している様子であったが、グレイが静かに声を掛ければ、自らの動揺を抑え込んだエメディアは、こくん、と一つ頷いた。
「今度こそ、延髄を……!」
そんなエメディアの横では、ルイナが矢を放っていた。
ルイナの矢はドラゴンの首筋へ飛んだが、刺さり方が甘い。暴れるドラゴンには、上手く矢が刺さらないのである。
「おい!こいつ、見えてねえんじゃねえのか!?」
一方、ドラゴンは執拗にエメディアを狙いに来る。グレイは必死にその攻撃を防ぎ、弾いてエメディアを守ろうとするが……エメディアを逃がそうとしても、そちらへドラゴンが誘導されていくのだ。まるで、目が見えているかのような振る舞いだが……このドラゴンの挙動には、思い当たるものがある。
「魔力だ!こいつ、魔力を見てエメディアを狙ってる!」
……そう。
このドラゴンは、目を失っても『見える』ようなのである。
肉体としての目が機能していない状態でも、ものの位置を確認することはできる。
例えば、エメディアがメカニジア城でやったように、微弱な魔力を周囲一帯に放って、その跳ね返りや共鳴の具合を見て『あそこに何かある』と判断することは、できる。理論上は。それを正確に読み取れるだけの腕前があれば。
……また、単に魔力を感じ取るだけなら、グレイも当たり前にやっている。魔力が多い者は、ある程度魔力の動きにも敏感だ。魔法が放たれそうな気配を直前に察知することくらいはできるし、魔力を多く持った生き物が居れば、それも分かる。
今、太陽の竜がやっているのは後者だろう。
このドラゴンは今、『この中で最も魔力が多いエメディア』を狙っている。魔力を感じ取ろうと意識を集中させたなら、確かに、エメディアの強い魔力は眩い程に感じ取れることだろう。
「ふむ。なら……攪乱は簡単だな」
そしてそんな中、グレイの声を聞いたアイオンが、動いた。
「エメディア姫!私が奴を引き付けよう!グレイ!姫を頼む!」
何か策があるのだな、と理解したグレイは、アイオンに任せて自分はエメディアを守ることに専念する。エメディアはエメディアで、グレイの陰で、再び魔力を放つべく準備をしていた。
ルイナはそんなエメディアを守るように立ち、ドラゴンがエメディアを狙い次第すぐさま矢を放てるよう身構えた。
……そして、スファルは。
「お、おい!俺は!?俺はどうすんだ!?」
「そこで吠えていたまえ!」
スファルは、アイオンが何をするつもりなのかも分からない以上、下手に動けない。おろおろ、としていたスファルであったが、アイオンに皮肉交じりの『引っ込んでろ』を命じられてしまい……。
「分かった!」
「は?え、ちょっとま」
……スファルはアイオンの皮肉を全く理解せず、素直に吠えた。
先日、ローザテイルでグレイがスファルを吠えさせたのも原因の1つかもしれない。グレイは少々、反省した。
まあ、理由はさておき、スファルは吠えた。それはそれは煩く、猛々しく……それ故に、太陽の竜は、不意を突かれたのだ。
目が見えずに魔力を見ていたとしても、音は聞こえる。そして音というものは、それはそれで相手の位置や行動を知るために必要な情報であるので……それが潰されたとなると、太陽の竜が戸惑うには十分だったのである。
……そして、アイオンが動く。
何かを懐から取り出したと思ったら、それを地面に叩きつけて砕き、火種を落とす。
……魔石を燃やしたのである。
それなりに質のいい魔石であったらしいそれは、砕かれ、炎を与えられたことによって、炎の魔法を生み出し、魔力を一気に放出させた。
即ち……魔力を探していた太陽の竜の、魔力を見る目を眩く灼いたのだ。
「隠したい物音があるなら、より煩く騒げばよい。そして隠したい光があるなら、より眩く輝く炎を焚けばよい!そういうことだ!」
アイオンは高らかに笑いながら、惑うドラゴンの尾へモーニングスターを繰り出した。魔力すら見えなくなったドラゴンは、今なら完全に無防備なのである。
「そういうことなら、魔法を使っておけばいいか?」
グレイは、エメディアから少し離れた位置でランプの中身……魔石のクズ石をぶちまけて、アイオンよろしくそこに火を投じた。
こちらは低級の魔石であるだけあって、アイオンがやったように激しくは燃えなかったが、それでも、ドラゴンをより一層惑わせるには十分である。そしてその隙に、スファルがドラゴンの頭部へ痛烈な一撃を加えることも、また。
「よぉし……今度こそ、もらった!」
スファルは、いつの間にやら、岩壁を登っていた。そうしてドラゴンの頭の高さより上に出ると、岩壁からもぎ取った巨大な岩石を手に飛び降り……ドラゴンの頭の上へ着地すると同時、ドラゴンの頭へ、その巨大な岩石を思い切り叩きつけたのである。
