12話:月の谷の底へ*2
「……足元から来る分には、俺でもいいのか」
「成程、そのようだな。なら、前線は私がやろう。グレイ、君は姫君達に向かう触手を一身に集めてくれたまえ」
……ということで、アイオンとグレイによって、ローパーの処理が始まった。
『グレイとアイオンが囮になってローパーの触手を引き出しておいてから、適当にぶった切ればいい』という至極単純かつ明快な攻略法を見出してしまったがために、哀れなローパーは先程から獲物をしとめられないまま、無為に触手を消費する羽目になっている。
……そして、グレイもアイオンも、無数の触手に襲われ続けている。足はもう、諦めた。捕まることは最早どうしようもないこととして、後は、太腿の方まで這われる前にそれらを断ち切る程度に留め……『俺達は移動しないから触手は好きなだけ来てくれ』という方針に切り替え、来る触手を片っ端から切っている。
そう。グレイもアイオンも、ローパー相手には本来分が悪いはずの、消耗戦を仕掛けているのであった。
本来、ローパーは『毒を食らわせた獲物を少しずつ弱らせ、消耗戦に持ち込んで勝つ』という戦略を取る魔物である。
……ローパーの毒は、厄介だ。完璧な解毒剤の類は貴重で、中々手に入らない。対症薬となる鎮静剤の類はよく流通しているものの、それも効くまでに時間がかかる。それまではまともに身動きが取れなくなるので、ローパーの毒など受けないに越したことは無い。
だが一方で、触手の一本一本は、精々、人間に絡みついて動きを弱める程度のものでしかない。力の強いローパーなら、元気な人間を絞め上げたり、持ち上げたりすることも容易にできるだろうが……一般的なローパーは、毒と、触手の数に物を言わせた消耗戦でしか戦わない。
が、その消耗戦の舞台に人間2人が上がってきたものだから、ローパーはさぞかし困惑していることであろう。今も尚、グレイとアイオンの足元から触手を這わせて毒を食らわせようとしては、金属でできた足に戸惑い、そして、戸惑っている間に触手を断ち切られてしまう……ということを繰り返している。
「ね、ねえ、グレイ、アイオン。私に手伝えること、ある……?」
「いや、出てこないでくれ。あんた達が毒にやられると厄介だ」
エメディアがおずおずと後方から声をかけてきたが……正直なところ、何も無い。『出てこないでくれ』というのが、最大の援護なのであった。消耗戦に持ち込むならば、消耗しない人員しか割かない方が良い。
「そう……?なら、後ろに居るわ」
ということで、エメディアとルイナ、そしてスファルも、『毒を受けないように警戒しつつ後ろに居る』ということになった。グレイはそれを見て安心しつつ、自分の首筋を狙ってきたローパーの触手を、大楯で払って斧槍で叩き切った。
「そうだ、ならば声援を!我々の心を震わせる心よりの声援を所望する!」
「俺は静かにしておいてもらった方が落ち着く」
「そう……分かったわ。じゃあ、静かにしてるわね……」
「何故!?」
……アイオンは要望を出したが、それはあっさりと無視された。グレイはまた安堵しつつ、ひとまず、目の前のローパーに意識を集中させるのだった……。
「……ローパー相手に、このような戦い方をするのを見たのは初めてです」
「そうか」
そうして四半刻を経て、ローパーは無事、片付いた。
ルイナは尊敬とも侮蔑ともつかない視線をグレイとアイオンへ向けていたが……まあ、確かに、正攻法ではなかったことは確かである。
「普通は燃やすよなあ、こういうのはよお……」
「そうだな。こいつらは火に弱い。火を見ると逃げ出すことも多い。私もかつて、メカニジアの開発した『火炎放射器』でこの手の魔物を焼き払ったことがあるが……」
「だが、逃がさずに仕留められるならその方がいいだろう。……ほら」
正攻法ではない戦いをしたことは間違いないが、それにはそれなりに価値がある。グレイは、ローパーの本体……触手が絡み合ってできた大きな塊のようなものの中に斧槍を突っ込んで、『ここらへんか』と見当をつけながら、切り開いていき……そして、『それ』を見つけ、取り出した。
「ローパーの種だ」
「ああ……ローパーの毒の、完全な解毒剤になるもの、よね?へえ、こういう風になってるんだぁ……」
グレイが取り出したのは、ローパーの種、と呼ばれるものである。これが実際に『種』なのかは不明であるが、ひとまず、これを用いるとローパーの毒に対する貴重な解毒剤になる、ということだけは分かっているので、高値で取引される代物だ。
「これを手に入れるには、『正攻法で追い払う』って訳にはいかないからな」
「あ、そうよね。逃げちゃったら、種は手に入れられないから……」
エメディアは『へえー……』と、なんとも感慨深そうにローパーの種を見つめていたので、グレイは少し考えて、その種をエメディアに渡しておくことにした。高価な代物であることだし、グレイが持っているよりはエメディアが持っていた方がいいだろう。
「これで助かる人も、居るものね」
