6話:王城にて*3
そうして一同は会議の席に着き、そこでエメディアからの報告を聞き……それぞれに険しい表情を浮かべていた。
「メカニジアの女王が逃亡した、と?」
「ええ。きっとそうね。そして、メカニジア城の内部に魔導兵器があったことも確かよ。……メカニジアの目標はローザテイルだった。けれど、『次』が何処かは分からないわ」
「それは……」
テルミナスは、いよいよ険しさを増す表情で少し考え……そして、ため息を吐いた。
「では、我が国上空にて停滞している異物は、恐らくそれでしょうね」
「え?」
エメディアのみならず、全員が驚く。『上空』とは一体何事か、と。
「……我々がディアナバレイを出た後ですが、報告がありました。ディアナバレイの、メカニジア国境付近の上空に……何かがある、と。そして、確認しようにも、あまりにも高く……未だ、詳細は確認できていないとのことでした」
……グレイは思わず、アイオンへ視線をやった。だがアイオンは、『私も知らない』とばかり、小さく肩を竦めて見せるばかりだ。
「いずれにせよ、それは確認しなきゃならない、わね……。でも、確認すら難しい、っていうことなら、ううん……」
相手は上空に浮かぶ鉄の棺、ということだろう。ならば、詳細を確認することすら難しい。
相手はメカニジアだ。このまま何も無い、と楽観視することはできないのだが……。
「ですので、我々が同行します。ディアナバレイ上空の調査となるならば、必ずや我々がお力になれることでしょう」
悩んでいたエメディアに、テルミナスがそう、申し出た。
「同行者は必要ないわ」
一方で、エメディアはさっさと、テルミナスの申し出を断った。……盗み聞きをしてくる連中が『同行者』となるなら、何をされるか想像に難くない。グレイとしても、エメディアに賛成だ。
「あなた達が私達を監視したいというのなら、お好きにどうぞ。撒くけれどね」
「それはそれは……」
実にはっきりと言ってのけるエメディアに、テルミナスも流石に、狼狽を見せていた。……とはいえ、国同士の交渉のために送り込まれただけあって、すぐ、その表情を取り繕ってみせてくる。
「しかし、そちらにとっても悪くない話であるはず。何せ……あなた方は、空へ逃げたメカニジアの女王を追う手段をお持ちではないのでは?」
「え?」
ローザテイル側の者達がテルミナスの言葉を不思議に思っていると……テルミナスは、にっこりと笑って、1人の尉官らしい女性を指し示す。指し示された彼女は、立ち上がって一礼し、その、涼やかな瑠璃紺の瞳をエメディアへ向けた。
「ルイナ・サジータと申します」
……それは、やや身長の低い女性尉官であった。
後頭部でまとめられた黒髪に、瑠璃紺の瞳。……テルミナスと姓が同じだ、と気づくまでもない。彼女の瑠璃紺の目は、テルミナス・サジータとよく似ていた。間違いなく、血縁だろうが……。
グレイ達が困惑していると、テルミナスは、ルイナを指し示し、にっこりと微笑んだ。
「こちらの尉官ならば、それができます。彼女は……竜の巫女ですから」
竜の巫女、とは一体何か。
グレイは、スファルをちらりと見たが、スファルは『知らねえ』とばかり、肩を竦めるばかりである。
ならば、とアイオンの方を見てみたが、こちらも『さっぱりだ』とばかり、首を横に振るものだから、グレイは『なら俺だけが知らない訳じゃないんだな』と少々安堵した。
……だが、ディアナバレイという国が、ドラゴンとかかわりを持つ国だということは、グレイもほんの少し、知っている。
ディアナバレイの国の紋章は、月とドラゴンと渓谷を意匠にしたものだ。
ディアナバレイの民はドラゴンを畏れ、敬い、同時に、ドラゴンと共に在るのだ、と……そう、聞いたこともある。
だがまさか、『竜の巫女』とやらが、ドラゴンを操ることができる、などとは、聞いたことも無いのだが……。
「……竜の巫女、ってことは、ドラゴンを操れる、っていうことかしら」
そしてエメディアも、詳しいことはよく分からないらしい。それでも、グレイ達3人よりは何か知っているのだろうが……。
「いいえ。ドラゴンの力を借りることができるだけです」
……すると、ルイナ・サジータはそう言って、少しばかり目を細めた。
「ドラゴンは、操られなどしません。何者にも」
「……そうね」
エメディアが『失礼だったかしら』と少々申し訳なさそうな顔をするも、ルイナは表情を変えないまま黙っている。……テルミナスのような柔らかさが無い分、余計に厳格で冷たい印象を受ける人だった。
「ええと……つまり、そちらの申し出は、『ドラゴンの力を借りてメカニジアの残党を叩くことができるのでは』ということよね」
ルイナについては色々と気になるところだが、ひとまず、エメディアは話を進めることにしたらしい。尋ねれば、テルミナスもゆったりと頷いた。
「ええ。具体的には、ドラゴンに乗せてもらえれば、上空の調査が可能であると考えています」
エメディアとテルミナスのやり取りに、ローザテイル側からざわめきが起こる。
グレイすら、『正気か?』と言いたくなるほどだ。ドラゴンに乗って上空を調査する、など……おとぎ話か何かのようだ。
「……それを、そちらだけでやらないのは何故かしら。わざわざ、私達に申し出てもらえるのはありがたいけれど……調査の手段がありながら、まだ調査していない、っていうことなら……ましてや、その調査に私達を加えよう、って考えるならば、それなりの理由があるのよね?」
エメディアも、そのあたりを不審に思ったらしい。そう尋ねると、テルミナスは『仰ることも分かります』とばかり、頷いた。
「ええ。……というのも、竜の巫女の力は代を経るごとに弱まっておりまして。ドラゴンの力を借りるにも、こちらの力だけでは足りないのです」
ちら、とルイナを見るテルミナスの視線からは、感情が見えない。ルイナも表情を動かさないので、何も、2人の間の感情は見えないが……『感情が動かない』ということそれ自体が、2人の関係をなんとなく示唆しているように思われた。
「そこで、万物に好かれるという姫君のお力をお借りしようと考えたのです。エメディア姫のお力があれば、きっと、と……」
……今度は、グレイとエメディアが視線を交わす番である。何せ、エメディアは……実際に、ドラゴンの『好かれた』経験があるのだから!
