10話:竜の巫女*4
「……僭越ながら、エメディア姫とルイナ嬢が同室、ということは避けるべきであろうと考える」
部屋割りを考え始めたところで、アイオンがそう、言い始めた。
「ルイナ嬢、大変申し訳ないが、私はあなたのことを完全に信用したわけではないのだ」
「ええ。構いません。私はディアナバレイの者ですから、そうお考えになるのも当然のことかと」
……そう。何せ、ルイナはディアナバレイの使者だ。ディアナバレイはローザテイルと共闘することにした立場ではあるが……裏切られることは無い、などと信じることはできない。
つまり、ルイナとエメディアが同性だからといって、この2人を同じ部屋にしておく、というのは……いささか、危険であると言えるのだ。
「だがよ、ルイナを1人にしとくのか?それこそ、こいつがディアナバレイになんか報せるとか、夜抜け出してなんかやるとか、そういうのの警戒はした方がいいんじゃねえのか?」
「流石に、そんなこと……しない、わよね、ルイナ?」
「……しない、とお答えしますが、それで信用なさるのも如何なものかと」
同時に、ルイナを信用しないとなると、ルイナの監視をどうするか、という問題が発生する。
……ディアナバレイが、盗み聞きをしていた類の人間達だということは分かっている。そんな人間を、1人、野放しにしておくのは、あまりよろしくないだろう。どう動かれるか分からない以上、動けないようにしておく方が、安全だ。
つまり、この部屋割りにおいて、考えるべき点は3つ。
1つ目は、エメディアとルイナが女性で、他3人は男性であるということ。
2つ目は、ルイナを警戒する上で、エメディアと同室で2人きりにしない方がよいのではないか、同時にルイナを1人にしておくのは危険ではないか、ということだ。そして……。
「この宿、ベッドの数は一部屋に3つまでよ。だから全員同室ってわけにはいかないわ。……さあ、どうしましょうか」
……全員一緒、といかないということである。
……そうして、一行が悩んでいたところ。
「ルイナ嬢の監視は必要だろうな。同時に、エメディア姫の警護も必要だ。ということで、私から提案するが……」
アイオンがそう声を上げ、進み出た。
「私とエメディア姫が同室になろう。そして、グレイとスファル。ルイナ嬢と同室になりたまえ」
「却下よ」
そしてアイオンの意見は、エメディアによって瞬時に却下された。
「何故!?」
「ルイナも女性だもの。いくら信用できないって言っても、他国の男2人の中に置いておくのはね……安心できないでしょう、ルイナが」
「私は構いませんが」
「そう、ありがとう、ルイナ。でもね、私が気にするわ。アイオンと2人きりっていうのは、流石に」
エメディアの言葉に、アイオンが『何故!?私が一番紳士であろう自信があるが!?』と大仰に嘆いたが、エメディアはそれを軽やかに無視し……そして。
「ということで、私とルイナと……グレイ。一緒の部屋にしましょう」
「何故!?」
アイオンの叫びはまたも無視されたが、今度はグレイが叫びたいくらいであった。『何故!?』と。
「この部屋割りの理由は3つあるわ。1つは、ルイナと私が同室なら、少なくとも、ルイナは多少、安心できるんじゃないかと思ったってことよ」
最初にエメディアがそう言えば、アイオンは『まあ、淑女達の安心は守るべきだ……』と頷いた。お前はそれでいいのかよ、とスファルが横で何とも言えない顔をしていた。
「次に、グレイが同室なら、私の護衛とルイナの警戒ができるわね。……少なくとも、ルイナとグレイが真っ向から戦うことになれば、まあ、グレイが勝てると思うわ。その時は私も加勢するし」
「いや、だがそれならグレイじゃなくて俺でもいいわけだろ?俺だってこいつには勝てる!」
続いた2つ目の理由には、スファルが文句を付けに来た。グレイは、『文句をつけるところはそこでいいのか?』と何とも言えない気持ちになったが、それは言わない。どちらかといえば、スファルを応援したい気持ちだ。何せ……気まずい。女2人と自分だけが同室、というのは、あまりにも。
「そうね。スファルでもルイナを押さえ込むことはできるでしょう。でも、絡め手に先んじて気づけるのは多分、グレイだわ。それから、スファル。あなた……ものすごーく、寝起きが悪いじゃない……?」
……グレイも何か反論したかったのだが、スファルが『成程な。確かに俺は、起きるのが少しだけ苦手だ……』と頷いてしまったので反論のきっかけを失った。何故このオーガはこうなのだ、と少々苛立たないでもない。グレイとしては、グレイの代わりにスファルが女2人と同室になるべく頑張ってほしかったのだが!