「そうだな」
……実のところ、グレイがこうしてローパーの種を採取するのは、今回が初めてではない。そして、『前回以前』は、今回のように穏便に済んだ訳ではなかった。
それでもなんとか、ローパーから種をもぎ取る仕事をやってのけたのは、そうしなければ食っていけない程に食い詰めていたからであるが……同時に、どうせやるなら、人の役に立つ仕事がしたかったからだ。
解毒剤になるこの種をグレイが持ち帰れば、誰かが助かる。その人がグレイを好いているか嫌っているかなど関係なしに、助かる。
それは、グレイにとっては喜ばしいことだったのである。……愚かしい、と自分で、思わないでもないが。
さて。
ローパーも退治できたところで、再びグレイ達は道を進み始めたが……少ししてまた、魔物の群れに襲われた。
今度は、スケルトンだ。要は、動く人骨、といったところの魔物であるが……魔物の中ではそこそこに知能が高く、かつ、武装してくる場合もあり、隊列を組んで組織だった戦い方をしてくることもあって、中々に厄介な敵だ。
とはいえ、グレイにとっては、そうした『中々に厄介な敵』の方がありがたい。知能が高ければ、グレイの煽り文句に煽られて、グレイを襲いに来てくれる。武装している分、動きが読みやすい。隊列を組んで戦うなら、それを崩した時の利が大きい。
……ということで、ひたすらグレイが盾持ちとしての真価を発揮し、その隙にスファルが殴り、アイオンがモーニングスターを振り回し、ルイナが放った矢がスケルトンの頭蓋を貫通し……とやっている内に、あっさりと片が付いてしまった。
エメディアは、『私の出番が無いわ!』と嘆いていたが……エメディアの出番が出てきてしまうくらいの苦境に立たされずに済んでいることに、感謝したいところである。
なんだかんだ、エメディアは最後の手段だ。温存できるなら温存しておくに越したことは無いのである。
そうして、2度目、3度目、とスケルトンの群れに襲われ、或いはまた別の……ゴブリンの類やレッドキャップの類、そして再び現れたローパー、といった魔物とも対峙することになり……幾度目かの戦闘の後、ふと、ルイナが呟いた。
「……盾持ちというものは、こんなにも、戦況を左右するものなのですね」
「は?」
グレイは、『俺は別に、戦況を左右するほどのことはしていないが』と思いながらルイナを見つめる。ルイナの瑠璃紺の瞳もまた、グレイを見つめ返しており……ルイナは、小さく首を傾げた。
「ディアナバレイの部隊には、盾持ちは居ません。私のような遊撃が撹乱することで敵の統率を乱し、各個撃破していく形で戦っています」
「……まあ、そういう戦い方もあるだろうな」
グレイの戦い方は、決して、唯一解ではない。
例えば、エメディアのように『隙が大きいが、発動さえすれば敵を滅することのできる魔法使い』が居るような場合に真価を発揮するが、他にも、少人数のパーティで他の前衛が立ち回りやすくなるようにするだとか、魔法を使う者を守るだとか、そういうこともできるが……それだけだ。
ルイナの言う通り、『遊撃が撹乱し、敵の統率を乱した上で他の仲間が敵を各個撃破していく』というやり方もあるだろうし、その場合は盾持ちなど必要ないだろう。
「やりにくいか?」
「戸惑いはありますが、そちらに合わせます」
幸いにして、ルイナは器用な性質であるらしい。いつもの自分の戦い方とは異なるやり方であっても、それなりに合わせてくれるようなので……グレイは、『ディアナバレイの人間を1人選ぶとして、ルイナを選んだのは正解だったんじゃないか?』と思う。
「ルイナ、本当にすごいわよね……。弓をこんなに素早く引ける人、初めて見たわ」
また、エメディアはルイナのところへやってきて、目を輝かせ、ルイナの手を握った。
「それでいて、狙いが正確なんだもの。スケルトンやレッドキャップ相手じゃ、一回も外してないでしょう?それに、その時その時で、グレイに注意を向けていなくて、アイオンやスファルから遠い奴をちゃんと選んで射抜いているし……状況を見るのも上手なのね」
エメディアが掛け値なしにルイナを褒めちぎると、ルイナは少々縮こまって、居心地悪そうに『ありがとうございます』とだけ言った。……グレイには、ルイナの気持ちが分からないでもない。もし、グレイもあのように褒めちぎられたら……嬉しさより先に、居心地の悪さが来る。
ルイナは案外、グレイに近い性質の人間なのかもしれない。グレイは、ほんの少しばかり、ルイナへの認識を軟化させた。
「さあ、このまま月のドラゴンまで到達しちゃいましょ!日が暮れちゃうわ!まあ、ダンジョンの中での野営っていうのも楽しそうだけれど……」
「止めておいた方がいい」
グレイは、『少なくともエメディアにダンジョン中の野営はさせたくない』と思った。……下手にエメディアを置いておいたら、また、ローザテイル王都のダンジョンの二の舞になりかねない。即ち……エメディアが、ダンジョンの守護者の『宝物庫』へと攫われかねない!