ダンジョンの奥底で、エメディアがドラゴンに『宝物』として捕まってしまったことは記憶に新しい。当時のことを知る者は、グレイとエメディア、そしてウサミミだけではあるが。
「いくら好かれたとしてもね……その、ドラゴンが協力してくれて、その上、私達を乗せて空を飛んでくれるだなんて、思えないわ。あまり現実的な案じゃないわね」
結局、エメディアは『好かれた結果』を知っているが故に、テルミナスにそう、不信の言葉を返すことになる。
「……そうですね。こちらの力をお目にかけずに信じて頂く、というのは難しいことでしょう」
するとテルミナスはあっさりとそう頷いた。……そして。
「ルイナ」
一声。ルイナの方を見ることもせず、それだけ言って……すると、ルイナが、動いた。
「失礼します」
ルイナは一礼すると、会議室の窓辺へと近づき……そこで、ぴい、と笛を吹いた。
途端、ばっ、と、窓の外で、日が陰る。
何かが空を横切ったのだ、と分かったのは、次の瞬間。窓の外、バルコニーの手摺に……小さなドラゴンが、留まっていたからである。
そのドラゴンは、そう大きくはない。翼を広げて、人間と同じくらいの大きさだろうか。
到底、人間を乗せて飛べるような大きさではないが……夜闇のような鱗も、金褐色の目も、そして広げられた翼や手すりを掴む足先の爪も、確かにドラゴンのそれである。
そんなドラゴンが、笛を吹けば窓辺に来て、そして今、ルインの手に懐っこくすり寄っている。
……中々に、見ない光景ではある。何せ、ドラゴンだ。小さくともドラゴンが、このように人間に飼い慣らされるとは。
「ご理解いただけましたか?」
驚く一同に、テルミナスがにっこりと微笑む。
「ルイナは、力が弱ったとはいえ、確かに竜の巫女の力を引き継いでいます。このくらいのドラゴンであれば、友となれるほどに」
テルミナスがそう言い終えると、ルイナはドラゴンに何事か囁き、それを空へと返した。……ドラゴンは大きく羽ばたいて、力強く、空へと戻る。恐らく、このままローザテイル上空に待機しているのだろう。
ドラゴン相手に、このように言葉で指示を出せるということもまた、驚きである。ルイナはドラゴンの言葉が分かる、ということなのか、ドラゴンは人間の言葉を理解できる、ということなのか。
……だが。
「まあ……そうなのね。うん、確かに、竜の巫女の力は見せてもらったわ……」
エメディアは、他のローザテイルの重鎮らと比べると、驚きが少ない。
そしてそれは、グレイやスファルについても同じである。アイオンはもう少しばかりは、驚いていたようだが……。
何せ……グレイ達は、このように人間と心を通わせる魔物の例を、知っている。
「あ、ウサミミ、出てくるの?はい、どうぞ」
「……は?」
……テルミナスも、ルイナも、ディアナバレイ側の人々は、エメディアのフードの中から飛び出してきたウサミミを見て、固まった。
「ああ、ごめんなさい。なんだか、さっきのドラゴンを見て、対抗意識が湧いたのかもしれないわ。でも大人しくしている子だから、気にせずに話を進めましょう」
グレイとスファルはそれぞれに虚空を見上げて何とも言えない顔をし、アイオンは、『やはりこのスライム、奇妙であることは間違いないな……』と、改めてまじまじと、ウサミミを見つめる。
そう。
ルイナがドラゴンと共に在ることと、エメディアがウサミミと共に在ることと……その2つが近しいため、グレイ達の驚きが、薄いのである!
……そうして、ルイナがドラゴンを呼んでみせたというのに会場の視線はウサミミに集まることになったし、それによって、会話の主導権はエメディアに戻ってきた。
「ええと……まあ、ドラゴンの力を借りればメカニジアの鉄の棺を確認しに行けるかもしれない、っていうところには、賛成するわ。そしてそれを、あなた達だけでやるのは難しい、っていうことも分かった。私が加わることで可能になるかは分からないけれど……どのみち、私達はそれを確認する必要がある」
エメディアがそう言えば、テルミナスは緊張しつつも頷いた。
そして。
「だから……そうね、同行者は、受け入れるわ」
「では……」
「ただし」
テルミナスの声を遮って、エメディアは笑った。
「1人だけ。……ルイナ・サジータ。あなただけが、同行するの。どうかしら」