「そして……3つ目の理由だけれど」
更に、エメディアは静かに、神妙な顔で頷いて……言った。
「スファル。アイオンが何かしでかしそうになったら、殴って止めて」
「……成程。成程な。確かにそれは、グレイより俺の方が、適任だろう……。よし、俺はアイオンの見張りをする」
スファルが鷹揚に頷きながらアイオンを横目で見ると、アイオンは『何故……!?』と、愕然とした顔でエメディアとスファルを交互に見つめていた。
……グレイは、『確かに、アイオンを殴って止めるのは俺よりスファルの方が得意だろうな……』と、静かに納得した。
諦めた、とも言う。
……ということで。
「俺はこの線からそっちには入らない」
グレイは部屋に入って真っ先に、床にロープを張った。
「夜はあんた達がベッドに入る時間までは外に居る。明日の朝については、あんた達が身支度する間は部屋から出るから、もし俺がまだ寝ていたら叩き起こして放り出してくれて構わない」
「こういうところよ。こういうところが、グレイは信用できるの!」
グレイが自分のベッドからエメディアとルイナの方を遮るように大楯を立てかけたところで、エメディアは『スファルには無い気配り!アイオンには絶対にない思慮!』と誇らしげにしていた。グレイとしては、誇られても困る。
「でもね、グレイ。それだとあなたが休まらないんじゃない……?」
「……あんた達と同室の時点で、休まらない」
グレイは苦い顔で、エメディアにそう返した。
……落ち着くわけがない。基本的に、グレイは今まで、パーティの仲間達と宿泊する際、別室だった。部屋の空きが無い時には、グレイ1人、宿の納屋なり厩なりで野宿めいた宿泊をしていたこともある。
それらは、パーティの仲間達が『グレイと同室だと落ち着かないから』ということでもあったし、グレイ自身、気を遣いながら誰かと同室になる羽目にならないことは、ありがたかった。
……だというのに、今、コレだ。
エメディアから謎の信頼を寄せられてしまっている今の状況は、非常に……居心地が悪い。
自分なんか信用するな、と言ってやりたくもあるし、同時に、自分のことは放っておいてくれ、と懇願したくもなるし……とにかく、居心地が悪い。非常に、居心地が悪い。
「……ごめんなさい。あなたに悪いことしたわ」
「いや、あんたが1人で居るのも、ルイナを1人にしておくのも、それはそれで休まらない」
だが、この状況を回避したとして、それはそれでまた別の心配があるだけだ。
少なくとも、ルイナの素性がもう少し明らかになるでもない限りは、こうした居心地の悪さは甘んじて受け入れるべきだろう。居心地など、安全には代えられない。
幸いにして、エメディア自身は、グレイと同室だろうがルイナと同室だろうが、気にならないようだし……。
「あなた……本当に、律儀ね……」
「……どうも」
……エメディアの言うところの『律儀』であるらしいグレイは、『そんなことも無いと思うが』などと内心で呟きつつ、ひとまず、荷物を置いたら女性陣のため、部屋の外へ出ていることにするのだった。
「よお、グレイ。なんだ、追い出されたのか」
「自主的に出てる。エメディアの許可は得た」
部屋の外に出てしばらくしていると、スファルとアイオンが様子を見に来た。……2人は2人で、楽しくやっているらしい。気楽そうで、羨ましいことである。
「中の様子は大丈夫なのか?ルイナ嬢がエメディア姫に何かしないとも限らないだろう」
「中の様子は聞こえてる。問題無い」
グレイは、きちんとエメディアの護衛としての任も果たしている。今も、ドアの向こう側……部屋の中の様子には、気を配っている。女2人の話し声が聞こえてくる他、時々、衣擦れの音やら何やら聞こえてくるため、非常に落ち着かないが。
「あー、それでドアのすぐそばにいんのかよ、お前……律儀な奴だな……」
スファルにまで『律儀』などと言われてしまった。グレイは『そんなに俺は律儀なのか?』と思いつつ……しかしそんなことも無かろう、と思い直して、ため息を吐いた。
……そして。
「……1つ、頼みがある」
「あ?頼み、だあ?」
グレイは沈痛な面持ちで、スファルの目を見上げた。
「……明日は交代してくれ」
……スファルは、黙ってグレイの肩を叩いた。
『諦めろ』といったところであろう。非情な奴である。
そうして、グレイは非常に居心地の悪い中、就寝した。
エメディアがすうすうと安らかに寝息を立てていることは幸いであった。グレイは落ち着かないが。
一方、ルイナは物音ひとつ立てない。息を殺して、意識して静かにしているように思える。つまり……意識がある、のだろう。
彼女の気持ちも分かる。何せ、他でもないグレイが同室だ。嫌悪感しか抱かないような相手、それも男が同室となれば、ルイナとしては落ち着かないだろう。
可哀想ではあるが、彼女を警戒することは仕方がない。強いて言うなら、盗み聞きなどを最初から仕掛けてきたディアナバレイが悪い。
なのでグレイは、できる限り寝ているふりをしてやることとして……同時に、ルイナより先に意識を失うわけにもいかないな、と、不寝番を覚悟するのだった。
