9話:竜の巫女*3
そうして、グレイ達は5人でローザテイルを発ち、ディアナバレイへと向かうことになった。
今回は、比較的快適な旅路である。何せ……ローザテイル王家が、旅に必要なものをきちんと用立ててくれたからだ。
「馬車ってのは、ここまで揺れねえモンなんだなあ……コルザで使ってた荷車とは大違いだぜ」
「それはよかったわ。まあ、この馬車はちょっと特別だけれどね」
用立ててもらったもので最も大きなものは、馬車である。5人が乗ると少々手狭ではあるが、何せ、揺れに強い。どうも、色々と技術の粋を集めて造られたものであるらしい。グレイは、ぼんやりと魔力の流れを感じながら、『こういう魔導の技術もあるんだな……』と感心した。
「武器についても支度して貰えたのはありがたいことだな。この白銀の輝き……じつに美しい……」
……また、武器についても幾らか、王城のものを貰ってきてしまった。アイオンは例のモーニングスターのみならず、手斧を装備している状態だ。グレイは、『あんた、これ以上武装するとますます騎士じゃなくなりそうだ』と言おうか迷って、やめた。
「グレイの斧槍も、無くなっちゃったものね。丁度いいのがあってよかったわ」
「あー……悪かったよ、投げて」
「いや、気にしてない。元々、武器にはそんなにこだわりは無いんだ。あの時のアレは、あんたが投げてくれて丁度良かったんだ」
一方、グレイもまた、武器を新調している。
メカニジア城にスファルが投げてしまった斧槍の代わりになる斧槍を一本、頂いてきたのである。……とはいえ、こちらは特に業物というわけでもなく、城の門番の兵士に支給される量産品だ。グレイ自身、武器にこだわりは無いので、これで十分だと言ってこれを選んできた。
「で、スファルは何も持たなかったけれど、いいの?」
「あ?おお。要らねえ要らねえ。真のオーガは拳で戦うモンだ。なんか投げる必要があるなら拾って使う。その場その場で戦い方を変えられた方が便利だろ」
そしてスファルは何も持ってこなかった。武器の類はいくらでもあったのだが、それら全てを『要らねえ』と断って、ここに来ている。スファルらしいと言えばそうなのだが……。
「……彼は拳でメカニジア城のドアを破ったのか?」
「ああ」
「……化け物か?」
「真のオーガ、だそうだ」
アイオンとグレイがひそひそと囁き交わすと、スファルにもそれが聞こえたらしい。『どうだ』とばかり、誇らしげな顔をしていた。……今のは、スファルにとっては誉め言葉であったようだ。
「ルイナも、よかったの?」
「ええ。武装はディアナバレイから支給されたものがありますので」
そしてルイナもまた、特に何も持たずに出てきた。矢の補給が必要なのでは、とも思ったのだが、それもテルミナスから何か受け取っていたようなので、グレイ達も特に何も口出ししなかった。
弓のことは、グレイにはよく分からないのだが……まあ、矢も弓も、繊細なものであるということは理解できる。それ故に、知らない国のものを使うのは躊躇われたのかもしれない。
と、そんな具合に、旅路は比較的快適であった。
隠れず堂々と動くことができたし、宿には王からの通達の書面を見せれば、問題なく部屋を借りることができた。
食事も、食堂でゆっくりと摂ることができ、皆でよく煮込まれたスープや、こんがりと香ばしく焼き上げられたパンを食べていたのだが……。
「ローザテイルでは、姫君が、このように旅をされるものなのですか?」
「え?」
……食事中、ルイナがそんなことを聞いてきた。
どうやら、ルイナからしてみると、この一行は、奇妙に見えるようである。
「ええと……色々と事情がありはするのだけれど……まず、前提として、私は王女だけれど、兵士であって、渉外官でもあるの」
エメディアが説明を始めると、ルイナは『それは分かるが』というような顔で小さく頷いた。
「だから、私は兵士と同じなの。自分でもそう思ってるし、国では私のことを、皆がそう扱う……扱うべき、ということになってる。だからあなたも、気にしないでね」
「そう、ですか……」
ルイナは、頷きつつも少々納得のいっていない顔をしていた。……そして。
「……誰からも好かれる姫君を、よくこのように放っておけるものだ、と思いまして」
「あー……」
ルイナの探るような言葉を聞いて、エメディアは『ああ、やっぱりそう思う……?』というような顔で馬車の天井を見上げ、アイオンは『そうだろうとも』とばかり、頷いた。……スファルとグレイは、黙って静かに頷いた。ルイナの言うことは、実によく分かる。
……何せ、エメディアが旅立つ、となった時、やはり、王城では一悶着あったので……。
思い出されるのは、出発直前。城の要職に就いている者達は悉く、『エメディア姫を戦地へ行かせるべきではない』と主張した。