そうして、ドラゴンは倒れた。
スファルが勝鬨の声を上げる中、アイオンは『やれやれ、砕いた魔石の分くらいは回収できるといいが』などと言いつつ、早速、ドラゴンの死骸を検分しに向かう。ルイナも、ドラゴンについては調べなければならないことがあるのか、早速そちらへ向かい、そして、エメディアは……。』
「……私、結局、何もできなかったわ」
エメディアは、杖を抱えて、じっと俯いていた。
「一撃、入れてただろ」
グレイがエメディアの元へ戻ると、エメディアは首をゆるゆると横に振る。
「仕留められなかった」
「だが大きい一撃だった。あれが無かったら、スファルの最後の一撃だけで決まっていたか分からない」
「そうかしら」
エメディアはすっかり、落ち込んでいる様子であった。……エメディアの気持ちは、分からないでもない。エメディアはその膨大な魔力を相手に注ぎ込んで、相手の魔力系統を破壊して勝つ、というやり方で戦っている。準備に時間は掛かるが、成功しさえすれば確実に相手を仕留められる、という。
しかし、それが今回、できなかった。『準備に時間がかかって、それでいて、相手を確実に仕留めることができなかった』のだ。
エメディアはそれを非常に気にしている様子であった。グレイも、もし自分が同じような立場になったら酷く気にすることになるだろう、と思う。
思うが……それはそれとして、エメディアには、あまり気負わずに居てほしい、とも思う。
「まあ、あんたにしては珍しかったか」
エメディアの傍らに立って、グレイは苦笑してみせる。
「注ぎ込む魔力の量が足りなかった、ってことか?」
「そう……かもしれない。でもね、多分、違うの。注ぎ込む量は、十分だった。けれど、相手に抵抗されたんだわ」
……そして、エメディアはエメディアで、先程の戦いについての反省は既にできているらしい。
「あのドラゴン、魔力を操るのが上手だった。……私の魔力を注ぎ込まれた時、致命的な傷を負わないように、自分の魔力で私の魔力を相殺したんだと思う」
「できるのか、そんなこと」
「分からない。でも多分、できるのよ。そうじゃなきゃ、説明がつかない」
エメディアは真っ直ぐに、ドラゴンの死体を見つめている。
……落ち込んでもいるのだろうが、それ以上に内省が彼女の内を占めているのだろう。
「……まあ、原因が分かったなら、『次』は対策を講じるだけだ。だろ?」
「ええ、そうね。落ち込んでる暇は無いわ」
そうして、グレイが大して声を掛けるまでもなく、エメディアは立ち直った。過ぎ去ったことを悔いても仕方がない。ただ、前を向いているしかない。酷い結果があったとして、その『次』がある以上は、それに向けてやっていくしかないのだから。
「……ありがとう、グレイ。やっぱりあなたって、優しいのね」
「は?」
……とはいえ、グレイとしては、エメディアに翻弄されっぱなしであるが。
「ねえ、グレイ。ところであなた、火傷が酷いんじゃないの?ちょっと見せて!」
「え、あ、うん」
……そうしてグレイは、エメディアの勢いと元気に押し切られるようにして鎧を脱ぎ、『うわああ……』と悲痛な顔をするエメディアに罪悪感を刺激されながら、大人しくエメディアに手当てされることとなった。
薬を塗られ、包帯を巻かれながら、グレイは、『俺は優しいんだろうか……』と、あてもなくぼんやりと考える。
……そして、『別に、優しくはないだろう』と結論に至って、一人頷いた。エメディアには、『あっ、グレイがまた何か、変なこと考えてる気がするわ……』などと言われてしまったが……。
さて。
グレイの火傷が粗方手当された後、エメディアは、『スファル!アイオン!ルイナ!怪我があったらすぐ見せて!』と呼びかけた。
すると、スファルがドラゴンの鱗で切ったらしい傷を見せてきてエメディアに薬を塗られ包帯を巻かれ、ルイナは『私は全くの無事でした』と申告してエメディアに撫でられ、そしてアイオンは『全身が痛む!』と申告したため、エメディアに『じゃあ寝てなさい』と寝かされた。
……そうしている間にスファルがさっさと焚火を熾し、野営道具で茶を淹れていたため、全員が茶のカップ片手に人心地付き……さて。
「これは太陽の竜です。月の竜の一族とは敵対関係にある一族のドラゴンで……本来、ここには居ないはずのドラゴンです。そのドラゴンが何故、ここに居るのかは……分かりません。月の竜がどこに居るのかも」
全員揃って、ルイナの説明を聞くことになった。
というのも、予期せぬ事態が起こっているからである。