……時間だけが流れていき、いい加減、グレイの意識も怪しくなってきた頃。
こそ、もそ、と、物音がする。
……そのままグレイは寝たふりをしていたが、やがて、ルイナがベッドから出て、そっと部屋から出ていこうとするのが見えた。
「どこへ行くんだ」
グレイがごく小さな声で尋ねると、ルイナはドアに掛けていた手をぴたりと止めて、ゆっくりと、振り返る。
「……お手洗いに」
「……途中までついていく」
グレイもベッドから抜け出すと、ルイナは苦い顔をした。
だが、特に反論も無く、彼女は部屋を出て、大人しく厠へ行き、用が済んだら、少し離れたところで待っていたグレイと再び合流し、そして寝室へ戻り、大人しく寝た。特に何かした様子は無い。てっきり、ディアナバレイと連絡くらいは取り合うものだと思ったが……。
……ルイナは何かするつもりだったのかもしれない。それを、未然に防げたのかもしれない。一方で、ただ本当に厠へ行きたかっただけかもしれず……相変わらず、読めない相手であった。
「おはよう。グレイ、よく眠れ……てはなかったのね」
「……まあ、そうだな」
翌朝。グレイは、部屋の外でエメディアと合流し、そして、そこでエメディアに申し訳なさそうな顔をされた。
そんな顔をさせたかったわけではないのだが……『1日くらいアイオンと交代してくれないだろうか』と願い出るべきだろうか、と、グレイは良く回らない頭で考え始めている。
「ええと、昨夜は何も無かった?」
「……そうだな」
グレイは、ちらり、とルイナの方を見ながら、エメディアにはそう答えた。
ルイナはルイナで、『報告しないのか』と言いたげな視線をグレイに送っていたが、それだけだ。グレイもルイナも、特に何も言わない。
「そう。なら……ええと、グレイは、馬車の中で寝ていてね。ウサミミ、貸してあげるわ……」
……グレイは、『気遣ってもらえるのは嬉しいが、ウサミミの気持ちもあるだろ』と思った。思ったが、何も言わないでおいた。馬車の中で、ウサミミを渡されたら、その時そっと、ウサミミを横に避けてやればよいだけなので……。
……が、グレイの予想は、裏切られることになる。
宿を出て少ししたところで、『グレイ、寝てた方がいいわ』とエメディアが気遣ってくれ……そして、グレイも『そうさせてもらう』と、馬車の壁に寄りかかって眠る姿勢を取ったところで……。
「……ウサミミ?」
ぴょこん、とウサミミがやってきて、グレイの肩の上に、もよん、と収まったのである。自主的に。エメディアに何か言われるでもなく。
そして、ウサミミはそのまま、うに、もにょ、と形を変えて……丁度よく、グレイの枕になり始めたのである。
「……助かるよ」
視界の端で、ぷるるん、と誇らしげに揺れた耳を眺めながら、グレイはどうにも、自分の気持ちのやり場に困っていたが……驚きはさておき、ひとまず、これは喜びとして受け止めておこう、と、ぼんやり思いつつ、眠ってしまうことにした。
さっさと眠って休んで、ウサミミをエメディアの元へ返してやるべく……。
「よく眠れた……」
そうしてグレイは馬車の中で熟睡してしまった。
座った姿勢で眠った割には、疲れがよくとれている。ウサミミ枕のおかげであろう。
「ふふ、よかったわ。ありがとう、ウサミミ。お手柄よ」
エメディアの元へ戻ったウサミミは、ぷるるん、と耳を振るわせて、誇らしげにしていた。
ああ……ウサミミは、偉大である。
……その日の宿も、似たような具合に泊まることになった。
夜中、またルイナがどこかへ行こうとしたので、グレイが起きて同行した。そして翌日の馬車の中で、またグレイはひたすら眠っていた。
そして更に次の日は、なんと、大部屋が取れたため、『いっそ全員一緒に寝るか!』とスファルが先導してくれた。おかげでグレイは見張りをアイオンに任せきって、深く眠ることができた。
……一方で、ルイナももう、開き直って眠ることにしたらしい。彼女は深夜起きてこなかったため、アイオンは『一晩中起きていたが、淑女の寝息が聞こえてくるばかりだった。ああ、勿論寝姿は見ていない。私は騎士であり紳士だからな!』とのことであった。ウサミミも頷いていたので、アイオンは本当に紳士的であったのだろう。
と、そんな具合になんとかかんとか、ディアナバレイの国境を越え……一行は、ディアナバレイのダンジョンの前へやってきた。
「ええと……皆、体調は大丈夫ね?」
エメディアの問いに、全員がそれぞれに頷く。
なんだかんだ、グレイも昨晩よく眠ったので、それなりに体調が良い。アイオンについても、馬車の中で眠って事足りた様子であるし、ルイナも開き直って眠ったためか、一昨日あたりよりは体調が良さそうである。スファルとエメディアは言わずもがな、何も気にせず眠っていたため元気だ。
……ということで。
「じゃあ……突入するけれど、いいわね?ルイナ、案内は頼める?」
「はい。お任せください」
いよいよ、一行はダンジョンへ突入することになる。
……この奥にいる月の竜とやらが、協力してくれればよいのだが。