それどころか、『最近、ダンジョンでエメディア姫が行方不明になった、などという報告すらある始末だぞ!エメディア姫を外に出すのは危険だ!』と怒鳴る者も居る始末であった。
どうやら、兄王子の悪行については既にある程度明るみになっており……それでいて、兄王子自身は未だ、特に処罰が無いらしい、とのことであったので……この件については、『犯人は分からないが、エメディア姫がダンジョンの奥底に取り残された』ということだけ知られているようである。
まあ、そんな有様であるので、エメディアは……重鎮達を1人ずつ『私の力が必要なんだから私が行くべきよ』『ディアナバレイとの親交を深めるためにも、王族が出向くことには意味があるわ』と説き伏せ、そして最終的には、『皆は私を信じてくれるって、信じてるわ!』と脅し文句を唱え……勝利をもぎ取っていた。
が、そちらを渋々納得させたかと思ったら、次は下々のものであった。
城中の……文官達も、メイド達も、庭師すらも、エメディアを見つけては、『姫様!どうか危険なことはしないでくださいね!』『姫様!私は、姫様が危険な目に遭われるかもしれないと思うと、心配で心配で……!』と訴えてきたのである。
エメディアは彼らと根気強く話し、最終的には彼らの納得と信頼を勝ち取り……そうしてなんとか、出立に漕ぎつけたわけだが。エメディアを取り囲む『人気』という壁が、エメディア自身の身動きすら阻んでいることは、よく分かった。
「……そうね。実際、私がこの立場とこのやり方を手に入れるまでには、結構、頑張ったわ。皆揃って、私を城の一室に閉じ込めておこうとするから。正直なところ、今も、反対意見は沢山あるの」
エメディアはルイナへそう説明すると、深々とため息を吐いた。
「大事にしようとしてくれるのは、嬉しいわ。でも、それって私の周りにとっても、私にとっても、良い事じゃないのよね。魔力を多く持って生まれた以上、私は戦う仕事に就くべきだった。そして、王族であるなら、御旗にするには丁度いい。……私はこうあるべきだ、と思ってるんだけれど」
「そうですか」
ルイナは頷きつつ、ちら、と、アイオンやスファル、そしてグレイを見た。
「……彼らは、嫉妬に曝されそうですが」
……その言葉に、エメディアは少々、険しい表情を浮かべた。
だが。
「あ?んだそりゃ」
スファルが呆れたような声を上げる。その顔には、『何の話をしているのかサッパリわからない』という苛立ちがあったが……。
「嫉妬?そんなもん、誇り高きオーガなら当たり前に浴びるモンだからな!」
……苛立ち以上に、誇らしげである。何せ、彼は誇り高きオーガであるので……何の話かサッパリ分からずとも、常に胸を張っていられるのである。
「嫉妬。嫉妬か。実に甘美な響きだ……。ふふ、私が嫉妬の的になるというのであれば、喜んでそれに曝されよう。美しき野薔薇に触れるならば、多くの棘に傷つくことは宿命と言える……」
また、アイオンはルイナの言葉の意味するところを真正面から、少々妙なやり方で受け止めている様子である。ルイナはこれに、『そうですか』と、いっそ感心したような顔で頷いた。
「……俺は、気にしてない。嫌われてるのは元々だ。そこに多少、余分なものが乗っかったってな」
そしてグレイも、今更、他人から負の感情を向けられることに忌避感など無い。今更だ。本当に、今更なのである。
……と、いった3人であるので。
「……まあ、こういうことらしいわよ」
エメディアは、ゆるり、と表情の緊張を解いて、はあ、とため息を吐いた。ルイナは4人それぞれの顔を見て……表情を崩さないまま、感心したように頷いた。
「……よい従者ですね」
「ええ、本当にいい仲間達だわ……。その、ちょっと予想外なところもあるけれどね……」
エメディアが苦笑いすれば、ウサミミがエメディアの頭の上で、『全く以てその通り』とばかり、ぴょこ、ぴょこ、と頷いて見せるのだった。
「そういえば、そちらのスライムは……」
「ウサミミよ。かわいいでしょ」
「……ええ」
ルイナが何とも言えない顔で、慎重に、言葉少なにそう言えば、ウサミミは『どうです、かわいいでしょう』とばかり、ぷるるん、と耳を震わせた。これにアイオンは『やはり、何とも妙なスライムだ……』と声を漏らし、スファルは『なんだかんだこいつも仲間だからな。俺はそろそろこいつを認める気になってきたぜ』などと言い……。
……その陰で、エメディアがまた少々、憂うような顔をしていたのが、気にかかった。
その日は、ローザテイル国内の宿場で一泊することになった。
ローザテイル王都からディアナバレイの国境を越えた先の目的地まで、あと2泊する予定だ。それなりの旅路にはなる。
……ということで、あと2回……帰路も含めて考えれば、あと5回、悩まなければならない問題が発生した。
「部屋割り、どうしましょうか」
……エメディアの言葉に、全員が、沈黙した。