「……そういうことならいよいよ、頑張って進むしかないわね」
エメディアも、そのあたりの自覚はあるらしい。少々ため息を吐いてみせつつ、きょろ、と周囲を見回した。
相変わらず、青白い石材でできた洞窟の中を進んでいる一行であったが……上層でよく見られた光る花は、このあたりにはもう、随分と少なくなってしまっている。よって、グレイ達は少し前に自前のランプに火を入れた。そうしなければ、何も見えなくなりがちであったので。
「ええと、ルイナ。これ、今、どのあたりまで来ているのかしら」
「中ほどまでは来ています。……今日は、いつもより随分と魔物が多いものですから」
「ほーう……?いつもこの調子じゃあねえ、ってワケか?」
「ええ。今日は、魔物も落ち着きがありませんね」
……今のところまででも、それなりに魔物と戦っている。グレイは『こんなもんか』と思っていたが……それにしても、魔物が多い。
「……何かあったのでなければ、いいのですが」
ルイナの言葉に、全員が薄らと嫌な予感を覚えた。
このダンジョン、何かあったのでは、と。
だが、魔物が増えてもグレイ達の進行は途切れない。
スケルトンを砕き、ローパーを引き千切り、レッドキャップを蹴散らし……マンイーターの群生地を叩き潰し、コモンリザードを刺し貫いて、どんどんと深部へ向かっていく。
出てくる魔物は、随分と大きくなってきた。コモンリザードは、スファルほどの体躯で地を這う大トカゲである。火を噴くこともあり、厄介な相手なのだが……ルイナが矢の一撃で目玉を狙えば、コモンリザードといえどもあっさりと討ち取ることができた。
『時間があれば、こいつらの皮を剥いで持ち帰りたいところなんだがな』とグレイは少々、惜しく思う。この手の魔物の皮は、火に強く頑丈で、それ故に高く売れるのだ。持ち帰れれば、それなりの稼ぎになっただろうが……お姫様を連れた旅路で金のことを考えるのもおかしなことかもしれない、と思い直した。
一方で、マンイーターについては、倒した恩恵を存分に頂くことになった。
というのも……人食い花であるマンイーターは、恐ろしい相手ではあるものの……実らせる果物が、非常に美味なのである。それでいて、疲労回復にもよい、というのだから、貴族の間で高級果物として取引されるのも無理はない。
ここまで魔物との戦いにダンジョン内の移動に、と休みなく動いてきたグレイ達は、マンイーターの果実を食べ、その濃い甘酸っぱさと豊かな果汁で疲れを癒し、少々の休憩とした。
……こうして、安定してマンイーターと戦える戦士達のみに許された特権を存分に味わって、疲労を回復させて……さて。
「いよいよ、ここを下れば最深部です」
ルイナの案内に、グレイ達は緊張を強めた。
……ダンジョンの最深部へ続くという道は、下り坂だ。その先は暗く、何も見えない。
「ええと、この先に『月の竜』が居るのよね?それで、その月の竜を、ルイナの技と私の力で、協力させる、と……いうことで合ってる?」
「ええ」
エメディアの問いに、ルイナは言葉少なに頷いた。
「……では、行きましょう」
そしてルイナが先頭に立って、いよいよ、ダンジョンの最深部へと進んでいく。
暗い道をランプの灯で照らしながら進み、下り、自分達がどちらへ進んでいるのかもよく分からなくなってきた頃……。
ぱっ、と、視界が開ける。暗闇を抜けて、光の差す場所へ出たのだ。
……そう。そこには、月明かりが差し込んでいた。
「最初に見た、亀裂の、底……ってこと、よね」
ここはダンジョンの最深部。大地の裂け目の底。それ故に、見上げれば遥か上方に亀裂が見え、その先には空が見える。
空は、暗かった。既に夜になっていたらしい。だが……雲が風に流れ、月が姿を現すと……この亀裂の底に差し込む光も、少しずつ、強まってくる。
そして。
「ドラゴン……」
……そこには、神々しくも月光に照らされて佇む、巨大なドラゴンの姿があった。
茶褐色の鱗を持つそのドラゴンは、金の瞳でグレイ達を睥睨し……。
「……月の竜じゃ、ない」
茫然と、ルイナがそう、呟いた。
「あれは……太陽の竜です!」
ルイナが続ける中、『太陽の竜』と呼ばれたそのドラゴンは……にやり、と笑ったように見えた。
そして次の瞬間、ドラゴンは空気を吸い込み……業火と成して、グレイ達に向けて吐き出したのである。




