7話:竜の巫女*1
「私達4人は、少人数だからこそ、身軽に動けるわ。何人も同行者を連れていきたくはないの。でも、1人増えるだけなら、話は別よね」
エメディアが笑ってそう言えば、テルミナスは静かに微笑みつつ、黙って何か、考えている。
……どことなく、メカニジアでの、エメディアが女王エテルニータと話していた時のことを想い出させる光景だ。あの時、黙って微笑む側だったエメディアが、黙らせて微笑ませる側になっているが。
「メカニジアの監視があるかもしれないことを考えても、ローザテイルとディアナバレイの協力関係を大体的に明らかにするべきじゃないと思うわ。そういう点でも、少人数で動くことには大きな利があると思うけれど……どうかしら」
エメディアが更に畳みかけると、テルミナスは視線を忙しなく動かし、数名と目配せし合って……そして、小さく頷き合った。
「分かりました。では、そのように」
「ありがとう。助かるわ」
……どうやら、話は決したらしい。
一方、『1人で他国の一団に加わることになってしまった』ルイナ・サジータについては、少々気になるところである。
グレイは、ルイナの様子をちらりと確認してみたが……彼女は表情一つ変えずに、ただ座っているばかりだ。中々、肝が据わっているようだが……。
それから、今回の話の詳細がもう少しばかり細かく取り決められた。
互いにメカニジアの調査を目的とし、知り得た情報は互いに共有すること。情報の共有のために、また会談の席を設けるということ。
また……ルイナ・サジータと共に旅をする中で、『竜の巫女』としての仕事の内容を知ることがあっても、それは他言無用である、ということも。
……テルミナス達、ディアナバレイ側としては、ルイナ・サジータ1人に全てを託すことになってしまったわけなので、不安なのだろう。だが、こちらとしても、見知らぬ人間を1人加えて旅をすることになるので……不安は不安である。特に、こちらにはエメディアが居るので。
そう。
今回のこの旅路……何か問題があるとすると、『ルイナの考えが読めない』というところと、『その上、ルイナは女性で、エメディアも女性であり、パーティ内には他に女性が居ない』ということが挙げられる。
グレイは、『こいつは厄介だぞ』と内心で思いつつ、小さくため息を吐くのだった。
そうして、会議も終わったところで……。
「じゃあ、改めてよろしくね、ルイナ!」
グレイ達4人と、ルイナ・サジータは改めて、旅についての打ち合わせをすることになった。
エメディアは、自分よりやや低い位置にある瑠璃紺の瞳を見つめて笑う。早速、ルイナを落としにかかっているのかもしれない。まあ、エメディアのことなので、特に意識せずにやっている可能性の方が高いが……。
「改めまして、私はエメディア・アンバーローズよ。よろしくね」
エメディアが手を差し出せば、ルイナは少々困惑した様子であったが、小さく頷いて、エメディアの手を遠慮がちに握った。それを、エメディアは遠慮なく握り返して、笑う。……実に、魅力的なお姫様である。
「では続いて、私が。……私は、アイオン・シルヴァスター。メカニジアの騎士であった身分だが……」
「メカニジアの?」
……が、アイオンの自己紹介が始まってすぐ、ルイナが警戒したのが分かった。
それもそのはず、アイオンはメカニジアの騎士である。これから戦う相手の所属、ということなので、当然、警戒して然るべき相手であるが……。
「おお、どうか誤解無きよう。私は確かにメカニジアの騎士であったが、今は身分を捨て、エメディア姫に仕える立場だ」
「えっあなた、私に仕える立場になったの!?」
「勿論。それが騎士としての私の美学だ」
「アイオン、その、私……あなたのことが、時々、心配になるわ……」
……ルイナは、アイオンとエメディアのやり取りを見て、少しばかり、警戒を緩めたように見えた。まあ、つまり……『こいつは警戒するほどでもなさそうだ』と理解したらしい。グレイとしては、ありがたいことだ、と思う。と同時に、アイオンについて、『こいつ、本当に自由な奴だな……』とも思うが……。
「俺はスファル・トゥルバだ。偉大なるトゥルバの……あー、まあ、誇り高く勇敢なオーガの戦士だ。この中で誰よりも強いのは俺だ。覚えておけよ」
続いてスファルがそんな自己紹介をして胸を張った。
……彼も、『トゥルバ』の姓については思うところが色々とあるのだろう。コルザの町で、父とはあのように別れて来てしまっていることであるし、グレイの目から見て、『トゥルバ』の血の中には、スファルの居場所は無いように思われた。
なので、彼が『偉大なるトゥルバの一族』ではなく、『誇り高く勇敢なオーガ』と名乗ることについては、グレイとしても、『その方がいいだろうな』と思う。
だが。
「おや。確かに膂力だけなら、君が一番だろう。しかし、いざ敵と戦うとなれば、私も引けを取らない自負があるぞ」
「んだと?なら試してみるか?」
至極どうでもよいところで、小競り合いが始まった。グレイは『こいつら、仲がいいな……』と思った。
「はいはい、どっちも強いからここでそれをやるのはやめて」
……アイオンとスファルの間にエメディアが入ると、エメディアの頭の上で、ウサミミが耳を伸ばして威嚇した。スファルもアイオンも、黙った。ウサミミは偉大である。
「それで、ええと、こちらが……」
「グレイ・シンダー。盾持ちだ」
そして最後にグレイがそう名乗れば、ルイナは明らかに警戒を強めた。それこそ、メカニジア出身だと言ったアイオンなどよりも、余程。
「……まあ、俺が気に食わないのは分かる。学も無けりゃ品も無い。裏通り出身の、しがない冒険者だからな。だが、仕事は果たす」
グレイは、自分の恩恵についてはルイナに説明しないことにした。エメディアも、それを察したらしく、一つ頷いてルイナに微笑みかける。
「グレイは頼りになる仲間よ。彼が居れば、後衛が安心していられるの。私も、何度も彼に助けられた」
エメディアの言葉に、ルイナは少々困惑しながらも、『そうですか』と頷いた。……やはり、グレイへ向ける視線は懐疑めいたものであったが。まあ、どうせ、そう長くない付き合いであろう他国の尉官に対しては、これくらいで丁度いいだろう。
「俺は盾持ちだから、あんたの戦い方は知っておきたい。あんたの武器は何だ?」
さて。
ルイナと親しくなろう、とは欠片たりとも思わないグレイであるが、ルイナも含めた4人のことは、盾持ちとして守らなければならない。
となると当然、ルイナがどのようにして戦い、どのように動きたい人物なのかは知っておく必要がある。……いざ戦闘になったその時にルイナを観察しながらそれなりに合わせることもできなくはないだろうが、わざわざ危険を冒す必要は無い。
それに加えて……『相手がどれくらい手の内を明かすか』ということは、知っておきたい。
「私の獲物は弓です。今、この場には持ってきておりませんが、客室に置いてあるものがそれです。……確認なさいますか?」
そうして、ルイナは自分の説明を始めた。どうやら、そう隠さずに色々と喋ってくれるらしい。
「ほう、弓か!古き善き、素晴らしい得物だ。それを操って戦う貴女は、きっと狩猟の女神のように美しいのだろう……」
……そして、ルイナに負けじとアイオンが喋る。本当に、大した奴である。
「あー……弓、っつーと、後衛だな」
アイオンに喋らせておくと碌なことにならない、と判断したらしいスファルが割って入る。まあ、弓使いであるならば後衛であろう、ということは間違いないことだが……。
「いえ、遊撃です」
「は?」
……グレイは、聞き間違えたか、と思いながら、まじまじとルイナを見つめる。
他の3人も、ぽかん、とルイナを見つめるが……。
「……他に戦士が居るならば、中衛を担当することもあります。ですが、少なくともディアナバレイでは後衛を担当したことはありません」
ルイナは表情を変えず、そう言うのだ。どうやら、グレイの聞き間違えではないらしい。
「弓で前に出る、って、あんまり聞かないけれど……」
「近い方が当てやすいですから」
「敵の攻撃はどうすんだ」
「当たる前に当てればよい、というのが私の流派の教えです。必要な時には、回避しますが」
……グレイ達は、顔を見合わせた。
どうやら……かなり独特な戦い方の戦士が、加入してしまったらしい。
これは見てみないことには何も言えない、ということで、エメディアは早速、弓を取ってきたルイナを連れ、城の裏手へと向かっていった。
「ここは城の兵士の訓練場。私も使う場所なの」
……そこにあったのは、だだっ広い土地。踏み固められた土には草など生えておらず、その上には敵兵を模した的があったり、訓練用の道具が置いてあったり……そして、兵士達が訓練していたりする。
エメディアがそこへつかつかと入っていくと、兵士達はそれに気づいて訓練を止め、最大限の敬意を以てして一礼した。エメディアはそんな兵士達に『邪魔してごめんなさい。隅の方を使わせてね』と言いながら、より奥の方へ奥の方へと向かう。
「……姫君は、普段から兵士に混ざって訓練を?」
「いざとなったら私が前線で戦うんだもの。共に戦うことになる仲間達と一緒に訓練しておかないと、いざという時に困るでしょう?」
ルイナは、エメディアの言葉を聞いて、なんとも困惑した表情である。……エメディアのように考える姫君というものは、ディアナバレイには居ないのかもしれない。
「さて、ここらへんでいいいかしら」
そうしてエメディアは、訓練場の奥の方で立ち止まり……そして、グレイにとことこと近づいてくる。
「ねえ、グレイ。あなた、弓使い相手にも、盾で戦える?」
……どうやらエメディアは、グレイとルイナの模擬戦をご所望であるらしい。
ということで、グレイとルイナは向かい合って立つことになる。
……ルイナの手には、弓と矢がある。そしてグレイの手には大楯があり……それだけだ。グレイの斧槍は、スファルがメカニジア城に投げてそれきりなので、まだ準備できていないのである。
「ルイナ。本気で戦ってみて。グレイを殺す気でかかっていっていいわ」
装備が万全ではないグレイではあるが……エメディアの言葉に戸惑うルイナに、黙って頷いてみせた。
……弓使いであるならば、ある程度、対処はできる。大楯1つでも、それなりに粘ることはできるだろう。少なくとも、ルイナの戦い方がどんなものかを見るには十分なくらいの時間は稼げるはずだ。
「……本当に、よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫。もしグレイに矢が刺さったら、その時はむしろ、あなたの腕がいいことを喜ぶわ。あ、ただし、毒矢の類はナシね」
エメディアがにこにことそう話すのを聞いて、ルイナは、少々戸惑いつつも頷いた。どうやら、本気で戦ってくれる気になったようだ。
……そうしてグレイ達がルールを取り決めていると、訓練中であった兵士達も、『なんだなんだ』とばかり、遠巻きにこちらを眺めるようになる。エメディアはそれらににっこりと微笑み返して……そして。
「じゃあ早速、始めましょうか」
エメディアが楽し気にそう言うのを聞いて、グレイは兜のバイザーをカシャンと下ろした。
……お姫様の御前だ。無様な戦いは、見せられない。




